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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
一章 異世界転生編

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思いの欠片

 「氷精来たりて、刃となれ――アイス・エンチャント」


 ティルは右手と左手で、シオンさんと黒ずくめの武器に魔法を付与する。

 ……これって、ダブルキャストですよね?

 しれっと、ダブルキャスト使ってますよね?


 「おい、氷属性で大丈夫なのか?」


 黒ずくめが、もっともな事を言う。

 ティルはそれに肩を竦めた。


 「心配するな、武器の強度を上げただけで、属性は付与しておらん。そのくらいは分かっておる……本当は、雷属性が付与出来れば大いに違うだろうがのう」


 はいはい、すみませんねぇ!


 「……サンダーを武器に放てばかかるかもしれません、ばちばちっと! やってみましょう、お姉ちゃん!」

 「いや、遠慮するから」


 遠慮された!?


 「ふん、武器が通るなら、やってみせるさ」


 黒ずくめは俺に一切関心を示さずに、氷竜に向かって行った。

 まぁイリアが頑張ってるんだから、当たり前だ。

 うん、当たり前。

 別に不貞腐れてる訳じゃない。

 苦笑してぽんぽん、と俺の頭を撫でてから、シオンさんも攻撃に移った。

 これだよ、これ。

 この気遣いが違うの、分かる黒ずくめ?


 「で、ティル。私はずっとサンダーで攻撃するだけでいいんですか?」


 暴れ狂う氷竜の攻撃をイリアが受けて、黒ずくめや、俺たちの安全地帯を作ってくれる。

 攻撃を全て躱しながら、接近戦を維持するシオンさん。

 いずれにしても、命がけだ。

 自分に大したことが出来ないのが悔しくって、歯痒い。


 「ほう……あの巨乳、やるではないか」

 「その言い方は止めてください、もう二度と」

 「何を怒っておる? まぁよい、アリスよ、今のお主に使える魔法はサンダーだけか?」

 「はい……」


 嘘をついても仕様がない。

 ヒールはまた別の話だろうし。

 今の俺は、ティルのように上級魔法も、アシスト魔法も、何も使えない。

 役に立てていない自覚はある。


 「くふ、可愛げのあるやつよ」

 「……え?」

 「なんでもない。のう、アリス。お主、魔法を誰かに習ったことはあるか?」

 「ありません」


 LVを上げて、やっと覚えて、自己検証したくらいだ。


 「妾がお主の師となってやらんでもないぞ?」

 「え!?」


 そういえば、街に入る前も、そんなようなことを言っていた気がする。

 目をかけてくれる理由がちょっと分からないが……

 それよりも、今は前線で戦う皆の事だ。

 焦る気持ちがわいてくる。

 悠長に悩んでいる場合じゃない!


 「なって下さい! 私のお師匠に!」


 今すぐに!


 「言質はとったぞ。魔法使いの子弟を軽く考えるなよ? いくら焦っておると言ってもな」


 邪悪な笑顔を浮かべて、ティルが脅してくる。

 というか、こんな緊急事態にそんな冷静に考えられない。

 ――それに、軽く考えてる訳でもない。

 ティルの実力は、十二分に分かった。

 その上でまだ浅い付き合いとはいえ、その人となりも。


 「ティルみたいな優しい人に教えて貰えるなら、私は誇らしいですし」

 「―――恥ずかしいやつ」


 呟きながら、ティルが俺に何かを投げて寄越した。

 慌てて受け止める。

 これは……


 「ブレスレット?」


 神秘的に輝く貴重そうな黄金の宝珠が付いた、銀のブレスレットだ。


 「高そうなブレスレットですねぇ」

 「俗っぽいやつよのう、つけてみよ」

 「あ、はい」


 いいのかなと思わなくもないが、素直に従っておく事にする。

 右腕と左腕どっちにしようと思ったのだが、とりあえず左腕にした。

 はめ込むと、薄ら輝いて左腕にぴたりと嵌る。

 まるで身体の一部のようだ。


 「……やはり、装備できたか」

 「あの……これって、もしかして外れないんじゃ……?」


 あんまりにも馴染みすぎて、しかも引っ張っても取れない。

 まさかの呪いの洗礼!?


