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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
一章 異世界転生編

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幻想の咆哮

 おばさんをベッドに運んで、とりあえず一息ついた。

 1人でカッコよくは運べなかったので、イリアに手伝ってもらった。

 さっきも確認したが、もう一度呼吸を確認してしまう。


 「うん……大丈夫、だよね」


 自分に言い聞かせるように呟いてしまう。


 「大丈夫だと思います。素晴らしい魔力でした、アリス様」

 「あ……ありが、とう」


 イリア普通だなー。

 人工呼吸のような認識か?

 いや、まさにそんな感じで間違いないんだろうけど。

 あれは、一体……?


 「イリア、さっきのは一体……何?」

 「申し訳ございません、アリス様」

 「いえ、怒ってる訳じゃなくて、何と言うか、アレのお蔭で私、元気になったような気がしたんだけど?」


 イリアってば、まだ俺の奴隷という訳でもないのに、なんて丁寧な子。


 「それは、その……」


 そのエメラルドの目を泳がせて、イリアは言い淀んだ。

 なるほど、勝手に情報を売る訳にはいかないのは、向こうも同じだもんな。


 「ごめん、忘れて。さっきは本当に助かりました。ありがとう」


 その前に助けてくれた所から。

 というか、イリア強いじゃん!

 俺より強いんじゃないのか?

 まぁ……遠距離戦では負けないけどな!


 「いえ、勿体ないお言葉です」

 「堅苦しいなぁ」


 まぁ、もしイリアを買えたら一緒に居る時間も長くなるし、馴染むか慣れるかするだろう。


 「でもどうして、ここが分かったんです?」

 「わたくし達も、商会の戦闘奴隷の皆様と共に戦っていましたから、通りを走り抜けるアリス様はすぐに目に付きました……目立ちますので」


 何となく言い辛そうに顔を背けるイリア。

 ……待てよ?


 「……もしかして、後から入ってきた盗賊って、私を追いかけて来た?」


 こくり、と気まずそうにイリアが頷いた。

 おおう。

 自分で蒔いた種か。

 いやいや、でも結果から言っても、一刻の猶予も無かったのは確かだ。


 「……あ」

 「?」


 イリアの腕、そういえばと思って見てみると、やはり切り傷が残っている。

 いや、普通に考えてシミターの一振りを腕で受け止めてちょっとした切り傷とか、お前その身体何で出来てんの?

 と言うくらいの頑丈さだが。


 「見せて下さい」

 「あ、いえ、そのような」

 「いいから」


 強引にイリアの腕を取って、切り傷に手を当てる。


 「――ヒール」


 これはそれほど消耗するような傷ではない。

 その通り、すぐに塞がった。

 実際、挫創って感染症とか怖いしね。


 「ありがとう、ございます……」

 「いえ、足りないくらいだけどね」


 お返しとしては。

 でも不思議だ。

 そのままイリアの腕を取って、ちょっとさすってみる。

 滑々のお肌だ。

 柔らかくって、筋骨隆々という訳でもない。

 というか、華奢だし。


 「あの……」

 「あっ、ごめんなさい! ちょっと気になってしまって」


 困った顔をするイリアの腕を解放する。

 う~~ん。

 イリアの守り5の秘密ってなんだ?

 何か引っかかるなぁ。

 ヒューマン、ではない?


 「おい」

 「あ、はい?」


 ドアの向こうから、様子を見ていてくれた黒ずくめが入って来る。


 「商会の戦闘奴隷がこの家の見張りに付いてくれる、盗賊に後れを取る者はいないから安心しろ」

 「え?」


 何でそこまで、という顔がそのまま相手に伝わったらしい。

 商会にとって、この街を守るのに何かメリットがある?


 「代わりにそいつを連れて行く。街外れの草原で、ベルトランが苦戦しているらしいからな」


 他の戦闘奴隷より、イリア1人の方が重要だってことか?

 おかしい、それならそれで、あの金額で売るのは安すぎるのでは?

 何か、ある?


