紅と青の相性
ラビリンスに入り、現在地下三階まで順調に踏破。
後衛についてはまぁ、言うまでも無く連携最悪なのだが、とにかく前衛が強力過ぎるので、ピンチというピンチが訪れない。
「はっ」
今もまた、イリアの新しい槍が魔物を貫いた。
強い、強すぎる。
力の不足を、サイラという稀代の名工候補の武具によって補われたイリアは、向かう所敵なし。
今までの苦難を、皮のローブという貧弱装備で防いでいたのだから、今の防御力は恐ろしいことになっているのでは……
戦闘が終わって、一息つく。
ついでにサイラ渾身の装備を、ステータスで確認してみる。
武器:サジタリウス・ランス (品質:精錬)(銘:サイラ)
防具:ヴァルキリー・キュイラス (品質:精錬)(銘:サイラ)
ふむ……いて座って、この世界にあったのか。
「素晴らしい装備ですわ、お嬢様。サイラさんと一緒に戦っている様で、心強いです」
「ほんとにね」
良い事言うね、イリア!
鉄の槍とは比べようもない程、綺麗な槍。
軽量化された、主に上半身のみを守る蒼い鎧。
下半身は魔力を帯びた特殊繊維のロングスカートで保護。
左手のみに付けられた、軽量化された盾代わりのガントレット。
両足を保護するブーツに、これまた軽量化された装甲を一部のみ取り付けたもの。
コンセプトは動きやすさ。
そして、キャスター・グローブのようなカラクリもあるというのが、サイラの武具だよ。
ううむ……このパーティ、世界を獲れる……
「素材費は高かったんだけど、その甲斐がありました」
王都の品揃いの良い親父さんの素材屋で、ほぼ最高級の物や、サイラのオリジナリティを出す為の隠し味的なものまで、金貨が十五枚くらい飛んだ……
でもこれって、この完成品を売り出したら、それ以上の値段が付きそうだよね。
売らないけど。
「わたくしには過ぎた装備……お嬢様、このご恩――身体でお返ししますわ」
……身体?
「え? 身体……」
「はい、粉骨砕身、働いて報いて見せますわ」
「あ、ああ! うんうん、お願いしますね!」
「ふふっ」
……その笑いは、何でしょう?
ベッドに横になりなさい。
抵抗してはいけません、って言ったら、この子どうするんだろ……
「しかし凄いもんだね。あたしも、今度サイラにお願いしてみようかな。そろそろ剣も痛んできたし、こういう剣、中々手に入らないしさ」
シオンさんが、使い込まれた自分の剣を見ながら零した。
東方剣、つまり刀だもんね。
東に行けば、ジパングがあるのだろうか?
「あの子は誰かに喜んでもらうのが大好きですから、きっと名刀を錬成してくれますよ」
うちのサイラをよろしく!
「ふふ、あんたは自分の周りの人間を褒められるのが、好きそうだ」
わしゃわしゃと、シオンさんに頭を撫でられる。
「――で、後ろの二人、存在を忘れそうな程静かなのは、なんで?」
シオンさんの言葉に、前衛一同が一斉に後ろを振り返る。
そこには、相変わらず反目し合っている二人の、一言も話さぬ姿。
「……倦怠期に入ったみたいですし、しばらくそっとしておきましょう」
「そうだね」
そこをクリアしたら、もうすぐ仲良しになる!
……はず。
地下七階、前衛の能力に疑う所は無いが、明らかな連携の不手際で戦闘時間が長引いてきた。
ヘイト管理をまるで無視したエイムとエクレアの攻撃で、後衛に突進してしまう敵をイリアが防ぎ、シオンさんがその敵のヘイトを回収するという、無駄な手間が発生するという事案が多発。
まったくもう、二人とも、俺からすれば好ましい人間なんだけど。
もうすぐ最下層で主もいるってことだし、このまま放っておくのも問題かな。
「エクレア」
隣に並んで、声をかける。
「……言いたいことは、分かってるわよ」
言われるまでも無いんだからね!
という感じで、傍に来た俺に噛みついてくる。
「……ねえ、エクレアはどうしてエイムをそんなに目の敵にするの?」
「……」
エクレアが足を止めて、周りを気にする。
「ちょっとエクレアと話してます、少しだけ先で待っててください」
誰にでも聞かせたい話じゃないのだろう。
シオンさんたちに一声かけると、分かった、との返事が返ってくる。
一行はそのまま通路を少しだけ進んだ所で、止まってくれた。
それを確認して、もう一度エクレアに向き直る。
「……アリス、あんたの魔力は普通じゃない。ヒューマンじゃないでしょ」
なるほど。
「ハーフエルフです」
しかし魔力が膨大なのは、種族じゃなくて、俺の意志なのだが。
いや、もしかして種族で素質に上限の違いがあったのか?
