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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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姫の本気

 どういう人口調査をしているのかは定かではないが、王国の人口は百万人を超える程だという。

 そのうちの五十万人を超える人口が、王都に集中している。

 まぁ、リンナルやルフィン程度じゃ、そのうち何パーセントを占めているのやら、というところだ。

 五十万というと、政令指定都市程度の規模だという訳か。

 それなりに大きいな。

 確かにライフラインも整っているし、現代日本から来た俺がそれほど不便を感じないのだから、納得は出来る。

 むしろ、もっと人口が増えても良いくらいだろう。


 「やっぱりヒューマンがほとんどを占めてるのかなぁ」


 ちょっとした異世界勉強である。

 無知は怖い。

 未だに借りているウィルミントンの邸宅、その広い図書室で本などを流し読みしている最中だ。

 クランの家は何でもあるなぁ。

 因みに隣で同じように鍛冶の勉強をしていたサイラは既に夢の中だ。

 少し前から船をこぎ始めたと思ったら、あっと言う間に机に突っ伏して眠ってしまった。

 部屋から持ってきたブランケットをかけてやると、割と安らかに寝息を立て始めた。

 昨日の夜は座学じゃなくて、実技の方の実験をしていたようなので寝不足だろうし、無理もない。

 サイラにはお小遣いということで金貨一枚を渡しているが、大体は鍛冶素材を買ってきては鍛冶錬成の練習に使っているようだ。

 良い武器を作る為、この子は日夜研鑽を重ねている訳である。

 偉いなぁ。


 「……ん? これは?」


 歩きながら本棚を眺めていると、エルフについて、という本を見つけた。

 ちょっと興味を惹かれたので、その場で立ったまま流し見してみる。

 長寿であり、少数民族、ほとんど森の集落から出てくることは無い、か。

 少数民族っていうのは、長寿の裏返しかもしれないな。

 もしかすると、あまり子孫を残そうとかいう意識が薄いのかもしれない。

 そして、エルフは魔力が強い、と。

 どうやらヒューマンで魔力が強いなどということは、ほぼあり得ないらしい。

 魔法が使えると言っても、素質2が良い所だという。

 う~~ん、じゃあ、エクレアってヒューマンじゃない?

 あの魔力、素質2だなんて有り得ない。


 「――え?」


 読み進めている内に、意味の分からない項目を発見してしまった。


 ――エルフには、女性しかいません。


 ……は?

 どういう、こと?

 それって、生物学的に……どういうこと?


 「ここから先は……読まない方が良い気がする」


 止めよう。

 知らなくていい事も、きっとある。

 本棚に本を戻して、図書室徘徊を再開する。

 そう、それより竜族について知りたい。

 イリアだよ。

 あの子ったら、いつまでも黙ったままなんだもの!

 リブラとあの白竜の関係を見れば、ある程度推測出来る。

 イリアの素質を思い出してみろ。

 どうしてイリアは、俺に出会って救われるかもしれないと思った?


 ――魔力だろう。


 イリアの素質は知力0だ。

 でも、それと相反するように、魔力が必要だと考えるのが妥当だ。

 つまり、竜契約とは魔力の供給に他ならない……と思うんだけど、違うかな?

 では、イリアが俺と契約するのを渋る理由は?

 ……ご主人様に相応しくありません、などと言われたらショックだが。

 多分……危険があるってことなんだろうなぁ。

 徘徊している内に、目的のものを発見した。

 竜族についての本。

 それを手に取ろうとした瞬間――そっと押さえつける様に、後ろから別の手が置かれた。


 「人の生態を調べるだなんて、お嬢様はえっちなんですか?」

 「い、イリア!」


 近!!

 後ろから覆われる様な体勢。

 逃がしませんとばかりに、お腹にもう片方の手を回されている。


 「お嬢様は少し、ぼんやりし過ぎています……すぐにこんな風に隙を見せる」

 「ちょっ、耳元で囁かないで!」


 何かゾクゾクするぅ!


 「わたくし、不安ですわ。これではいつか襲われてしまいます、お嬢様」

 「~~っ」


 今がまさにそうなのでは!?


 「あ、あ~~、私用事思い出したので、ちょっと出かけてきます、イリア!」


 だから離しなさい、ね?


