旅立ち
氷竜との戦いから、三日が経った。
結論から言うと、俺は街の人たちから感謝された。
あれほど目立つ脅威を退けたからだ。
盗賊団自体も壊滅したらしい。
アジトに残っていた残党はシオンさんが蹴散らしたそうだ。
やはり何人か魔法使いがいたらしく、突入班にも被害が出ていたそうだが。
その中でも、ある一角から突入したギルドのメンバーは全滅していた。
かろうじて落ち延びた、近くに居た他のメンバーが言うには、褐色の女が1人でやった、とか……
その女も盗賊団も、今はもう居ない。
そうして、街は被害を受けながらも平穏を取り戻しつつあった。
俺は俺で、誰か怪我人でも救えないかと街を回っていた。
ヒールに驚かれたり感謝されたり大変だった。
自作自演のようで、いたたまれないにも程がある。
この街でヒールを使えるのは、どうやら街で唯一の教会の神父様と俺だけのようだ。
……いや、確実にティルは使えるだろうが、彼女にそこまで求めるのは違うだろう。
表面上は、ティルはヒューマンと関わりあいになりたくないと言っているのだから。
朗報といえば、エレノアさんと生意気な弟のカルと、その家族が無事だった事だろうか。
街で再開したときに泣いて喜ばれたのには、どう応えていいのか分からなかったが。
とにかく感謝されればされる程、笑顔が引きつるのが分かる。
そんな風に過ぎて行った三日間。
その夜、俺は部屋のベッドで体育座りしていた。
落ち込むとこの体勢が落ち着くのはなぜだろう?
「……はぁ」
「いやさ……あんたが何か落ち込んでるのは分かるんだけど、どうしてあたしのベッドを占領してるのかが問題なんだけど?」
そう、俺は『姉の』部屋で落ち込んでいた。
シオンさんがギルドの報告書を机に向かって書き込みながら、ため息ばかり吐く俺に痺れを切らして問いかけてきた。
「細かいことは良いんです……」
「落ち込んでるのか、そうでもないのか、よく分かんないやつだなぁ」
そもそも今回の一連の騒動、俺に因果関係はあるのか?
はっきり断定できるような情報もなくて、憶測だけではある。
だがその憶測だけで言うと、俺は事件に対して因果関係がある、と言って良いだろう。
しかしそれも、ニワトリが先か、タマゴが先か、という水掛け論になりそうなもので、俺が落ち込むのも違うような気はする。
「おじさんとおばさんは?」
「親父なら、まだ街の復興に手を貸してると思う。実際火の手もすぐに消えたし、魔法で壊された建物もそう多くは無かったから、すぐに復興は終わるよ」
足を痛めていたおっさんは、氷竜との戦闘には加わらず、街の避難に最初から動いた。
氷竜との戦闘、そのブレスの残滓による人的被害は無かったらしい。
有難いことだ。
「お母さんは、何か裁縫してたな。まだ安静にしてろって言ってるんだけど」
「そう、ですか」
三日経って、おばさんも普段通りの生活が出来るように回復してきていた。
魔法で傷は塞げても、失った体力などの回復には時間がかかるみたいだ。
もっとも、元の世界の現代医療の水準から考えれば奇跡の所業である。
「――ありがとな、アリス」
「……」
「って言ったら、落ち込むからなぁ、あんたは」
シオンさんが笑いながら、からかって来る。
「……いつまで書類仕事してるんです? もう寝ませんか?」
「おーおー、お姫様はご機嫌斜めですか? というか、あたしのベッドで寝るつもりか?」
「今、人肌の温もりを求めてます」
断じてやましい気持ちではない。
「ふふ、分かった。寝ようか」
「ちょっ、大胆です!」
「何で急に照れるんだ、本当にややこしいやつだな……」
言ってみただけなんて言ったら、ぶっ飛ばされそうだな……
「分かりました、来るがいいです」
「あんた、本当に落ち込んでるの?」
傍に来たシオンさんから形だけの拳骨を貰って、一緒にベッドに潜り込んだ。
2人仰向けになって、天井を眺める。
「……お姉ちゃん、良い匂いです」
「そうかねぇ? アリスの方が良い匂いしてると思うけど」
……それって、どんどん俺の心と身体が乖離していってるよな。
「お姉ちゃんって、誰か好きな人、居るんですか?」
「ふふ、色気づく年頃なんだ? 夜に恋愛話なんて、乙女だねぇ、アリスは」
「……何か物凄く不本意な」
しかし、シオンさんは綺麗だし、サバサバしてるし、性格良いし、お胸は大きいし。
スタイル良いし、戦闘強いし、優しいし。
どんだけハイスペック!?
