暴かれた秘密
マリアさんに断りを入れてから、先行して現場に赴くことにした。
サイラとリンちゃんは公都待機。
ティルは登校拒否である。
まぁ、あの人本気出したら少々の距離でもすぐ来るからいいでしょ。
今回は公都から馬で駆けて三日程掛かかる予定で、今日はちょうど到着予定日である。
途中の駐屯地などで一日毎に馬を変えさせてもらっての強行軍で、相当疲れた。
……乗ってるだけですけどね!
そう、毎度お馴染み、乗せてもらわないとお馬さんに乗れません!
乗馬、習おうかなー。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ああ」
懐から仰ぎ見る様に、シオンさんの顔を見る。
表情からは言葉の通り、疲れは見えない。
しかし、エクレアもエイムも皆乗れるみたいだし。
これ俺一人だけ、どこのお姫様?
みたいになっちゃってるよ。
まぁお姉ちゃんの腕の中は格別なので、特別焦って覚える必要が感じられません。
それが問題だ。
でもシオンさんもそうなのだけど、イリアにしても、皆疲れたからって弱音吐く人間が誰も居ないんだよね。
凄いとは思うんだよ、凄いとは。
でも、疲れたら疲れたって言っても良いと思うの。
ここまで誰も言わないと、逆に本当に疲れていても言い出し難いのではないか?
ここは……俺が一肌脱ぐべきではないか?
誰かが言わないと、切り出せない悪循環に陥っているのでは?
――よし!
犠牲になるのだ、俺は。
俺が言わずして、誰が言う!
「お姉ちゃん、疲れましたよね?」
「いや、別に」
「……ちょっとは、疲れてますよね?」
「そうでもないかな」
「おしり、痛いですよね?」
「慣れれば、そうでもないよ」
…………まだまだ!
「イリア! 凄く、疲れたよね!?」
「いえ、それほどでは」
隣を走るイリアに声をかけるも、結果は同じ。
なんてシャイなの皆!
もっと自分を解放しようよ!
隣の顔色を伺っちゃダメ!
そう、エクレアが先頭をひた走って止まる様子がないから皆止まれないのだ。
元凶を、止めてみせる!
「――マスター、良い顔してる」
エイムがイリアとは逆隣りに並走しながら、俺に声をかけてくる。
「ふふ、分かりますか?」
「ん、ついてく」
エイムの眠たそうな目が狩人のそれに変わる。
「どうするの?」
「大丈夫、こんな事もあろうかと私は――人参を用意してあります」
「――なるほど、まさかの」
エイムが深く頷いた。
「やれやれ……」
後ろでため息が聞こえたが、気のせい気のせい。
いざ――!
「――エクレア、そろそろ休憩にしよう」
「シオン……そうね」
お姉ちゃんに声をかけられたエクレアが、馬の速度を落とす。
「……」
「……マスター、どんまい」
恨みがましそうに見上げると、シオンさんにくしゃくしゃと頭を撫でられた。
三公国は王国を中心にして、北から見て逆三角形のように位置している。
南がウィルミントン。
西がオースティア。
東がサクラメント。
三公国とも王国に国境を隣接しており、各々もう一国に隣り合っている。
オースティアは、共和国と。
ウィルミントンは、サクラメントと。
俺たちは休憩を挟んで、その国境沿いに到着した。
既にウィルミントンの部隊は展開を完了している。
さすがの手際、さすがの練度である。
今は国境の駐屯基地の物見台から、辺りを眺めている最中だ。
丘の上に建てられたそれは遠方までを見渡せる。
でもここからじゃ、まだサクラメントの部隊は見えない。
……まさか、攻め込んで来るとは思わないけど。
「強いのね……ウィルミントン」
「エクレア?」
国境沿いに展開されたウィルミントンの部隊を遠目に眺めながら、エクレアが険しい顔をする。
それにしても、一体どうするんだろうね?