 「クランセスカ様の所でしょうか?」

 「え? あ、うん」

 「左様でございますか」


 さ、左様でございます……

 分かりましたと頷いたイリアが、やっと俺を解放してくれる。

 はぁ……イリアにくっつかれるのは心臓に悪いんだよね。

 それにしても……


 「まったく、イリアも頑固ですね」


 振り向いて、正面から恨みがましい視線をぶつけてみる。

 調べるのはまぁ、諦めた。

 勝手に調べるのも、もう止めてあげよう。

 でも、手遅れだ、なんて事態だけは許さない。

 読めない笑顔を浮かべて、俺の視線を受け止めるイリア。


 「この身を欲するなら捧げましょう。敵を退けろというなら跳ね返して見せましょう。ですが、お嬢様を危険にさらすことに、積極的になどなれませんわ」

 「……まだ、大丈夫だよね?」

 「まだ、大丈夫です」


 全然大丈夫です、みたいに堂々とイリアが答えるものだから、もう何も言えない。

 もやもやは、するけども……

 仕方ないか、とりあえず、クランの方の用事を終わらせて来よう。






 俺たちがクランに借りている邸宅は、ウィルミントンが王都に持つ別荘の一つでしかない。

 五十万都市なのだ、面積もそれなりに広い。

 現在クランセスカが政務に勤しんでいる場所は、王都のお城に他ならない。

 そして帰ってくる場所も、王都における、いわばウィルミントンの本宅。

 俺たちの借りている家とは違う。

 なので、彼女に会うには夜にウィルミントンの本宅に行くしかない訳だ。

 今はもう夕方前だから、馬車でも拾って彼女の家にでも向かってみることにする。

 ……自分で走った方が早いけど、悪目立ちしたくないしね。


 王都の街並みは、計画的に建てられている。

 普通に人が歩く通りと、馬車道が別れているのだ。

 馬車道は階段を下りた溝のように一段低い位置に敷かれてあり、歩行者が渡る場所はその上に橋が架けられているから事故などは滅多に起きない。

 碁盤の目のように都市の縦横に敷かれた馬車道で、その縦横が交差する部分を停留所として、一旦停止するようなシステムで運行している。

 運賃はどこから乗って、どこまで行っても銅貨十枚。

 なので、乗る時に先払いである。

 縦横で乗り換える時は、整理券を貰えるので余分はかからない。

 まさに、王都の足として民衆に親しまれている。


 かなり距離もあった為、クランの本宅に到着したのは日が沈んだ頃だった。

 借りている邸宅とは規模も警備も違う門の前で、クランに取り次いでもらえないか話してみると、それはまぁ、拍子抜けするほどあっさり通してくれた。

 姫様はまだお帰りでないので、どうぞ中でお待ちください、と。

 一体俺は何者ですか……

 広いダイニングルームで一人お茶を頂いたり、先にお食事を、とか言われてご馳走になったり。

 それでも帰ってこないクランにどうしよう出直そうかと思ったら、どうぞお風呂でも、と勧められて、今ここ。

 お風呂の中。


 「お風呂って言うか、温泉の貸切みたいなものだよね、これは……」


 広すぎです。

 それにしてもクラン、本当に忙しいんだなぁ。

 もう夜も更けて、農作業に従事する人なんかは寝ちゃってる時間だろう。

 時間か……


 「そういえば、どうして時計が無いんだろう?」


 これだけ文明が発展しているのに、それがないのも不自然な。


 「――それは、教会が時間を独占しているからですの」

 「ひぁ!!?」


 声に驚いて、慌てて身体を隠す様に湯船に肩まで浸かってしまう。


 「くす、本当に恥ずかしがり屋なのですね、アリス」

 「クラン!」


 振り向くと、そこには――――ちょちょちょっ!

 タオルすら巻いてな……!?

 髪も下ろして、いつもと違う新鮮さがっ!


 「す、少しは隠して下さい、クラン!!」

 「余は自分の身体に誇りを持っています、よって隠す必要性を感じませんの」


 潔良い!