 「それはシルヴ・フェアリア、という。まぁ、妾の弟子の証じゃ。魔法の力を高めてくれる……ようなものじゃ」

 「え? そんな貴重なものを貰っていいんですか!?」


 ティルが自分で使えばいいものを、と思ってしまう。

 それにティルは戦闘の様子を眺めながら、笑った。


 「お主には、まだ分かるまい。育つのを見守る楽しみはな」

 「ティル……?」

 「さぁ、早く行け。得意のサンダーを唱えてみよ」


 背中を押すようにして、送り出される。


 「わわっ」


 それから、ふと思った。

 思わず振り向いて尋ねてしまう。


 「ティル……全然、本気出してませんよね?」


 本当の本気を出せば、ティルは負けないのでは?

 そう思うのだ。


 「さあ、のう?」


 笑われるだけで、答える気はないようだけど。






 シオンさんが加わった事によって、戦況は一変した。

 押される一方だった戦いが均衡している。

 前線をイリアとスイッチする事によって、お互いに余裕が出来るのだ。

 イリアが前に出ている時は、隙を突くようにヒット&アウェイを繰り返し、シオンさんが適度に休憩する。

 逆に、シオンさんが前に出ている時はその全ての攻撃を引付けて躱し、イリアの負担を軽くする。

 消耗しきっていたイリアが、幾分持ち直しているようにも見える。

 強敵相手には、盾のスイッチというのは大事なのだと、実感する。

 そして黒ずくめの攻撃は、今度こそ氷竜の腹を切り裂いてダメージを与えている。

 黒ずくめは、シオンさんほど速く無く、イリアほど固くない。

 が、どうやら攻撃力は2人より上のようだ。

 シオンさんよりも上、ということは……力4、か?

 両手に武器、というのがまた一切の守りなど必要ないというスタイルのようで、どこか危うさも感じるが……

 ともかく3人の連携は抜群で、初パーティという事を補って余りある戦闘センスを感じる。

 氷竜も、ブレスを吐く暇さえないようだ。

 ――しかしそれでも、決定打が足りないのは事実。

 左腕のブレスレットをさする。

 やれるはず。

 この場面でティルが意味のない事をするはずない。

 気のない事を言いながら街を救って、イリアを心配してブレスを最前線で受けて、それから――あの女にまで悲しそうな瞳を浮かべたティルが。


 「――天を裂く一筋の光となって」


 左手を掲げて詠唱を開始する。

 ブレスレットが輝き出した。

 そして、その光が俺の前で明確な形を成す。

 黄金の五芒星。

 それが魔法を発動する左手の前に浮かび上がる。


 「我が敵を撃て」


 自分でも分かる程、凄まじい魔力。

 これは……増幅されている、というよりは俺が扱えていなかった自分の魔力を余さず魔法に注ぎ込んでいるようなイメージ。

 これなら……

 この力で、この竜だけは!


 「サンダー!!!」


 紫電が五芒星から迸る。

 それは見た目にも、もはや下級魔法と呼べるような代物ではなかった。

 今まで撃っていた魔法が銃だとするならば、今のこれは大砲。


 「……っ!」


 持って行かれる魔力も半端ではない。

 たかがサンダー一撃で、ここまで身体中の魔力が空になるようなことは無かった。

 だがその分、威力は絶大で―――


 「ガアアアアアアアッ!!」


 紫電が撃ち貫いた竜が、悶絶して転げまわった。

 家みたいな大きさの生き物が目の前で暴れまわるのはそれだけで大迫力だが……

 しかしまだ……倒せないのか!


 「……凄い」


 シオンさんが笑って俺を見て。

 黒ずくめが睨むように俺を見て。

 イリアが驚きに目を見張った。


 「でも……連続は」


 直ぐに次が撃てない。

 もう一撃で止め、とは思うのだが。

 普段のサンダーなら、クールタイムを無視してもある程度大丈夫になってきているが……

 これは、無理だ。

 クールタイムも10秒で足りるか?


