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前編

 神々の大地ヴェーン。

その遥か東の果て、王都から遠く離れた辺境の地。竜骨山脈の麓、ニュー・エピックの開拓村では長い冬が終わり、雪は溶け、春の訪れを迎えていた。

 しかし、最近不穏なうわさに村人たちは震えていた。村の近くの森にもゴブリンが出没するという目撃情報が多く寄せられていたのだ。

 二つ向うの村では、すでに被害が出ているという。明日は我が身という事もある。

 王都から離れた辺境のこの地では騎士団の派遣もおぼつかず、よくある事だが開拓村では懸賞金を出して、冒険者達ににゴブリン共を退治してもらおうと、布告を出していた。

そして集まってくる冒険者たち。


 魔法使いのサイベルもそんな冒険者の一人だった。少なくともそう見えた。

 幼さを残した横顔、歴戦というには軽装な装備。彼女はそれほど戦いや財宝、焼けつくような冒険に興味は薄いようで、このあたりにもたまに姿を見せては、丘の上から景色を眺めていた。

 開拓村を見下ろす、ともし火の丘と呼ばれる遺跡跡からの眺め。芝生と白い石畳が広がるその丘の上からの、夕暮を望む光景は特に美しく、サイベルは、その景色を一人眺めるのが好きだった。


 その日も、いつものように丘を渡る風にあたって佇んでいたサイベル。

 手に留まった小鳥をしげしげと眺める。小鳥は警戒心もなく、まるで梢に留まる様にサイベルの指から指へと飛び跳ね、かわいらしい鳴き声を上げている。

 小鳥の囀りに目を細め、耳を澄ましていたサイベルだったが、そんな静寂を破る様に、争いの音が遠く聞こえた。

 初めは気にも留めなかったが、戦闘の気配は次第に、この静かな丘へと近づいてくる。

 小鳥も飛び去り、サイベルが興味もなさそうに戦いの様子を眺めると、駆け出しと思しき剣士が、大ネズミの群れに追われていた。

 走りながらも何とか大ネズミ達と戦っているのは、まだ少年の様な駆け出しの剣士。弱いモンスターとはいえ多勢に無勢、かなり旗色は悪そうだ。


 少年の名はケイン。

 見ての通りのひよっこだった。ゴブリン討伐へ参加しに森の奥へ行く途中だった。だが、息を巻いて乗り込もうとして、早くもこの有様。

 ゴブリン共の番犬代わりの大ネズミ達に取り囲まれ、八匹いたのを五匹まで倒したまでは良かったが、満身創痍で、もう満足に剣を振るえそうになかった。

 大ネズミの一匹が腕に噛みつき、ケインは地面に押し倒された。

「ぐわっ。はなせっ、このネズミ野郎!」

 じたばたと暴れながら、なんとか気合で剣は取り落とさなかったものの、さすがにもう駄目かと観念しかけるケイン。

 大ネズミが鋭い声をあげ、尖った齧歯を閃かせようとしたその時、不意にケインの体は緑色の光の渦に包まれた。

 やさしい光によって、傷がみるみる治っていく。さっきまで動かなかった四肢が嘘みたいに軽くなった。

 回復魔法だ。そして、剣も鋭い光を放つ。

 今までよりずっと軽くなった剣を、ブンブンと音を立てて振るうと、ケインは雄たけびを上げて突進した。形勢は逆転、残りの大ネズミたちは一気に退治されたのだった。


「危ない所をありがとう、助かりました! 俺は剣士のケインです、よろしく」

「‥‥。大したことじゃないし。それより、一人であまり無茶をしないようにね」

 サイベルは少年にそっけなく忠告をして、踵を返すと、そのまま立ち去ろうとする。

「ははは、やっぱ一人じゃ無謀だったか。よかったら、ゴブリン退治に力を貸してもらえませんか!」

 サイベルはケインの唐突なお願いに躊躇したが、彼の純粋さと、放っておけない危なっかしさが心配になり、手伝うことにした。

「やれやれ……」

 喜びのあまり飛び跳ねるケインとは対照的に、サイベルは小さくため息をついく。

「私はサイベル。見ての通り魔法使い。よろしくね」


 剣士と魔法使いの2人組は、森に分け入ると、襲い掛かってくる怪物たちを何とか退治して進んでいった。

 戦闘はあくまでケインの担当で、サイベルはサポートに徹して、必要以上に戦おうとはしなかった。

 それでも、サイベルの魔法は田舎の術師としてはなかなかの腕前で、彼女の協力により、ケインは次々と立ち塞がる魔物を葬り去っていく。

 見る見るうちに未熟だったケインの剣の腕も上達していき、戦いの中で、二人はそれなりに息の合ったコンビに見えるようになってきていた。


 ケインの奮闘の甲斐あって、二人は森の奥にあるゴブリン部族の支配地、その塒である洞窟をついに見つけ出した。

 たいまつに火をつけ、暗くて汚い洞窟の中を進んでいく。

 二人は木や石で作られた罠や、出くわしたゴブリン共を葬りながら探索をつづけ、ついには多数のゴブリン共の屯する、奥の広間へたどり着いた。

 ケインが勇んで飛びかかろうとするのを抑え、魔法で牽制して誘い出すサイベル。

 狭い通路へとおびき寄せた敵を、剣撃で切り伏せていき、サイベルがサポートして、配下を一掃した二人は、ようやくゴブリンの族長を追い詰めた。


 粗末な玉座から立ち上がると、咆哮を発して巨大な石の棍棒を振り回す、ゴブリン族長ガラドッゴ。

 サイベルが目くらましの魔法で攪乱させた隙に、ケインは無我夢中で切りかかって行った。配下のゴブリン共も、族長の間のあちこちの穴から次々に現れ、切りかかってくる。

 ガラドッゴは、敵も味方もお構いなく棍棒で吹き飛ばして狂ったように暴れ、ケインも近づく者を片っ端から切り伏せていった。

 サイベルは少し離れて、衝撃波で向かってくる敵を弾き飛ばしながら、冷静にケインの回復に専念する。

 一進一退の攻防の末、ケインの剣が、なんとかガラドッゴを絶命させると、残ったゴブリン共は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 死闘の後、洞窟の奥の間に闇と静けさだけが残った。


「ありがとうサイベル!初めての勝利。俺もっと強くなるよ!」

 満面の笑みを浮かべて意気揚々と帰るケイン。かくして開拓村はひと時の平和を取り戻したのだった。

 サイベルにとって、村の事は割とどうでもよかったが、目の前の少年剣士が、生き残り経験を積んでいってくれれば、これで良かったのかもしれない。サイベルは、静かにそう思う。


 ケインはその後、開拓村の小さな剣士団へと加わった。村を守るギルドの一つだ。サイベルも誘いたかったが、いつの間にか村から姿を消していたのだった。

 仲間たちとモンスターを狩りに出かけて行くケインを、サイベルは村を見下ろす丘の上から、遠く見送っていた。

 

 二人が再び会ったのは、それから数年がたったある日の事だった。

 


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