闘技大会
闘技大会当日。
エントリー自体はクランセスカが既に済ませているらしく、俺はコロシアムで受付を済ませると、さっそく選手控室に移された。
控室は思ったより広く、殺気立った選手が思い思いに過ごせる程には快適だ。
闘技大会は予選、決勝トーナメントと続いていく。
決勝トーナメントに残れるのは十六人。
予選はAからHブロックまであるが、それぞれの組みで勝ち抜けるのは二人のみ。
各組みは十人ずつ分けられているから、決勝トーナメントに上がれるのは本当に強い人間だろう。
油断、厳禁。
俺は受付けで渡されたAブロックの名札代わりのバッジを服の胸元に取り付ける。
さて、これで俺はクランセスカの望みを叶えてやった格好になるが。
闘技大会云々じゃなくて、ここから身の危険というリスクが跳ね上がるんだろうな。
予選終わったら前払いで取り立てに行ってやろう。
「失礼、貴殿がウィルミントン家の名代ですか」
声をかけられて振り向く。
爽やかな好青年である。
赤い髪にグレーの瞳。
王子様風の外見というやつか。
「そうです。あなたは?」
「自分は、レオニール・サクラメント。C組にエントリーされています」
一族の本人が出る!?
……いや、クランセスカに比べたら条件は簡単か。
クランセスカは彼女以外に直系がいないからな。
「……私は、アリス。クランセスカの友人です」
「そうですか、彼女の性格からすれば、自分で出ると思っていましたが……良かった」
お?
「あなたも、大怪我をしない内に降参するべきです。あなたのような可憐な女性を戦いの場に送り出す彼女も、困ったものだな」
「お気遣い痛み入ります――ですが、遊びでここにいる訳ではありません。力を示させて貰います、彼女の友人として」
「そうですか……では、自分も全力で」
そう言って、騎士風の胸に手を添えて、足を揃えた丁寧な挨拶をして、王子は去って行った。
得物は腰に提げた騎士剣か。
サクラメント、ね……
予選の順番が来た。
俺はA組だから、一番最初の登場になる。
予選は組みを五人に分けて、それぞれ乱戦を制した者が勝ち抜け、という非常にシンプルかつ野蛮なものである。
下手したら四対一みたいに、狙われる恐れもある。
それなりに覚悟して、円形闘技場の舞台にあがる。
コロシアムのスタンドがこれから起こるであろう、惨劇のショーに沸いた。
ざっと直径で二百メートル程ある建物で、収容人数は三万を超える。
見渡してみると、大盛況のようで満員御礼である。
俺の相手は、全員厳つい男共。
武器は剣が二人に、槍が一人、戦斧が一人。
『予選の一番手! A組の一の試合を始めます! ルールは簡単、この円形の舞台から落ちれば場外となり失格! 降参と言えば、審判である私が判断して失格! 死ねば失格!』
舞台上から、堂々と宣言する肌色成分が多めの審判のお姉さん。
拡声器代わりの魔石を口元に充てて、声を飛ばしている。
『そして予選のスペシャルルール! 飛び道具禁止とします!』
おい!
……サンダーみたいな魔法、使うなって事か?
これ絶対俺の魔法使いっぽい雰囲気を見て決めただろう。
観客席から歓声があがる。
多分、俺が負けて、ひん剥かれるような事を想像されているのではないでしょうか。
下衆い。
「舐めないで貰いたいですね、ほんと」
両手を包む、グローブで拳を合わせる。
イリアとサイラが素材を集めてくれて、作ってくれた俺の新しい武器。
キャスター・グローブ(精錬)(銘:サイラ)
高品質を超えた錬成。
さすがサイラ。
この武器なら、俺は白兵戦だってやって見せる。
フェアバーン・システムを修めた俺に死角はない。
……嘘だけど。
『それでは、始めてください!』
審判のお姉さんの宣告からすぐ、四人が俺に向かって突進してきた。
――やっぱりか!
「雷精来たりて、刃となれ! ライト・エンチャント!」
自らのグローブに雷の付与を施す。
相手を見据える。
剣の二人が前、その後ろに槍、遅れて戦斧。
囲まれるとまずい。
出来れば一人ずつ相手をするのが理想。
――なら、最初に狙うのは!
足に魔力を込めて、ジャンプ。
剣と槍を跳び越えた。
狙うは後ろに遅れた、斧。
反応遅い!
