リンナルの街
すぐそこに見えていた街は、リンナルの街というらしい。
特産であるリンナルの実で栄えた街だから、そのまんま名づけたということか。
リンナルって何だ?
そもそも今俺、何語で会話してんだ?
ちなみに、自己紹介を済ませて了承すると、相手のステータスが見えるらしい。
全部ではないけど。
おっさんのステータスはこうだ。
名前:ニコル
種族:ヒューマン
年齢:41歳
性別:男
職業:戦士
LV:38
おっさん、LV38って強いんじゃ?
スキルとか魔法とかそういう情報は見えない。
恐らく大事な情報だから、自己紹介くらいでは見せないのだろう。
覚えておこう。
「おっさ―――ニコルさんは強いんですね、LV38って凄いです」
逆に俺のステータスを見ていたおっさんが、また神妙な顔をする。
「こんな子を放り出すなんて、間違ってらぁ」
こんな子ってステータスのどの部分だ?
年齢か、LVかな。
その後、おっさんの慰めを適当に受け流しながら街に入った。
門には見張りの兵士みたいな人が居たが、別に誰でも入れるらしい。
特に何かを言われることはなかった。
じろじろは見られたが。
おい、あんまり女の子をじろじろ見るもんじゃありません。
嫌なもんだな。
おっさんの家に案内されるまで、俺は終始視線に晒されていた。
いかん、俺の渾身の美貌が注目を集めすぎる。
辛い。
「おう、帰ったぞ!」
おっさんが扉を開いて中に入るので、後ろから付いていく。
「お邪魔します」
「―――!」
家に入った途端、リビングのテーブルで座っていた奥さんっぽい人と目が合った。
俺を見て、おっさんを見て、もう一度俺を見て。
――般若の顔になった。
「ひぃ!」
思わず悲鳴が出た。
「……あんた、これは一体どういうことだい? まさかあたしらに内緒のへそくりで奴隷でも買ったなんて言うんじゃないだろうね!!」
奴隷?
奴隷買えるのか、へー、さすが異世界。
「ち、違うぞ! 落ち着け! この子は街の外で困ってた所に行き会ったから保護したんだ!!」
LV38おっさんは、油汗を流して弁明した。
ふーむ。
LV38って弱そうな気がしてきた。
別に悪気があった訳じゃない。
俺の攻撃は本当に弱いのかどうか、試してみたくなったんだ。
「えい」
ぺちっと、おっさんの腹を殴った。
年齢の割に締まった腹筋だと思う。
ちなみに、ぺちっとしたけど、俺のまぎれもない全力の一撃だ。
おっさんを見上げると、まるで効いた様子がない。
やはりダメか。
いや?
途端におっさんの顔が蒼白になった。
効いた?
俺はきょろきょろと辺りを見渡すと、鬼を発見した。
ああ、そういうこと?
「……へえ? じゃあ、どうしてその子は今、あんたに精一杯の抵抗をしたんだい?」
おっさんは鬼の質問に何も答えることが出来ず、生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしていた。
「うーん、強いのか、弱いのか」
いや、別に俺は悪気があった訳じゃないんだ。
本当。
その後色々な武勇伝が披露されはしたのだが、ようやく誤解が解けた頃にはおばさんは俺の事を心底心配してくれた。
いい人だ。
おばさんはアデルというらしい。
ステータスも見せてもらった。
名前:アデル
種族:ヒューマン
年齢:40歳
性別:女
職業:裁縫師
LV:21
この裁縫師ってのは服を作る人の事なんだろうか?
そういえば、テーブルでおばさんはさっきまで縫い物をしていたようだ。
「アリスちゃん、困ったことがあるなら遠慮せずに言うんだよ? もうこの家は自分の家だと思ってくれたらいいんだから」
「えっと……何だか本当にすみません。なるべくご迷惑はかけないようにしたいと思います」
何なんだ異世界の人。
俺が現実世界でやさぐれ過ぎたとでも言うのか?
それともこの夫婦が特別なのか?
いや、やっぱりこの夫婦が特別なんだろう。
こっちに来て一番の幸運は後にも先にも、この夫婦に出会えたことなんじゃないだろうかと思う。
「奥ゆかしい子だねえ」
いや、謙虚な心は美徳なんですよ?
