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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
五章 来訪者編

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悠久を生きるもの

 振り向くと、そこには金毛の獣が君臨していた。

 4本足で立つその獣の身体はしなやかで、覗く牙は岩をも噛み砕くほど凶暴に見える。

 熊か虎かと想像していたが、これはどちらでもない。


 「……キツネ!」


 俺の言葉を理解したのか、していないのか、じろりとねめつけられる。

 威嚇のように動かした尻尾の風圧に半目になる。

 そして気づく。

 ……九つ!!

 九尾の狐!!


 「……私の後ろに、サイラ」


 毛を逆立てて凍り付いているサイラに、そっと声をかける。

 サイラは生唾を飲み込みながらも、指示通りゆっくり俺の背に回る。

 それから背負っていたリンちゃんも託す。

 戦う……戦うか?

 残念ながら勝てる気が微塵もしない。

 九尾はどこか知性を感じさせる眼差しで俺たちを観察している。

 彼我の距離は10メートルといったところか。

 背中を向けて走って逃げきれる距離じゃない。

 獣にそれは襲ってくださいと言ってるようなものだから論外。

 選択肢は多くない。

 逃げるとしたら、じりじりとお見合いしながら後ずさりしかない。

 根競べをするなら、にらみ合いを続けながら興味を失って相手が去るのを待つか。


 「……サイラ、ゆっくり、下がりましょう」

 「は、はいです」


 戦うのは現実的じゃない。

 ゆっくりと、対面したまま距離を取ろうと下がる――が。

 フゥゥゥゥゥゥゥ!!

 唸り声を上げて、九尾が一歩詰めてくる。

 逃がす気はないと?

 ……しゃーねえ。


 「相手になってあげます」


 後ろ手にできるだけ離れていろとサイラに身振りで伝えてから、逆に一歩前に出る。

 自然の理、弱肉強食。

 これは生きるか死ぬか、文字通りギブアップの無い戦いだ。

 この森はどういう訳か、大気中の魔力を吸い取っている。

 だから放った魔法が消えてしまうし、使った魔力も戻ってこない。

 でも、この身体に蓄えられた魔力までは吸い取られていない。

 戦い様はあるはずだ。

 足元に落ちてある小石を拾い上げる。

 相変わらず観察するように動きを見せない九尾に向かって、下手投げでそれを放り投げた。

 こんなもん、振りかぶって投げた所でたかが知れてるし。

 放物線を描く小石に、九尾も意識を割かれている。

 どうしても気になるものだ。


 「ふっ!」


 そこで地を這うように思いっきりダッシュする。

 身体に雷を循環させることはできた。

 敏捷性をアップさせて、弾丸の如く九尾の懐に入り込む。

 前足を潜って、腹の下に滑り込んだ。


 「こなくそっ!!」


 がら空きの腹に雷パンチを2発叩き込む。

 留まらずに、そのまま転がり出て一旦距離を取る。


 「--フゥゥゥ」


 側面に抜けた俺の方に向かって、ゆっくり身体を向ける九尾。

 ダメージは感じられない。

 鋭い視線を見るに、怒りは増したようだが。

 ……やっぱり普通の獣じゃないな、こいつ。

 ただの獣が俺の魔法にへっちゃらだとは思えないし。

 どうするか。

 省エネで戦ってるけど、魔力を使い切るのもそう遠くない。


 「っうしろ!?」


 にらみ合いは続かず、今度は音もなく九尾の姿が消えた。

 視界の端の更に意識の端。

 間接視野で相手の爪を捉えた。


 「くっ!」


 身体を地面と平行にするほど背面に反らして、前足の横なぎを回避する。

 あぶねえ!

 これ、お姉ちゃんだったらお胸が事故にあってるぞ!

 ……俺?

 幸いあいません。

 逆らわずにそのまま手をついて背面に飛んで、体勢を立て直す。

 しかし合わせるように相手も詰めてきた。

 間合いが取れない!

 後ろに逃げても無駄……ここは前に出る!