「別に今までは考えたこともなかったな」
今のセリフ聞いたら、絶対この街の男どもの何割か泣いただろうな。
「……最近は、ちょっと気になって仕方ないのが出来たけど」
「手間のかかる妹だって、言いたいんでしょう」
それくらいは俺だって察しますよ、はいはい。
「ふふ、そうかもな」
ああ、でもやっぱりシオンさんと居ると落ち着くな。
ささくれ立っていた心が幾分癒されてくる。
同時に名残惜しさが湧いてくる。
この家の人達は、俺にとって家族で。
シオンさんは、俺にとってとても大切な人だ。
それが、改めて分かった。
「お姉ちゃん、私……明日、王都に行きます」
「……そっか」
「驚かないんですね」
「そうでもないさ、でも、何となくそんな予感はしてた」
「……そうですか」
元々世界を巡ってみたいとは思っていた。
でも今はそれより、この街よりも治安とか、警備がしっかりした都市に移りたい。
もう、自分が死ねばいいとは思はないし、思えない。
それでも、なるべく悲惨な事件とかが起きないような、しっかりした街に移った方が良いと思った。
いや、起きないなんて楽観はできないけれど、防げるかどうかが重要だ。
騎士団がある王都は、少なくともここより治安がしっかりしているだろう。
「当てはあるのか?」
「はい、ティルが面倒を見てくれるので」
そもそも俺はティルに弟子入りしたから、修行も兼ねて一緒に居なければならない。
「あのエルフのお嬢ちゃんか」
「凄く良い子です」
良い子、という表現が適切かどうか知らないが、この言い分通りの容姿なのだから仕方ない。
「そうか……寂しくなるな」
胸が締め付けられるような思いに囚われた。
「い――」
言いかけて、何とか言葉を飲み込んだ。
「本当に……お世話になっちゃいましたから、お金だけでも残していきます」
「いらないけど、そもそもそんなもん持ってるのか?」
「ティルが、これからの生活費とかの為の前払いだって、お金を融通してくれたんです」
「へぇ、あの子お金なんて持ってたんだ?」
「はい、白金貨を」
「白っ!!?」
さすがにびっくりしてシオンさんが飛び起きた。
白金貨とはこの世界で最上級の貨幣で、金貨の100倍の価値を持っている。
まぁつまり、そのまんま、金貨100枚分の価値だ。
「40枚はもう、使いました。個人的に」
「どんだけ金使い荒いんだ……」
いや、ほんとにね。
「後残った内の50枚を、お姉ちゃんの机の引き出しに革袋に詰めて置いてます」
「ふぅ、馬鹿なやつ。でも貰っておくよ」
「そう言ってくれると思ってました。さすがお姉ちゃんです」
本当にこっちの心意気を汲んでくれる人だ。
「街の復興にでも使わせて貰うさ」
「はい、お姉ちゃんの好きに使ってくれたら嬉しいです」
何となく言いたいことは言い切った気がして、シオンさんから隠れるように反対側に寝返りを打つ。
背後で、シオンさんも起こした身体をもう一度寝かせたような気配が伝わってきた。
手持無沙汰に、左腕のブレスレットを触ってみる。
見知らぬ土地に行くことに不安もあるが、初めに感じていたような期待もある。
旅の連れ添いも、信用のおける人間だ。
ティルベル・エインシャウラ。
今はこの街の宿に部屋を取って、一時的に滞在している。
俺がこの世界に来てから聞いた名で、初めて苗字持ちだ。
エルフの世界の、貴族だろうか?
それとも、エルフはまた違った風習があるのだろうか?