 「まだ、盗賊がそんなに居るんですか?」

 「いや、盗賊は街から一掃されたと言っていいだろう。商会と自警団の連中で街を回って確認した」


 では、何に苦戦していると?

 相変わらず鋭い目つきを余計険しくして、黒ずくめは声を絞り出した。


 「―――竜だ」






 大通りに出ると、その体躯と咆哮が嫌でも体感出来た。

 俺が最初に子犬に襲われた草原近くに、それは堂々と君臨していた。


 「ちっ、もうあんなに迫っているか」


 黒ずくめの言う通り、先ほどまでは咆哮も、この恐ろしい地響きも感じなかった。

 否、そもそも存在さえ無かったのではないか?

 急に現れた?

 だが現実として今そこに、圧倒的な存在感を放つ幻想上の生物。

 まさかファンタジーの世界とはいえ、こんなに早くお目にかかるとは思わなかった。

 今まで経験してきたことも相当だが、これはもう、現実離れし過ぎている。

 地上であんな大きい生き物が存在していることに、認識が追いつかない。

 恐竜が生きていたら違ったのかもしれないが、目にした事がある大きさとしては動物園で見た象くらいが最大だ。

 まだまだ距離があるのに、遠近感が可笑しいんじゃないだろうか?

 家が動いてるくらいの迫力だ……


 「街の人達、おばさんも避難させないと!」

 「――それはやるべき者がやれば良いこと」


 空から声が降ってくる。

 俺の横に飛び降りてきたのはティルだ。

 本当に移動の仕方が特殊過ぎて、驚くな、この子……

 それより!


 「ティル!」


 言いたいことが山ほどあった俺に、視線で黙れと合図してくる。

 う……小さい子なのに、何だか逆らえない。


 「きさまっ! エルフか!?」


 ティルを見て、黒ずくめが気色ばむ。

 そういえばティルは正体を隠そうともしないな。

 その可愛らしい尖った耳も、隠そうと思えば隠せるのでは?

 髪を下ろせば。

 まぁ、ツインテール可愛いけども。

 ティルにとってこっちの事情なんて、それこそ知ったことじゃないか。

 それにしても、俺は別に耳尖ってないけどな、と関係ないが自分の耳を触ってみる。


 「煩いわ、黒いの。今はそれどころでないくらい、理解できんか? 吠える前に、避難の指示でもするが良かろう」


 顎をしゃくる様にして、ティルは竜に注意を促した。

 全く持って、そうだとは俺も思うが。


 「おい、アリス、と言ったな! 後で話を聞かせてもらうぞ!」

 「えー」


 俺もさっき知り合ったのにー?

