姉妹
俺が正気を取り戻した時は、既に敵の侵入を許した後だった。
ぽかんと立ち尽くした俺の立つ湯船の中に、彼女は遠慮なく入ってくる。
おおおおおおいいい!!
「湯船に入るのは、身体を洗ってからです!!」
いやいや、指摘するのはそこか?
俺も相当混乱してるな。
「え~、面倒だなぁ。アリスはお嬢さんだね~」
などと言いながら、しぶしぶ言うことを聞いてくれる。
意外に素直だった。
ふんふ~ん、とかご機嫌な感じで身体を洗い始めた。
いやいや、俺はどうすればいいの?
案山子になってればいいの?
「あ、あの~?」
「ああ、あたし?」
こくこくと頷く。
「この家の娘で、シオンって言うんだ。よろしくね、アリス」
「はぁ、よろしくお願いします。カッコいい名前ですね」
まぁ正体はそんな所だとは思ったが。
「でしょう? 冒険者の夢を私に託した馬鹿親父が付けた名前だからね~。や~、女の名前かっての」
と、言いつつも満更でもない様子だ。
シオンさんはおっさんとおばさんと同じで栗色の髪。
髪は短めにカットしているが、顔だちは綺麗だし、別に男っぽくは見えない。
そして。
胸、でか!!
なんだと?
そこに一体どれだけの夢をつぎこんだ?
ボーナスポイントか?
「ちょっとアリス、突っ立ってないで背中でも洗ってよ?」
「何で私が……」
と言いつつ、素直に従う。
俺、居候。
忘れてはならない。
「はぁ~、しっかしあんた、びっくりするくらい人間離れしてるわね。エルフってそんななの? 銀髪なんて見たことないし」
湯船から出た俺をまじまじと見て、シオンさんが感想を述べてくる。
何故か分からないが、この時俺は妙に恥ずかしさを覚えて、腕で身体を抱くようにして隠した。
言っておくが、あざとさを披露したワケじゃない!
素で恥ずかしい感じだったんだ!
「え~っと、どうなんでしょう?」
エルフなんて、俺も見たことないわ。
まぁぶっちゃけ俺のキャラクターメイキングは、いわば神様が好きなように創ったみたいなものだからな。
「お嬢だね~」
と、恥ずかしがりながら傍に寄ってきた俺を見て、シオンさんはにまにましていた。
俺は憮然とした感じを演出しながら、シオンさんの後ろに腰を下ろした。
泡立てたタオルを受け取って、背中を軽く撫でるように洗う。
「ひゃっ」
「ひっ」
先に悲鳴を上げたのがシオンさんで、びっくりして後から上げたのが俺だ。
「くすぐったいって、アリス。もっと力込めてよ」
ふぅ、なんだ。
通報されるのかと思った。
唯でさえ、こんな異常事態でのぼせそうなんだ。
これ以上驚かせるのは止めてほしい。
「力と言われても、あんまりごしごしやるとお肌に悪いですよ? せっかくシオンさん、綺麗なのに」
あれ?
俺、こんなことするっと言える人間だったっけ?
役?
役になりきってるんですか、俺?
「ば、馬鹿なこと言わないの! う~、生意気! アリス!」
と、頬を膨らませてぷい、をしたシオンさんはかなり可愛かった。
おかげでちょっと和んだ俺はドキドキが収まってきた。
煩悩退散!
……
え?
煩悩って、今の俺にありましたっけ?
「……ないわー、だって、私女の子だもん」
超ブルーになった。
なんか後ろでぶつぶつ言いだした俺を、シオンさんが心配してくれてたっぽい。
翌日。
さっそくシオンさんと冒険に出ることになった俺は、ひとまず装備を整えるために街に繰り出した。
ちなみにシオンさんのステータスはこうだ。
名前:シオン
種族:ヒューマン
年齢:17歳
性別:女
職業:剣士
LV:14
へ~。
年の功というべきか、おっさんのがLV高いんだな。
まぁ、確かにあの腹筋はなかなかのものだったが。
んで、シオンさんは剣士ってことだから、前衛なんだな。
見た目装備も軽装だから、盾役って訳じゃないみたいだけど。
「アリスは魔法使いなんでしょ? じゃあ、防具はとりあえずお母さんから貰えばいいよ」
「え? やっぱり、裁縫師ってそういう?」
「ああ、アリスは世間知らずだから、色々教えてやってくれって親父が言ってたな」
おっさん、ナイス。
その優しさは心に沁みます。
「基本的に、武器防具の店に行けば大量生産品は置いてあるんだけどね。質の良い物とか、ワンオフの装備は鍛冶師とか裁縫師に頼むものなんだよ」
ワンオフ!
