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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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雷 VS 炎

 ベスト8。

 ここからは、本当に強い相手しか残っていないだろう。

 ダブルベッドが二つ置かれたホテルの部屋で、ベッドの中で大会運営から配られた対戦表を確認する。

 ベッドの幅は十分だが、相変わらずティルが抱き着いて来るので、もう諦めてそのままにしてある。

 体温高いな、ティル。

 ……子供?

 気を取り直して手元の表を見る。

 この闘技大会は歴史のあるものらしく、ここで武威を示すことは王国内外での立場に影響する。

 よって、各有力諸侯は揃って名代を立て、王国での名を上げようとしてくる。

 もちろん、それだけで趨勢が全て決まるほど政治の世界は単純なものではない。

 だからこそ表の俺、裏のクランセスカという訳だ。

 大会運営から配られた対戦表では、次の俺の相手は――エクレア。


 「なんですか、この甘そうな名前は」


 備考欄に、ステアード家名代と書かれてある。

 三大名家ではない。

 ついでに、他の名前にも目を通していく。

 レオニール・サクラメントの名を見つけた。

 俺がベスト8を勝ち抜いて、向こうも勝てばベスト4で当たる。

 クランセスカの為にも、負けたくはない。

 しかし、決勝までの間に俺の側の組み合わせでは、もう一つの名家とは当たらない。

 反対側の組み合わせを見る。

 そこに目的の名を見つけた。

 備考欄に、オースティア家名代と書かれたその相手。


 「……アミナス」


 偽名か?