そこまでは調べなかったからな。
「ハーフエルフ……あっさり白状するのね」
「だって、エクレアですし」
「……ふ、ふん。エクレアも教えてあげるから、耳を貸しなさいよ」
「え? わっ、とかやっちゃ嫌ですよ?」
「する訳ないでしょ!」
というので、エクレアに耳を寄せる。
割と注意深い子だなー。
「エクレアは、実は――」
「こそば!」
「真面目に聞く気あるの、あんたは!」
だって耳に吐息が吹きかけられて、なんか!
「だ、大丈夫です、さあこい!」
「あんたは、もうっ……エクレアは、魔族なの」
魔族。
なるほど、魔族か。
それであの魔力。
顔を離して重大な告白をした、というエクレアが神妙な顔で改めて俺を見た。
「え?」
「なによ……」
なんだ、この空気は?
しまった、魔族――これがキーワードか?
異世界×魔族。
ここに、一体どんな秘密が……
普通に王都で生活しているのだから、お尋ね者みたいな種族ではないだろう。
魔法だって、見せれば正体に気づく人もいるだろうし。
う~~ん。
でも、何かしらの苦悩がある、か?
「な、なんで急にエクレアの頭を撫でるのよ、アリス」
「いえ……」
「ど、同情なんていらないんだからね! エクレアは魔族であることに、誇りを持っているんだから!」
「えと、同情なんかじゃありませんよ。これは……親愛の情とかいう感情です」
「アリス……」
エクレアが何だか切なそうな顔をしたので、思わずぎゅっと抱きしめた。
抱きしめてしまった。
……勢いで。
「なっ、なな何よ! アリス! ほんとに!」
「いえ、その……自然と」
「何なのよ……馬鹿ぁ」
エクレアも背中に手を回してくる。
割と、感動的なシーンかもしれない。
――お互い、通じ合っていれば。
ごめんエクレア。
俺達、実は通じ合ってません!
教訓。
スキンシップで誤魔化そうとするのは止めましょう。
大変相手に失礼です。
――でも、エクレアを大切に思う気持ちに、嘘はないんだからね!
地下九階。
後衛の連携も取れてきて、戦いやすくなってきた。
このまま主まで雪崩れ込んでも大丈夫かな、とも思うが、やはり出来る事はやっておくべきだろう。
先ほどと同じ要領で、エイムとの面接を開始する。
「エイム」
「分かってる、仕事に余計な感情は挟まない」
性格は全然違うのに、反応は良く似てるんだよなぁ。
「私は、別に感情を持ち込んでも良いと思う人間だけどね。大事なのはメリハリかなって思うし」
別に人間なんだから、合う合わないくらいあるだろう。
それを無理矢理押さえても、本来のパフォーマンスにまで影響が出るんじゃ意味は無い。
「感情……感情を持ち込んで、人は撃てない」
「――」
エイムの目が鋭く細められる。
……言い返せないな、これは。
「ごめんね、エイム。分かったような口をきいて。でも、今のエイムは暗殺者なんかじゃないよ。ただの、私の弓兵。違う?」
「……違わない。この弓は、もうマスターに預けてる」
そう言って、サイラに作ってもらった魔力弓を掲げてみせる。
「……実際、あの紅いのには個人的に思う所は無い」
そう一言断って、エイムは弓を握る手が赤くなるほど、力を込めた。
「でも……あいつだけ特別にしたら、今まで撃ってきた魔族が……報われないから」
魔族。
まさか、ここで魔族に繋がるのか?
「……どうしてエクレアがそうだって、分かったの? 魔力だけなら、私も疑われそうだよね?」
「千里眼……ちょっとした隠し事程度なら、分かる」
千里眼、スキルか?
エイムは俺をじっと見て、何事も無いように視線を切る。
「マスターも、生き難そうな生い立ちしてるね」
「……言いふらしちゃ、ダメですよ」
「そんなに口数は多くない」
確かに。
「ドワーフだから」
「え?」
自分を指さして、エイムが答える。
ああ、自分だけ俺の正体を知るのが不公平だと思ったのね。
律儀。
でも偉そうに説得する言葉が見つからないな。
この子は行き場を無くした子供たちの為に、弓を引いて来たのだから。
「うん、分かった。エイムはエイムのスタイルで、私を助けてくれたら十分です」
「……マスターは、もっと偉そうに命令してもいい立場だと思う」
「えー、それはちょっと無理」
エイムが無表情気味な顔を、珍しく苦笑気味に変える。
「マスター、この仕事、タダで良い」
「え? でもそれは……」
「良い。少なくとも、後五十回は、マスターの為に弓を引く理由がある」
素直じゃないというか、本当に律儀というか。
エイムがさっさと俺を置いて、歩き出す。
慌てて俺もそれについて行く。
一杯稼げたら、それでも俺はエイムにお給料を出しますから!
