秘境の里
里長の後をついて歩いていると、奇異と嫌悪の視線が突き刺さる。
首筋がむず痒い……
「おぬしの事は里の者も知っておるからな。混ざりものであるが故の洗礼よ」
「あ~~」
納得。
でも、よくよく考えると俺の血筋は俺から始まってるから親どころか先祖もいない。
ならば混じり物などではなく、俺こそ真祖だと言えなくもない。
ちなみに子孫は愛娘が二人。
「気にしてくれるな。この里に深入りする必要もない。互いにな」
「大丈夫、平気です。少し休憩させてもらいたいだけで、目的地はもっと奥にありますから。それに人の悪意には慣れてます」
「であるか。お主の生い立ちであれば当然であろうが」
というか前世の話だが。
おっと、里の子供が投げてきた小石を華麗に回避。
べ~って舌出してきたから、俺もんべ~って舌出し返してやった。
「ふ」
「いや笑い事じゃないですけど、いじめですけど」
「子供のイタズラだろう、気にしてくれるな」
「子供って……」
俺も最初は子供かと思ったけど、よく見るとさっきの人結構大きかったような。
「確かあやつは今年で38であったか、まだまだ幼子よ」
「……私17歳になりましたけど、それは?」
「ふむ、幼子だな」
どこからどこまで幼子だよ。
幼子って言っといたら何しても良い訳ないからね?
「お母さま!」
「お? シルヴィちゃん!」
よく無事で!
里長が案内してくれた先にある大樹の家から、愛娘が飛び出してきた。
「ご無事で何よりです!」
俺が両腕を広げて再会の喜びを全力で表現しようとした矢先に、愛娘は急停止して畏まった礼をした。
「……」
広げた両腕の行き場。
いや、ね?
シルヴィちゃんはそれはそれは礼節を持った、控えめな子だと思うよ。
とても出来た子だ。
ただそんな子でも時々は感情を爆発させても良いと思うの、具体的には今!
「……私から抱きつーく!」
「ひゃうっ!? お、お母さま……」
ぎゅううううっと大人な娘に全力で抱き着いた。
「ふむ、お主の子か? いやお主が子か?」
里長さんの嫌味は華麗にスルー。
シルヴィちゃんの温もりを満喫したところで解放してあげる。
愛娘は目を白黒させていたが、頬がほんのりして上気しているのが可愛らしいです。
そしてどうやら、全員無事集まっているみたい。
「ちょうど良い、このまま話がある。全員付いて来るがよい。そこがお主たちの宿でもある」
◇■◇■◇
客人に宛がうには立派過ぎる木造のお屋敷に案内された。
驚いたことに、そこにはメイドさんが2人も居た。
どうやら双子らしく、金髪碧眼で無機質な雰囲気がよく似ている。
「皆様方、いらっしゃいませ、このメス犬どもが」
「どうぞこちらへ、この雑種どもが」
慇懃無礼にもほどがあった。
いやむしろ丁寧さの欠片もなかった。
「……あの」
「ふむ、まあ気にしてくれるな。ミオとレナはこれが普通じゃ」
もう一回初等教育からやり直した方が良い。
主に道徳。
「えっと、お世話になります……」
とりあえず礼を伝えてみると、二人のメイドが無表情ながらもまじまじと俺を見つめてきた。
「ふむ」
「ほう」
……え~っと、面と向かって穴が開くほど見つめてくるのはどうかしてると思うの。
「あなたが主殿のお弟子ですか、このビッチ」
「あなたが現在の最強ですか、この淫乱」
「そんな大事なことみたいに!?」
ま、まあ元々男だからな、一般的な女性より多少はね?
いや一般的な女性の感覚が分かんないけど。
「確かにアリスはクランセスカだけでなく、エクレアとも籍を入れている上に、隙あらばイリアにも手を出してるほどお盛んだけど、よく知ってるね」
「わざわざ今全部バラす必要ありました? お姉ちゃん……」
それじゃ俺が本当に人でなしみたいだけど……?
あれ? 事実か?
じゃなくって――!
「主殿?」
罵りに心を抉られてたけど、気になる事を聞いた。
「もちろんティルベル様です、このお豆腐頭」
「もちろん歴代最強の方です、この雑魚最強」
雑魚なのに最強とは……?
「ま、まあ流します。ということは、ここはティルのお屋敷ですか」
見上げてみると、木漏れ日の中にある歴史を感じさせる家屋だ。
エルフの長い寿命と寄り添うような大樹が家を囲んでいる。
「あ、じゃああなた達がティルのお世話をしてたんですね! ふふ、ティルってば本当に手がかかる人でしょう?」
急に親近感が湧いた俺の問いに、双子は顔を背けた。
「ちっ」
「チッ」
「あの……私も人並みに凹みます」
「冗談です」
「ユーモアです」
言いたい放題言って冗談ですで済ます奴はイジメっ子だからな?