おっさんは向こうのソファでノックアウトされているので、おばさんと話を進めていくことにする。
「あの、私冒険者というのになりたいんですが」
お金を稼ぐためにも。
「うーん、確かにアリスちゃんは見習いとはいえ、魔法使いだからねえ。冒険者にとって一番の戦力になる可能性はあるだろうけど」
むーん、とおばさんは唸りだす。
「あの、冒険者になるには何か問題が?」
「冒険者そのものは誰でもなれるけどね。ギルド登録も1000ルーク払えば大丈夫だし」
へー、この世界の貨幣単価はルークって言うんだ。
「でもアリスちゃんみたいな女の子が、そんな命の危険がある仕事をしたいってのが心配でねぇ」
まぁ、それこそおばさんみたいに裁縫師だとか、色々職業はあるんだとは思う。
――しかぁし!
せっかく異世界にやってきたのに、なぜ冒険をしない!?
そんなことが許されるか?
いや、許されん!
まぁ、子犬にも勝てないんだけどもね。
いや、現状ですよ、あくまで現状。
「……私、ずっと狭い所でじっと暮らしていたから。外の世界に憧れてるんです。色んな物を見たいし、色んな事を経験してみたい。それが私の夢なんです!」
嘘はついてないぞ、嘘は。
狭い所≒ワンルームの部屋。
そして空想に憧れていた俺。
よし、全く嘘は言ってない。
「アリスちゃん……」
おばさんはうるっと涙をにじませた。
優しすぎ!
「分かった、そこまでの決意があるなら止めないよ! でもせめて最初は私の娘とパーティを組んで近場を冒険すると良いよ。あの子もやんちゃだけど、結構腕は立つからね」
ほう?
そういえば、おっさんも娘が居るって言ってたな。
おばさんは若干中年太りしているが、元は悪くなさそうな感じだし、おっさんはあれでナイスミドルだ。
娘は結構期待できるかもしれん。
……いや、期待したところで何も起きないんですけどね!!
誰だネカマしようとか言った奴!!
「ありがとうございます、そうさせて貰えたら助かります」
「うんうん。それじゃ、今日は早めに夕食の支度をするから、食べてゆっくり休むといいよ。どうせあの子は夜中まで帰ってこないからね」
と、言われたのでお言葉に甘えることにした。
夕食は特産のリンナルの実を使ったパイが出てきた。
リンナルって、これリンゴじゃん!
なんぞや、リンナル!!
ちなみに、ファンタジーの世界だけど、お風呂がありました。
檜風呂。
まぁ、檜っていうか何の木材を使ってるのか分からないが、お風呂あるなんて最高!
俺は用意してもらった着替えをもって、風呂場に!
風呂場。
風呂……だと?
俺は自身を見下ろした。
まず一つ、男は見下ろした時に胸のふくらみなんてありません。
それが控えめだとしても、そこには夢がつまってます。
「……お、落ち着け」
俺は性犯罪者じゃない。
これは自分の身体、あくまで自分の身体だ!
そしてお風呂に入るには、服を脱ぐしかない。
「何言ってんの、当たり前じゃない、いやだー」
あははーと笑ってみる。
声が可憐だった。
「……ふぅ」
俺は覚悟を決めて、すぱっと脱いで、浴室に入った。
……なるべく自分を見ないようにして。
「チキンじゃない、俺はチキンじゃない……ぶくぶく」
湯船でぶくぶくする。
え? ちゃんと身体は洗ったよ?
湯船に入る前に洗うのは礼儀じゃない。
うん、なるべく見ないように、感覚で洗いました。
何かぬるっとした液体で。
まぁ、ボディソープとか、石鹸みたいなもんだよね?
変なプレイに使うものじゃないよね?
もしそうなら、いつかおっさんの腹筋を貫いて見せる。
そう決意して、さあ上がろうかと立ち上がった瞬間、浴室の扉が勢いよく開いた。
「―――は?」
思考停止。
人間緩んでる時に予期せぬ事が起きると、早々対応出来ないのです。
「へえ~、あんたがアリス?」
そこには、すっぽんぽんの女の子が立っていた。