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アリスとシトラの病人食準備編

 由々しき事態に気付きました。

 なんと俺、シルヴィちゃんの好物を知りません。

 いや食べ物に限らず、何が好きで何が嫌いか、何が得意で何が苦手かも知りません。

 厳密に言うと彼女は今この瞬間の『アリス』の子ではないのかもしれませんが、それは言い訳でしょう。

 彼女がおかーさまおかーさま言って懐いてくれるといつも思うのです。

 何この可愛い生命体、尊い、むしろ死ぬ、と。


 「ルミナちゃんも可愛いんですけど、シルヴィちゃんの普段ツレないところがまたギャップでたまらないっていうか……」

 「そうなのですね」


 ハッ!?

 一体何回目のシトラの合いの手だったのかは不明だが、延々と娘語りしていた(ような気がする)俺はようやく正気に戻った。


 「ご、ごめんねシトラ? つまらない話を延々と……」


 身内自慢を延々聞かされるとかどんな苦行だ。

 反省して頭を下げると、シトラがパタパタと手を振った。


 「アリス様、私は聞いていてとても楽しかったです」

 「え、ええ~でも私が逆の立場なら歩きながら寝てるよ?」


 聞いても最初の5分が限界だ。

 俺はいったい何分くらいシトラに語って聞かせてたんだろう?

 森に入った頃は手に持っているかごが空だったのに、今は薬草なんかがいっぱい入ってる。

 むしろ俺はこれをいつ摘んだんだろう……?


 「ふふ、アリス様って普段はこうなのですね?」

 「こ、こうとは……?」

 「とても可愛らしいお方だという事です」


 12歳の聖女に可愛らしい言われる元男の精神状態について検討したい。

 いやでも女性は12歳ともなれば立派なレディなのだ。精神構造も男のそれとは比較にならない。しかしそれだと俺の精神年齢だけ低いという事に……

 むにゃむにゃ悩んでいたら、シトラが慌てて頭を下げてきた。


 「あ、あのすみません。私、不敬な事を……」


 どうやら俺が怒って口ごもっていると思わせてしまったようだ。


 「誤解させて、こっちこそごめんねシトラ? 怒ってなんてないよ」

 「そうなのですか? それならいいのですが……」


 まだちょっと申し訳なさそうなシトラである。

 むしろシトラの大人っぽさに感心しているし、このかご一杯に摘み取った食べられる薬草なんかの知識も凄いし。そういえばシトラとゆっくり話したことはまだ無かったな。


 「ね、シトラはどんな風に育ったの? 嫌じゃなければ聞いてみたいです」

 「嫌だなんてことはないですが、あまり面白いお話でも……」

 「面白くないお話なら、私がさっき散々していたような?」

 「ふふ、アリス様ったら……」


 白い手で口元を隠しながら笑うシトラは、やっぱり貴族っぽいな?

 そんな彼女が、こんな歳で戦場に出てくるようになるなんて世の中複雑。


 「私、聖女だなんて祭り上げられていますが、没落貴族の取るに足らない末子なのです」

 「へぇ?」


 驚いた声を出してしまった俺に、シトラはイタズラっぽく微笑んだ。その笑顔は珍しく歳相応だ。


 「家族はもう居ませんし、孤児同然のところ運よく教会に拾われまして、たまたまそこで治癒の魔法を使えた事が国の目に留まったのです。それからは国費で家の復興を目指して戦場から戦場です。ふふ、家なんてどうでもいいんですけど……理由がなければ動けませんでしたから」


 なるほど、作られた聖女の始まりか。


 「私はアスターニャ家の者として、貴族の務めを果たすために戦場に出て……獣人さんたちの現実を知りました。ろくに食事すら与えられない彼らに狩りや食べられる野草なんかを教わりました。生きる知恵です。」

 「……」

 「ああ、これは変だなって。孤児同然の私を生かしてくださった神様が、こんな事をするはずがないって、反抗心ですかね? ……気づいたら白き魔女の実験に付き合って……また敵さんを殺すんです。獣人さんを助ける為には、躊躇などしておられませんでしたから。私は戦場の伝え聞く地獄絵図など見えませんから、血の川でさえ平気な顔で歩けましたよ。幻滅しましたか? 銀の雷精様」


