幕間 始まりの夢
前回までのあらすじ
サクラメント軍との決着をつける為、エクレアは直接本陣に乗り込んで指揮官を倒そうとするが……?
Side:ノア
――まずいです。
エクレア様の奇襲作戦は既に失敗している。
というのも、こちらが行動するよりも早く相手が突撃してきたからだ。
よって平原で迎え討つしかなく、最悪の消耗戦へと戦場は移行した。
地の利は相手にあり、こちらははるばる遠征してきた強行軍。
疲労から軍の展開も鈍かった。
更に悪い事に、エクレア様の体調はご本人が思うよりも芳しくない。
「……」
横目で見ると、時折魔法で前線を援護しているもののエクレア様の顔は青くなっている。
これ以上はお命に係わる。
このような事態も想定しておきながら、忠言すらできなかった自分の無能に怒りを覚えるが、後の祭りだ。
今は私たちの命を捨ててでも、いかにエクレア様を無事にアリスお嬢様の元へ返すかを考えねば……
「皆! ここでエクレア様を失えば、死してもアリスお嬢様に顔向けできません!! その身を盾として矢を受け、魔法の壁になるのです! 手足をもがれても噛みついて敵の息の根を止めなさい! 一兵たりとも本陣に近づけるな! エクレア様さえ無事なら、それで良い!」
円陣を組んで守りを固める2番隊の面々に声を張り上げる。
『畏まりました!!』
◇■◇■◇
Side:エクレア
――悪くない。
メイドさんに喝を入れるノアを尻目に、そう考える。
つまるところ、エクレアの役目は時間稼ぎなのだ。
サクラメントを占領することが絶対条件ではない。
サクラメントの後詰めの戦力が、王国に向かうのを阻止できれば及第点。
であれば、この泥沼の状況は最善でなくとも悪手では無い。
……大局を見れば、そういうことになる。
「……自分の命は勘定に入ってない問題があるけど」
こっちでモタモタしている間にアリスがウィルミントンの戦況を変えられれば、王国に援軍も出せるだろう。
業腹だが、アリスが負けるとは想像すらできない。
たぶん、まだ誰も、今のアリスの強さに気づいてない。
氷雪の魔女から最強を継いだあの子と戦った、エクレアだけが肌で感じた。
可笑しな話だけど、本人でさえ自分の実力が良く分かってないだろう。
「アリスが氷雪の魔女と出会ったのは、運命なのかしら」
思わず右目を抑えていた。
鼻で笑い飛ばす。
都合が良ければ運命、悪くても運命。
そんなものなら、人の生き死にの意味すらなくなる。
「――ファイア、セット! 行け!」
必死で戦う味方の兵に、少しでも支援を。
「お止め下さい、エクレア様! ご自身の体調を一番にお考えを! あまり無茶が過ぎるようだと――」
「ふん縛ってアリスの元にでも連れていく? まったく、あんたらはほんとーにアリスが好きなのね」
見ると、ノアを含めアリスの2番隊の面々はボロボロだ。
なのに、その瞳の奥には壮絶な覚悟が見て取れる。
「あんたらこそ、馬鹿な事考えんじゃないわよ」
「時間稼ぎが主な目的になれば、エクレア様がここに居る理由はもう無いかと」
「今エクレアが逃げれば、戦線は一気に崩壊するわよ? それは支援がどうとかいう話じゃない、士気の話よ。前線で命を張る兵たちの、ただ一つの心の支えは何だと思う?」
「……」
苦虫を嚙み潰したように、ノアが下を俯いた。
「命を張る価値が、この戦場にはあると思える事。それだけよ。指揮官が逃げ出すような戦場に、それがあると思う?」
「時には捨て石になるのが、兵の務めです」
「誰が納得してるんだか、そんな冷たい務め」
議論は終わり、しっしっと手を振る。
「――それが出来ずに指揮官を死なせたマヌケが、3番隊なのですからっ! 私たちに、同じ不名誉を与えないで頂きたい!」
「――――!」
そんな話は、今の今まで知らなかった。
昨日アリスと話したのに、何も言わなかった。
誰も、何も。
3番隊の、隊長は……
「……全然実感ない、逝ったの、あいつ……?」
「敵将と相打つという、壮絶な最後だったと……」
スナイパーなんて臆病者の癖に、何をやってるんだか……
「前に出てんじゃないわよ、馬鹿ドワーフ……」
でも、気持ちは分かる。
あんたも守りたいものがあったんでしょう?
