師匠と弟子
リンナルの街を出発した、そのお昼過ぎ。
王都に辿り着いた訳でも、近くの街に辿り着けた訳でもない俺たちは、絶賛野宿の準備をしていた。
いやいや、もっと進めるでしょうとも思うのだが、ティルがストップと言うのだから仕方ない。
まぁ野宿と言っても予めテントなどは用意していたので、そこまで不自由に感じることはないが。
それにテントの張り方は、少年自然の家に参加した時に教わったし問題ない。
設営場所はちょうど良い木の下があったので、そこにした。
近くに湖はあるが、仮に大雨が降っても、水没するほど水位が変化する前には気づくだろう。
入口を風下にして、しっかりと張り網をペグで固定して、準備完了。
まぁ、こんなものだろう。
「お疲れ様、イリア」
「アリス様も。わたくし1人で、設営しましたのに」
「いいからいいから」
身体を動かすのは、嫌いじゃない……元々は。
しかし近くに湖あるし、助かるな。
後で身体洗ってこよ。
「少し良いか、アリスよ」
設営が終わって一息入れている所に、ティルがやってきた。
馬の世話をしていたが、途中から消えていたのだが。
何してたんだろう?
「はい、なんです?」
「うむ、お主のステータスを見せてくれぬか?」
「ああ」
そういえば、出会いからして余裕が無かったので、そういう自己紹介的な事は、まだしっかりしていなかった。
仮にも、というか、正式に俺のお師匠である。
開示しない理由がない。
「良いですよ、これです」
名前:アリス
種族:ハーフエルフ
年齢:15歳
性別:女
職業:魔法使い
LV:3
ティルに言われて、俺は自分のステータスを開示した。
思えばシオンさんたち以外にここまではっきり見せるのは初めてだ。
「――な、に? ……ハーフ、だというか?」
ティルが俺のステータスを確認して、幽霊でも見たかのようにその表情を硬くさせた。
「誰の……子じゃ?」
「え? え~……」
しまったぁ!
ハーフ、ってカッコいいよな!
みたいな乗りだけで、エルフとのハーフに設定してしまったが、エルフって存在自体特殊っぽいし、何かこれヤバい!
地雷踏んだ!?
「エストリアか? お主、エストリアの子なのか!?」
「わわっ」
ティルに肩を揺すられる。
「お師様、どうか落ち着いて下さいませ」
「む……」
イリアにそっと窘められて、ティルはバツが悪そうに俺の肩から手を離した。
イリア、ぐっじょぶ!
俺には答えようがないし。
敢えて言えば、神の子。
「エルフだとは分かっておったが……まさか、ハーフ、とは……」
何というか、ティルにこんなに驚かれると、こっちが不安になってくるな。
「ティル、もういいじゃないですか。私もそこを蒸し返されると、あまり良い気はしません」
「……すまぬ。その通りであろうな」
良い気がしないんじゃなくて、言いようがないんだけどさ。
ごめん、ティル。
「それより、ティルの事も知りたいです。私、エルフについて何も知らないんですから」
「……そうか、よかろう」
名前:ティルベル・エインシャウラ
種族:エルフ
年齢:287歳
性別:女
職業:セージ
LV:275
「……は?」
俺は思わず、ティルを凝視した。
「む?」
その可愛らしい尖った耳がぴこぴこ動いているのが何とも愛らしい。
リンゴのように、いや、リンナルかな。
リンナルのように色づいた、もちもちのほっぺは見ているだけで人を癒す愛玩動物のよう。
ツインテールの金髪にくすんだ箇所など一つも無く、瑞々しさは一目で分かる。
桜色の唇に割れなどなく、その深海の蒼い瞳に濁りなど一切ない。
―――つまり。
「合法ロ……いけないいけない。口に出すことじゃないですね、そうですね」
「ええい、鬱陶しい! 頭を撫でるでないわっ」
煩わしそうに、手を払いのけられた。
「あ、ごめんなさい。つい」
つい、愛でてしまった。
つい。
「100年も生きておらん小娘が、妾を子供扱いするでないわ」
凄いセリフだな。
ちょっと元の世界じゃ聞けないよな。
「エルフは、長寿なんですか? やっぱり」
「お主、母親――いや、そうよな。基本的にエルフは長寿じゃが、魔力が高いものは特に長寿になると言われておる」
「へぇ、てことは、ティルは凄そうですね」
「里の長は1000歳を超えておるよ」
「1000歳!? エルフって……」
いや、ちょっと待てよ?
魔力が強いエルフは、特に長寿?
じゃあ……俺は?
「アリスよ、お主も普通のヒューマンの寿命という訳ではないであろうな」
「……なる、ほど」
まさか、という疑問の顔を読み取ったティルが答えてくれる。
ちょっと今の時点ではピンとこない事実だな。
「……」
「イリア……?」
何となく、イリアが沈んでいるような気がした。
寿命。
寿命、の話で?