見知らぬ土地、見知らぬ習慣。
この世界の全てに興味が持てる。
本当は転生する前の世界だって、まだまだ見知らぬ事だらけだったのに現金なものだ。
でも、自分でも久しぶりに『熱』を持てたような気がする。
良い事だけじゃなくて、悪い事もこんな短い間に経験してしまったが。
元の世界に帰りたい、とは不思議と思わない。
ただ、元の世界で俺は行方不明同然に居なくなったのだろう。
こうして、『こっちの』家族には、ちゃんと伝えてから旅に出られる。
それを考えると、元の世界の家族にもせめて元気にやっているんだって伝えたい。
いってきます。
その一言だけでも。
「――アリス」
「……?」
眠る前特有の考え事の世界に浸っていると、後ろから声がかかった。
妙に真剣で、でもどこか優しげな声音だ。
「起きてるか?」
「あ、はい」
「ちょっと、こっち向け」
実はシオンさんの方に向いて眠るのは、俺の精神衛生上あんまり宜しくないからの苦肉の策だったのだが。
そう言われては仕方ない。
「……はい」
ごろりと寝返りを打って、反対側――つまりシオンさんの方に向き直る。
「――え?」
瞬間、抱き締められて――キスをされた。
「……おでこ?」
額に。
「ん? 唇が良かったのか?」
意地悪く笑うシオンさんの顔が至近で見えて、顔に熱が入る。
「ふ、不意打ちは……心臓に悪いです……」
というか、何ですかあなた!?
男前ですか!?
俺もそんなこと、ちょっとしてみたい!
「アリス……どんなに離れても、あんたのことを大事に思ってるよ」
「はい……私も、お姉ちゃんのこと、大好きですし」
「ふふ、嬉しいこというじゃないか」
思わず感極まってシオンさんに抱きついてしまう。
子供をあやすみたいに、髪をよしよし撫でられた。
……これが最高に気持ちいい俺は、まだ戻ってこられるんだろうか?
精神的な意味で。
「……お姉ちゃんは、卑怯です」
「何がさ?」
「カッコ良すぎるからです」
いつぞやのように、おでこにこつんと、おでこを当てられた。
「もう良いのか?」
ティルが馬車の御者席で欠伸をしながら尋ねてくる。
早朝の街の門前には人も少なく、たまに農作業をする人とすれ違うくらいだ。
この馬車はギルドからティルが買ったものだ。
本当に金持ちだ、この子。
「はい」
頷くと、ティルが馬の手綱を引いて前進の指示を出した。
ティルは何でも器用に出来るんだなぁ、と感心してしまう。
おじさんにもおばさんにも別れは済ませた。
早朝から突然何を言い出すのかと叱られるかと思ったが、そうでもなかった。
おばさんには旅に出る事が何となくバレていたみたいで、外套とか、着替えの服とか、新しい皮のローブとかを貰ってしまったくらいだ。
まだ本調子ではない中で、まさか俺の為に裁縫をしていたとは、本当に観察力とか恐れ入る。
サプライズにも程がある。
ちょっと涙出た。
おっさんは……逆にぼっろぼろ泣いていたが。
鼻水混じりで。
ちょっと引いた。
あんな良い年した大人の男がぼろぼろ泣いてる所は、ちょっと堪えるものがあるな……
でも本当に感謝している。
一番最初にこの世界で生きていく為の足掛かりを築いてくれた人なのだから。
いつまでも名残惜しくて別れられないから、見送りは良いと言ってある。
実際見送られたら、俺も涙止まらないかもしれないし。
「――アリス様」
「ん?」
馬車の荷台で離れ行く街を眺める俺に、隣に座る彼女から声がかかる。
振り向くと澄んだエメラルドの瞳に、俺が映っていた。
ふわふわとなびく金の髪が朝日に眩しい。
「アリス様は、お姉様の代わりに、わたくしが守って見せます」
「うん……イリアは強いから、期待してます」
これが俺のこの街での、浪費。
いや、欲しいものを納得した金額で買ったのだから、浪費とは言わないのだろうか?
「はい、この身はアリス様の盾。全ての艱難辛苦からお嬢様を守り抜いて見せましょう」
実際の所、この子についてもまだまだ分からない事だらけなんだけど。
疑う訳でもないけど、この忠誠心も謎だし。
「……ねえ、イリア?」
「はい」
その、何処か憂いを帯びた瞳を見つめる。
「自分自身の事も、きっと守り抜いてみせてね? えっと……命令です」
俺にあんな純粋な想いをぶつけてきたのだ、言われるまでもないとは思うが。
「――イエス、マイ、レディ」
何か言いかけたイリアは言葉を飲み込んでから、堅苦しい返事を寄越してくる。
後ろでは、御者席でティルが大きな欠伸をしていた。
ああ、それにしても良い日和である。
荷台に寝転がると、吸い込まれそうな青空が広がっていた。




