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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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王都動乱

 クランセスカと随分話し込んでしまった。

 窓の外は茜色に染まりつつある。

 夕刻が近い。

 闘技大会の対策など早々に切り上げてしまって、雑談の方がメインだった。

 彼女の趣味が絵を描くことだということ。

 そのモデルを頼まれて、嫌だ、ぜひ、嫌だ、ぜひ、とじゃれる様に語り合ったこと。

 凛々しかった母に習ったのだという剣術は、毎日欠かさず鍛錬していること。

 幼い頃に出会ったパルシウスという流れ者を、自らの付き人として周囲の反対を押し切って招き入れたこと。

 それから、男の趣味!

 これに関しては、平行線だ。

 大いなる思考の格差が、俺と彼女にはある!


 「アリスは、夢を見過ぎですわ。まるでお姫様の様です」

 「……クランに言われたら、お終いです」


 お姫様にこんな風に言われる始末。

 別に俺が男を好きになるという話ではないが、こういう男が良いよね?

 という話すら平行線だ。


 「じゃあ、クランは私が男だったら、私を好きになってくれる?」

 「アリスを? アリスが殿方だなんて……全く想像できませんわ」

 「うそ!?」

 「何故驚くのです?」


 ……か、考えようによっては、俺の立ち居振る舞いが完璧だというべきでは?