 それとも、異世界では別の意味でもあるのか。

 いや……意味は俺に分かる様に変換されているはず。

 なら、ここはストレートに受け取るべきなのだろう。

 まさか固有名詞として、親が名付けるにはあんまりだろうし。

 何にせよ、こんなあからさまにふざけた相手、それを許容する家に負けるわけにはいかない。


 ――不吉を気取るなんて。


 他の対戦相手の事は直接見られなかったが、その分サイラに偵察を頼んでいたので話は聞いている。

 このアミナスという相手……対戦相手を皆殺しにして勝ち上がってきたらしい。

 それもサイラの話によると戦いの中で仕様が無くという訳ではなく、明らかに楽しんで殺していた、と。

 今の所一番負けたくないのは、オースティア。

 ただし、俺がそれを阻止するには決勝進出しか道は無い。

 決勝までの間にそのアミナスとやらが負けてくれれば何の問題もないが、そんな都合よくは行かないだろう。

 サイラの話を聞いても、圧倒的だったというのだから。

 しかしまぁ、皆殺しか……


 「……いざとなったら、我が身可愛さに降参する覚悟は出来ています!」

 「台無しです、お嬢様」

 「起きてた!?」


 隣のベッドから、イリアが目を瞑ったまま声をかけてきた。






 明けて、試合当日。

 決勝トーナメント用に個室の控室を宛がわれた俺は、開始時刻までの間にグローブにある細工をしていた。


 「これで良いのか?」


 寝癖を直してあげながら、ティルに作業してもらう。

 この人、もう昼過ぎなのにさっきまで寝ていたからな。

 最強なのは疑う余地もないが、燃費が悪いな。

 いや……ものぐさなだけか。


 「はい、ありがとうございます、ティル。反則じゃありませんよね?」


 大会規則を読み込んでいるイリアを見る。


 「武器防具は自前で用意、その特殊スキル等についても許容されています。まるで問題はありません」

 「良かった」


 キャスター・グローブを手にはめ込む。

 俺の為の完全オーダーメイドなので、まるで身体の一部のように手に馴染む。


 「ドキドキするです……失敗したら……それより、壊れたら……」


 サイラは自分が生み出した武器を目の前に、落ち着かない挙動をしている。

 耳が立ったり、萎れたり。


 「心配し過ぎです、サイラ。何度も実験したし、試合中だけ壊れるなんて有り得ませんよ。メンテナンスもサイラがしてくれてるんですから」


 そんなミラクルは要らない。


 「サイラの作ってくれた武器、素晴らしいですよ。さすが私のスミスです」

 「アリスさん……恥ずかしいニャ」


 照れるサイラのネコ耳をモフって、試合前の緊張を紛らわせる。

 大量生産品に品質は無いが、オーダーメイドなら品質が違ってくる。

 まぁ大量生産品に品質が無いというか、それが普通。

 つまり、ノーマルクオリティということだ。

 この上が、高品質。

 ハイクオリティ。

 その上が、精錬。

 スーパークオリティ。

 更にその上が、完璧。

 パーフェクトクオリティ。

 そして、ほぼ伝説の武器と呼んで差支えない品質。

 それが、最高の一品、レアクオリティ。


 「いつか、アリスさんの為に最高の武器を、最高のクオリティで作るのが夢です!」


 前と夢が変わったんだ。


 「期待してます」

 「はいですニャ!」


 元気の良い返事が返ってくる。

 しかし裁縫にも感心したが、鍛冶も凄いものだ。

 素材を基に、新しい武器を生み出す様はまるで魔法。

 テーブルに置いた素材に手を掲げて、眩しい光と共に新しい武器が出来るのだ。

 これを作った時にサイラが疲れ果てていたから、実際魔力のようなものを使っているのかもしれない。


 「お嬢様、そろそろ時間です」

 「うん、じゃあ行ってきます」


 イリアに促されて、立ち上がる。


 「頑張ってくださいです!」

 「ありがとう」


 最後にサイラの耳をモフる。

 ふにゃっ、とした顔をした。


 「アリスよ、今日の相手は魔法使いだったか?」

 「そうです」

 「同じ土俵で負けることは許さぬ。負けたら、夜通し特訓じゃ」


 邪悪な笑顔を浮かべて、我が師がのたまう。


 「……肝に命じます」


 この人、本当にやるからな……

 気合いを入れて、イリアが開けてくれた控室の扉を潜った。






 『さぁ、盛り上がって参りました! 今日の第二試合は、どちらも女性! お互いに魔法を得意とするお二方!』


 審判兼実況アナウンサーみたいなお姉さんに囃し立てられて、観客も歓声を上げる。

 円形闘技場の舞台に上がり、正面に立つのは俺とそう変わらない年頃の女の子。

 確か……エクレア。

 ツーサイドアップの真紅の髪に、対照的な水色の瞳。

 やたらに派手である。

 身長も俺と変わらない程度だが、腰に手を当てて見下すように不敵な笑みを浮かべている。

 何と言うか、大変勝気そうな少女だ。


 「あんた、雷魔法を使うんですって?」

 「そうですね」

 「どの魔法が最強の魔法なのか、エクレアが教えてあげる」


 あぁ、いるいる。

 一人称を名前で呼んじゃう子。


 「エクレアは火魔法を使うんですよね?」


 彼女の気安い雰囲気に当てられて、思わず呼び捨てで呼んじゃった。

 そのエクレアさんは、特に気にする風も無く得意げに頷いた。


 「そうよ。火魔法こそ至高! 最強の攻撃魔法! 我が師、魔炎が証明しているわ!」

 「魔炎?」


 クランセスカが言っていた、最強の魔法使いの一角?

 ティルに並ぶ人?


 「ふふ! 驚いた? エクレアの実力を持ってすれば弟子入りなんて、簡単だったんだから!」


 俺も一目で弟子入りが決まりました。

 しかし、そうか……

 ティルもそうだが、その魔炎の人もエクレアの魔力を見抜いたってことか?

 知力……まさか、5か?

 油断は出来ないな。

 ここまで来て油断もないか。

 スナイパーとの戦いで、身に染みた。


 「それにエクレア……雷魔法って、大嫌いなの」

 「名前がエクレアなのに……」

 「うるさい! それが嫌なのよ!」


 あ、地雷踏んだ?