 流れる身体を踏ん張って、追ってくる相手目がけて急加速。

 面食らった九尾と交錯するように通り抜ける。

 行きがけの駄賃とばかりに、その横っ面に掌底を叩き込む。

 ビリッとしたようだが、静電気が痛かったくらいの感覚だろうか?


 「ぜえ、ぜえ……」


 ようやく再度の対面膠着状態に戻る。

 ……クロスファイトは体力の消費が激しいな。

 九尾が息の荒い俺をじっくりと見ている。

 非常に嫌な感じだ。

 身体の魔力を使い果たす前に、エクレアのフレイムを叩き込んでやりたい。


 ――思案していると突然、九尾の身体が吹き飛んだ。


 横合いから、何かの攻撃を受けたのだ。

 唖然としながら首を巡らせる。


 「私だって、このくらいっ!」


 サイラが緊張で息を切らせながら、その両手で構えている物。


 「銃!!」


 拳銃だ!

 銃を作ったの、サイラ!?


 「マナ・リボルバーですにゃ!」


 魔法銃か!

 確かに、あのさく裂した威力は魔法のもの。

 凄い、サイラ!

 これはもう、戦力的にも凄まじい事になるのでは!?

 しかし俺の熱い視線にサイラは目を泳がせた。


 「でも……問題は弾丸にお金が掛かりすぎる事と、いちいち弾に魔力を込めてもらわないと撃てない事ですにゃ……」

 「そ、そうなの」


 どんまいサイラ。

 実用的じゃないとはいえ、凄い大発明だと思う。

 そしてこのチャンス、逃すか!

 良いパンチを貰ったぜ、とばかりにたたらを踏む九尾に追撃をかける。


 「キャスト解放! フレイム!!」


 紅の炎が九尾を包み込む。

 エクレアの炎はぬるくないぞ、九尾!

 攻撃力なら俺より上だからな!

 炎に巻かれ、九尾が伏せる。

 仕留めたか、と思ったがやはり効果が半減されている。

 魔法の炎がすぐに消えてしまった。

 ……ダメージは?


 「――痛いやないの」


 あるはずのない第三者の声に、驚愕する。

 まさかと思いながら声の主――九尾を注視した。


 「けったいなもん使いよる。空から人間が降ってきたと、あての童が言うから何や思うたら」


 身体を億劫そうに起こす九尾。


 「かいらしいエルフの魔法使いに、あての系譜の獣人の娘かえ? どうやらあてに用がある訳でもなさそうどすな」

 「しゃ、喋った」

 「阿呆いいなされ、エルフ。あてをそこらの獣と同じにせんといてくれやす」


 確かに知性的な目をしていると思ったけど、これは予想外だった……

 となると一転気まずくなる。


 「あ、あの」

 「ん? どないしたん?」

 「まず、すみません。話が通じると思わなくて、攻撃しちゃって……ヒールなら、できますから」


 左手のキャスターグローブを撫でながら、申し開いてみる。


 「わ、わわ、私も。すみませんでしたっ」


 サイラも秘密兵器の魔法銃を下ろして、慌てて頭を下げる。

 どっちが通り魔か分からない展開だぞ……

 でも獣と話せると思わなかったし……


 「かまへんよ、大したことあらへんもん。あては悠久を生きる神獣どす。人間の童のすることにいちいち目くじらは立てへんよ」


 なんて寛大なキツネさん!

 でも九尾の狐って結構厄介なイメージしかないんだけど。

 俺の知る伝承の類と異世界の現実を改めないといけないか?