 顔を俯かせて、シトラが自嘲する。


 「ふふ、楽しいお話じゃありませんでしょう? だから、私はさっきのアリスさんの胸が温かくなるようなお話が本当に本当に大好きなんです。ああ、人ってこんなふうに愛されるんだなって思えて眩しいんです」


 この世界のみんなって、なんでこんなにハードな生き方なんだろう。

 俺の仲間みんな傷抱えすぎだよ。

 異世界のリアルか……


 「わかりました」

 「?」


 力強くうなずいた俺に、シトラが首を傾げた。


 「愛、教えます」


 野草を取った帰り道、愛情不足であろうシトラに厚かましくも宣言した。




 ◇■◇■◇


 ところで料理をする前段階で鳥っぽい生き物の首をすとーんして絞める作業をなんとシトラが手際よくしていました。

 狩ってきたシオンさんとマリアさんが拍手していたが、俺は卒倒していました。

 はい、現代っ子ですみません。

 シトラに怖くなかったか聞いてみたが「私、見えないので。そんなに怖いものですか?」と和やかな笑顔で頬についた血を拭っていたのには凄みを感じましたね、ええ。

 そんな些事もありましたが、俺はようやく俺の戦場にたどり着きました。


 「アリスさんクッキング~」


 ネコ型ロボット的な口調で嘯いてみる。

 別に便利道具が出てくる訳でもないけど。

 調理補助として一緒して頂いております聖女様に拍手を頂きました。

 この子、素直で可愛い。時々怖いけど。


 「今日のお料理は鶏肉とお野菜を使った何かです。お米があればお粥もできたんですけど、それは贅沢な悩みですよね」

 「アリス様はロイヤルファミリーなのでは? お料理をされるのですか?」


 この子俺が前世を含めて筋金入りの一般人だったことを知らないんだった。


 「お料理は淑女の嗜みです。少なくとも私の国ではそうでした」


 ちなみに男子も料理が出来た方がモテます。

 あ、ごめんね、俺に浮いた話はなかったよ。

 大学で同棲する隣人を呪いながら引きこもってました。

 ええ、今はクランとエクレアがいるから悔しくありません。


 「? アリス様はエルフの里の出ではないのですか」

 「違いますよ、私は空の果てより遠いところの出身です」


 もう今さら隠すのも面倒なのでふわっとした感じの回答。


 「そうなのですか……アリス様も、おひとりで?」

 「うん」


 俺の場合、本当に家族を巻き込まなくて良かったとは思うけど。


 「だから一人でもちゃんと生きられるように、私は料理を覚えました」

 「すごいです」


 ただの趣味だったんだけどね。


 「では早速この包丁を使って鶏肉を細切れにしていきましょう」

 「はい、こうですか?」


 すとーん。


 「ひぃっ!?」


 「あっ」という間もなくシトラは包丁を振り下ろした。

 何この子躊躇なさ過ぎて怖い。

 料理とは思えぬ速度でまな板に振り下ろされた包丁の音に戦慄した。

 おそるおそるまな板の上を確認すると、鶏肉さんの塊が真っ二つに。


 「もうやめてあげて! 鶏肉さんのHPは0よ!」


 オーバーキルだよ!?

 シトラから包丁を回収した。


 「何か間違えましたか?」

 「間違えてるというより……」


 怖い。


 「し、シトラは料理はしたことないんだっけ?」

 「はい、貴族の端くれでしたから……教会に保護された後もすぐに国の預かりになりましたし、私はこの目でしょう? 侍女をつけてくれていたので、生活スキルは無いのです」

 「薬草や野草だったりは戦場の知識なんだねぇ」

 「そうですね、動物を狩ったり処理するのもそこで慣れました」


 普通はそこに慣れる方が変だが。


 「まあいいです。この展開は読めてました」


 俺の仲間で料理できる人少ないし。


 「う~ん、そうですね……」


 材料は鶏肉? とよく分からないが食べられるという薬草類である。

 調味料はあるので、味付けはなんとかなる。

 シルヴィちゃんは病人だし……柔らかくって食べやすい方が良いよね?


 「鳥そぼろスープを作ります」

 「そぼろ……?」

 「細かく切って手作りひき肉にしちゃいます。ええ、出番ですよシトラ」

 「?」


 可愛らしく首を傾けるシトラだった。

ちょっと日常回を分けます。

あまりスポットの当たっていなかった聖女ちゃん用に。

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[一言] 話は続きませんか?
[一言] シトラさんこええ
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