心躍るフレーズだな。
やっぱり専用だよ専用!
「で、私は剣士だから、基本的に武器も防具も鍛冶師に頼むことが多いんだけどさ、アリスの場合は防具は基本、裁縫師だね。重くて装備できないでしょ? 鉄とか」
「う~~~~ん」
そんな虚弱みたいに言われたら、俺に残った男心が燻ってしまうぜ。
武器屋に向かう道すがら、きょろきょろと辺りを見渡す。
そして、ある民家の庭先に、巻割り用の斧と薪を発見してしまった。
「見てて、シオンさん」
「ちょっ……変に行動力あるなぁ、アリスって」
俺が何を発見して、何をするつもりなのか察したらしいシオンさんはため息を吐きながら付いてくる。
庭先に到着した俺は、立てかけてあった斧を手に取った。
「ふぐっ!」
「……」
斧を手に取った様子だけで、シオンさんが大丈夫かこいつって見てくる!
力あああ!
力0が憎い!!
しかし、そこは俺も元男だ!
身体に沁みついた感覚は、そうそう忘れるものじゃないんだよ!
俺は都会っ子じゃねえ。
そう、俺は実家で薪を割ったことがある!
「むぅ~ん」
ぶるぶる震える腕で、斧を真っ直ぐに構える。
腰を落として、力の入りやすい体勢を取る。
脇を締める。
身体に一本の棒を通したようにイメージして、体幹を意識する。
そう、腕だけ振るに非ず。
身体全てを使わねば、薪は割れんのよ!
俺は準備を整え、目標を見定めた。
「せやあああああっ!」
俺は渾身の力を振り絞って斧を振り上げ、身体中の力を使って、目標にそれを叩きつけた!
かつん。
10センチくらい刺さった。
10センチ、行った?
行ったよね?
10センチって、俺の力何か作用した?
単なる斧を振り下ろした重み?
「……」
「……」
そっと斧を戻した俺は、シオンさんと目が合った。
「どうです?」
「知ってた」
バレてましたか!
こうして虚弱ということが認定され、男のプライドを粉々に粉砕された俺は、大人しくシオンさんの後について武器屋に訪れていた。
民家はシオンさんの知り合いだったので、挨拶だけしてお暇しました。
はい。
「ロッドね、それ以外無理」
「はい、仰る通りだと思います」
俺、順従になりました。
認めよう、俺は非力だと。
だが、そのうち思い知ることになる!
俺こそが世界最強の火力だと!
……たぶん。
「とりあえず、最初の装備はあたしからのプレゼント。アリスはあたしの妹みたいなもんだからね」
「シオンさん……」
俺、異世界でお姉ちゃんが出来ました。
シオンさんに付き合ってもらいながら、武器屋のロッドが置いてある一角で装備を物色する。
ロッド:100ルーク
炎のロッド:1000ルーク
氷のロッド:1000ルーク
雷のロッド:1000ルーク
とりあえず、この街にある武器屋のロッドの品揃えはこんなところだ。
シオンさんの言うとおり、大量生産品だから品質の良し悪しも銘も何もない。
「じゃあ、このロッドで」
「な~~んで、あんたはそんなに遠慮するかなぁ。属性付きのロッドにしなさいよ。よわっちぃんだから、武器くらいちゃんとしないと!」
ダメダメ、とシオンさんは俺が手に持ったロッドを棚に戻す。
む~。
1000ルークって大丈夫なのか?
まだ物価水準がよくわからないけど、高い気がするんだが……
「遠慮するなアリス。妹みたいなもの、って言ったの訂正するよ。あんたはあたしの妹だ。ちょっとくらい我儘言え!」
シオンさんはおっさんを思い出させるような良い笑顔で、俺に笑いかけた。
やばい、うるっと来た。
俺、引きこもってから涙もろくなったんだ。
「うぅ、目にゴミが……」
「何を照れてるんだか、ば~か」
ぐしぐし頭を撫でられる。
俺も対抗して、シオンさんの腕に頭をこすり付けてぐりぐりした。
ひとしきりじゃれてから、ちゃんとシオンさんを見て礼を言うことにした。
それと、この言葉も。
「ありがと、お姉ちゃん!」
シオンさんは、何故かどぎまぎとしていた。
どこかで見た仕草だな。
装備は結局、雷のロッドを買ってもらった。
そして一旦家に帰り、おばさんから皮のローブ(銘入り)を受け取った。
品質は高品質だ、凄い。
それらを装備して、いよいよ俺は冒険に出ることになった。
今の装備はこれ。
武器:雷のロッド
防具:皮のローブ(高品質)(銘:アデル)
装飾品:なし
よし、今度はきっと子犬にだって勝てる!
……はず。