 そう、喜ぶべきこと。

 そうに違いない。


 「でも、そうですわね……きっと余は、アリスの事を憎からず想ってしまいそうですわ」


 夕焼けに照らされたクランセスカの赤い顔に、心臓が跳ねる。


 「そ、そう? そうなんだ……男に生まれたら良かったなぁ、なんて」


 何が悲しくて、今ここで性転換を願うのか……


 「うふふ、来世に期待しましょう。アリス」


 私、ティルの話によれば長生きなんですよねー。

 そんなとりとめのない会話の途中、従者が慌ててダイニングルームに入ってきた。

 何事かを伝えようとして、俺を見て言葉を止める。


 「よい、ここで話しなさい」


 クランセスカの一言で、戸惑いながら従者が話した内容。


 ――オースティアに、不穏な動きあり。


 それを聞いて、クランセスカが立ち上がる。


 「闘技大会終了まで、待てなかったのですね。しつけのなってない犬ですわ!」


 話を聞いて切り替えた彼女は、先ほどまでの年相応のクランではなくなっていた。

 クランセスカ・ウィルミントン。

 多くの権力と義務をその肩に背負った指揮官そのものである。

 瞬く間に従者達を集めて伝令を飛ばす。


 「騎士団に通達、住民の避難誘導に当たらせなさい」


 クランセスカに指示を聞いては、従者が飛び出していく。

 その他、各方面の大まかな指示を飛ばし、責任者にそれぞれ後を任すように結ぶ。


 「初動素早く! 後手を踏むな! 関係各所、連絡を密にせよ!」


 彼女に迷いはない。

 否――ここで迷う様な指導者は、民も御免だろう。

 クランセスカにはきっと、この事態が分かっていた。


 「兵の準備は?」

 「整ってございます」

 「王国の兵は動かさない事。共和国に付け入る隙を与えてはダメよ、ウィルミントンの私兵で決着を付けますわ」

 「心得てございます」


 イケメン執事の、抑揚の無い声。

 如才無く、冷静な言葉が返ってくる。

 成り行きを見守っていた俺も、最悪の事態を思い浮かべた。


 「クラン! 戦争をするんですか!?」

 「戦争?」


 兵、という言葉を聞いて思わず口を挟んでしまう。

 それにクランセスカが、執事から自らのレイピアを受け取りながら、冷たく言い放つ。


 「これは戦争なんかではありませんわ――――テロリズム、暴徒鎮圧です!」






 王国の三大名家。

 オースティア、サクラメント、ウィルミントン。

 その御三家は、それぞれ郭内に広い専用の邸宅を持っている。

 クランセスカが今居るのもそこだが、それは言わば別荘のようなものだ。

 何故なら彼らはいずれも貴族であり、公爵家。

 つまり、一国一城の主たちなのである。

 盟主である王国に忠誠を誓い、近くに侍ることもあるが、彼らには彼ら独自の民と土地と国がある。

 この御三家は特に力が大きく、王国を正三角形で結ぶような位置にそれぞれの公国を構えている。

 ロムス・ウィルミントンが摂政を務めているからこそ、ウィルミントン家は今現在、王都に駐留することが多いのだ。

 そして今回その一角、オースティアが自国で挙兵したとの情報をクランセスカが掴んだ。

 声明はまだ出ていないが、そんなものを待っていたら後手に回る。

 はっきりとした意図こそ不明だが、これはもはや反乱。


 ――そしてそれは既に、王都内でも火の手を上げ始めていた。


 「王国と共和国の戦を防ぎたかったのに、国内で反乱だなんて!」


 郭内で避難誘導を手伝いながら、王宮の方へと向かう。

 王宮の方では騎士団と、一気に本丸を落とさんというオースティアの工作兵が小競り合いを繰り広げているらしいからだ。

 その途中でも、騎士団と敵方の衝突は散見される。

 騎士団の人達は、太陽と獅子の、王国の紋章が入った鎧を付けているので分かりやすい。

 装備が統一されているというのは、集団戦では重要だろう。

 同士討ちの危険だって無くは無いのだから。

 クランセスカの対応、騎士団の動きは速かったが、それにしたっていきなり反乱の舞台と化した王都の民たちは混乱の極みだ。

 自分の目立つ風貌と余計な二つ名が、こういう時には役に立つ。

 クランセスカの言った通り、俺の事を知っている人は多く、闘技大会の実績とウィルミントンの名代ということで素直に指示に応じてくれた。

 予めクランセスカと打ち合わせた避難場所を伝えて、住民を誘導する。


 「あんな思いは、もうゴメンです! 一人でも多く助けないと!」


 リンナルの街での事を思い出した。

 俺も出来る事はしたい。

 クランセスカに余裕はない。

 この反乱は、王国の内と外、二重の仕掛けだからだ。

 郭内の混乱だって速やかに収拾しないといけないが、彼女にとっての本命はオースティア公国から挙兵した一万の軍勢。

 対して、王国の兵を動かさない彼女が動かせる私兵は八千。

 厳しい数字だ。

 兵の練度。

 戦術の選択。

 いずれもミスの許されるものではない。

 だからと言って、王国の兵を動かしてしまえば、戦略的な敗北につながるリスクを秘めている。

 それが共和国との緊張という、余計な火種。

 いや、それさえも相手の計略の内かもしれない。

 彼女の敵は、内、外、大外とその双肩にかかる重圧は相当なものだろう。

 ロムス・ウィルミントンが采配を振るえない状況で、クランセスカは今王国のかじ取りを任されていると言っても過言ではない。

 国を治めるべき王の不在、幼い王子の代わりを託された摂政の不調。

 ちょうどその隙間を突くように仕掛けられた反乱。

 アルセイド王国は今、執念場を迎えつつある。

 街に火をつけ、逃げ惑う住民にまで襲い掛かろうとする敵兵をサンダーで葬る。


 「闘技大会は目くらまし代わりですか……確かに、盛り上がるイベントですし、民の意識はそちらに向かうものね」


 クランセスカまで惑わされたとは思わないが、お祭り騒ぎに警戒し難かったのは違いない。

 郭内にここまで敵兵がいるなんて、その証拠だろう。

 オースティアの駐屯軍だろうが、本当に厄介だ。

 それに、気になる事もある。

 俺は俺で動いている最中に集めた情報で。


 「……あれは!」


 通りの先で、小さな女の子が転んでいた。

 黒髪、黒目。

 それを無慈悲に切り捨てようとする、敵兵!


 「どうしてそんなことが出来るんですか!!?」


 威力より、精度。

 あのスナイパーにも負けないくらいの集中力で、敵兵だけを貫け!


 「サンダー!!」


 敵兵は振り上げた剣を、後ろで取り落とす。

 その無防備な腹に、収束させたサンダーを突き刺した。

 力なく相手は崩れ落ちる。

 すぐに走って女の子の傍に辿り着く。


 「あなた! ソルトさんはどうしたんですか!? 一人になってはダメです!」

 「ええええん、で、でし? ぁぁああん!」


 見覚えのある俺だと分かった女の子が、抱き着いてくる。


 「えええええん!」

 「よしよし、もう大丈夫ですよ? お兄ちゃんは、どうしたの?」


 一先ず、怖がって会話にならない女の子をあやす様に抱き留めて、背中を撫でてやる。

 それに女の子は、しゃっくりでもあげるかのように嗚咽をもらして、声を絞り出した。


 「――じゃった」

 「ぇ?」


 耳元で聞こえた声に、思考が停止する。


 「お兄ちゃん、死んじゃったああああああ!」


 眩暈がする。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 ――死んだ?


 誰が?

 あの、黒ずくめが?


 「う……そ……」


 リンナルの街で、賊をものともしなかった。

 氷竜とさえ戦い抜いて見せた、あの……ソルトさんが?