「あ、でも主がびっくりするくらいレアな物を落としたら、背中からズドンするかも」
「しないでね!?」
「マスター、面白い」
「しないでね!!」
面白くありませんし!
来てしまった。
地下十階、その最奥に。
地下特有のひんやりとした空気が漂う中、侵入者を拒むような威圧的な扉が目の前に。
「どうする、アリス。引き返すのも勇気だと思うけど」
シオンさんからの最終確認に、皆の顔を見渡してみる。
イリア、エクレア、エイム、それにシオンさん。
「……どう考えても、この面子で倒せないとは思わないです」
「当然よね」
エクレアのその強気、嫌いじゃありませんよ。
他のメンバーも異論はないようなので、決めた。
「うん、行きましょう」
頷いて、扉を開ける。
暗くて良く見えない部屋の中に、皆で慎重に入って行く。
ある程度入った所で、狙ったかのように部屋のあちこちに設置している魔鉱石に明かりが灯り出す。
部屋、というよりも、かなり広大な空間だ。
そして、見えて来るもの――
ベヒモスロード:LV50
後ろを振り返ると、扉ががっちり締まっていた。
改めて、前を向く。
ベヒモス、とはゾウとかカバとかがモデルになったとかいう、陸の怪物だ。
でも、こいつは怪物という程大きいわけではない。
そう、大きいが、精々ゾウが立てったくらいだ。
自分でも何を言ってるか分からないが、実際、奴は立っている。
その両手に大きな棍棒を持って、二本の足で立っている。
頭から生えた曲がりくねった凶悪の二本の角と、まるで牛のような顔。
ミノタウロスと言った方が、イメージが湧く。
「――行くよ、イリア!」
「はい、お姉様!」
俺が呆けている間にも、頼りになる味方は動いてくれる。
ベヒモスに正面から向かうシオンさんに、迎撃の打撃が叩き付けられる。
際どい所でシオンさんはそれを躱して、先に一太刀を浴びせる。
しかし相手の攻撃、重たそうなのは風圧やら重量感で丸わかりだが、それに加えて速い!
さらに続くシオンさんの攻撃を、受け止めるのではなく、飛び跳ねて躱したりするその巨体。
「とんでもない……!」
冒険者が返り討ちにあう訳だ!
「お姉様、わたくしの後ろに!」
「すまない!」
やり合っていたシオンさんが一旦イリアの背に身を引いた。
二人まとめて吹き飛ばさんとする棍棒の横なぎに、イリアが左手のガントレットを構えて受け止める。
マジックシールド。
ガントレットに埋め込まれているのは、素材屋で手に入れたかなりレアな白魔石、と呼ばれる魔石。
それを使った魔力の盾。
「っ強敵には違いありませんが、守るのが随分楽になりましたわ」
棍棒を受け止めた隙に、改めてシオンさんが切り掛かる。
が、敵の防御もどうやら相当だ。
つまり……俺たちの出番である!
後衛三人で、目配せする。
「急所……狙い撃つ」
口火を切ったのは、エイム。
魔力弓を構えるが、矢は普通のものだ。
というのもこの弓、『誰かの』魔力をチャージすることによってその真価を発揮する弓だからだ。
ただ、相手の属性に向き不向きもあるから、中々事前にチャージするのも難しい。
それに、通常の矢で、エイムにとっては十分ということもある。
大きな強弓を命一杯引いて、ベヒモスに向けて一射する。
それは、シオンさんが注意を引付けている敵の右目に、見事食い込んだ!
「さすがっ!」
咆哮を上げるベヒモスに、追い打ちをかける。
「ライトニング!」
が、どうやら雷系に耐性でもあるのか、効き目が薄い。
それほどダメージを与えたようには思えない。
とはいえ、接近戦を今このパーティで俺がする意味がないし……
「役立たずね、アリス」
「わざわざ言わないで!?」
ちょっと気づいていたのに!
俺だってやろうと思えば、色々手はあるんだから!
「ふん――大地に巡る星の息吹よ、咎を浄化し猛りて輝く紅蓮となれ! スターフレア!!」
圧倒的な紅蓮の爆発。
エクレアの、本気の魔法。
破壊力、これは……俺の左手の魔法に匹敵する!?
