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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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いつもの二人

 「オマタセシマシタ、お嬢様」


 エクレアが機械的な感じの返事で、注文のラテ・アートを運んでくる。

 クランの前に出されたアートは気の利いた事に、ウィルミントンの紋章でもある鷹。

 そのクオリティや、本物が大空を羽ばたいているのかと見紛う程の一品である。

 クランがそれを見て感嘆の吐息をもらしている。

 対して、俺。


 「……」


 ――バカ。


 簡潔に、そう書かれていた。

 ひどい……


 「こ、これエクレアが淹れてくれたのかなぁ? お、美味しそうだなぁ」


 後、俺のだけマグマのように茹っているのは気のせいだよね?


 「お嬢様のだけ、特別に温めさせて頂きました」


 エクレアが掌に炎を浮かべる。


 「あ、ありがとう……ちょっと時間を置いてから頂きますね」

 「ごゆっくり」

 「エクレア様」


 さっさと引っ込もうとするエクレアにクランが待ったをかけた。

 それにエクレアが首だけで振り向いた。


 「……毒なんて、つまらないものは入ってないわよ」

 「アリスの見初めた方に、そんな卑怯な事をする人間などいるはずがないですわ」

 「……ふん」

 「ふふ。またいずれ、ゆっくりとお話ししたいですわ、エクレア様」


 今が仕事中だという事を、クランはよく弁えている。

 クランみたいな立場で中々気の回る事じゃないと思うけど、さすがクラン。


 「あんた……エクレアの事が憎くないの?」

 「そういう感情は、もう清算しましたの」


 何かに誓うように、クランはそっと目を閉じた。

 事情が痛い程良く分かる。

 やっぱりこの子の支えになってあげたい。

 そう思う。


 「そう……あんたの事は尊敬できるけど、好きにはなれそうにないわ」


 一瞬だけ、俺に視線を向けてからエクレアは部屋から出て行った。


 「くす、残念ですわ。余は逆に、とても好ましく思えるのだけれど」

 「エクレアは裏表がありませんから」


 クランからすれば、滅多に居ないようなタイプだろうね。


 「全くアリスは罪な方ですわ。どうすれば、あのような方に好いてもらえるのです?」


 あれ?

 おかしいな、俺ってエクレアに好いてもらっている……よね?

 その割に、戦ってばっかりだった気がする……

 仲間内でここまで戦ってきたのはエクレアだけだよねぇ。

 凌ぎを削っている内に芽生えた……愛情?


 「好かれてる、のかなぁ?」


 急に不安になってきた。


 「試してみましょう」

 「は――?」


 クランが呆気に取られている俺を尻目に、大きく息を吸い込んだ。


 「いやぁっ、アリス! こんな所で、大胆ですわ!!」

 「はあ!?」


 途端に慌ただしい足音が聞こえてきた。

 怒涛の勢いで踏み込んできた真紅のメイドさんに、何故か俺が締め上げられる。


 「不潔不潔!! アリスの、ばかああああああっ!!」

 「ち、ちがっ……」


 喉!

 苦しっ!?

 襟元をこれでもかと締め付けられて、思いっきり首を揺すられる。


 「今度こんな事したら、許さないんだからねっ!?」


 ちょっと涙目で額をこすり付けてくるエクレアに、必死になって頷き返す。

 それを確認して、仕事を思い出したのかエクレアが急いで部屋から飛び出して行った。

 まるで嵐のように。

 ……何とか、生き残ったか。


 「はぁはぁ……」

 「なるほど、愛されてますわね?」


 良く分かったと満足そうにクランが頷いた。


 「……クラン」


 服を整えながら、クランに向き直る。


 「なんですの?」


 クランがとても可愛らしい良い笑顔で、首を傾げた。


 「こういう事をするから、好きになってもらえないんだと思います」

 「ああ、なるほど」


 感心したように、腹黒姫様は手を打った。






 結局クランはお茶を飲んで俺とひとしきり会話を楽しんでから帰って行った。

 その間にエレノアさんが挨拶に来たりしたけど、結局エクレアとは何も話していない。

 一体何しに来た、本当に……

 暇なの?