 それとも……


 「ありがとうございます」


 でも今は現実的に戦いを回避できることが一番だ。


 「礼儀正しい童は嫌いやないよ。それにあれはあても悪いわなぁ、普通あない追い詰められたら鼠も猫を噛むもんや、そうやろぉ?」

 「っそ、そう、ですね」


 そのどこか酷薄な笑みに冷水を浴びせられた気分になる。

 かぱりと開いた大きな口は、人を丸呑みするのに不自由しないだろう。

 ……九尾の狐か。


 「……私たちは、この森を抜けたいだけなんです。通してもらっても?」

 「そうどすなぁ。別にこの森はあての縄張りやゆう訳やおへん。ちょっかいをかけたんも暇を持て余しとったからどす」


 暇つぶし……

 俺が渋い顔をすると、九尾が満足そうにカカカと嗤った。


 「なかなかええ動きどしたなぁ? 思わずあても手出してしもうたけど、避けてくれて助かりはったんよ」


 直撃したらグロテスクな事になりそうな鋭利な爪を持った前足で、九尾は顔をゴシゴシと洗い始めた。

 当たったなら当たったでそれまで、そんな雰囲気。

 ……キツネめ。


 「鍛えられてますから。姉とか師匠とかに」

 「お師匠~? エルフの? あんさんの動き、誰になろうたん?」


 何かに興味を覚えたように、九尾は顔を洗うのをやめて俺を見つめてきた。


 「え? そうですね、基本的にはティル……私の師匠、ティルベル・エインシャウラです」


 まあシオンさんともよく手合せはするけど、師はティルに間違いない。

 容赦のない指導を日々賜っております。

 魔法のみならず、基礎的なことから体術的な事まで。


 「く、カカカカ! まだ生きとったん、あんのちびエルフ? 道理で道理で」


 その名前を聞いて、九尾は大口を開けて笑い出した。

 正直こえぇ……


 「お知り合いですか?」

 「そうやで、あてが食い損ねた数少ない人間どすえ」

 「食い……」


 この九尾、ティルと戦ったのか……


 「心配せんといて、今はもう人は食いよらんどす」


 ほんとか?


 「あれは楽しい遊戯どしたなぁ。ちびの幻想を打ち砕いたとこで、あても力使い果たしたんよ」

 「打ち砕いた!?」


 コキュートスをか!?

 あれを打ち砕く存在がいるのか……異世界広い。

 まぁ、引き分けみたいだけど。

 しかしこの場合、人の夢、幻想魔法を打ち破ったこの獣が凄いのか、自称神獣とのたまうこの九尾の大妖怪? と引き分けたティルが凄いのか……


 「……とりあえず、あなたが雲の上の存在だというのが今ので分かりました」


 さっきは言葉通り、完全に遊ばれていたな。


 「なんよ? 相当あのちびを心酔しとんのかや? えろう殊勝な態度やないの」

 「見た目と性格はアレなんですけどね」

 「アレどすなぁ」

 「……」


 言いたい放題ですにゃ、とサイラがジト目を向けてくる。

 やめてサイラ、その生暖かい目やめて。


 「ところでここは何処なんでしょう?」

 「あんさん、何しに来たんどす?」

 「目が覚めたら空に、後は不明です」

 「ようわからへんけど、あんさん、能天気どすな……」

 「なぜかよく言われます」

 「まあええよ。ここは人の国で言えば、アシタカの近くどすな」

 「アシタカ王国?」


 目的地か?

 サイラと2人でかなり先行してることになるな。

 ここから王都まで通話できるような魔石は持ってないし、アシタカ王国に着いたらギルドからイリアに連絡しないと。


 「ちょうど用事のあった場所です」

 「さよか」


 ……

 リンちゃんを寝かしつけるまで、地図を頭に叩き込んでおこうと思って眺めてたけど。

 これは偶然なのか?

 サイラに抱かれて眠っているリンちゃんを見る。


 「このまままっすぐ進めば森は出られますえ」

 「そう、ですか……」


 もう魔力も無いし、次何かあったら戦い様がないからな。


 「カカカ。遊戯の詫びに、案内がてらあての童を同行させたるよ」


 ――キュイ!


 甲高い声と共に、九尾の後ろのブッシュからモッフりした子ぎつねが出てきた。

 この子は最初に俺たちを見ていた獣か。

 九尾とは比べようもないくらい身体も小さく、足元にまとわりついてきたかと思うと俺の肩に上ってきた。


 「わわっ」


 なにこれかわええ!