盗賊が出たという場所は、一応サクラメントの国境内だからなぁ。
こんな緊迫した状況で渡れる訳がない。
実際はここから経過を観察するくらいしかないんだよね。
それでエクレアの気が済むのならいいんだけど……
「アリス……エクレアを連れて、跳んで」
……そんな訳、ありませんよね。
「それはまさか、私に越境行為をしろと……言ってるんですよね」
エクレアの目が本気だったので、返事を聞くまでもなく確信してしまった。
う、う~ん。
これは難しいな。
とりあえず俺は一般人には間違いないのだけど、客観的な視点で考える必要があるんだよね。
その一、それなりに名前が知られてしまっている。
その二、クランと懇意であることが知られている。
つまり、ウィルミントンと繋がりの深い俺がこの緊張している場面で越境行為とか、火に油を注ぐ愚行でしかない訳で……
見つかってしまった時、さすがに知らぬ存ぜぬでは通せないだろう。
「ごめん、エクレア。無理だよ……」
「アリス……馬鹿ね! そんな顔しないでよ、変な事言って悪かったわ」
エクレアが笑いかけてくれたので、少しほっとした。
でもすぐに真剣な顔になって、物見台の端の方まで歩いて行ってしまう。
「エイム、盗賊……居る?」
先ほどから、エクレア以上に真剣な顔で国境の方角を眺めていたエイムに問う。
「ん……盗賊、ではない。恐らく、少数の精鋭部隊が偽装している」
「分かるの!?」
「さすがに、ここから詳細は分からない。だから――」
「勘、ですね」
こくり、とエイムが頷いた。
エイムの……勘、か。
「イリア、状況は読める?」
すぐ傍で黙って聞いていたイリアに問うてみる。
「盗賊退治というのは口実に過ぎませんが、その上でおためごかしの目くらまし……少し趣向が凝り過ぎているように思います」
「……つまり?」
イリアは事実を確認するように頷いて。
「――本気であるような予感がします」
本気――
王国の戦場を思い出して、気分が悪くなった。
サクラメントが、どうしてウィルミントンに?
やっぱりクランが王国に居座っているのが気に入らないのか?
「マリアさんは?」
「恐らく、公都から指揮されるのでしょう。前線指揮官は別だと思いますわ」
なるほど、一々小競り合いなのか駆け引きなのかで、トップが駆り出される訳にはいかないよね。
でもマリアさんが選んだ指揮官なのだから、それはそれで問題はないのだろう。
「……」
さて、どうしたものか。
敵の狙いが読めない。
本当に――戦争を始めるつもりか?
それとも……?
エクレアじゃないけど、探りを入れたいのは確かだ。
夜なら、行けるか?
――いや、軽率な真似はよせ。
それが戦の口実になる事も考えれば、軽はずみに動けるはずがない。
やはり、静観するのがベターか。
……ベスト、ではない気がするけども。
「アリス」
「お姉ちゃん、何か動きはありましたか?」
俺達と別れて、騎士と話をしていたシオンさんが帰ってくる。
「ああ、盗賊調査の為に、こちら側から調査隊を出すそうだ。サクラメントにも了解を取っての事だから、もし確認したいことがあるなら――」
「行くわ!!」
シオンさんの話が終わらぬうちに、エクレアが参加を表明した。
いや……あのね?
部外者が勝手に参加できるものでもない気がするんですけど……
「そう言うと思って、同行を申し出といたから」
「ええ!? 了承されたんですか!?」
「銀の雷精殿とご一緒出来るとは光栄です、って言ってたよ? ふふ」
お姉ちゃん、それ俺が同行すること確定してるじゃないですか……
まぁ、いいか?
大手を振るって調査出来るのなら、それに越したことはないや。
調査隊に選ばれた騎士十名と、俺、エクレア、シオンさん、イリア、エイムの合計十五名で、サクラメントとの国境を越える。
国境の関所を抜けると、直ぐにサクラメントの騎士が出迎えてくれた。
合流して、件の盗賊の根城という場所に移動する。
哨戒任務も兼ねている訳だ。
国境は山と山の丁度間にある平地を関所としている。
よって、すぐ両脇には山が聳え立っている訳だが、盗賊はどうやらその山奥を根城としているらしい。
この辺りの街道で商人を襲ったり、近くの街や村まで悪さをしに行っているということだろうか?