 なんて、そんな筈ないんだけど。


 「うぅ、さむ……」


 そして俺はすっかり日も落ちて、カフェから酒場へと雰囲気の変わる店を眺めながらエクレアを待っていた。

 さすがに夜にもなると、肌寒い。

 店先じゃなくて、中で待たせてもらった方が良かったかなぁ?

 外套も羽織ってないし、風邪引かなきゃいいけど。

 また誰かに世界破壊を願うことになってしまう。

 かじかんだ手を吐息で温めながら視線を下に向けていると、急に暖かい外套を肩にかけられた。


 「……着なさいよ」

 「エクレア!」


 店頭で待っていたんだけど、そういえばエクレアは従業員用の勝手口から出入りするんだよね。

 後ろからかけてくれた外套に腕を通しながら、エクレアに笑いかける。


 「ありがとう、エクレア」

 「ふん、別に良いわよ、これくらい。あんたすぐに体調崩すんだから」

 「面目ないです」


 エクレアは魔眼発動していたにも関わらず、体調崩してないんだよね。

 身体の丈夫さは体力だけじゃなくて、多分守りまで含めてのものなんだろうな。

 守り0の俺は子供も真っ青だよ。

 レベルがもっともっと上がれば、少しはマシになると思うけど。


 「で、どうしたのよ?」


 エクレアは訝しげに俺を眺めてくる。

 というより、辺りを伺うように見ているから多分クランを探している……


 「クランは居ませんよ」

 「クラン、ねぇ……」


 エクレアの水色の瞳が細められる。


 「と、友達ですから」

 「あっそ」


 釣れない返事を残して、エクレアはさっさと帰路についた。

 慌てて俺も追いかける。


 「もうお仕事は終わりですか?」

 「そうよ。これから帰って夕飯作らないと」

 「まかない貰わなかったんですか?」

 「誰かさんが外で、凍えそうになってたからね」


 誰かさんがね、とエクレアが俺を見る。

 う、重ね重ね申し訳ありません……


 「あ、じゃあ私エクレアに夕飯作ってあげたいです! お仕事で疲れてるでしょうし」


 名案とばかりに提案する俺に、エクレアがため息を吐いた。


 「アリス、あんた気にし過ぎよ。エクレアだってこれが単なる我儘だとか……嫉妬、だとか……そういう幼稚な気持ちだって分かってるんだから」


 自分を恥じ入るように俯きながら、エクレアが足を速めた。

 それに慌てて俺も付いて行く。


 「でも……私、気になるんです! ……他ならぬ、エクレアだから」

 「~~っあんたは!」


 エクレアの顔に少しだけ朱が入って、慌てて顔を背けられた。


 「……なら、今日のこのもやもやした気持ち、夕食でチャラにしてあげる」

 「はいっ、ありがとうございます、エクレア!」

 「……ほんと、ずるいんだから」


 再びエクレアが小さく呟いた。


 「エクレア?」

 「何でもない! アリスの、ばか」

 「ええ!?」


 険の取れたエクレアと、他愛も無い話をしながら帰途についた。






 そんな訳で、エクレアの部屋にお邪魔している。

 マンションの一室がエクレアの借りている王都の家である。

 マンションと言っても異世界のマンションだから、元世界のような高層なものではない。

 せいぜいが三、四階くらいのものだ。

 建物は木造ではなく煉瓦造りの立派なもので、新しい。

 これはコンクリートも使われているのかな?

 床はフローリングだけど。

 コンクリートも元世界では古くからあったものだから、それほど不思議じゃないか。

 そもそも俺の屋敷も木造という訳でもないし。

 やっぱり田舎とは違うよね。


 「良いお家ですね」

 「そう? ま、一人暮らしにはちょうど良いわよ」


 そういえばエクレアに会うのはいつもお店の方で、お家にお邪魔したことは無かった。

 初めてエクレアの部屋に上げてもらえたので、ちょっと心が浮ついている。

 それにしてもエクレア、お姫様なのに一人暮らしなんだ?