 「キュイ!」

 「かわッ」


 子ぎつねは耳元で小さく鳴いたかと思うと、頬ずりしてきた。

 体毛は九尾と変わらず金毛でふさふさだ。


 「その通り怖いもん知らずの好奇心旺盛な年頃なんどす。ついでにいろいろ人間の国もみせてやって欲しいんどすえ」

 「私は構いませんけど、九尾さんこそいいんですか?」

 「かいらし子には旅させえ言いはるでっしゃろ? もちろん、何かあったらその首噛み千切りますけどなぁ、エルフの童」


 怪しく光る九尾の眼光に鳥肌が立った……


 「大丈夫大丈夫! ……誓います」

 「キュイキュイ!」


 子ぎつねよ、お前も将来ああなるというのか?

 恨まれないように注意しよ……






 子ぎつね『キュウ』の案内通り、俺たちは森を抜けて平原に出ることができた。

 因みにキュウというのは俺たちが勝手につけた名前だ。

 そもそも名前というものが無いらしく九尾も名乗らなかったし、俺たちが名乗ろうとしても「簡単に名前ばらすもんやないどす」とやんわり忠告された。

 エルフのちびにエルフの童、それだけ分かれば十分、とのこと。

 後は匂いで分かるんだそうだ。

 匂いねえ?

 でもそれでは不便なんで、俺たちはこの子ぎつねにキュウという名前を付けた。

 由来は九尾と鳴き声からの単純なもの。

 まぁ、この子の尻尾はまだ一尾なんだけど。


 「キュウお腹すいてない?」

 「キュイ!」

 「そうでしゅか~、もうぺこぺこでちゅよねぇ?」


 あれ?

 なんか俺今おかしなこと言った?

 サイラが遠くを見つめるような、悟った目を向けていた。


 「サイラ、キャンプできるようなもの何か持ってきた?」

 「寝袋なら2人分ありますにゃ」

 「そう、じゃあ私とリンちゃんが一緒に使います。もう日も暮れてきたし、今日はここで休みましょう」

 「はいですにゃ!」


 先を急いでも街まで着くのかどうかも分からないし、それなら早めに休む方がいいや。

 森を出て魔力が戻って来てるのは確認済みだし、野盗が出てもどうにかなるだろ。

 サイラも手慣れたもので、リュックを下ろして手際よく夜営の準備に入った。


 「リンちゃん……」

 「キュイ……」


 寝息は穏やかだし、時々目を覚まして話してくれるから大事はないとは思うんだけど、とにかく寝てばかりだ。

 先に寝袋を用意してやってリンちゃんを寝かしつけてから夜営の手伝いをする。

 集めてきた小枝で火を焚いて、軽く味付けしたおかゆを作る。


 「キュウは食べられる? 熱いから気を付けてね」

 「キュイ!」


 キツネって雑食だから、まあ大丈夫なんだろう。

 ある程度冷ましたものを置いてやると、はぐはぐと食べ始めた。


 「でも私たちどうしてこんな所に居るんでしょう?」


 サイラがお椀を膝の上に置いて、考え込むように呟いた。

 天変地異ということじゃなければ、この現象は俺でもサイラでもない。

 そうなるとある程度は誰によって引き起こされたのか分かろうというものだ。


 「ソルトさんに事情を問い詰めたいくらいです」

 「やっぱり、そうなんですかにゃ?」

 「まだ断定はできませんけど、リンちゃんの今の状態、魔力の使い過ぎで憔悴しているように思えます」


 そうであるなら、ゆっくりすれば回復するはずだから心配ないんだろうけど。


 「心配ですにゃ……」

 「うん、でも今はゆっくり眠ってるから」


 それに懸念することは他にもあるんだよなぁ。

 おかゆを頬張るキュウに目を向ける。

 あの九尾、一体何考えてる?

 まったくの善意と考えるには、さすがに能天気すぎると思うけど……


 「きゅ?」

 「ん?」


 じっと見つめていた視線が気になったのか、キュウが俺を見上げてきた。


 「キュイ! キュキュ!」

 「わ、ちょっ! こらっ!」


 ご飯を食べ終えたキュウが纏わりついて来たかと思うと――


 「ちょっ! 待って待って! そこ……! こら! どうして股の間に入って――! やめっ、キュウ!! あ――」

 「わあ……」


 ……とりあえず、あんまり深く考えることはできなかった。

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