こんな理不尽な戦争なんかに奪われたくないものが。
「……ふん、あんたが命を張って守り通した何かを、エクレアが台無しにする訳にはいかないでしょ」
「エクレア様!」
「――心配無用!!」
戦場に響き渡るくらい大きな声で一喝した。
「エクレア・サクラメントはここにある! 最期まで倒れはしない! 一歩たりとも引きもしない! 兵たちよ、安心して命を掛けなさい! あんたたちの想いは全部背負ってあげる!」
入り乱れた戦場から鬨の声が上がった。
正直、腹黒姫やアリスのようなカリスマが自分にあるとは思わない。
それでも、少しでも兵たちに意味を与えてあげたい。
それだけよっ!
「後ろ向きな言い訳を探す前に、前を切り開く努力をしなさい、ノア!」
切れ長の瞳を少しだけ大きく開いて驚いていたノアが、頭を垂れた。
「畏まりました。数々の非礼、お許しください。奥方様」
「誰が奥方様だっての」
小さく笑いあって、戦場に向き直る。
気のせいか、自軍が押し返し始めているようにも思える。
「主様、かっこいい……」
「そーでしょそーでしょ」
わしわしと寄ってきたレティの頭を撫でる。
ついでにお腹も撫でる。
こんな所で死んでらんないのよ、こっちは。
「ごめんレティ、エクレアの代わりに兵たちに勇気を示して欲しい」
今のエクレアは前線で戦うと足手纏いになる。
「分かった! 竜化、したらいい?」
「無理をする必要はないわ、あなたが居るだけで相手にはプレッシャーになるんだから」
「うん、簡単!」
ほんとかしら?
戦場に似つかわしくない期待に満ちた瞳に内心苦笑する。
「無理に相手を殺す必要はない、味方を庇ってあげる程度で良いの、お願いできる?」
「任せて!」
レティの身体が青く光る。
身体から魔力が持っていかれる。
吐き気がするが、顔には出さない。
虚勢も張り通せば本物と変わらない。
「――――――ッッ!!」
青の光に包まれて、竜の体躯に変化したレティが戦場に咆哮を上げた。
レティの竜化は、もちろん味方には伝えてある。
でないと、こっちまで混乱しちゃうからね。
自軍からは高揚が、敵軍からは動揺が伝わってくる。
これで、何とかなってくれれば良いけど――
◇■◇■◇
Side:???
サクラメント軍を指揮していたのは、シゲンという裏切者だった。
アシタカ王国を裏切ったシゲンの望みは単純なものだった。
ただ好いた女を手に入れたいと思った。
その欲望を魔女に利用されただけだ。
古来から、七欲は悪魔の好物でもある。
「あの女が生き返るとしたら、どうだ――?」
悪魔の囁きは、甘露のようにシゲンの心を弛緩させた。
あの澄ました顔の女を、我がものに――そう思うと心が躍った。
それが活力となり、国に反旗を翻す。
女を欲する、ただそれだけにして始原の目的の為ヤマタノオロチを目覚めさせた。
その果てに、共和国で魔女に見せられたのは大きな水槽の中に入った人――のようなモノだった。
それは確かに女に似ていた――否、瓜二つだった。
もしそこに――心さえ宿っていれば。
何んの反応も無い紛い物に、シゲンは思った以上に落胆した。
国を裏切ってまでした事は何だったのかと。
しかし、魔女は耳元で囁く。
「同じ血肉を持つものを使えば、心も宿るだろう」
――娘だ。
娘を手に入れれば。
本当は、ヤマタノオロチを解放した後に回収するつもりだった――邪魔さえ入らなければ。
まさか、あの化け物を倒す化け物が現れるとは思いもよらなかった。
忌々しい、銀の雷精。
だが戦争の混乱に乗じれば機会はあるだろう。
王国を占領するためのサクラメント軍に協力する事にした。
サクラメント防衛任務に着いた、この日――――――命を失うまで。
「―――――?」
ウィルミントン、アシタカの連合軍も思ったより粘るなと戦況を眺めていたその時。
人生最後の瞬間は、呆気なく訪れた。
後悔とか恐怖とか、そういう感情を抱く暇さえない。
キョトンと、魔女に持たされた黒い宝玉を眺めただけだ。
そして――――膨らむ宝玉に食われて、シゲンの人生は終わりを迎えた。
◇■◇■◇
Side:エクレア
「なんっなのよ、あれはっ!!?」
敵陣から、黒い光が膨れ上がった。
光を飲み込む闇色の不気味さは、知らずに鳴らした歯の音で自覚した。
問答無用、本能の領域で恐怖を感じている。
「あの闇の光……敵を……サクラメントの兵を飲み込んでる!?」
いや違う、手当たり次第に近くの命を食べている――それだけだ。
背中がざわざわする……!
