勝利者の権利
「ふ、ふんっ、煮るなり焼くなり、好きにしないさいよ! エクレアは、別に怖くないんだからね!」
エクレアとの戦いを終えて控室に戻ると間もなく、大会運営からそのエクレアが連行されてきた。
腰までかかる、ツーサイドアップにした真紅の髪。
どこまでも自由に羽ばたいて行きそうな、水色というよりは空色の釣り目がちな瞳。
気丈に喚く口角から覗く八重歯。
愛嬌満点、何なのこの子?
愛くるしい……
「そう云えば、そんな話もありましたよね……」
闘技大会で降参すれば、相手にそれなりのものを献上すべし。
それなりのもの、という曖昧な表現だが、要は相手と示談出来るだけの貢物をせよということ。
因みに逃げても王国中で指名手配されるので、無駄らしい。
闘技大会、怖い。
「というか、どうしてエクレア個人に負担がかかるんです? 確かステアード家の名代ではありませんでしたか?」
「これは自分の負けなの。それを後ろ盾に補ってもらおうだなんて、末代までの恥よ」
「断ったんですか?」
「そうよっ、悪い?」
悪くは無いけど。
自分で首を絞めているというか。
「どう思います、イリア?」
「ここで取る物を取らねば、お嬢様が軽く見られてしまいます。どうぞ慈悲など為さらぬ様」
「……と、私の参謀が言ってますけど?」
「ととと、当然じゃないっ、勝負の世界は、甘くないし? 覚悟だって、もう決めて来たんだから!」
おーおー。
小鹿のように震えちゃってもう、可愛いなぁ。
「え、エクレアの大事な物、あんたにあげるわよっ、アリス!」
「……は?」
え?
……と?
「だ、大事な物って?」
「大事な物は、大事な物よっ。な、何度も言わせないでよ、馬鹿ぁ!」
首まで真っ赤になったエクレアが、精一杯顔を逸らす。
――何が起きた、アリス?
落ち着け。
冷静になれ。
考えろ。
ここが勝負の分かれ目!
エクレアは可愛い。
美少女だ。
そんな彼女の――大事な物?
汗が頬を伝う。
いやいや、異世界の思考で考えよう。
きっと、子供の頃から大事にしていた家宝のマジックアイテムだとか、そういうの?
いやだー、アリスさんったら、下衆いんだからー。
そもそも私、女じゃないですかー。
「……女同士って、どう思います?」
超真剣に聞いてみた。
「べ、別に自由だと思うけどっ」
エクレアの鼻にかかったような高い声音が、耳朶をくすぐる。
自由、だと?
俺が遅れているというのか?
それとも、これが異世界におけるワールドスタンダード?
これは会話が成立しているのか?
ちぃっ、読めん!
勝利への糸口が掴めない!
「――お嬢様」
「ひぃっ!」
真横で氷のような声がした。
「な、何です、イリア!?」
その蔑むような目は何ですか!?
いや、気のせいか、俺の被害妄想か……
自分の心に後ろめたさがある時、人はそれを勝手に他者に投影するという。
「もし奴隷にするのでしたら、白金貨並みの価値があると思いますわ」
「――へ、奴隷?」
奴隷?
「かか、覚悟は出来てるわよ! どんないじめにだって、屈しないんだから!」
あ、そういう?
そういう事?
「大事な物って、ステータスの事……?」
「持ち合わせがないんだから、仕方なくよっ」
エクレアが相変わらず、わんわんと吠えてくる。
元気イイナー。
「イリア」
「はい、お嬢様」
「人は一度の失敗で、全てを失わねばならないのでしょうか?」
「難しい質問です」
「私は、そうは思わない。やり直せる機会があって良いはず」
「では?」
「ええ、私はエクレアに枷など付けたくない。エクレアには自由に羽ばたく翼こそが似合う。そう思いませんか?」
「お嬢様が、そう仰るのなら」
そう、可能性の芽を摘む事ほど罪なことは無い。
私、間違ってた!
欲に、目が眩んでた!
自分が浅ましい!