言われた方は冗談じゃないから覚えときなさい!
普通に傷ついた俺はお姉ちゃんによしよしされながら、家の中に入っていく。
蛇足だが、イリアの双子を見る目に殺意が宿っていた。
◇■◇■◇
一枚板の大きなテーブルを囲って今後についての話をする。
このテーブル俺の世界の基準に照らし合わせるとすごく高そうだな……
「さて、ここエルフの里でも既に大体の状況は掴んでおる。ある意味で伝承通りでもある」
へ~?
俺が心のダメージから回復したところで里長さんが話し始めた。
なお、俺の後ろでは立って控えているイリアがメイドさんに睨みを効かしている。
「666の獣の復活と、それに伴う真なる目覚め」
「真なる目覚め?」
獣の話は知ってるけど。
「やはり世界の終焉を示唆する物語には続きがありましたか……」
聖女ことシトラが沈痛な声を出す。
「確かに666の獣は脅威には違いないだろうけど、アリスとイリアが簡単に吹っ飛ばしてたからね」
お姉ちゃんの言う通りだけど、それで森が一部焦土になりました……
「そうであろう。獣程度なら我らとて痛手を負うても勝利することはできよう。ただ真なる目覚めし者を相手ではそうはゆかぬ」
「……」
マリアさんが口元に手を当てて考え込んでいる。
なぜか色っぽい。
「ドスケベ」
「種馬ビッチ」
「――」
イリアから負のオーラが放出されている。
「失礼」
「失言」
どす黒いオーラを放つイリアに、さすがの双子も口を噤んだ。
うん、うなじがちりちりする……
「真なる目覚まし者……つまりわたくし達の言うところの、神ですね?」
シルヴィちゃんが分かっていたとばかりに答えをくれる。
「うむ。そも我らエルフと先にある竜は神界と人界を隔てる門番のようなものじゃからな」
なるほど神界と人界か。
人界ではエルフも竜も滅多に見ないもんね。
ここの人たちは狭間の住人、というところか?
「ところで666の獣を野放しにする訳にはいかないのは分かるんですけど、神様って復活しちゃダメなんですか?」
根本的な疑問である。
「実際の所は分からぬ、が……伝承では神が目覚めるということは世界に飽きたということ。眠りながら夢を見て、その夢が気に入らぬから壊すために覚醒する……という言い伝えがある。我らにとって口伝の信ぴょう性は高いのでな」
「むう……なんて迷惑な」
神様か。
俺を呼んだのもその人?
しかし、う~ん……随分と我儘だな。
「でもいきなり喧嘩腰なのもどうかと思うので、私は対話を試みたいんですけど」
「その意見には賛成です、アリス殿」
マリアさんの賛成は心強過ぎた。
「神なる者に戦闘をしかけて勝利など、人の身で可能かという問題もありますわ」
「ですよね」
能力値は未知数過ぎる。
ん?
そういえば余計な人が余計な神殺しなんてモノを産み出してたな。
「神が敵対意思を見せる前にアリス様のクローン……イオナさん、でしたか? 彼女が戦いを仕掛けたら止めないといけませんよね?」
シトラの懸念はもっともだ、俺もまさにそれを思っていた。
それが逆鱗に触れて世界崩壊とか、オリジナルとして俺もちょっと責任感じるわ。
「イオナが出てきたら、シトラの能力をあてにしても良い?」
あれは便利だ。
イオナの能力を俺とほぼ同等と見積もると、シトラのスキルは厄介なはずだ。
「もちろんですアリス様。そのために私はここにいます」
「ふふ、お願いね」
この子に選択肢がなかったとしても、誰かを守りたいと思ってる気持ちは本物だもんね。
「うむ、神に対する方針はそれでよいとしても、このまま向かってもいざという時厳しいであろう」
「準備不足的な?」
「端的に言えばな」
相手が何かすら分かってなかったしね。
「この能天気――っ」
「……」
何かを言いかけた双子メイドの頬に汗が一滴流れた。
というか、はらりと金髪が一房落ちた。
誰かがナイフを投げたらしい。
誰が?