 「でもエクレアって可愛い響きの、良い名前だと思いますけど」

 「……そ、そう? ふん、あんた中々見どころあるじゃない」

 「どうも」


 何か可愛いなぁ、この子。


 「名前」

 「え?」

 「名前、教えなさいよ。特別にエクレアの戦歴として覚えておいてあげる」

 「アリスです」


 対戦表を見なさいよ。

 雑談している内に、審判のお姉さんのトークショーも終わったらしい。

 開始線に下がらされる。


 「アリス、今日のあんたの負けは恥ずべきことじゃないわ。将来の最強の魔法使いに負けるんだから」


 背を向ける前に、エクレアから不敵な言葉を贈られた。

 魔炎がどの程度凄いのか知らないけど、俺の中の最強はティルを置いて他にない。

 その弟子の俺が、ここで後れを取ってはティルの顔に泥を塗る。

 それに、心の中で誓ってもいる。


 「最強か……負けられないな」


 そう決意した。

 お互い位置に着いた所で、観客も静まり返った。


 『それでは――始めて下さい!』


 審判のお姉さんの合図と共に、お互い鏡合わせのように横に動いた。

 動き自体は俺の方が早い。

 だって、それに賭けているからな!

 先制、もらう!


 「――サンダー!」


 当たる!

 これで終わるなどという甘い考えはない。

 まずはどの程度の魔法防御があるのか、見てみたい。


 「ファイア・ウォール!」


 と、思ったが、エクレアは手を付きだして詠唱無しの魔法を唱えた。

 その名の通り、炎の壁が俺の雷を阻む。

 ティルのとんでも防御法よりは、まっとうな守りの魔法だろうが……!

 俺の魔法を受けたエクレアの顔色が変わる。


 「なっ、つ、強い!!」


 炎の壁と、雷の数秒の均衡。

 それを、何とか凌ぎ切ったという風情でエクレアが言葉を吐いた。


 「アリス、あんた……! いいわ、相手にとって不足なし!」


 どうやらこちらの実力を判断したエクレアが、それでも尚目をギラギラさせて不敵に笑った。

 それを見て、思わず俺も笑顔になる。

 戦いで、こんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。


 「次はこっちから行くわよ、アリス!」


 言葉と同時に、彼女の手に持った武器――鞭が変幻自在に襲い掛かってきた。


 「火精来たりて、刃となれ――フレア・エンチャント!」


 さらにそこに炎の付与を施してくる。

 避けても、近くを通るだけでこちらにダメージが入る!

 凄まじい攻撃力!