「という訳で、エクレア……」
「アリス……」
友情が芽生えそうな、視線の交錯。
「――私の奴隷になりなさい」
「今の話なんだったのよ!?」
やだなぁー。
冗談に決まってるじゃないですかー。
エクレアは欲しいけど、奴隷として傍に、というのは何か違うというか。
「もう……自分の身代わりに捧げるものも無いのに、闘技大会に出ないで下さい。心配するじゃないですか」
「ふんっ、負けるつもりなんて無かったのよ」
隣で、お嬢様がそれを言いますか、という視線を感じるが気にしない。
「ねぇ、エクレア。ずっと傍に居てほしいなんて言わないけど、また会いたい。これっきりというのは、寂しいです」
「……な、何よ……エクレアだって、勝ち逃げを許すつもりはないんだから」
「良かった、じゃあ――おまじないしませんか?」
勝者の特権で、有無を言わさずエクレアの小指と自分の小指を絡める。
「私たちは、友達です。また、いつでも会いましょうね、約束です」
言い終えて、指を切る。
指切りを知らないエクレアが、目を白黒させているが構わない。
そんなエクレアが、自分の小指をきょとんと見つめてから、急に勢いよくふんぞり返った。
「違うわよ、アリス! エクレア達は別に友達なんかじゃないわ」
その目は空のように澄んだ気持ちの良い色をしていた。
「あんたと、エクレアはライバルなんだから! 覚えておきなさいよね!」
そう元気よく言って、炎の少女は控室を出ていった。
控えていた大会運営にも、問題ないと首を振って退室させた。
そうしてやっと、控室に落ち着きが戻る。
隅っこの方で我関せずを貫いていたティルと、ヘアバンドをきっちりつけたサイラがほっと息をついていた。
というか、ティルはあれ、寝てるのか……すぐ寝る。
それにしても、エクレアか。
全く、そこにいるだけで場が明るくなるような。
本当に太陽のような子だ。
「勿体ないお方だと思います」
「ふふ、そうかな? 私は、あの子が奴隷というのは、嫌だったな。それはエクレアが言った通りの意味でね」
「わたくしは?」
「イリアは、ずっと私の傍に居てもらわないと困ります」
「――ふふっ、イエス、マイ、レディ」
こうして一先ず、難敵だったベスト8の戦いに決着が着いた。
まだまだ世界は広そうだ、と思いながら。
「銀の雷精?」
次の日の午後。
ベスト4進出の報告と、ちょっとした意見交換にクランセスカの邸宅を訪問していた俺は、彼女の口から出た二つ名に、オウム返しに返事をしてしまった。
今日はイリアには別件の用事を頼んであるので、一人だ。
「そうですわ。今、巷では大変な噂になっておりますのよ? ご存じ無い?」
アフタヌーンティを優雅に口元に運びながら、艶然と微笑むクランセスカ。
テーブルの向かいで姿勢良く椅子に座り、当たり前のように執事を背後に侍らせる。
彼女は同い年の割に、どこか妖艶で色気がある。
「……初耳です」
「ふふ、そうですの? では、ホテルに着くまでの帰り道で、通りの人達に手でも振ってあげてみては? きっと皆様、大喜びですわ」
「遠慮します……」
どうしてこうなった……
「アリスは余から見ても、とても美しいですもの。噂にならない方がおかしいですし、先日のベスト8の戦いが鮮烈過ぎましたわね」
エクレアのせいか!!
無駄に派手な魔法を使うから!
あの派手好きめ!
……逃がすんじゃなかったか。
「お相手の方も、華やかな方でしたわね」
「あれ? そういえば私の試合、見てたの? クラン」
「……」
「クラン?」
反応が無くなったクランセスカに、小首を傾げる。
「え、ええ? もちろん拝見させて貰いましたわ。……クランって言ってくれましたわ」
クランセスカが頬に手を添えて、悩ましげなため息を吐いた。
「え? やっぱり言っちゃダメだった?」
「いいえ! 何を言うのです、アリス! 一度出た言葉は、取り消すことなど不可能なのですわ! だからアリスはこれからも余の事をクランと呼ぶべきですっ」
「そ、そうですか? 力強いですね、クラン」
お姫様の悩みは庶民には分からない。
「ん、失礼しましたわ。それで、レオニールの事でしたわね?」
「うん、次の対戦相手が彼だから」
居住まいを正したクランセスカが思考を切り替えるべく、目を瞑った。
レオニール・サクラメント。
王子様風の容貌をした騎士。
三大名家、サクラメントの御曹司というのだからお坊ちゃまかと思えば、実力は確かときた。
反対側の組み合わせでは、やはりベスト4にオースティアも来ている。
結局こうなるか。
こうなってくると、最初にクランセスカがエントリーして直ぐに負けても構わない、と云うような事を言っていた意味が分かる。
ベスト16だろうと、ベスト8だろうと、この相手にこそ勝たないと何の意味もないからだ。
この勝負は予選敗退も、ベスト4敗退も、実質変わらない。
ある意味、勝ち抜くならば優勝しか意味は無いのだ。
「正直に申しますと、アリスにはもう棄権して頂いても構わないと思っています」
「ここからは、リスクばかり上がって行くから?」
「一度あんな目に合えば、理解できると思いますわ。それに試合でも苦労すると思いますの」
「だから、情報を教えてほしいんですけど、雇用主様」
「もう、意地悪ですわ、アリス。でも……良いのですね?」
俺がここで降りても、クランセスカは一人で闘って行くのだろう。
でも、俺が優勝することは彼女のプラスにこそなれ、マイナスになる事は無い。
「まだ白金貨に相当する仕事をした気がしません。そういうの、気持ち悪いんです」
「律儀ですわ」
「それに私は友人として、力になりたいんです――クラン」
「……キザですわ」
後ろの執事の刺すような視線は軽く流す。
ふん、俺は目つきの悪い男には慣れているのですよ。
「いい加減、私を巻き込むことに腹を括りなさい、クラン。中途半端に腹黒なんですから」
執事の額に、青筋が浮かんだ。
腰に提げた剣をすら抜きかけたが、クランセスカがその腕を押さえつけた。
身体を震わせながら。
「くっふふっ! とても愉快です! アリス!」
目じりに涙まで浮かべながら、クランセスカが笑う。
自分の人差し指で、そっとまなじりを拭う。
泣きぼくろが妙に映えて、色っぽい。
「ええ、ええ。腹を括りましたわ!」
「そうこなくては! では、赤鬼退治の秘策を教えてください」
「赤鬼! ふふっ!」
今日のクランセスカは、笑いのツボに嵌っちゃったらしい。
テーブルを挟みながらも、俺たちは身を乗り出して、身振り手振りで会話を楽しんだ。
そういう晴れ晴れしい笑顔、年相応だよ、クランセスカ。
――だけど、その日の夕刻、俺たちは思い知ることになる。
命を懸けた闘技大会でさえ、単なる催し物でしかなかったのだと。