 う~~ん。

 何か、この子もまだ色々抱えてそうだなぁ。


 「あ、氷鉱石の冷蔵庫だ。良いもの持ってますね、エクレア」


 そういえば食材あるのかな、と台所を見てみると高価な物を発見した。


 「もうバレてるから隠すつもりもないけど、お金にはそれほど不自由してないわよ」

 「お姫様ですもんね」


 開けても良いかと問うと、頷いたので食材確認させてもらう。

 おお、食材は結構ある。

 一人暮らしって事は、エクレア自分で作ってるのかな?

 冷蔵庫を見る限り、ちゃんと自炊してるみたい。

 ん?

 これはネギか?


 「……ほんとあんたは、変わらないのね」


 食材物色に夢中な俺に、エクレアがどこか呆れたような苦笑を漏らした。


 「お姫様には慣れてます」

 「ここであの女の事を言う?」

 「仲良くして欲しいのが本音です」

 「無理。以上」


 ツンデレなんだからー。


 「エイムは?」

 「あんたエクレアとあの暴食スナイパーが仲良いように見えるの?」

 「時々」

 「時々あんたの目は腐ってるのね」


 ふ、ここでお姉ちゃんの言葉を借りようじゃありませんか。


 「じゃれてるんですよね――いたいいたいっ!」


 こめかみを拳でぐりぐりされた。


 「あんたは反省して、大人しく夕食でも作ってればいいの。エクレアはその間にお風呂にでも入らせてもらうわ」

 「は~い」


 そう言うとエクレアは着替えを用意して、さっさと浴室に入って行った。


 「……ん?」


 お風呂?


 「……さ、お鍋にでもしよっかな、簡単だし」


 それっぽい食材もあるみたいだし。

 さっさと作っちゃおう。

 それ以外の事は考えない。

 ほんとだよ?






 魔眼の発動権は俺が預かっている訳だから、それの修行にしても不測の事態の対応にしても一緒に暮らした方が安心なんだけどなぁ。

 部屋はまだまだ余っている訳だし。

 屋敷の二階なんて、俺とティルしか住んでないし。

 エクレアってば、イリアとは仲が良いでしょ?

 お姉ちゃんには懐いてるみたいだし。

 サイラと仲が悪い人間がいるとは思えないし。

 ティルはさわらぬ神に祟りなし。

 まるで問題ないと思うな。

 なんて、後片付けをしながら考えてみる。

 エクレアがお風呂から出てきて、お鍋を二人で突っついて、ちょうど後片付けも終わった。

 何と言うか、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。

 名残惜しいとはこの事だ。


 「エクレア、終わったよ~」

 「そ、ありがと。助かったわ、アリス」

 「良いですよ、私も楽しかったですし」

 「そ、そんなの……エクレアだってそうよ」


 ちょっと照れたパジャマ姿のエクレアって、反則だよね……

 乾き切ってない髪も色っぽいし……

 よく理性持ったな、俺。


 「……じゃあ、帰るね」


 何か意味も無くしんみりしちゃうな。


 「……もうちょっと、ゆっくりして行きなさいよ」


 エクレアが顔を背けながら、そんなことを言ってくれる。

 ちょっと心臓が跳ねた。


 「で、でも、もう夜も遅いよ? エクレア明日はお仕事?」

 「休みよ、あんたはどうなのよ?」

 「私はほら、自由業ですから」

 「いい御身分よねぇ、お嬢様」

 「お姫様に言われたくありませんし」


 そうは言っても、実際エクレアの方がしっかり働いてるんだよね、お姫様なのに。

 気になるなぁ。

 もっともっとエクレアと話したいなぁ。

 ……よし。


 「あの、エクレア……」

 「なによ?」


 さすがにドキドキするな……


 「今日――泊まって行って、良い?」

 「――」


 エクレア、固まる。

 ああ、やばい、言っておいてなんだけど、今すぐ逃げ出したいこの心境!!

 ちょっとちょっと、心臓が壊れる前に、早く返事!

 静寂は間が持ちませんって!


 「………………お風呂にでも、入ってきなさいよ」

 「……着替え、貸してもらえる?」

 「好きなの、使えば良いじゃない……」


 真っ赤になって応えてくれるエクレアに、すっかり舞い上がってしまいそうになる。

 あ……

 でも、下着は遠慮しておこうかな……

 なんというか、さすがに。

 うん、さすがにね?






