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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
終章

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ノブレスオブリージュ

 ――side:シルヴィス


 シトラ様と避難誘導をしているところで、咆哮が上がった。

 村から近く、お母様たちが向かった黒龍とは別のもの。


 「シルヴィス様!」

 「はい、666柱の悪魔、ですね」


 しかもここは根源に近い。

 つまりそれだけ強力な個体が出てくる可能性が高い。

 紫に染まる空の方角を見上げると、単眼単角、赤眼の巨人の姿が確認できた。

 あれはまぎれもなく神の一柱……サイクロプス。

 運の悪い事に、既に遺跡に逃げていたエルフたちを摘まみ上げて――――飲み込んでいた。


 「っ――わたくしが」

 「待ってシルヴィス様! 一人では危険です!」


 駆けだした背中にシトラ様に声が掛かるが、足を止めている暇はない。

 氷の足場を産み出して、空を駆ける。

 魔剣クォーレ・ザ・ソルを抜き放つ。鈍く輝く光は自分の心の弱さ。

 情けない。

 相手が誰であろうと――負けない!


 「やめなさいっ!!」


 赤眼に突っ込む。

 油断して隙だらけに見えた相手に先制――したと思ったら、残像かと思うほどの動きでいきなり大槌が振り回された。

 当たる。

 避けられない。

 すぐさま10層の氷壁を展開して防御――全て粉砕、貫かれた。


 「――あっぐっ……!!」


 直撃。血を吐いた。

 魔法防壁で大部分の威力を相殺してもなお、人の身には過分な威力。

 右腕、肋骨、内臓までダメージ。

 地面に叩きつけられたら意識が飛ぶ、それだけは凌ぐ。

 激突寸前に微細な氷の滑り台を作成。激突のベクトルを変えてやる。

 緩やかな曲線を描いた氷の滑り台で結局村まで戻ってきた。


 「く……げほっ、かはっ」

 「――ハイ・ヒール!」


 緑色の優し光が身体を包んだ。

 死に体だった身体が、あっという間に癒されていく。


 「シトラ様!」

 「シルヴィス様……なんという無茶を……はぁ、はぁ」


 しまった、聖女の回復魔法は強力だ。しかし癒しの奇跡というものは神の御業に近い。人の身でそれを為すには反動も強い。普通の魔法使いが使うと顕著だが、程度の差こそあれその法則は聖女にも当てはまる。


 「……軽率でした、申し訳ございません」

 「民を想う義憤、責める事もできません……ですが、貴方様に何かあればアリスさんに合わせる顔がありません」


 きゅう、と胸が締め付けられる。

 お母様は、本当に優しい方だ。

 あの母上の想い人とはどんな人だろうかと思ったけど、なるほどと納得した。

 母上の想い人というなら、マリア様のような完璧な方を想像していたけど……


 「わたくしは……あの方とは何の関係もありません。ご支援、感謝します、シトラ様」

 「シルヴィス様……」


 口元を拭って、再び剣を構える。

 一つ目の巨人はこちらには頓着せず、この世の地獄のような光景を見せびらかしている。

 むご過ぎる……止まる訳にはいかない。

 一国を預かる王女としても、ただの人としても、あり得ない。

 普段は民に守られているのだから、ここで守らないでどうする。


 「……シルヴィス様、私を信じてくれますか?」

 「? もちろんです。この場にいる皆様を、この剣に誓って信じ抜いております」


 シトラ様がふわりと笑う。ならば、と杖を握りしめた。


 「作戦は単純です、もう一度、相手が油断するくらい同じ攻撃を」


 一直線に目を狙うさっきの再現ですか。

 次にあの大槌を食らえば死ぬかもしれませんね。

 ですが――


 「信じます。防御は捨てても良いでしょうか?」

 「はい、攻撃だけに専念して下さい」


 是非も無し。

 目だけで合図して、すぐに駆けだした。

 先ほどと同じく、空を氷魔法で駆ける。

 されど、その速度は同じであるはずもない。

 後の事など考えない片道切符。

 ならば呼吸すら止めて集中力を研ぎ澄ます。

 意識をあの赤眼を貫くことだけに定めて、早く、ただ早く!

 魔剣を強く握りしめる。

 先ほどとは比べるべくもない輝きを放つ魔剣、それに何層もの氷のコーティングを施した。

 必ず倒す!

 必殺の意思を持って飛び込んだわたくしに、先ほどよりも早く、力の乗った大槌が振るわれた。

 地面に叩きつけるまでもなく、触れれば人の身など簡単に弾けるほどの慈悲無き一撃。

 それがわたくしに触れる瞬間――不可視の壁が、大槌を跳ね返した。

 ――今しかない!


