命を狩るということ
俺とシオンさんは街を出て、最初に俺が居た丘を越えた先にある森の遺跡に行くことになった。
どうしよう!
わくわくするな!
「お姉ちゃん、遺跡には魔王がいるんですか? 倒したら私たち英雄ですね! どうしよう!?」
「とりあえず、薪も割れないあんたが心配する必要のないことだけどね」
いいんです!
俺は腕力などに頼るつもりはありませんし!
「もうすぐ街を出るから、その前にパーティを組むよ」
「ん、パーティ?」
パーティを組むって、今一緒にいることを指すんじゃないのか?
俺がいつもの分からん、という顔をするとシオンさんが笑った。
「ステータスに申請する項目があるだろう? それでパーティ勧誘すればいいんだ。最大6人までパーティを組むことが出来る」
「へ~~」
しかし、ステータスが見えたり、パーティに申請があったり、まるでゲームのようだけど異世界は違うな、やっぱり。
んん?
それとも、これはやっぱりゲームで、夢なのか?
う~~~ん。
……確かめてみる必要があるな。
確かめると言っても実際、どう確かめたら良いものか。
とりあえず、お腹も空くし、眠たくもなる。
五感は完全に備わっていると言って良いだろう。
俺が転生する前に比べて、身体の感触は何の違和感も無い。
……
いや、違和感はあるよ、そりゃ?
男女差、というとてつもないものがね?
トイレに入って赤面したのは生まれて初めての経験だろう。
しかし生活レベルも、現代に比べれば劣っているかもしれないが、それほど悪い物でもない。
独自の文化で発展している様子も見られるし。
俺が夢を見ているとするには、創造性に溢れすぎているだろう。
実際、もうここが現実に転生した世界だということは認めかけている。
ただ。
一つ、これから魔物と戦うというならば、確かめておかねばならんこともある。
それは――――ダメージだ。
ステータスやパーティや、というのなら、魔物から食らう攻撃はダメージ換算されるのか?
つまり、痛みはあるのか?
ないのか?
単にHP、のような数値が減るだけか?
そんな数値って、ステータスにあったっけ?
しかしこれは重要だ。
ゲームならばともかく生死がかかる現実で、痛み、というものに慣れていない俺が戦っていけるだろうか?
「……これだけはやりたくなかった」
しかし、済まさねばなるまい、街を出る前に。
俺は首を巡らせて、目的の物を見つけた。
そしてそれ――――おもむろに街角にある小石を手に取った。
手の平に収まる、ちょうどいい大きさの丸石だ。
……ままよっ!
「せーっの!! ~~~~っ!」
思いっきり、小石を自分の頭に打ちつけた。
「はああ!?」
俺の意味不明の行動に、シオンさんが驚愕する。
火花が出る、という表現を使わねばなるまい。
ふ……
「いたああああああああああっ! いたいいたいいたいぃぃぃ!」
その辺の地面をごろごろ転がる。
痛い、痛いです!!
これが夢!?
これがゲーム?
く、ははははっ!
良いだろう、認めよう。
もはや、ここがなんであろうと関係ない!
これは何が何であれ、現実に他ならない!
だって痛い!
涙出るほど痛いいいいい!!!
「ちょ、アリス!? 大丈夫、あんた!?」
いや……確かに小石を頭にぶつけるのは痛いだろう。
それは当たり前の話だ。
だがこんなに痛いか?
これは、あれか?
俺が紙だって言いたいのか?
防御力0の豆腐野郎って言いたいのか?
いや、乙女なんだけどさ……
ともかくようやく痛みが引いてきた俺は、すっくと立ち上がった。
検証は終わりだ。
「……理解しました。行きましょう、お姉ちゃん」
「え? あ、うん……いや、あんた……頭大丈夫?」
それって、どういう意味で言ったんですか、お姉ちゃん?
どうやら失ったものはそれなりに大きいようだ。
しばらくシオンさんの俺を見る目が生温かったんだが、まぁそれはいいだろう。
俺たちはシオンさんからのパーティ申請で、ペアパーティになった。
ペア狩り!
いいね!
「最初は街の周辺で適当に戦いながら、慣れて来たら遺跡に行くよ。あたしがやり過ぎると意味がないから、基本的にアリスが戦いなさい」
「見捨てませんよね?」
「大丈夫大丈夫」
本当か?
シオンさん、俺が子犬にも敵わないことを、ちゃんと知ってるのか?
これくらい大丈夫だろう、という気の緩みが大事故に繋がるんですよ!?
「それとアリス、パーティってのは、誰とでも組むものじゃないよ? この人は信頼できる、若しくは裏切られても後悔しないって相手じゃないと、危険なんだよ」
「そうなんですか?」
「基本的にお金と経験値は均等にメンバーに振られるんだけど、ドロップアイテムはそうはいかないからね。特にレアなものが出た時なんて、後ろからぐさっ、なんて良くある話さ」
「こわっ!」
異世界こわっ!
ここはあれですか?
法律に守られたりしないんですか?
自己責任ですか?
「だから、あたしがパーティを組もうと思った相手には、ステータスも包み隠さず見せることにしてる。信頼の証みたいなものさ」
シオンさんはステータスの細部まで見えるものを見せてくれた。
武器:東方剣(高品質)(銘:イザナギ)
防具:ライトプレート(高品質)(銘:カロン)
装飾品:疾風のイヤリング
スキル:スラッシュ
「お姉ちゃん、凄く強そう!」
「まぁ、装備を整えるのは冒険者として基本だからね」
これがなかなか揃わないんだけど、と軽い笑顔で答えるシオンさんは、恐らくかなり大変な思いをして揃えたんだろう。
別にそんな事を誇る様子もないシオンさんは偉大です!