さすがに通常でそれはあり得ない……思わずエクレアを見る。
すると、どんなものよ、という顔のエクレア。
「詠唱加重、エクレアのとっておきなんだから!」
スキルか!
詠唱加重……そういえば、エクレアは戦闘開始と共に詠唱に入っていた。
それなのに長いな、とは思っていたが……
つまりは、詠唱短縮の逆か?
その分の威力、という事。
「まだやってない。ぬか喜びしてると、死ぬから」
エイムの忠告に、俺もエクレアも我に返る。
その間にも、エイムは二射目を放つ。
肩に突き刺さるが、頑丈だ。
エクレアの魔法もダメージは俺に比べると大きい様だが、それでもまだまだ元気といった様子だ。
煩わしいとばかりに後衛の俺達を潰しに来ようとするのを、シオンさんとイリアが防ぐ。
が――なんと、大ジャンプでべヒモスロードが、こちらに跳んできた!
そのまま凶悪な棍棒を振り落としにかかる。
「――あと一射、撃てる」
エイムが死の鉄槌を前に、暢気に弓を構えた。
あきらめが早すぎる!
この子、あの時もそうだった!
エクレアに一瞬視線を向ける。
目が合って、小さく頷かれた。
「――こっちは大丈夫だから、その馬鹿連れて避けなさいよ、アリス!」
「分かった!」
「あ、マスター」
弓を引こうとしたところで、体当たり気味にエイムを抱えて跳び退いた。
轟音と共に、後ろの地面が陥没する。
確認すると、反対側にエクレアも跳び退いていた。
「命は大事にね、エイム」
「……なるべく、気を付ける」
こちらに狙いを定めたらしいベヒモスロードが再度飛び上がろうとした所で――
「ぴょんぴょん飛ばないで! 煩わしいのよ、このデカブツ!」
エクレアが、鞭を使って敵の棍棒を巻き付けて引っ張っていた、が――
「ちょ、きゃああああっ!」
一振りで吹っ飛ばされたエクレアが、こちらに突っ込んでくる。
それを慌てて受け止めて、広い空間の地面を二転三転、一緒に転がった。
……壁無くて良かった。
「あいたたっ、馬鹿力ね!」
「……見た瞬間こうなるの分かってた私って、予知能力でもあるのかな」
「わ、悪かったわよ、アリス!」
無茶しない、エクレア。
「ふんっ、まぁいいわ――エイム!」
敵は再びシオンさんとイリアが足止めしてくれている。
それを尻目に、呼ばれたエイムが寄ってくる。
「なに?」
「外から、ちまちま攻撃してたんじゃ、埒が明かないわ。内側から焼き尽くす」
「ん、分かった」
そういって、エイムはエクレアに魔力弓を差し出した。
エクレアはそれを受け取って、紅い魔力を注ぎ込む。
「エクレアの魔力を貸してあげるんだから、一発で仕留めなさいよ!」
「的は外さない。倒せなかったら、そっちの力不足」
「ふん……いいわ、上等よ!」
ますます強く輝く紅蓮。
それを注ぎ込んで、エクレアの身体がふら付いた。
咄嗟に、エクレアの身体を支えてあげる。
「――倒しなさいよ、エイム」
「言われるまでも無い」
再度弓を受け取ったエイムが、それを一息の内に構える。
矢じりは必要ない。
弦を引くと、そこに紅蓮の矢が輝き出す。
「お姉ちゃん、イリア!」
声をかけると、二人は頷いてベヒモスロードから距離を取った。
「――終わり」
紅蓮の矢を放つ。
眉間に命中させたその一射は、瞬く間に内側からベヒモスロードの身体を焼いた。
耳や口から煙を吐いて、ベヒモスロードが崩れ落ちる。
そして――その身体が薄らと溶けていく。
――勝った!
「やれば、できるじゃない」
「偉そうに、小物っぽい」
「何ですって!?」
「図星だからって、煩い」
…………
「勝ったんだから、素直に喜びましょうよ……」
この二人、何かよく分からない……
「お疲れ様でした、お嬢様」
「うん、イリアも」
元気よく喚く二人を眺めていると、イリアがそっと寄り添って来る。
「お嬢様、消えてましたね」
「え!? き、消えてませんよ!? 大活躍でしたし!」
「ふふ、そうですか。少し目が悪くなったようです、申し訳ございません」
今回は見せ場を譲ってあげてたんです!
か、勘違いしないでよね!!
そんな迷宮攻略の一日が、無事終了した――