 ――そしてそれがやはり、未熟なのだ。


 氷竜は俺を最大の脅威だと見なしたのか、立ち上がるとこちらを見据えて四肢を踏ん張った。


 「やらせるかっ!」


 シオンさんが切り掛かるが、身体に傷は付くものの氷竜は怯まない。

 しっかりと大地に根を下ろした巨躯はびくともしない。


 「ちっ!」


 黒ずくめが両手の武器で切り伏せようとするが、腹を裂かれても氷竜は倒れない。

 肉を切らせて、骨を断つつもりなのだろうか?

 勝負所を弁えているという点で、野生というのは恐れ入る。


 ――おいおい、そんなに俺を殺したいのか?


 俺を殺せば満足か?

 正直それは――どうなんだろう。

 死ぬのは怖い。

 当然だ。

 痛いのは嫌だ。

 死んだら無になるのか?

 想像するだけで恐ろしい。

 死んだら何も分からないかもしれないから、恐怖すら意味はないかもしれないが。

 今この時、当たり前に怖いのは、確かだ。


 ――でも、案外楽なような気もする。


 「……分からないなぁ」


 氷竜が口を開けた。

 ブレスが来る。

 こっちの準備は?

 ちょっとだけ、間に合いそうにない気がした。

 この竜は、自警団や戦闘奴隷たちを殺した。

 でも、この竜だって、つまるところは火の粉を払っただけかもしれない。

 急に、竜に対する憎しみが薄くなっていく。

 じゃあ、一体誰を憎めばいい?

 あの女?

 それともやっぱり。


 ―――遊び半分でこの世界に来た、俺か?


 こんな事になるなんて思いもしなかったのは事実だけど。

 街の人は、大勢死んだだろう。

 血を流した人、焼かれている人、瓦礫に埋まった人、そんな光景を思い出して。

 無気力になった。

 そして、目前に裁きの準備が整った。

 氷竜と、目が合った気がした。

 ブレスが―――来る。


 「―――」


 死んだ、と思った。

 思わず閉じた瞼。

 暗闇の中。

 あれ? と思った。

 嫌に時間があるな、とゆっくり目を開ける。


 「う、ああぁぁぁぁっ――――――!!」

 「――イ、リア!?」


 イリアが俺の前で、ブレスを受け止めていた。

 先ほどのティルの氷の結界と違って、文字通り――その身を盾にして。

 氷の刃と吹雪の指向性を持った凶悪な大砲。

 それを、その身一つで受け止めている。


 「――ました、ね?」

 「え……?」


 氷と雪の破壊が吹き荒れる暴風の中で、イリアが絞り出すように、俺に話しかけた。

 その華奢な身体で受け止めるには圧倒的過ぎる攻撃を前にして。

 もう一度、はっきりと。


 「死のうと――しましたね!?」

 「―――」


 その剣呑な声に、答えられない。


 「そんなの……っ」


 横顔を向けるイリアは、口元からやはり血を零しながら俺を睨み据えた。


 「そんなの、許せない!! わたくしだって!!」


 丁寧で、物腰の穏やかなイリアはそこには居なくて。

 心の底からの願いを叫ぶ少女が、そこに居た。


 「わたくしだって――――生きたいのに!!」

 「イリ、ア……」


 竜の少女はそう言った。


 ――生きたい。


 これほど純粋な願いが、他にあるだろうか?

 今一度、自分の後ろめたさを思い出してみる。

 思い出してみて。

 今、冷静に考えてみて。


 「……はは、なんだ」


 罪悪感と天秤にかけてみても。


 「私も、生きたかったんだ……」


 口に出すと、涙が出てきた。


 「――天を裂く、一筋の光となって、我が敵を……」


 本当に、氷竜に恨みは無い。

 むしろ同じような被害者かもしれない。

 お前は、ついさっき生まれたんだろうか?

 もっと生きたかっただろうか?

 ああ、そういえばここは、俺が最初に命を殺めた場所だ。

 あの時の思いが蘇る。

 同時に誓った思いも蘇る。

 やっぱり、苦手だ。

 それでもごめん、俺も。


 ―――――私も、この世界で生きたいんだ。


 だから―――さよなら。


 「撃て! サンダー!!」


 その閃光は、ブレスを貫いて氷竜を飲み込んだ。

 麗らかな草原に、雄々しい咆哮を残して。


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