……存在が、本当なら。
エイムを伺ってみる。
「勘」
と、一言。
俺の視線を感じて答えてくれる。
どうも嫌な予感がするな。
「イリア」
隣を歩くイリアに顔を寄せて、そっと耳打ちする。
イリアが顔をこちらに向けて、頷いた。
ん……近い。
……感触、思い出しちゃう。
思わず唇に目が行ってしまう。
いやいや、不謹慎な。
時と場合を弁えましょう。
そうこうしている内に、山間の開けた場所に出てきた。
そこに、山小屋が建っている。
明らかに怪しいが、怪しいのはそれだけじゃない。
「――アリス、分かってるね?」
シオンさんの小声での忠告に、頷いて返事をする。
――サクラメントの兵に、迷いが無さ過ぎる。
これは、哨戒任務ではないのか?
事前に偵察を終わらせているにしても、賊がその間に移動して、茂みから襲い掛かってくる可能性もあるのだ。
それなのに、注意するそぶりすら見せずに、真っ直ぐこの山小屋まで案内された。
そう、哨戒というより、案内である。
「こちらへ」
それをサクラメントの騎士も承知しているのか、堂々と山小屋へ案内し始めた。
ウィルミントンの騎士達と目を合わせて、覚悟を決めて頷いた。
ここまで手の込んだ事をして、単にとって食おうとする訳でもないだろう。
案内された小屋の中に入ると、そこに居たのは――
「レオニール・サクラメント――」
男にしては少し長めの赤い髪に、グレーの瞳。
王子様な雰囲気を醸し出すその人物は、闘技大会で会ったきりのサクラメントの御子息様。
……思った以上の大物が居たな。
「これはアリスさん、お久しぶりです。闘技大会以来ですね」
「ええ、驚きました。お久しぶりです」
そう云えば、こいつとは決着を付けてなかったな。
……あの時戦って、勝てたかな?
「まさか貴方が来て下さるとは思いませんでしたが、丁度良かったのかもしれません」
あれ?
これ俺が代表で話すみたいな雰囲気になっているけど、良いの、騎士の皆さん?
視線を向けると、直立不動で騎士様方は俺の背後に控えていた。
いやね?
だからね?
俺は一体、ウィルミントンの何なのかと……
「……何か、内密なお話があるのですか? レオニール様」
「そうですね、単刀直入に用件を言えば――同盟を結びたいのです、それも秘密裡に」
「何故?」
「共和国を打倒するために、そろそろこちらも一枚岩になるべきではないでしょうか?」
……恐らくオースティアは相変わらず裏で共和国と繋がっている。
今後情勢が戦争に傾いていく事も視野に収めれば、至極まっとうな意見だが――
「秘密裡に交渉する理由が分かりません。相手に圧力をかけたいなら、むしろ堂々と見せつけるべきです」
「それではオースティアが意固地になります。せっかく表向きは反省をして、王国に償いをしている最中です。しばらくは頭を垂れて貰うのが筋でもあるでしょう」
違和感はないが、疑問を持たれる事を当然として用意された回答であると考えるべきだな。
――いや、それ以前に根本的な見落としがある。
「……相手を選ばぬ交渉の席で、する話ですか?」
「だから、秘密裡だと――」
「では」
背後に控える騎士たちを確認するように一瞥してから、再度王子に向き直る。
「この者たちだけで赴いていた場合、どうしたのです?」
口に戸口は建てられない。
同盟の話をすれば、どこかに洩れる危険は高くなる。
最初から、クラン、マリアさん、というトップレベルの人間と話をするべきなのだ。
秘密だというなら、余計に。
「建前ですね、レオニール様」
俺の言葉に反応したのは――
「そうよ、アリス。こいつは建前ばかり言う! 良い子面して、おじい様の傀儡なのは変わってない!」
ずっと静かにしていたエクレアからだった。
もう、黙っていられないという雰囲気で。
「自分は軍人です。自国の民を守り、上の命令に忠実なのはむしろ誉れ」
「恥ずかしげもなく!」
激昂するエクレアに一瞥を入れ、王子は俺に向き直る。
「先ほどの質問に回答しましょう、銀の雷精」
レオニールが片手を挙げた。
瞬間――山小屋の中のサクラメントの騎士達が一斉に剣を抜いた。
――恐らく、山小屋を囲うように、外にも布陣している。
「戦乱の火ぶたを切る為に、犠牲になって頂く所存でした」
毒気のない笑顔で言い放つレオニールに虫唾が走る!