イリアのステータスは知っている。
商会で取引する際に開示されたからだ。
そもそも、俺はイリアのステータスを自分で操作できる。
逆にイリアは自分でステータスを操作できない。
これがご主人様の証である。
ステータスが操作できなければ、基本的に何の仕事にも就くことが出来ないのがこの世界だ。
奴隷に墜ちると、中々厳しそうである。
ともかく、もう一度確認してみるか。
名前:イリア
種族:竜族
年齢:16歳
性別:女
職業:見習い槍士
LV:7
このステータスを見て最初に驚いたのが、まぁ、職業の見習いという部分だろう。
あれだけ強かったのだから、実は戦闘経験豊富なんだと思っていたが、やはりそうでもないらしい。
ベルトランさんは別に嘘をついていた訳ではない。
魔物との戦いはないけど、元々竜族というのは戦闘センスに溢れているものなのかもしれない。
それに、訓練自体はしているようだ。
そして、イリアは清い身体です。
清い身体です。
大事な事なので、2度復唱。
商会のお兄様方に手籠めにはされていなかった。
それは商会の女奴隷の面倒を見ているおばちゃんから、念書を渡されたから確実だ。
何だったら調べてみても良いと言われたが、そんなこと出来るか。
いやまぁ……まぁね?
「アリス様と……同じ時を生きたいものです」
俺がやましい事を考えていると、イリアが言葉を零した。
やっぱり、そういうことなのだろうか?
大体、エルフと竜族。
この世界でどっちが希少なんだ?
正直、どっちもどっちじゃないのだろうか?
イリアは若く、そしてこの容姿、その上強い!
これだけ揃って、あの値段というのも逆に安い気がする。
その理由、いちいち俺は商会に確認しなかったが……
「竜の小娘よ。生きれば良いではないか――方法は、無くは無いぞ」
「お師様……お願いです、言わないで下さいませ」
「折角の出会い、これも縁であろう」
「お師様っ」
「んん?」
何かまた2人が良く分からないことを言い出したな、これ。
どうでも良いけど、俺を蚊帳の外に追いやってヒートアップするのは、よしてくれないだろうか?
折角の出会い、か。
そういえば、イリアはどうして奴隷に墜ちたんだろう?
それに竜族って、あの氷竜みたいなのじゃなくて、人間なんだ?
相変わらず、分からないことだらけだねぇ。
イリアはもう俺の奴隷なのだから、命令すれば色々と聞けそうだけども。
それはちょっと……俺のスタイルではないというか。
「まぁ、そういきり立つな。妾からすれば、お主らの出会いは運命のように感じるよ」
ティルが優しげな顔をして、イリアを諭すように声をかける。
それにイリアは戸惑うように目を泳がせて、俺と視線を合わせて。
「――っ」
直ぐに視線を外した。
……う~~~ん。
いじめ?
そうして俺は、さっそくティルの修行を受けることになった。
まだ日の高いうちに止まったのは、その為らしい。
「アリスよ、お主のサンダーの熟練度はいくつじゃ?」
「はい。今は……熟練度13ですね」
「うむ。では、日が沈む前に99にして来い」
「は……?」
え?
聞き間違い?
「99にして来い」
「聞こえてますよ!」
まさか、と思っただけで!
そんな意地悪そうな顔をして笑わなくても!
「この先の山に、ちょうど良い魔物が湧いておる。さっき確認してきたからの」
ティルが湖の向こうの山を指差した。
その為に、さっき消えてたのか……
「攻撃魔法の熟練度は自分よりLVの高い者や、単純に強敵を相手にせぬと、上がらぬ。若いうちに鍛えた方が効率が良いのは全ての基本じゃ」
「なんと……」
というか、ティルの脅威のLVを考えれば、ティルは今更これ以上強くはならないということなのだろうか?
いや、現時点で全く底の見えない強さなのだが……
「でも、私のLVがさくさく上がっちゃったら、それはそれで困るのでは?」
「心配いらぬ。そもそもLVはそう簡単に上がらぬし、上限はその者の年齢までじゃからのう。アリスの場合は15で止まるということじゃ」
衝撃の事実。
そういうものだったのか?
まぁ、ティルのLVを見れば、上限が99じゃないということくらいは分かったが。
……
いや、そうか。
そういえば、シオンさんもおっさんも、年齢に対して結構ギリギリまで上がっていたが、超えてはいなかったな。
そういうことだったのか。
「……日が沈む前に、終わらなかったら?」
「くふ、帰ってくる必要は無し」
「ですよ、ねー」
甘くないんですね、そうですか。
この甘くない感じ、部活に打ちこんでた時代を思い出すなぁ。
悪くない、と思ってしまう。
「頑張りましょう、アリス様。わたくしはもちろん、お手伝い致します」
「妾は寝る」
この人、俺の師匠ですよね?
せめて無事を願いなさいよ!
「いいです、分かりました! やって見せましょう!」
ここから伝説が始まるのだ。
この俺こそが、世界最強にのし上がる時が来た。
首を洗って待っているが良い、ティルベル・エインシャウラ!
そう、追いかけては届かぬ。
追い抜こうと思わなければ!
挑戦的な目でティルを見る。
「くふ」
「ひっ」
不敵な笑みに、少しビビった……
ま、まぁ大先輩に対抗しようと思わないでも良い……かもしれない。
俺は、この時代で最強になればいいのだ。
きっとそう!
「……可愛げのあるやつ」
ティルはまた大きな欠伸をしながら、テントの方に歩いて行った。
さて、もたもたしていたら本当に夜が明けてしまうかもしれない。
「おお、忘れておった。夕飯はちゃんと作りに帰ってこいよ」
「鬼ですか!?」
そして今度こそ、ティルは手をおざなりに振りながらテントに入って行く。
「……行きましょう、イリア!」
「はい、アリス様!」
二つ返事で了承される、この心地よさ!
こうして俺とイリアの長い夜が幕を開けた。
……いやらしい意味ではなくてね?




