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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
一章 異世界転生編

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氷竜

 街を出ると、否応なしに竜の存在を叩き付けられた。

 草原に転がる死体、死体、死体……

 自警団や、商会の戦闘奴隷たち。

 命を懸けて挑んだ彼らは、本当に凄い。


 「ベルトラン、引け。後は俺たちが何とかする」


 戦闘奴隷たちの指揮を執っていたベルトランさんに、黒ずくめが声をかける。

 即席パーティを組んだ俺たちに、ベルトランさんが目を向ける。

 ティルを見た時だけ一瞬目を見開いたが、すぐに何事も無いように黒ずくめに向き直った。


 「ソルトか……倒せるか? あれを」


 翼を持った、四本足の爬虫類。

 爬虫類、なんてカテゴリーに収めていいのかは分からないが。

 とにかく凶悪。

 一本角を生やした、象さえ丸のみ出来そうな口角。

 そこから覗く、獲物を咀嚼する――否、噛み砕く為の鋭利な牙。

 武器などまるで通ら無さそうな、頑強な鱗に覆われた筋骨隆々な体躯。

 身体から伸びる尻尾は、家を一撃で粉砕出来そうな力強さを感じる。

 その巨大な身体を時に二本足で支え、鉄さえ引き裂きそうな鋭い爪を振り回す。

 そして、そもそも大きい。

 質量の違いは、そのまま強さの違いと言っても過言ではない。

 恐怖を感じない訳がない。

 これが、竜。


 「どうにかしなければ、全員死ぬだけだ」


 黒ずくめは、軽く言い切って二本のダガーを抜いた。


 「言えている……お嬢様。まさかお嬢様も戦われるのですか?」

 「ベルトラン様、及ばずながら。私にも守りたいものがありますので」

 「ふむ、大人が引くのは恰好が付きませんが、役目をはき違えるのは愚の骨頂。戦闘奴隷共を引かせて、避難誘導に当たらせましょう」

 「お願いします」


 引き際を心得ているのは、商人の勘なのだろうか?

 俺も、ベルトランさんも、互いに聞きたいことはあったのだが、今はそれどころではない。

 ベルトランさんは、戦闘奴隷を瞬く間にまとめあげると、颯爽と街に撤退した。

 主に弓を使う戦闘奴隷で牽制しながらの撤退は鮮やかだ。

 竜にどれほどの効果があるのかは分からないが、煩わしいのは間違いないだろう。

 そうして目の前に居るのは俺たちだけとなる。


 「―――」


 竜が俺たちを敵と認識した。

 どこか蛇に似ている目を向けられて、鳥肌が立つ。


 氷竜LV1


 エネミーステータスが浮かぶ。


 「氷竜か……リブラめ、妾を意識しておったな」


 真っ青な鱗はまさに氷竜と呼ばれるに相応しい。

 というか……


 「それ以前に……LV1?」


 何か勝てる気がしてきたんだが、気のせいだろうか?


 「LVなど所詮、年齢に対してどれだけ鍛えられているかの目安でしかない。気を取られるだけ無駄じゃ」


 え?

 どういうことだ?


 「来るぞ!」


 黒ずくめの声に、緊張が走る。

 様子を見ていた氷竜が、遂に動き出した。

 まずは、尻尾の一撃。

 唸りを上げて、丸太よりも太い凶器が振り回される。

 竜にとっては様子見かもしれないが、こっちにとっては冗談じゃない。

 あんな質量を叩きつけられたら、一撃でミンチだろう。

 ……想像したくないが。

 俺は咄嗟に後ろに跳んだ。

 ティルも空に逃げている。

 ――しかし。


 「受け止めろ」


 黒ずくめがイリアに命令する。

 馬鹿を言うな!!


 「……」


 イリアはその命令に逆らうでもなく、前に出た。


 「――この身を持って、全てを阻む盾とならん。エンシェント・フィールド!」


 イリアの身体が、緑の輝きに包まれる。


 「ほう……あの娘、古龍だったか」


 イリアの何倍、どころでは済まなそうな質量を持った尻尾が前に出たイリアに叩き付けられる。

 あまりの事に、声さえ出ない。

 だが、驚くのはむしろそこからだった。

 イリアは、尻尾を――受け止めていた。


 「―――っ」


 輝く緑の障壁……のようなものに、尻尾はその攻撃を阻まれている。

 大質量の攻撃が急に止まった事によって、慣性からくる風圧で吹き飛ばされそうになる。

 受け止めた本人は、一歩も動かないが……

 イリア……恐ろしい子。


 「だが、あれではあの娘……」


 空から俺の横に着地したティルが、黒ずくめを睨みながら呟いた。

 その黒ずくめの方は、イリアが受け止めるのを前提として既に攻撃行動に移っている。

 攻撃を受け止められた事によって崩れた体勢の隙を突いて、腹部に斬撃を叩きこんだ。


 「ちぃっ! 固い!」


 金属音にも似た音が鳴るだけで、竜にダメージを与えられた気配はない。

 竜が身じろぎするだけで押しつぶされそうになった黒ずくめは、素早くイリアの後ろに後退した。


 「……」


 むかっ、とした。


 「……天を裂く一筋の光となって、我が敵を撃て! サンダー!」


 魔法ならどうだ?

 デカい竜の身体を、俺のサンダーが直撃する。


 「ガアアアアッ!」


 叫び声を上げて、悶えた。

 少しは、効くか?


 「ふむ、雷の系統か。相性が良いのはお主だな、アリスよ」

 「というか、観察してないで参戦して下さい、ティル! あなたなら、簡単に倒せるんじゃないんですか?」

 「リブラの事よ、妾の対策は抜かりないとは思うが――よかろう」


 ティルは階段を上る様に、空を駆け上がる。

 その間に身体が蒼く、輝き出す。

 ティルの詠唱だ!