 という訳で、一つ屋根の下、一つのベッドで寄り添って就寝中。


 「……羊が578匹、羊が579匹、羊が――」

 「やかましくて眠れないでしょ! 何をぶつぶつ言ってるのよ、あんたは!?」


 由緒正しいおまじないをちょっと。


 「精神統一です、気にしないで」

 「気になるに決まってるでしょ! 何匹羊を数えれば気が済むのよ!?」


 おかしいなぁ、こっちの世界ではシープを数えるのは普通じゃないのか?


 「エクレア、全く眠れる気がしません」

 「エクレアもあんたのせいで全く眠れる気がしないわよ……」


 と、仕事帰りのエクレアさんが疲れた声を漏らす。

 そっか、エクレア仕事上がりだもんね?

 悪い事しちゃったかなぁ。


 「という訳で、朝まで語り明かしませんか?」

 「……あんた実は反省とか微塵もしてないでしょ」

 「やだなぁ、同じ過ちは繰り返さない。それが私のスタイルですし」

 「過ちか……」


 エクレアの声が沈んだものになる。


 「……自国の姫に殺されそうになる兵士たちって、どんな心境なのかしらね?」

 「……」

 「正直、今のエクレアは敵からも味方からも恨みを買ってる極悪人だわ」

 「考え過ぎです。エクレアは、誰も殺してませんよ」


 それにエクレアはウィルミントンについた訳でも、サクラメントについた訳でもない。

 利用されただけなのだ。

 恨まれる筋合いはない。

 恨まれるとすれば、あの年配の男だろう。


 「それでも、撃ったのよ、この手で……」


 エクレアは自身の手を顔の前に持ってきて眺める。

 その震える手を、そっと握った。


 「怖いの……夜になると、誰かがエクレアのこと殺しに来るんじゃないかって」


 ……考えてみれば、微妙な立場だ。

 お咎めなしで解放されたのは良いけど、それが本人の為になるかは分からない。

 罰が無ければ、立ち行かなくなることもあるだろう。

 人間って難しいな。

 そしてエクレアは――――優しすぎるなぁ。


 「ふふっ、エクレアってば、強がってる割に可愛い女の子ですね」

 「アリス……」

 「申し開きがあるなら、サクラメントに顔を出せば良いんです。逃げたいなら、私が全力で守ってあげます。クランにもお願いしてね」

 「あんたって……自由だわ、羨ましいくらい」


 エクレアが儚そうに笑う。

 壊れてしまいそうで、だからこそ苦しくなるほどに綺麗な笑顔。

 もうなんか、居てもたってもいられない。


 ――そんなエクレアに、馬乗りになる。


 「――な、なに、アリス?」

 「ねえ、エクレア。闘技大会の時も、あの戦いの時も、私、エクレアに貸しがあると思います」

 「わ、分かってるわよ……それくらい」

 「奴隷になれ、なんてつまらないことは言いませんよ」


 姫奴隷とかありなのか知らないけど。

 目を閉じて、深呼吸する。




 「私の――――――女になりなさい」




 「~~~な、なっ!?」


 わぁ、すごく真っ赤だエクレア。


 「な、何言ってるのよバカ! これだからエルフは!!」


 んん?

 首を傾げる。


 「前からエルフはエルフはって言ってるけど、何か関係あるんですか?」

 「じ、自分の事も知らないの!? 大人なのか、子供なのか分かんない……」


 まごまごしているエクレアの顔を挟むように手を付いて、逃げ道を無くす。


 「それより、答え、聞きたいな」

 「~~~」


 エクレアが、真っ赤な顔で口を小さく動かした。

 何て言ったの、と促すように待つと――その水色の強い瞳で、燃えるように見据えられた。


 「――勘違いしないで」


 それは、俺の大好きなエクレアの自信に溢れる声で。


 「エクレアがあんたの女なんじゃない。アリス! あんたがエクレアの女なの!」


 そう断言してくるライバルに、笑うなという方が無理な話で。


 「あははははっ!!」

 「な、なに笑って――――んんっ」


 もう言葉は要らないかなと思って、その可憐な唇を思いっきり塞いでやった。

 やっぱりエクレアは、守られるだけの女じゃありませんよね?

 想いよ届けとばかりに、後はその身体を強く強く抱きしめた。


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