何とも言い表せない感情が胸の奥から湧いてくる。
サクラメントの兵が……死んでる……!
「――っ!」
でも動けない。
今更、サクラメントの兵を助けたいなんて頭が可笑しい。
いつの間にか、立場が重い……!
雁字搦めに縛られたような自分に腹が立ち、震えた。
「戦場で震えるとは、ずいぶんとお淑やかになったものだね、エクレア」
「……冗談に付き合う余裕は無いわよ」
レオニールの余裕顔、ぶん殴りたい……!
ぐるぐる迷っている間に、いつの間にか隣に立っていた。
「状況的には、あの闇の光が我が国の兵を“食って”いるんだね」
「……そうね、今の状況だけを見るなら、こちらに有利に働いてるわ」
「うん、ただ、あれは何かを失敗した結果なのかな?」
「……どういう意味よ?」
レオニールが澄ました顔で腕を組んだ。
妙に恰好が付くから腹立たしい。
「僕がこちらに付いた理由も一つは、祖国を『何か』から救う為。ならば、あれがその一つ、なのかもしれない」
「……何かって、何よ? 爆弾みたいなもの? 思いっきり自爆してるけど」
「そんな単純なものに思えないな」
レオニールのいう通り、それでは状況が簡単過ぎる。
「それに僕はこの状況を放っておけない、だから行くよ」
「っ待ちなさいよ、指揮官はエクレア! 勝手な行動は許さない」
「だから、妹の心を酌んでみようと思ったんだけどな」
頭を撫でられそうになったので、急いで払った。
「いまさらっ」
「その元気があれば、大丈夫そうだ。向こうはどうやら指揮官が巻き込まれたみたいで、統制が取れてない。僕が避難を指示してみる」
「あんただって、裏切者でしょうに」
「今はそんな事を言ってる状況じゃないんじゃないかな?」
レオニールは相変わらずの笑顔を浮かべて、敵陣に向かって出発していった。
止められなかった。
傍らには、当然のようにレイミアが付いていく。
そして――
「では、こちらも行くとするか」
「ジンさん? そっちは関係ないでしょうに」
「目の前の理不尽に立ち向かいたくなる性分でな」
「全然そんな風に見えないんだけど……」
「ふ、銀の雷精の悪影響だ」
「それはそれは……」
軽口を叩くが、目的は他にあるのかもしれない。
「……一人でも、多くの兵を助けてあげてください」
「任せておけ」
頷いてジンさんはレオニールを追いかけた。
自分が存分に動けないという無力感に、押しつぶされそうになる。
「――ククク、やめておけやめておけ」
「あ、あんたっ!」
「命が惜しければ近づかぬ事じゃ」
軍の本陣、その中に、突然異分子が現れる。
近衛についたメイド達の反応は早かった。
すぐに周りを囲み、ノアがエクレアの前に立つ。
「……アリスもどき、何の用よ?」
ノアを含め、メイド達から戸惑いの声があがる。
アリスを子供にしました、と言えば通じる程の瓜二つの容姿なのだ、無理もない。
「なぁに、あれが何か教えてやろうと思ってな?」
顎をしゃくるように、黒い光を指す。
勿体ぶるな、と視線で問う。
何が可笑しいのか、アリスもどきは笑った。
「あれはな? 全ての竜の祖、黒龍ディアドラの器を蘇らせている儀式よ」
「黒龍ディアドラ? あの、おとぎ話の……? ハイエルフと神龍の物語の?」
「神龍か。まあそんなようなものだ。戦場という戦場で集めた魂で、ようやく顕現は間近」
……そんなものを蘇らせて何をする?
制御できるの?
誰が?
……共和国?
いや……リブラ?
でもリブラには竜がいる。
疑問は、不敵に笑う目の前の存在が応えた。
「まさか……」
「一体、いつぶりかの……さて、わしはもう行く。アレを抑えてあるべき場所にな」
そうでないと出来損ないの狂った竜がここで生まれる、とアリスもどきは本当に残念そうに、深く時を感じさせる溜息をついた。
「……あんた、何を知ってるの?」
「全て」
神を気取ったアリスもどきに、精一杯の嘲笑を贈る。
アリスもどきは何か満足したように、ふん、と笑う。
「興味があるなら、くだらん戦に終いを付けて来るが良い」
アリスもどきが戦場に浮かび上がる。
「始まりの夢を見し、約束の地にな」
――この日、闇の光を連れ去ったアリスもどきが消えた後、エクレア達の勝利が確定した。
サクラメント攻略戦は、誰もが意外な形を持って終結した。
……多くの謎を残したまま。
次回 『聖女』