 クランは俺より少し背が高い、そしてその肢体は……その分だけイリアより、凄いかもっ。


 「……お熱い視線ですわ、アリス」

 「わわあっ、ごめんなさいっ!」


 思わず見入ってしまった自分を恥じて、頭から湯船に浸かった。

 しかし息がそんなに続く筈もなく、大人しく浮上する。

 やれやれ、という顔でクランセスカが俺を見ていた。


 「まったく……久しぶりですわね、アリス。貴方は余が小細工をしないと、逢いにも来てくれないのですか? ……薄情ですわ」


 どこか拗ねたような声を出して、クランが洗い場の椅子に腰を下ろす。

 背中を向けてくれたので、何とか会話が出来る程度には落ち着けた。


 「……すみませんでした、クラン。忙しいかと思って」

 「だからこそ、貴方の顔が見たい。こういう心理、理解してくれませんの?」


 クランが言いながら、高級そうなボディソープで身体を洗い始めた。

 クランはお姫様なのに、一人でお風呂に入るんだ……

 もちろん、警備の人は近くに居るんだろうけど。


 「ええと……」

 「貴方に付けられた痕、まだ完全に消えていませんから、政務中に冷やかされないか困っていますのよ? 目立つところに付けてくれましたわ」

 「そ、それはっ!」


 クランが首筋を押さえながら、目を細めて俺を見る。

 同時に――思い出してしまった、クランの首に吸い付いた時の感触とか、色々……


 「まぁいいですわ。少し困らせてみたかったんですの」

 「クラン……」

 「アリス、今日は泊まっておいきなさい。邸宅には使いを出しておきましたから」

 「……おきました、ですか」

 「ふふっ、そう。おきました、ですわ」


 楽しそうなクランの声に、まぁ、仕様がないなぁと観念した。






 そして俺は今、天蓋付の大きいベッドで、クランセスカと同衾しています。

 ネグリジェを着せられて。


 「アリス、二人きりですわ」


 真横から、クランが囁きかける様に声をかけてくる。

 妙に色っぽい。

 クランも同じようにネグリジェを着ている。

 いやだからという訳でもないが、クランは基本的に色っぽいんですよ、他の子より。


 「……依頼は受けてないのに、結局こうなった流れについて考えていました」

 「アリスは頭の回る時と、回らない時の差がはっきりしていますわね」


 嫌味の無い笑いと共に、クランがそんな感想を付け加える。

 ――それにしても。


 「く、クランっ、ベッドは広いのに、近すぎると思いませんか!?」


 隣で寝ているとかいう次元の話じゃなくって、くっついてる!

 色々と!


 「余は寒がりなのです。それに友人同士なら、こうやって寄り添うのは当たり前ですわ」


 そ、そうか?

 確かに、女の子はよく友達同士でくっついてるイメージはあるが……


 「アリスに余の匂いを付けたい、見えるところにマーキングしたい。そんな風にしたら、貴方のガーディアンに睨まれるかしら?」


 それ以前に、俺の理性がおかしくなりそう……

 落ち着け、普通の話に持って行こう。


 「クラン、ギルドに裏から手を回すのは止めてくださいね」

 「分かっています、あまり危険な事はしてほしくありませんが、重たい女と思われるのも癪ですもの」


 ……気のせいだ気のせいだと自分に言い聞かせてはいるものの。

 これって、気のせいなの?

 どうしよう、すっごく心臓が暴れてる。


 「え、ええと……気のせいかなぁ、なんて」

 「ふふ、何が気のせいなんですの?」

 「クランって、こんなだったかなぁって?」

 「今まで、こんな明確な気持ちを持った事はありませんでしたから。変えたというなら、貴方が余を変えたのですわ、アリス」


 言いながら、更にクランが密着してくる。

 これは……なんていうか、今まで一緒に誰かと寝たのとは訳が違う。

 シオンさんの時とも、サイラの時とも。


 「アリス、あなた……エルフですよね?」

 「……私は、ハーフエルフです」

 「ハーフ? いえ、それでも……この采配、神に感謝したいですわ」


 嬉しそうに、クランが呟く。


 「余は、立場的にも、どうしても世継ぎをつくらねばなりません」

 「当然ですよね……」

 「具体的な話こそ、まだ全て却下してきましたが、縁談話には事欠きませんわ」


 大変だと思う、本当にクランは。


 「アリス、貴方といつか話した通り、余は別に殿方が嫌いだと思う訳ではありません。未だ好きになったこともありませんが」

 「色々話しましたもんね……」

 「だから最初、少しだけ困惑したのです。自分の気持ちに」

 「……」


 いい加減自分は鈍感だと思うが、もはやここまで来て思い違いとも思えない。

 あの――キスの意味を考えてしまう。




 「でも今、確信を持って、貴方に伝えますわ――――好きです、アリス。余の全身全霊でこの気持ち、お伝えします」




 心臓が跳ねた。

 クランが俺を囲う様に、手をついて見下ろしてくる。


 「わ、私は……私だって、クランの事は……でも、積極的過ぎるよ、クラン……」

 「余はそういう女ですもの」

 「子供の、事は……どうするんです」

 「今は、細かいことは良いではありませんか。野暮ですわ、アリス」


 たまたまお風呂場で一緒になりました、とか。

 着替えが一緒になりました、とか。

 添い寝しました、とか。

 そんな話じゃない。

 心臓が自分のものじゃないくらい、早鐘を打っている。


 「アリス、貴方ほどの人を束縛するつもりはありません。ですが、ライバルに先んじて、余が貴方を手折りますわ」


 いつかとは逆に、クランにのしかかられて動けない。

 力関係で言っても俺からはもはや、絶対に逃げられない。

 でも、彼女はそこで固まってしまって、動かなくなった。

 ――そんな、震えるクランの顔に、そっと手を添えた。


 「アリス……」

 「クランも緊張してるんだよね。当然だよね……」


 当たり前だ、クランだって、同い年。

 自分で先ほど宣言していた通り、色々初めてなのだろう。


 「私ずるいなぁ、クラン一人に覚悟させちゃって」


 少しだけ目を瞑って、それから、息を吐いて目を開いた時には、不思議なくらい落ち着いていた。


 「――私もあなたが大好きですよ、クラン」


 自分でも自然に微笑むことが出来た。

 その言葉を受けて、涙を流したクランがそのまま覆いかぶさってくる。

 王都の平和な夜は、そうして更けていった――


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