本当に単にとって食おうとしていただけか!
一周まわって驚愕するな、これはこれで。
「――ここで騎士達が攻撃するのが早いか、私が貴方の首を獲るのが早いか、試してみせましょうか?」
目を細めて、レオニールを正面から見据える。
若干、身体に雷を通す。
「銀の雷精。貴方が来るのは予想外でしたが――備えは、ある!」
天井から、黒い炎が屋根を突き破って襲い掛かる。
正確にこちらの人数分!
「イリア!!」
「イエス、マイ、レディ!」
イリアがフィールドを大きめに展開して、その全てを受けた。
予め、イリアにはずっと防御態勢を取らせていたからこその対応力だ。
ただ、威力自体は強くて苦しかったのか、少し口元から血を流している。
「突破する!」
シオンさんが刀を抜いて、出口に居た敵兵を切り捨てた。
「エイム、援護!」
「らじゃ、退路を確保する」
エイムの早打ちで、次々と敵兵が倒れていく。
ドアを蹴破って、シオンさんが外に出る。
その後ろから、警戒しながら味方の騎士が進み出る。
「……」
「……」
そんな様子を尻目に、俺とレオニールは一歩も動かずに視線をぶつけていた。
互いに――――動けない。
確実に、一番やばい相手だ。
「――っ焼き払ってあげる!」
じりじりとした緊張の中で、エクレアが割り込んできた。
これなら!
そう思った瞬間――
「――こっちの台詞ね。いい加減、ワガママが過ぎるよ」
レイミアが天井を突き破って来て――黒炎で、エクレアを一閃した。
「――あ」
「エクレア!?」
致命傷は……受けていない。
傷もそれほどではない。
でも、エクレアは茫然と……引き千切られて足元に落ちたネックレスを見つめていた。
いつも、お風呂の時でさえ外す事の無かったネックレスを。
「チェック、メイト」
レイミアが淡々と呟いた。
「あ、あああああああぁ――――あぁああぁああぁあっ!!」
――突然、右目を押さえてエクレアが塞ぎこんだ。
「レオニール、後は此方が」
「すまないが、任せたよ」
それだけ言うと、レオニールはさっさと裏口から出て行った。
「……レイミア!」
「意外とすぐに会ったね、銀の雷精。手間が省けた」
「エクレアに何をしたんですか!」
「――何も?」
うずくまって苦しむエクレアに、イリアが寄り添うが。
「これは……!?」
イリアが、驚いた声を出した。
「そう、此方は解放してあげただけ。元々持っているモノをね」
瞬間、エクレアを中心に紅い衝撃波が放射状に解き放たれた。
イリアを吹き飛ばし、室内に残っていたサクラメントの兵を吹き飛ばし、建物を半壊させた。
俺と、レイミアだけその場で何とか耐えていた。
つまり――魔力の波動か!
「さすがに違うね、本物の宝石持ちは」
レイミアが呟いたと同時に、エクレアが幽鬼のように立ち上がった。
振り向いたその顔、その右目は――
「紅い、オッドアイ……?」
紅に輝くその瞳はどこか神秘的で――――どこか、禍々しい。
レイミアが防御魔法を展開しながら、立ち上がったエクレアに淡々と声をかけた。
「久しぶり、プリンセス。最悪の――――魔眼持ち」