 「――おっと、見覚えのある風貌だと思ったら、姐御じゃねぇか」


 上手く頭が回らない。

 霧がかかったような思考のまま、声に顔を上げた。


 「あなたは……」


 血の付いた長剣を下げて、目立つ帽子を被った優男。

 ルフィンの街で、飲み比べをした……あの男!


 「参ったねえ、こんな所で出会っちまうなんて。運命のいたずらなのかねぇ」


 血の付いた長剣を、とんとんとショルダーガードを付けた肩で遊ばせながら、俺を見下してくる優男。

 女の子が、それを見てがたがたと震えて俺に強くしがみついてくる。


 「人を……切ったんですか?」

 「ま、こんな時だからな、当たり前ってやつよ」


 その笑顔が、妙に場違いで悪寒が走る。


 「あ~、嫌だ嫌だ。俺は女子供には紳士でありたいんだがねぇ、特に姐御とは良い仲になりたかったもんだぜ」


 軽い言葉とは裏腹に、目は一つも笑っていない。

 段々と俺たちに近づいて来る。


 「ひっくっ、でし! この人ぉ! この人……お、お兄ちゃんっ」

 「!?」


 女の子が叫んだ瞬間、踏み込んで切り掛かってきた大上段からの剣を、後ろに跳んで躱す。

 女の子を抱きかかえたまま、魔法の力で敏捷を補う。


 「大したもんだ、姐御。銀の雷精の称号は伊達じゃないねぇ、そんな子供を抱えて、その動き」

 「切ったんですか……」

 「あん?」

 「ソルトさんを……あなたが切ったんですか?」

 「ソルトぉ? はて、誰かは知らねえが、良く分からん黒いのなら、ついさっき切り捨てたよ。獣じみた野郎だったが、動きが素人だったねぇ」


 その言葉に、女の子が大声で泣き始める。


 「だからそのお嬢ちゃんも、後を追わしてやらないと惨いってもんだろう? そう思わないかい、姐御?」

 「どうして……どうして、そんなことができるんです!?」


 泣き喚く女の子を宥めながら睨み据える俺を、馬鹿にするような嘲笑で優男は受け止める。

 そして、ずっと被ったままだった、その帽子を取り去った。

 その頭には、片方が半分欠けた――ネコの耳。


 「獣人族……」

 「そうさ、姐御。知っているか? 俺たちの生き地獄を」


 優男はもういらない、とばかりに帽子を投げ捨てた。


 「昔から続く共和国と王国との小競り合いの度に、俺たちは最前線に送られた。共和国の片田舎で生まれた俺は、ほとんど毎日が生死の境目で、気が休まる時なんて無かったぜ」

 

 話しながら、優男はまたゆっくり近づいて来る。


 「お国の為になんて思ったことなんざ、一度もねえ。ただ傍で闘う同胞の為に、故郷で暮らす家族の為に、俺たちは捨て駒になって気が狂いそうな戦場を駆け抜けた」

 「……」

 「そうして、命からがら戦場から帰った俺たちを待つのは何だ? 大した被害も出てねぇヒューマン共のちっぽけな不満の捌け口に虐げられ、俺たちがだらしないからヒューマン様に被害が出たと、揚句リンチで命を落とす仲間も居た」


 吐き気がした。


 「だからもう、うんざりなんだよ。戦なんぞ、うんざりだ。だからこそ、俺は敵を根絶やしにするつもりで、今日ここに来た」


 もう一度、優男が俺の目の前に立つ。


 「ただの一人も逃さねえ、敵と名のつく相手に、俺は一欠けらの容赦だって持ち合わせていねえ――姐御はどうだ? 覚悟はあるか? こんな可哀想な俺を、切れるかい?」


 奥歯を噛みしめる。

 女の子が泣き叫ぶ声に、意識がクリアになって行く。

 優男がもう一度剣を振り上げた。


 「――それでも!!」


 今度の踏込は早い!

 女の子を抱えたまま飛び退くには際どい!

 最小限の傷で受け止めて、ヒールで癒すしかないか!?





 「――――切るさ!」





 目の前に飛び込んでくる、風一陣。

 独特の形状の剣――刀――で相手の斬撃をいなす様に受け止める、その懐かしい業。

 栗色の、ショートの髪。

 ライトプレートを身に着けた、動き重視の軽量な装備。

 異世界に来て、一番多く見てきたその安心できる背中。


 「お……お姉ちゃん!!!」


 それは紛れも無く、シオンさんその人だった。


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