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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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狙撃手

 騒ぎの後、俺たちは部屋を変えてもらった。

 とりあえず窓から見る限り狙撃ポイントが無い、見晴らしの良い風景である。

 先の部屋は反対側で、街並みこそ離れているものの、この宿より背の高い建物もある。

 スナイパーはそこから狙撃したということだろう。

 かなりの距離があるが、正確に当ててきたあたり油断のならない相手だ。

 クランセスカは、もう帰っている。

 で、今はイリアを慰めている最中である。


 「あの、イリア。古今東西、暗殺を完全に防げた人間は居ませんよ? 私の知ってる歴史上の人間だって、何人が暗殺で命を落としたか」

 「例え事実がそうだとしても、わたくしは自分が許せないのです。なんという未熟、恥ずべきことです」


 直立不動で俺の前に立ち、悲壮な顔で己を罵り続けるイリア。

 あの狙撃を防げなかった自分が、とにかく許せないらしい。

 ……まぁ、後ろで寝ている俺の命を救った人間がいるからな。

 比べているのだろうが、比べる対象を間違えているというか……

 もう~~~。

 真面目だなぁ。


 「分かりました分かりました。ではイリアには罰を与えます」

 「なんなりと」

 「私にキスしてください」

 「イエス、マイ、レディ」


 ベッドの端に座る俺に、いきなりイリアが覆いかぶさってきた。


 「ちょちょちょっ! ストップ! 迷い無し!?」


 こっちがびっくりするわ!


 「なぜご褒美を頂けるのかと思ったら、焦らしていくスタイルですか」


 ご褒美なのか……

 一先ず覆いかぶさってきたイリアの肩を押し返して、居住まいを正す。


 「こほん、とにかく。女性はもう少し慎み深くあるべきです。そこはもっと恥ずかしがってしかるべきです」

 「まるで殿方の妄想のようなことを仰るのですね、お嬢様」

 「……」


 妄想て、全世界の男子が泣くぞ……


 「い、イリアは……その、誰かとキスしたいとか、思ったりするの?」

 「……時々、『誰か』を押し倒して、無茶苦茶にしたくなる時もあります」


 そ、そうなのか!?

 驚きと言えば驚きだが、イリアも年頃だからな。

 身体を持て余すこともあるんだろうか。


 「肉食系のような発言ですね……」

 「いえ、お嬢様が乙女過ぎるだけかと」


 イリアみたいな乙女に乙女とか言われたら、もう俺はどうしたらいいの?


 「後、鈍感かと」

 「なぜ!?」

 「ご自分の胸に手を当てて、考えてみてくださいませ」


 言われて自分の胸を触ってみる。

 ちょっとした夢が詰まっていた。

 大丈夫、男の子の夢は、俺が守って見せる!






 用事を頼んでおいたサイラが無事に帰って来てくれて、ほっとした。

 例え街中でも、もはや安全ではないと考えた方が良い。

 これからは、サイラは絶対にティルと一緒にいてもらうことにした。

 世界で一番安全な場所だからだ。

 リブラすら避けて通るほどに。

 そして俺は、イリアと共に昼下がりの公園でお昼寝をしていた。

 芝生が広がる居心地の良い広さの公園。

 家族連れや恋人同士もちらほらと。

 その一角、大きな木の下で、イリアに膝枕をされて眠る睡眠は格別である。

 リラックス、大事。


 「ここで寝てたら、狙撃ポイントは何か所ですか?」

 「二か所です。相変わらず、ご自身の身を危険に晒すのが大好きですね、お嬢様。マゾなんですよね?」

 「言い切った!?」


 ですか?

 じゃなくて、ですよね!?


 「……それはともかく、ティルが言っていたことが引っかかっています」

 「お師様?」


 イリアは聞いてなかったのか。


 ――狙われたのは、一体どちらなのかのう?


 そう呟いた一言を。

 結果的に、矢を受けたのは俺。

 でも――――その正面に向かい合っていたのは?


 「それにあの矢束……九十センチを超えていた。二寸伸、それに狙撃距離から考えても強弓なのかな」


 とすれば、弓の重さは二十キロを超えるといったところか。

 犯人は……男か?


