異世界メイド喫茶の乱
「まて!」
どうしようかなぁ。
と思いながら商館を後にしていると、いきなり呼び止められた。
「……はい?」
振り向くと、黒ずくめが凄い形相で睨みつけてくる。
いやいや、俺は親の仇じゃないぞ?
「お前は、エルフの何なんだ?」
「……その情報を私から無償で得ようとするのは、ルール違反では?」
「あの女をくれてやれば、話してくれるのか?」
……はい?
ちょっと耳を疑った。
2.3度瞬きしてから、首を傾げる。
「あなたにとって、エルフが何だって言うんです?」
「……エルフには、恨みがある」
回れ右した。
「待て!」
いやいや、理由からして俺はあんたと関わっちゃダメだろう。
「しつこいですね」
「……金が間に合わないようなら、俺が闘技大会に出て優勝してやる」
「商会の人間が? 出来レースもいいとこですね。まさか最初からそのつもりですか?」
だとしたら、商会はやはりキナ臭い。
「これは商会とは関係ない。それに俺は傭兵だ。金で雇われているに過ぎない」
「商会とは関係ない、で済む問題とも思えませんが……」
しかし、この黒ずくめは強そうだ。
もしかしたら優勝して、イリアを手に入れてくれるかもしれない。
……ただし、その場合俺が自分を身売りすることになるんだが。
う~~ん。
「私は私で動かせてもらいます」
「構わない。俺は俺で勝手にやらせてもらう。結果が出れば、報酬は頂く」
黒ずくめは一人で納得して、商館に帰って行った。
「……ソルト、でしたっけ?」
一体エルフに何されたんだろうねぇ。
それはともかく。
先立つものは、金である。
金が無ければ借りを返せず。
金が無ければイリアを買えず。
金が無ければ装備を整えられず。
金が無ければ王都にも行けない。
すると、イリアもやっぱり手に入らない。
そんな訳で、俺はようやく本題でもあるギルドに来ていた。
「カネカネカネカネって……」
何処まで行っても世の中世知辛いよ。
「あっ? あなたは……」
ギルドに入り、カウンターの前までやってくると受付の女の子に声をかけられた。
ん?
赤い癖っ毛に、そばかす?
「ああ、あの時の?」
生意気そうなガキの顔が直ぐに思い浮かんだ。
「うちの弟が、ほんとにごめんなさい!」
カウンターに頭が付くかと思う程の勢いで謝られると、こっちも困るものがあるという。
ほらほら、他の人たちが何事かとチラチラ見てますよ!
「いえいえ、顔、上げてください。特に何かあった訳じゃないんだから、大げさですよ」
「ありがとう」
おお?
何だか、ほっとするような笑顔だな。
自然になれるというか、構える必要が無いというか……
「ギルドで働いているんですか?」
「はい、あ、私エレノアって言います」
「アリスです」
「知ってます。弟が煩くって、もう。あれ、アリスさんがあんまり綺麗だから、構ってもらいたかったんですよ? あんなに小さいのに、男の子なんですよねぇ」
あんなクソガキまで惑わすなんて……
俺はなんて罪な造形をしてしまったのか。
いや、そんなことはどうでも良い。
「ところで――」
「あ! ギルドに用ですよね? ごめんなさい」
反応早いな~。
一応、最後まで喋らせてくれても良いんですよ?
「えと、まずはギルドに冒険者として登録したいんです」
「分かりました! では、こちらの用紙に名前、年齢、性別、職業、LVを登録しますので、ご記入お願いします」
「種族は良いんですか?」
「それを書いちゃうと、差別に繋がっちゃいますので。ギルドはどなたにも門を開いていますからっ」
なるほど、有難い。
というか、種族に問題があるようなら、シオンさんが俺を1人で送り出さなかっただろうな。
俺は必要箇所に今の自分の情報を書き入れた。
不思議だなぁ。
日本語で書いてるつもりなのに、これ何語に変換されちゃってるの?
「これでいいですか?」
「お預かりしますね! ええと……魔法使い!? あ、いえ、はいっ、大丈夫です」
元気良いな~。
「確認の為、ステータスを表示してもらっていいですか? もちろん、種族は隠して下さいね?」
「は~い」
操作して、エレノアさんに提示する。
熱心に用紙と見比べるエレノアさんは、真面目なんだけど、何だか可愛い。
「はい、大丈夫です。ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ」
何故か頭を下げてしまう。
思いっきり日本人だな、俺。
「では、書類に問題はありませんので、登録料に1000ルークかかりますが、宜しいですか?」
「大丈夫です」
俺はシオンさんから受け取った銀貨10枚をカウンターに出した。
「確かにお預かりしました。これでアリスさんは冒険者として、大陸中のギルドを利用できますよ」
「へぇ、すぐにですか?」
「もちろんです。お預かりした情報は、ギルドの魔水晶で各地に転送して共有します。冒険者としてギルドに用事がある時はステータスを提示してくれれば、大陸中どこでもそれで分かりますから」
おいおい、インターネットに匹敵するなファンタジー。
「それと、年一回の更新がありますのでご注意下さい。その際にはもう一度登録情報の更新と、更新費用の500ルークがかかります」
「なるほど」
商売上手だな、ギルド。
冒険者の数は結構なものだろうから、更新費用だけでも相当な固定収入じゃないだろうか?