「素質の方も見せておくよ。何かとパーティメンバーの把握はしておいた方が戦いやすいからね」
素質って、見られるのか?
初めて知った。
そしてシオンさんの素質はこうだった。
力3 体力1 守り1 敏捷5 知力0
「……お姉ちゃん、偏ってる」
偏ってるって!!
前衛で体力1 守り1 って許されるんか!?
「ま、攻撃なんて当たらなければ大したことないよ」
あれですか?
赤い人ですか、お姉ちゃん!?
しかし、敏捷5か。
こんな身近に天才がいた。
正直、俺の敏捷を超える人は早々いないだろうと思ってたんだが。
「お姉ちゃんは頼りになるのか、ならないのか……ちょっと判断に迷います」
「えー、じゃあ、そういうアリスはどうなのさ?」
「良いでしょう、私の大いなる素質を見るが良いです!」
力0 体力1 守り0 敏捷4 知力5
「ふふん」
「虚弱……」
「そこ!?」
そっちじゃなくて、もっと見るべき部分があるでしょう!?
「う~ん、だって知力5は凄いんだろうけど、あたしにはぴんとこないのさ。まぁ、敏捷4には驚いたけどな」
まぁ、俺も何がすごいのかまだ実感したことが無いから分っかんねーです。
「まぁ、0,1,0にもっと驚いたけどな……」
はて?
それは何の数字でしょうかね?
必要な知識を交換し合った俺たちは、遂に街の外に出た。
ここからはいつ、あの子犬が襲ってくるとも限らん。
俺は警戒を厳にして、あっちこっちを見ながら慎重に足を進めた。
あまりにも亀のような足だったため、途中からお姉ちゃんに首を引っ掴まれて連れまわされました……
「私は物じゃないです~」
「あんた、かっる。ちゃんと飯は食べてんのかね?」
「昔はカレーを4杯食べたこともあります!」
「カレー?」
あれ?
カレーって、通じないか、発音は出来るんだけど。
「どんぶりにごはん4杯食べたことあるってことです」
「へぇ、一体あんたのどこにそんな容量を収める部分があるんだか」
「ふふん、参りましたか?」
部活をした後の空きっ腹と、育ち盛りの男ならではの食欲だよ。
「で、昨日は何食べたの?」
「リンナルのパイ、一切れです。もうそれ以上入らなくって」
「……」
「……」
絶対嘘だと思われてる!!
嘘じゃないのに、説明しようがねえ!
「お? ほら、ようやくお客さんだよ」
「はわっ」
ぺい、っとシオンさんに放り出されて着地する。
そこに―――
プチパンサーLV2が現れた!
エネミーステータスを確認!
おお!?
来たな~~って……
え?
LV2ってなってませんかね?
見間違い?
「お、お姉ちゃん、れべ、相手!」
「ああ、レベル? 多少は前後するよ。同じ場所でも」
聞いてないよ!?
「ま、何とかなるだろ」
軽!
そして、なんでよっこいしょ、みたいにその場に座ってるんですか!?
観戦?
助ける気、微塵もありませんよね!?
「おわぅ!!」
そして子犬LV2はそんな動揺する俺を待ってはくれなかった。
当たり前だが!
持ち前の敏捷で、何とか初撃をやり過ごす。
ええい、やってやろうではないか。
俺も(元)男だ。
今でも心は男だ。
ならば、引けぬ戦いもあるというもの。
俺は雷のロッドを構えて、慎重に間合いを取った。
子犬LV2も、かつての俺と違うことを察したのか、じりじりと様子を見ている。
いや、かつてって、あの子犬はおっさんにぶっ刺されたんだけども。
「行きます!」
すばやく動いた俺は、雷のロッドで子犬をぶっ叩いた!
「きゃんっ!」
「あ、ごめん! ―――あっぶな!!」
良心の呵責に苛まれて手を伸ばしたら、噛まれかけた。
危ない!
噛まれたら痛いということは、さっきの検証で嫌というほど理解したからな!
「何やってるんだか……」
後ろからシオンさんの声が聞こえてきます。
無視。
むぅ、やはり命のやりとりってのは、キツイものがあるな。
これが弱肉強食の掟か。
冒険をやるってのはこういうことだ。
それが嫌なら、街で裁縫師でも鍛冶師でもすればいい。
でも俺は……
「もう、決めたんだ……」
この世界で生きていくこと。
世界を冒険すること。
狭い部屋でじっとしているよりも、本当はこっちの方が良いって思ったから。
「てぇやああ!」
攻防の末、俺は子犬に渾身の一撃を与えた。
瞬間、雷のロッドが煌めいて、紫電が子犬に走る。
びくんっ、と痙攣した子犬が動かなくなる。
「……」
子犬は世界に溶けて、代わりにプチパンサーの毛皮が出た。
ぽたっと、毛皮に染みが落ちる。
「……アリス、冒険者、やれるのか?」
「……やれ、っますっ」
もう俺は、命をこの手にかけたのだから。
ここで引き返したら、子犬に申し訳が立たない。
決意は固い。
でも、涙は止まらなかった。
「う、あぁぁああぁっ」
この日。
俺は命を狩るという仕事に就くことを選んだ。