 「つらぬけっ!!」


 赤眼に飛び込んだわたくしに、信じられない速度で身を翻したサイクロプスがエルフたちを捕まえていた手を離して顔を守った。

 今さら関係ない。突っ込むのみ。鋼のような手を貫く。

 肉と骨と血を抉り取りながら、手のガードを抜けた。

 そしてその赤眼に届く――瞬間サイクロプスは瞼を閉じた。

 その皮膚もまた、鋼より硬い。

 それを貫けなかった。


 「くっ……千載一遇が!」


 情けないが嘆くのは後。

 すぐに第2撃を繰り出すべく足場を作り直すが、それより早くサイクロプスの咆哮が来た。

 音の衝撃波。


 「っつ」


 鼓膜が破れそうになるが、物理的な衝撃からは守られた。

 再び不可視の壁――しかしそれが気に入らなかったのだろう。サイクロプスはわたくしを無視して村に駆けた。

 どちらが面倒な相手か把握したか。

 巨体が叫びながら走る姿はそれだけで悪夢だ。


 「だめ、シトラ様!!」


 すぐに追いかけるが、なんという速度なのか。

 あっという間に村に辿り着いたサイクロプスが、入口で見えない壁と格闘を繰り広げていた。

 大槌を振るい、咆哮の衝撃波を放つ。

 その余波で森が破壊されていく。


 「やめなさい、このバケモノ!!」


 こちらを無視するサイクロプスの横っ面を通り過ぎさまに切りつける。

 しかし浅すぎる。

 再びシトラ様の横に降りて相対する。


 「大丈夫でしょうか、シトラ様!」

 「だい、じょうぶです……この程度で私の罪は……」


 シトラ様は目と口から血を流していた。

 なんという負荷!

 聖女の力は人の身には大きすぎるのか。


 「わたくしが、やらないと……!」


 非才のこの身が恨めしい。

 ルミナなら、あの子なら笑いながら倒すのでは?

 あの愛くるしい妹の悲壮な顔を見たことが無い。本当の天才とはああいう子の事を言うのだろう。

 ですが、その思いがそもそも甘え。

 この身にはお母様と母上の血が流れている。

 それはわたくしの誇りだ。

 ならば、やれない言い訳を探すのは不敬。


 「……なんとでもなるはずです!」


 再びサイクロプスに向かって駆ける――のはやめた。

 向かう先は遥か天空。

 そもそも魔力を移動に使い過ぎている。

 もう、防御も速度も要らない。

 サイクロプスはもはや、わたくし程度には見向きもしない。

 不可視の壁を破るべく、シトラ様に夢中だ。

 ならば――天に上る。

 ただ渾身の一刀を振るうのみ。

 サイクロプスの頭上――遥か空高く舞い上がり一直線に落下する。

 全魔力を魔剣に。

 心も魔力も全て食らえ魔剣。

 その代わり――あの悪魔を切り裂く一撃を!

 これまでにないほどの輝きを見せる魔剣を握りしめ、覚悟を決める。


 「やあああああああああああっ!!」


 全身全霊の一閃。

 光り輝く魔剣が、ついにサイクロプスを両断した。

 眼中になかった羽虫からの一撃に後悔する間もなかったのだろう。

 どこか呆けてサイクロプスは倒れ始める。

 ――なのに、遅れてサイクロプスの大槌がわたくしに迫っていた。

 悪魔はもう死ぬ。

 だが道連れにわたくしも殺すつもりらしい。

 シトラ様は血を吐いて地面に膝をついていた。村は守り切ったが、あれではこちらの防御は望めない。

 それの意味するところは――完全な死。

 ……わたくしはやり切ったのだろうか?

 世界を渡った目的すら果たせず……いや、それでも死力は尽くしました。

 お母様――


 「――はいはい、往生際が悪いですよこのデカブツ」


 紫電が走ったかと思うと、銀色の妖精に優しく抱きかかえられていた。

 どういう理屈か、物理法則を無視したかのように、その妖精の細腕はサイクロプスの大槌を事も無げに受け止めていた。


 「おかあ……さま?」

 「はい」


 にっこりと、陽だまりのような笑みを浮かべる。

 どこかルミナに似ている。

 いや……ルミナに似ているんじゃなくて、ルミナがお母様に似ているんだ。

 そんな当たり前の事実が可笑しくて、笑ってしまう。


 「お? 結構よゆーそうですね、シルヴィちゃん」

 「ふふ、もちろんです。だってわたくしは――お母様の娘なのですから」


 一瞬きょとんとしたお母様が再び満面の笑みを浮かべた。

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