「でもアリスさん、15歳だったんですね~。私より2こ下なのに冒険者だなんて、凄いですね!」
「ええっと、まぁ、生きてたのが不思議なくらいで」
「謙遜しなくていいのに」
いや、ホント。
「それで、早速なんですが、何か仕事はありませんか?」
時間との勝負なんだよね。
「ん~、そうですね。目ぼしい仕事は、他の冒険者の方が遂行中ですから……あ!」
書類と睨めっこしていたエレノアさんが、良い事思いついたという顔をする。
不思議だなぁ。
何か、良い事思いついたって顔した人の良い事って、俺にとって良い事だった記憶があんまりないんだよな。
「……何か、ありましたか?」
「はい! 凄く良い事思いつきました!」
仕事を思いついたって、どう考えてもおかしいよね?
それ、ギルドの仕事だよね?
不安を募らせながら、俺はエレノアさんの話を聞いた。
「おかえりなさいませっ、ご主人様! お嬢様!」
そしてその晩、仕事帰りの勤め人たちが足げく通う一軒の定食屋があった。
その名を、『ミルキーウェイ』と言う。
いや、ごめんなさい。
現実逃避してた。
カッコよく言っても駄目だ。
「おかえりなさいませっ、ご主人様! お嬢様!」
頭がおかしくなりそうな定型文を、俺は何度も繰り返す。
その度に、来店した男どもが俺を凝視した。
視線が痛い……
今、俺が何をしているのか?
それを一言で言うと、メイド喫茶でメイドしてる。
で、すべて余すことなく伝えられると思う。
異世界舐めてた。
奴隷もいればメイドも当然、現実世界――という言い方も今更変だが――より多く存在している。
となれば、こういうエンターテイメント性を追求した店があってもおかしくない訳です。
いや、実に異世界舐めてた。
「アリスさん! 3番、ミックスジュースお願いしますっ」
厨房のエレノアさんから、鬼注文が入った。
そう、ここはエレノアさんのご家族が経営する店。
俺はそのアルバイトに雇われたという訳だ。
「……はい!」
俺は、全力で絶望を笑顔の裏に隠した。
……はは。
舐めるんじゃねえ。
仮にも俺は心は男、それでも女を演じている身だ。
メイド?
ああ、メイドね?
やってやろうじゃないか。
今の俺はどこからどう見てもメイドだ。
ヒラヒラ可愛いホワイトブリムで髪を留め。
フリルの可愛い膝丈ワンピースのエプロンドレスに身を包み。
ボーダーのニーソックスで足元まで完璧!
……出来ないはずは、ないんだよ!
「お待たせしましたっ、ご主人様! お嬢様!」
冒険者の一団らしいテーブルの前で、元気よく声をかける。
俺は受け取ったドリンクのシェイカーを3番テーブルに運び、お客の前で、それをそっと持ち上げた。
一呼吸置いて、満面の笑みを作る。
「じゃあ~、魔法をかけますね~? お嬢様も、ご一緒に!」
俺は手に持ったシェイカーを満を持して振り抜いた!
「シャカシャカ♪」
「……しゃかしゃか」
「フリフリ♪」
「……ふりふり」
「萌え萌え♪」
「……もえ?」
「キュンキュン♪」
「きゅんきゅん」
「美味しくなぁれっ、萌え萌えきゅーんっ♪」
全力で愛と勇気と希望を込めた!
そしてお嬢様の前に、出来上がったみっくすじゅーちゅ! を、そっと置いた。
そこで初めてお嬢様と目が合った。
「よ、よう、お疲れアリス」
「お…………ねえ、ちゃん」
シオンさんだった。
「……」
「……」
「い」
「い?」
「いやああああああああああああああああっ!」
「ちょお!? アリス!? ここ店内だぞ!?」
「言ってよおおおっ、ひどいよ、おねえちゃんんん」
「泣くな! いやっ、本当プロだったよ、アリス!」
この日、ミルキーウェイは遅くまで騒がしかった。
そうして俺は、異世界で初めての報酬を得た。
その額、500ルーク。
お金を稼ぐのは、まこと至難である。