 「終焉の世界に迫る三度の冬よ、虚無へと誘う魔氷と化せ―――フィンブル!」


 その魔力の輝きが見えた俺は、恐らくこの場の誰よりも恐怖した。

 桁が違う、とはこの事である。

 ティルは先ほど街全体に雪を降らせたが、街全体を氷の標本に変えるのも訳は無かっただろう。

 ティルの唱えた魔法は、俺のような下級魔法とは訳が違う。

 それは分かる。

 だが、魔法の違いではなくて、根本的に魔力が凄まじい。

 それが、俺には分かった。

 そのティルの魔法は、大気を凍らせ、嵐を産み、氷刃を含む吹雪となって氷竜に襲いかかる。

 吐く息さえ凍りつかせて、呼吸すらままならぬ絶対零度。

 これを食らって無事で済むはずがない。

 なるほど、シオンさんたちのパーティを抜けて、わざわざ組み直した理由が分かる。

 巻き込まれたら、死ぬ。

 間違いなく。


 「え……?」


 そのあまりの威力に、俺は楽観視していた。

 勝負は付いたものと。

 だが、氷竜の体は青い光で包まれており、それがティルの魔法を遮断――いや、吸収、している?

 ティルの魔法を受けた氷竜の身体が、更に凶悪に膨らんだ気さえした。

 否、気がしたんじゃない、実際大きくなっている!


 「ふん……特別製、のう」


 面白くなさそうに呟いて、ティルが降りてきた。

 もはや怪獣のような様相を呈してきた氷竜が、邪魔だとばかりに腕を振り回す。

 それに、イリアは耐えはするが――!


 「く……ぅ」

 「イリアっ!」


 イリアの口元から、血が出ている!


 「避けて、イリア! あんな攻撃を耐えるなんて、無茶です!」

 「申し訳ございません、アリス様。わたくしは、皆様のように身軽に動ける訳ではないのです。これが、わたくしの、戦い方です」

 「っ!」


 そうか、イリアの敏捷は……強いから忘れていたけど、それは動かぬ事実。


 「天を裂く一筋の光となって、我が敵を撃て! サンダー!!」


 俺の魔法は、ティルと違って吸収される訳ではない。

 だが、実際どの程度ダメージが入っているのか……

 黒ずくめも隙を見ては切り掛かっているが、如何せん刃が通らない。


 「む? いかん!」


 氷竜が四肢を地面に付けて、口を大きく開いた。

 思い浮かぶのは、一つしかない。


 「ブレスが来る! 下がれ竜の小娘!」


 最前線に立つイリアは、竜の咢を正面から覗いている。


 「……わたくしが、防ぎます!」

 「一本調子の愚か者が!!」


 ティルが俺の隣から、最前線――イリアの前に躍り出た。


 「ティル!?」


 魔法使いの行動じゃないんだけど!

 逃げると言っても、首を巡らされただけでブレスに追いかけられそうな気がするので、動けない。

 思わず成り行きを見守ってしまう。


 「冥府の王に連なりし、堅牢なる扉となって侵略を断て――アイシクル・ガーデン!!」


 ティルの詠唱が終わると共に、俺たち全体を氷の結界が包み込んだ。

 瞬間、氷竜のブレスが放たれる。

 真正面から氷の結界で受け止めた。

 大型台風の直撃を受けて、家の中に籠っているような不気味な轟音。

 否、どちらかと言うとハリケーンの直撃で、今にもバラバラになりそうな軋んだ音という方が正解か?

 とにかくその威力は問答無用で凄まじく、後方を見ると氷の結界に弾かれたブレスの名残――氷の弾丸が街に向かって降り注いでいた。

 ぞっとするが、これはもう、ベルトランさん達に任せるしかない。

 生きた心地のしない結界の中で、ようやくその猛威が通り過ぎるのを感じた。

 竜がブレスを吐き切って、再び二本足で立ち上がる。


 「……ふぅ、防御に関しては大丈夫であったか。すり抜けて来たら全滅であったのう」

 「……」


 恐ろしい事をティルが呟いた気がしたが、気にしないでおこう。

 その横を、再び通り過ぎてイリアが最前線に立つ。

 ティルがやれやれ、というように首を振った。


 「竜の小娘もいつまで保つか分からん。エンチャントで武器を強化する故、さっさと仕留めるが良い、黒いの」

 「……分かっている」

 「――あたしの武器も、強化してもらえるかな?」


 横合いから声がかかる。


 「お姉ちゃん!!」

 「ようアリス、ったく急にパーティ抜けるから、ちょっと心配したじゃないか」

 「えっと、見たまんまの事情があって……」

 「分かってる、あたしをパーティに入れ直せ」

 「は、はいっ」


 言われてシオンさんをパーティに誘う。


 「どうやってここに来たんです?」

 「盗賊のアジトの奥に、魔法陣があってね。それがこの丘の上に繋がってた」


 それで盗賊が誰とも会わずに街まで来たのか!

 やっぱり、あのリブラとかいう女の仕業か!


 「ふむ……誰かは知らんが、猫の手はいらぬぞ?」

 「可愛い顔して、言ってくれるなぁ」


 その通りです、ティル!

 うちのお姉ちゃんはヒューマン最強なんですよ!?


 「おい、無駄口もそこまでにしろ。急いでいるんじゃなかったのか?」

 「分かっておる、もう詠唱に入っておる」


 俺にとって頼もし過ぎる味方が来てくれて、仕切り直しとなる。

 心配事も一つ減って、ポジティブな心根が戻って来た。

 あれ……そういえば、誰か忘れてる気がするんだけど。

 まぁ、気のせいかな。


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