俺にはわかりません。
「どうせヒールで回復できますし、もう少し深く狙っても……失礼、独り言です」
わあ。
「やれやれ、良いか? 最強の加護を受けたものには試練の洞窟にてその力を磨いてもらわねばならぬ。6代目までのすべてがエルフから出ておることは知っておるか?」
「いえ、初めて知りました」
俺の継承は一刻の猶予も無かったし、何も聞いてないよ。
「そうか、それは初代からのエルフの系譜なのじゃ。その加護を鍵として試練の洞窟は開かれる。ゆえにその洞窟内は6人以外は誰も知らぬ」
「へえ……?」
凄く、興味を惹かれる。
こんな時に恐縮だけど。
「ただ力の使い方を知る場なのか、それとも何かの真理があるのか……その目で確認してみるがよい」
「洞窟はこの近くにあるんですか?」
「この里は、その洞窟から地下水とエネルギーをもらっておるからな」
そういえば町の近くには必ず遺跡があるもんな。
水とか、人が住むのに役立つ恵を分けてくれるんだよね。
「分かりました、じゃあ私、そこに行ってみます」
「そうだね、異論はないよ」
一番に追随してくれたお姉ちゃんと同じく、皆が頷いた。
そして話も纏まろうかという時に、その盛大な爆発音は里に木霊した。
「な、何事!?」
「む。このにおい……ミオ、レナ!」
「承知」
「了解」
里長に言われるや否や、メイドの双子は屋敷から飛び出していった。
「敵? 獣?」
「分からぬ、が。ちと厄介じゃ」
里長は窓から見える里の空を眺めて、その黒ずんだ光景の中の、さらにくすぶる煙に顔をしかめた。
「火が回っておるな――」
◇■◇■◇
二人のメイドに続いて、俺たちも里の中を確認に回った。
火の手はまだ見えないが、こんな森の中で火事にでもなったら……
「――二手に分かれましょう! 私、イリア、シルヴィちゃんのA班。お姉ちゃん、マリアさん、シトラのB班。それぞれ村の反対に向かって、時計回りに1周して、ここに戻ってきましょう」
「的確です、アリス殿」
指揮官稼業もちょっとは身についたのかな。
「では、急ぎましょう!」
皆の返事を聞くや否や、二手に分かれて走り出した。
里の中心部を抜けて森に近づいてきた頃に、剣戟の音が聞こえてきた。
「お母さま! あれを!」
シルヴィちゃんの指さす先に、双子メイドを確認した。
彼女たちが、なんだあれは?
人? 兵士?
全身甲冑に埋め尽くされて、黒いもやに包まれた何かと戦っていた。
背筋におぞ気が走る。
言葉の通じるような相手では……ない!
「――二人とも、距離を取って!!」
俺の声に、双子は機敏に反応した。
軽業師のごとく飛んで跳ねて敵から距離を取る。
「――ライトニング!」
俺の雷が敵を一閃する。
直撃だが……
「お嬢様、わたくしの後ろに」
未だに倒れぬ黒甲冑を前に、イリアが槍を構えた。
「イリア、サポートします」
シルヴィちゃんも魔剣を抜いて、隣に立つ。
「シルヴィス様も、お気をつけて」
「ええ」
イリアが前衛、シルヴィちゃんが中衛、俺が後衛。
うん、バランスよく戦える。
双子のメイドさんも俺の横まで後退してきた。
「危険」
「手ごわい」
端的に注意してくれる。
やっぱこの人たちそんなに悪い人ではないよね。
「了解です、油断なく躊躇なく容赦なく、敵をやっつけてみせます」
それがこの世界で学んだこと。
「雷精来りて刃となれ――ライト・エンチャント!」
イリアの武器に雷の付与をする。
甲冑の印象から雷は通りやすいのでは? くらいの気持ちだが。
「――行きます。ランス・チャージ」
俺と頷き合ったイリアが槍スキルを使って突進する。
槍を両手に、イリアのフィールドを上乗せした突進突きだ。
単純だが、破壊力はバカにならない。
黒甲冑は、見た目の割に機敏に大盾を構えて、イリアのチャージを受け止めた。
――ガギン!!
盛大な金属音が森に木霊した。
たたらを踏んだのは――イリア!
黒甲冑は、後ろ手に構えていた長剣をイリアに振り下ろした。
「ブリザー!」
が、それはシルヴィちゃんがさせない。
剣に氷をぶつけて跳ね返す。
今度は黒甲冑の崩れた隙に、シルヴィちゃんが細剣を突き入れていく。
――カカカン!
「く、硬い! 隙間もない!」
武器の相性が悪いか。
「――はあっ!!!」
そうして、二人の攻撃に隠れて至近距離に近づいていた俺が黒甲冑の胴に雷掌底をお見舞いしてやった。
盛大にふっとんで、大樹に激突する。
「普通の人間なら、とても立ち上がれるダメージじゃないと思いますけど……」
「お気を付けください、お嬢様」
イリアが再度俺の前で構える。
シルヴィちゃんも油断なく構える。
黒甲冑は、何事もなかったように立ち上がった。
「まあ、そうなりますよね……」
さて、どうしてみせようか――