一足飛びに背後を取った俺は、慌てて振り返る斧の横っ腹に一撃を加える。
力はないが、知力5の雷の魔法を叩き込む。
身体が痙攣して、斧はその場に倒れた。
闘技場が、静まった。
観客が思う展開とは違ったのだろう。
ちょうどいい、一つ相手に忠告しとこう。
「私も命を懸けてるんです。わざわざ殺すつもりはありませんけど――だからと言って、殺さないつもりもありません。そこは覚悟は出来てますよね?」
目を細めて、少しだけ凄むように言ってみる。
若干相手が怯んだのが見て取れる。
相手に実力を出させるつもりはない。
こっちだって、相手の攻撃を食らえば終わりだ。
俺の白兵戦は綱渡りなんだから。
実際余裕がある訳でもない。
「――っ!」
相手が固唾を飲んでいる内に、円を描くように魔力を使って移動した。
視界から消える動きを心掛けて、リーチが長くて面倒な槍を横合いから叩く。
今度は掌底を突き出して、インパクトの瞬間反発力を爆発させる。
段々魔力調整が馴染んできた。
こちらの足場で地面としっかり引き合うような磁場を作ってやることによって身体を固定し、俺より重い相手を吹き飛ばす。
槍は吹っ飛ばされて場外に落ちた。
「どうなってやがる!?」
これで、残り二人。
混乱している内に、勝負を決めたい。
そのまま剣の懐に入り込んで、雷付きの蹴りを叩き込む。
――蹴りは実は得意だ。
格闘技という訳でもないけど。
中段蹴りで剣の一人を場外に吹き飛ばして、最後の剣の懐に潜り込む。
さすがにこのままではまずい、と相手も剣を振り下ろしてくるがもう遅い。
下から突き上げるように顎を撃ち抜く雷掌底で、ノックアウト。
「ふぅ」
白兵戦だって、やってみせなきゃ。
ティルの最強には程遠い。
せっかく最近、その白兵戦も手解きを受け始めたしね。
修行で腹に受けた掌底は痛かった……
思わずお腹をさする。
『こ、これは番狂わせ! 勝者は、ウィルミントン家のアリス選手です!』
審判のお姉さんの宣言に、会場から大きな歓声があがった。
「アリス! 素晴らしい活躍でしたわ! やはり余の目に狂いはありませんでした!」
「ありがとう、クランセスカ」
闘技大会期間中は、選手関係者専用の高級宿を国が手配しているので、俺はそこに移動している。
選手の家族なんかも、参加人数から言えばたかが知れているので、一緒に泊まらせて貰える。
なので、イリア達も一緒だ。
その高級宿の広い部屋で寛いでいると、クランセスカがやってきた。
「一人ですか?」
「あの失礼が過ぎる執事なら、宿の入り口で待たせておりますわ」
言われて窓から外を覗くと、慇懃無礼な執事が突っ立っていた。
「なるほど」
いつも誰かが付いていた方が良いような立場だろうが、恐らく自分の腕を信じているのだろう。
窓に背を向けて、クランセスカに向き直る。
「まずはアリス、約束の報酬です。エントリーして出場して下さるだけでも良かったと言えば良かったのですが、この結果は想像以上に有難いですわ」
「遠慮なく、貰うね」
クランセスカから白金貨を手渡しで貰う。
おぉ、白金貨……
働く気が失せる、この重さ。
いつまでも見つめていたいが、精神力を駆使してさっさと革袋に詰め込む。
「――アリス」
「ん?」
クランセスカが真剣な顔で俺を見る。
「いえ……言えた義理ではありませんが、気を付けて」
「ふふ」
「?」
今度はクランセスカが首を傾げた。
「やっぱり、私はクランセスカとは、友達になれそうな気がするな」
ウィルミントン家の名代として、これからリスクが跳ね上がるのは把握している。
お金に釣られた馬鹿な奴と、腹の内で笑っておけばいいものを。
どこか親近感を感じる。
「アリス……余の事は、クランと呼ばせてあげない事も、なくてよ」
頬を染めて、視線を明後日の方向に向ける彼女は可愛らしい。
「分かりました、クラン――」
――言い終えるのと、窓が破砕する音は、ほぼ同時だった。
背中に衝撃。
「――ぁ」
息が詰まる。
衝撃で、吹き飛ばされる。
正面に向かい合っていたクランセスカに、抱き留められる。
「アリス様!!」
「アリス!!」
近くに控えていたイリアと、目の前でそれを見ていたクランセスカが血相を変える。
何が――
「――弓兵か。こそこそと、臆病者の暗殺者が」
「お師様! アリス様に回復魔法を! お願いします!!」
「矢は止めてある。やれやれ、手のかかる弟子よのう――臆病者は、逃げ足だけは速いか」
ティルが窓の外を眺めて、面白くなさそうに呟いた。
突然の衝撃に我を失っていたが、そっと背中をさすると矢じりは刺さっていなかった。
良く見ると、背中にピンポイントの氷の壁。
これが、矢じりを受け止めたのだ。
自分の無事を確認してから――身体中に寒気が走る。
今……ティルが居なかったら、死――?
身体が震える。
「アリス……」
震える俺に、抱き留めた状態のクランセスカが痛ましそうに顔を歪める。
それを見て、正気に返る。
これが、リスク。
「――こういう王都を、変えてくれるんですよね?」
「アリス、あなた……」
「クラン」
「――アリス、あなたという友人に誓いますわ。クランセスカ・ウィルミントンの名に懸けて、この腐った体制を再生させます!」
クランセスカに強く抱きしめられる。
クランセスカ自身によってまねかれた事態だとは理解している。
それでも、俺はこの子にかけたい。
使えるものは使う。
ある意味それは、お互い様だ。
何より、その紫の瞳に籠った熱に、嘘はないように思えるから。
――こうして、闘技中も、日常でも命がけの闘技大会が幕を開けた。