 話を盛ると、碌な事にならんな……

 黒ずくめは手近に居た商会の人間を捕まえて、出来るだけの避難をするように伝えていた。

 本当は安静にしている方が良いのだろうが、おばさんも避難させてもらうよう、俺も一緒に頼んだ。

 あんなものを見て、ここに留まっちゃいけない。

 一通りの指示が終わり、さぁ竜をどうすると誰もが思った頃。


 「――おやおや、集まってご歓談かい? 随分と余裕じゃないか?」


 声は突然、何も無い空間から聞こえてきた。


 「転移魔法か。相変わらず、えげつない事をする……」

 「過去の遺産を悪く言うのは感心しないねぇ、我は真理の探究者。えげつない、なんて感情は持ち合わせてない」


 俺たちの集まる場所から少し離れた空間に、魔法陣が浮かぶ。

 森の遺跡で見た魔法陣に似ている。

 そこから空間が歪み――人が出てきた。


 「久しいじゃないか、氷雪のおばば様」

 「よくもまぁ、お主の方から顔を出せたものよのう、リブラよ」


 当たり前のように応えるのはティルだけで、俺もイリアも、黒ずくめさえも呆気に取られて動けないでいる。

 褐色の肌に、血の滴るような赤い瞳。

 髪の色は銀、と言うよりは白。

 ただ白髪のようには見えない、艶々とした長い髪。

 それをゆるく三つ編みにして一つに纏めている。


 「それで、一体どれだけの魂を使った?」


 ティルの身体から冷気が迸る。

 その明らかな怒気に、息を呑む。


 「そうさねぇ、思ったよりは少なかったんじゃないか? おばばのせいで。おかげで竜も出来そこないだよ」


 思わず、不気味な地鳴りを響かせる竜を見る。

 今はまだ、黒ずくめの言った通り商会の人が戦ってくれているのだろう、竜は街の外の草原で暴れ回っている。

 正直どうしようもないのではとも思う、あれが出来そこない……

 しかし、あんなどうしようもないものを……この人が?


 「やはり恥、お主を生かした妾の失敗であった」

 「あははっ、違うよ、大成功だよ! おばばのお蔭で、この世界の真理がどんどん解き明かされていくんだからねぇ!」

 「お主……何を探しておる? 何故、このような辺境にまで足を延ばした?」

 「聞いてくれるのかい? あはは、我も誰かに話したくってうずうずしていたよっ。理解してくれる人間に聞いてもらえるのは、最高の娯楽なんだ!」


 ティルの冷たい怒気に充てられても、意に介さず笑い続ける異常。

 寒気がする。


 「そうそう、我は観測したんだ! ちょうどこの辺りで、最近『特異点』をね!」

 「特異点、じゃと?」


 最近……

 この近く、で……?


 「昔からあるだろう? 神隠しで消える人間や、逆に特別な人間が急に現れることが? 我はそういう不思議を解明したいっ! それを神秘のままで終わらせるのは、智ある者として怠慢とは思わないか、おばば? 思うだろう!」


 悪寒がした。


 「その為に、ならずものを先導し、魂を集め、竜を召喚し、この地をかき回したと、そういうか?」


 考えたくない。

 何も思い浮かべたくない。


 「うん、そういうことになるのかね? 何処に行っても余るほど魂のストックはあるし、特異点の見つけ方もまだ分からないし、なら、いつもと同じようにトライアンドエラーを繰り返すしかないじゃないか?」

 「――クズめが」

 「おっと! あははっ! おばばと直接やり合う程、我は自分を過信していない。またね!」


 ティルが手をかざした瞬間、リブラ、と呼ばれた女は魔法陣を開いて飛び込んだ。


 「嬉しかったよ、嬉しかったおばば。会えて嬉しい、相変わらず可愛いままだ。では存分に竜を堪能してくれ! せっかくこの街から提供された魂だ! それに出来そこないとはいえ、特異点が開いた場所で召喚した特別製だからね!」


 薄れていく人影に、ティルは手を下ろした。

 ―――が、反対に突っ込んで行った人間がいる。


 「貴様がっ、貴様かあああああああああ!!」


 黒ずくめが咆哮を上げて、消え行く女に飛び掛かる。

 だがそれは、空を切るだけの虚しい攻撃となった。

 ティルが手を収めたのだ。

 分かり切っていたことではある。


 「ソルト、さん……」


 怒りに震える彼の背が、いつもより小さく見える。


 「……お主のやり方は認められん。これは妾の絶対の真理じゃ」


 どこか悲しげにつぶやいたティルは、視線をすぐに上げて竜を見据えた。


 「よし、あれを止める。協力せい、アリス」

 「……もちろんです。止めて見せます、あれは……私が止めないといけない」


 爪が食い込むほどに、手を握りしめて答える。


 「……? まぁ、よい。そこの黒いのと――竜の小娘よ、お主も手伝ってもらうぞ」

 「――っ!」


 今まで、ティルから何故か隠れるように存在感を消していたイリアが、震えた。


 「竜……?」


 本当に、皆、一体どれだけ事情があるんだ?

 怒りに震えるソルトさんに。

 怯えるようなイリア。

 物悲しそうなティル。

 恐らくは、それぞれに苦悩を秘めて、それでも俺たちは竜を止めるために協力する。

 例え内心が、どうであれ……


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