 「あの……お嬢様は、弓が得意なのですか?」

 「いえ? 全く射られませんよ?」


 そもそも引ける訳ないじゃないですかー。


 「その割に、お詳しそうです」

 「まぁ、ちょっとした雑学です」


 インターネットという無限の海に浸り過ぎた期間がね……

 物覚えは悪くないつもりだから、良くも悪くも知識が増えていった。

 ごろん、とイリアの膝の上で寝返りをうって、公園を眺める。

 寝返りで自分の顔に流れてきた髪を、イリアが優しく梳いて直してくれる。

 気持ちいい……

 そうして見るともなしに見ていた公園の風景では、女の子が大勢の子供を引率して遊んでいた。

 身長は、俺より少し低いくらいだろうか?

 アシンメトリーなショートの、青みがかかった髪。

 とても子共に慕われているようで、我先に遊んで欲しいと彼女の周りに人だかりが出来る。

 優しい雰囲気のする少女だ。

 少し離れた彼女たちの様子を眺めていると、ふとした拍子に、彼女と目が合った。


 「?」


 瞬間、焦ったような顔を浮かべた彼女は、急いで俺から視線を外した。


 「イリア? あの子たちは?」

 「服から見て、恐らく教会で預かっている子供たちだと思います。親や頼る者をなくしたのでしょう……」


 きのみきのまま、そんなお世辞にも上等とは言えない服を着た子供たち。


 「そっか……でも、幸せそうだよ」

 「そのようです。あの少女が、子供たちの太陽なのかもしれません」


 結局、スナイパーは現れなかった。

 出来るなら、不安の芽は早めにつぶしたいが、そう上手くは行かないものだ。






 その日の夜。

 敢えてもう一度、俺は昼間の公園にやってきた。

 人気は無く、打って変わって恐ろしげな雰囲気の漂う暗闇の広場。

 月明かりだけで、躓くことも無く昼間の木の下までたどり着く。

 一応確認するが、木の上には誰も居ない。

 そこで、昼と同じようにもう一度寝転がる。

 イリアの膝に。


 「怒らないの?」

 「お嬢様の行動を制限するよりも、お嬢様の希望に沿った上で守り抜きたい。そう思うのです」

 「また難しいことを」

 「どの口で言うのですか」

 「それもそっか」


 軽口を止めて、黙る。

 明日は俺の試合は無い。

 だから、明日の昼も、夜もここに来てやる。

 これは挑戦状だ。


 ――狙って見ろ。


 臆病者の暗殺者。

 ティルにそう言われた、強弓使い。

 例え夜でも、音が無くなる事はない。

 虫の声、街の人々の営みの音、風の音。

 イリアと二人、大地に溶けてしまいそうな時間が過ぎて、一際強い風が吹く。

 大きな木がざわめいた。


 そして――


 一瞬後、不気味な音を纏わせて、ソレが来た。

 見えた!

 正確無比な、死の一射。

 確実に俺を捉えたその攻撃は、イリアのフィールドに弾かれる。


 「――つ!」


 すぐに起き上がる。

 場所は確認した。

 予め予見しておいた、二か所のうちの一つ。


 「大丈夫、イリア?」

 「はい、ですが、思った以上に鋭い攻撃です――抜かれるところでした」


 氷竜の攻撃さえ防いで見せたイリアのフィールドを、抜いてくるか。

 二射目、来るか?

 それとも、仕損じたら移動するか?


 「サンダー!」


 姿は捉えていないが、大体の場所に魔法を撃ちこむ。

 建物の壁に当たったサンダーが、一瞬暗闇を照らして消えた。


 「居る!」


 しかもこちらのサンダーを意に介していなかった。

 遠すぎて、ここからでは正確に狙えない!

 二射目、構えていたのにまだ来ない?

 否――溜めているのか!

 瞬間、耳鳴りに似た音を微かに捉える。


 「――避けなさい! イリア!」

 「――っ」


 俺の声に、咄嗟に身を伏せるイリア。

 刹那の差、甲高い音を立てて――緑のフィールドを矢が貫いて行った!

 ――想像はしていたけれど、信じられない!

 守り5の、恐らくイリアの特殊スキル。

 それを、貫いてくる!?


 「……わたくしの想像ですが」

 「ええ」

 「他の戦闘の要素を一切排除して、一番有益に、ただ純粋に『力』を使える職業、それが――」

 「――弓兵か!」


 場所を決めて、動かず、反撃を許さず、その集中力と力で持って、必殺の狩人と化す。

 相手は――力5か!

 舐めていたと言わざるを得ない!

 イリアが居れば、取るに足りない――そう思い込んでいた。

 どうする?