 「すばしっこいのね!」

 「それが売りですし!」


 全ての攻撃をなんとか捌く。

 それでも近くを通る炎の鞭に、体力を持って行かれ、少しずつダメージも溜まって行く。


 「サンダー!」


 一瞬の攻撃の合間に、全方位のサンダーをエクレアに浴びせる。


 「範囲なんかで!」


 炎の壁は出さなかったが、魔法防御で受けられた。

 それでも幾分ダメージも通ったようで、少しエクレアもふらついた。


 「ほんと、忌々しい雷ね!」

 「雷魔法のロマンが分からないなんて、損してます、エクレア!」

 「煩いわよ! 言ったでしょ! 火魔法こそが至高なの、見せてあげるわ!」


 啖呵を切って、エクレアが詠唱に入る。

 防御魔法と違って、溜めがある。

 紅い魔力粒子がエクレアに集まるのが見て取れる。

 サンダーで牽制しようかとも思ったが、無粋が過ぎるだろう。

 動きを止めて、身体に雷を巡らせる。


 「来ないんだ? 来ても対策はあるけど、見どころあるじゃない、アリス!」

 「エクレアと戦うのは……困ったことに、何だか楽しく感じますから」

 「上等よ! 最高に熱い戦いをプレゼントしてあげる!」


 本当に火魔法の権化のような性格をしているなぁ。

 エクレアの身体に集まる魔法粒子が止まった。


 「良い? 死なないでよ、アリス! 死んだら怒るんだから!」

 「無茶苦茶言いますねっ」


 命がけの闘いには違いないのだが、どこか心が楽しんでいる。

 勉強でも、運動でも、誰かこいつと思える相手と競うことが一番面白かった。

 エクレアは、俺にとってまさにそういう存在なのかもしれない。


 「大地に巡る星の息吹よ、咎を浄化し猛りて輝く紅蓮となれ! ――スターフレア!!」


 紅い炎の爆発。

 会場中に鮮烈に輝く太陽のような魔法。

 その光は本物にも引けを取らない鮮やかさ。

 その熱は、全てを溶かすプロミネンス。

 タングステンさえ溶かさんと暴れ狂う、至高の炎。

 間違いなく、上級魔法の一つ。

 食らえば、魔法防御がどうのというレベルを超えている。

 エクレアは自らの魔法を上手く調節し、舞台上のみに破壊を生み出した。

 避けることは可能だが、そうすると場外。

 よって、選択肢としては真上にジャンプするか、耐えるかの二択。

 真上にジャンプすれば、方向転換出来ない俺は的にしかならない。

 詰みだ、よって除外。

 ならば、一番俺に不向きな選択――耐える!


 ――ここが使いどころ!


 「キャスト解放! ――アイシクル・ガーデン!!」


 輝く蒼い魔法が、絶対零度の氷結の壁となって俺の前に展開される。

 吹き飛ばされないよう、雷の魔法で地面に磁場を作ることも忘れない。


 「なんですって!? 氷魔法!?」


 全てを融解させんと唸る紅炎に、凍らぬものなど無いと聳え立つ蒼い氷壁。

 魔力衝突の凄まじい爆風に、闘技場が悲鳴を上げる。

 蒼い輝きに包まれて、詠唱開始する。

 この壁は、絶対に破られない――


 「天下る一条の光刃よ、我が剣となりて闇を裂け! ――ライトニング!!」


 氷の壁と紅炎を貫いて、銀の閃光がエクレアに突き刺さる。


 「――く、ぁっ!」


 エクレアの紅い魔法防御も突き破って、彼女が痙攣するように崩れ落ちた。

 数秒後、闘技場の舞台に舞う、紅と蒼と銀の魔法が収まる。

 嵐の後の、奇妙な静寂。

 そんな中で、倒れたエクレアにゆっくり近づく。

 賢明にも舞台を降りて実況中継していた審判のお姉さんが息を呑んだ。

 止めを刺すと思われたかもしれない。


 「エクレア――今日はもう、これ以上やりたくないです」


 そう言って、エクレアに手を伸ばす。


 「……引き際くらい、弁えてるわよ」


 ぶすっと悔しそうな声で、エクレアから返答がある。

 思わずほっと、息をついた。

 伸ばした俺の手を、エクレアがぎこちなく握り返す。

 まだ身体が痺れているのかもしれない。

 二つの魔法越しとはいえ、俺の詠唱付の本気のライトニングを食らってこの程度で済んだ相手はエクレアが初めてだろう。

 左手は反則にも程があるから、右手の本気だが。

 でも、やっぱり強い。


 「さっきの秘密……これ?」


 エクレアが握った俺の手――グローブに目を向けた。


 「はい、私の最高のスミスの力作です。凄いでしょう?」

 「卑怯とは、言わないわ。それだけ準備してきたってことだもの……悔しいけど」


 さりげなく、エクレアにヒールをかける。


 「あんた……」


 身体が動くようになってきたエクレアが立ち上がった。

 そして俺の腕を払って、ビシッと指を突き付けてくる。


 「いい!? これで決着なんて思わないで! まだまだ、エクレアはもっと強くなるんだから!」

 「ふふ、はい! 楽しみにしてます」


 エクレアは自身の髪の色にも負けないくらい、頬を染めて、そっぽを向いた。


 「――降参するわ」


 その一言が実況されて、会場中が大喝采に包まれた。


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