 跳んで距離を縮めたいが、それも相手を侮っているか?

 跳んだら的。

 そう思え。

 

 「サンダー!」


 範囲で先ほどの場所に攻撃を飛ばす。

 手応えは――無い!

 全く同じ場所には居ないか!?

 目を凝らしていると、また微かな弓を射る音が聞こえてくる。

 微かな矢の音と、月明かりに照らされた青白い矢じりの反射。


 「まずっ――」

 「――負けたり、するものですか!!」


 イリアが、再度俺の前に出る。

 何を言う間もなく、矢とフィールドのせめぎ合う音が木霊した。


 「わたくしはお嬢様の盾! 例え相手が何であれ――簡単に破られるものですか!」


 気合い、といえば馬鹿らしいが。

 事実、今度はイリアの気合いが相手の攻撃を上回ったのか、先ほどよりも強力そうな矢を受け切った。

 力5と、守り5の闘い。

 だけど、それは攻守交代があって、初めて均衡が成り立つ。

 一方的にイリアが受けるだけではジリ貧だ。


 ――俺が、やらなきゃ。


 「――イリア、次の四射目を何としても受けなさい。その瞬間、私が相手に向かって跳びます」

 「いけません、相手が速度重視で射れば、お嬢様の守りでは……」

 「分かっています、自殺するつもりはありません。私を、信じなさい」

 「……イエス、マイ、レディ!」


 勝負だ。

 感覚を研ぎ澄ます。

 身体に雷を巡らせる。

 四射目、来た!


 「――っ!!」


 再び、フィールドと矢のせめぎ合い。

 先ほどよりも、尚強い!

 イリアの口元から、血が零れた。

 ごめんね、イリア。


 今――っ!


 イリアの背後から、跳び出した。

 大地を蹴って、夜空の中を一直線に切り裂いていく。

 射の位置から、場所はもう分かっている。

 だからこそ、一直線。

 そう、一直線。

 こんなものは、スナイパーにかかれば、ただの的。

 気配を読め。

 先に動くな。

 革袋から目的のものを摘まみだして、集中する。

 近づいた分、エルフの目で相手の影を捉えた。

 反撃は――間に合わない!

 今まさに、射る瞬間!

 こんな中で、狙いなどつけられない。


 ――相手が、必殺を確信した射を放つ。


 「――私も、負けない!!」


 手に握りこんだ銅貨に、ありったけの反発力を込める。

 その力と、身体を捩じる動きで、直線にズレを生み出す。

 微かな移動。

 だが、相手が狙ったのは跳んでくる、俺の頭という点そのもの。

 微かな誤差が、生死を分かつ。


 「つっ!」


 矢が、俺の腕を掠めた。

 焼けるように熱い。

 でも、そう――掠めただけ!

 跳んでくる点に当ててくる相手の力量は驚異的だが、もはや次は間に合うまい。

 見据えた影は、まるで焦る様子も無く、それどころか諦めたように弓を下ろした。

 遂に捉えた影が建つ建物に跳び着いた俺は、間髪入れず渾身の雷の当身を食らわせた。

 思った以上に、抵抗は無かった。

 敏捷も知力も少ないのだろう。

 油断なく、辺りも伺う。

 気配は何もない。

 一人?

 倒れた相手を慎重に確認する。

 ようやく、恐ろしきスナイパーに一矢報いた。

 そこで見た、その顔は――


 「――え?」


 『彼女』は、祈る様な顔で、まるで眠る様に横たわっていた。






 闘技大会のベスト16の相手は謎の棄権により、俺のベスト8進出が決まった。

 その相手は、圧倒的な弓の技量で予選を圧勝したとのことだ。


 「イリア、胸が苦しい」


 その日の午後、再び公園にやって来た俺は、公園の入り口から子供たちが遊んでいる姿を眺めていた。

 そこに、『彼女』の姿は無い。

 子供たちも、どこか元気が無いように見える。


 「何故かは知りませんが、世の中は、そのようなことばかりです」

 「うん……」

 「ですが、それに引きずられてもいけません。なぜなら――」


 イリアの唇に指を立てて黙らせる。

 代わりに、その言葉を引き継いだ。


 「私たちは、それでも生きているから、だよね」


 その言葉は、とても苦い。

 俺たちは何をするでもなく、様子を眺めていた。

 子供たちは、時折はしゃいだ声をだして、元気に公園を駆け回っていた。

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