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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
七章 継承者編
141/170

幕間 最後の一射

 神経をすり減らしながら、敵陣ギリギリまで近づいた。

 国境を隔てる西ぺトラ大森林を進み、共和国に続くアラカベ山の麓に作られた要塞を千里眼にて確認できる場所に陣取る。

 ここを軍隊で通るには、どうしても大森林を貫く一本の街道を使う必要がある。

 それ以外を通るには厳しい、大自然の難所なのだ。

 逆にそこを強行軍で通過してきたから、疲労は相当だけど。

 ますたー自慢の部隊だからこその芸当。


 「皆、お疲れ」

 「隊長も」

 「ん、ありがと」


 干し肉を渡されたので、かぶりつく。

 国境の砦は、そんな街道を塞ぐ形で建てられており、ここが大昔から両国を隔てる絶対線として機能していた。

 だからこそ、この砦を共和国に抑えられた公国は、苦戦を強いられている。


 「スープもあります!」

 「もらう」


 副隊長は嬉しそうに、皆に食料を配っていた。

 副隊長なのに、メイドさんみたい。

 ん?

 普段は全員、メイド?


 「足りますか?」

 「仕事中は、腹1分」

 「全然足りてませんね!」

 「ん、帰ったら、ますたーにたかる」


 ただでさえ食料は捨ててきた、余裕などあるはずがない。

 隊の子、全員がお腹を空かせている。

 教会で子どもたちを見てきた自分にとって、皆を飢えさせるというのは一番我慢がならない事だ。


 「皆の様子は?」

 「気力は漲ってます、ご心配なく!」


 頼りになる。

 ここまでは順調。

 魔法による探索や原始的な罠もあったが、千里眼とこの子たちの注意力によって全て突破してきた。

 目的の狭い崖幅の街道を眺める。

 視線を追っていた副隊長の子が、息をのんだ。


 「……砦、すごく近い……ですね」


 流石に緊張してる。

 騒ぎが起きれば味方からの支援は無く、敵からはすぐに増援が来る。


 「あのくらいの幅じゃないと、崩れても通れる。ごめん、危険な任務につき合わせた」

 「いえいえいえ!」

 「ここから先は……注意しても接敵すると思う」

 「……」

 「もう一度聞くけど――――覚悟はある?」


 あえて、突き放すように冷たく問う。


 「……戦いが無理だと思うなら、後方支援任務に回っています。お嬢様は出陣前に、一人一人に聞いて回って下さいました。強がっていないか、後ろ指が怖いからじゃないかって、本当に優しく諭してくれながら」


 隊の皆が頷いている。


 「でも本来、私たちは使い捨ての戦闘奴隷として育てられていた、みなしごです。そしられ、なじられ、さげすまれ……それを陽の当たる場所で、分け隔てなく雇って下さったのがお嬢様です。お嬢様とメイド長は、いつも危険の少ない任務を与えてくださいますが、お嬢様自身は、どうです……? いつも、死にそうになってるじゃないですか!?」


 興奮しているのか、少し涙ぐんでいた。


 「お荷物は、イヤです……私たちは、お嬢様のお役に立ちたいんです!」


 その決意は、他人がとやかく言えるようなものじゃない。


 「そう……」


 なんだ、自分とそっくり。

 止められるはず、ない。


 「装備を点検して。行くよ」

 「はい、隊長!」


 全員が力強く敬礼した。




 ◇■◇■◇


 街道を塞ぐには火鉱石を仕込んで爆破――土砂崩れを起こすしかない。

 まずはそこに辿り着くまでの、暗夜行路。

 いくらかでも敵の目を誤魔化すには、闇に紛れるしかない。

 それも地理に疎い自分たちには、簡単ではない。


 「わっ」

 「気を付けて」

 「は、はい」


 一歩踏み間違えば奈落の底に落ちるような急勾配を、息も絶え絶えに登っていく。

 風の音、木々の擦れる音、獣の蠢き、その全てが神経と体力を削っていく。

 見つかれば命は無い、という重圧が各々の精神を蝕んでいく。

 覚悟が出来ている、というのは入口だ。

 入口に入って、無限の闇を進む時に感じる恐怖は、麻痺などしない。

 人を殺す事には慣れても、殺される事に慣れはしない。

 殺される事は、たった一度しかないから。

 慣れようがない。


 「……都合のいい事だけど」


 暗殺を生業にした自分に、恐怖を感じる資格などあるか。

 深く暗い山林を登り切り、耳を澄ます。

 耳を打つのは、鈴のような虫の鳴き声。

 確認しておいた岸壁は、すぐそこだ。


 ――行くよ。


 後ろについてくる部隊の皆に、合図する。

 疲労困憊だろうに、音を立てず、木々の間から皆が進み出た。

 今夜は三日月。

 明かりはぼんやり、身を隠してくれる。

 願わくば、何事もなく目的を達したい。


 「……」


 崖に火鉱石を設置する班と、周囲の警戒に当たる班に分かれる。

 慣れぬ地形、見えぬ景色の中で、時間だけが過ぎていく。

 作業に手間取っている、というには酷な状況だが、焦りが焦りを生んで、また遅れる。

 必要分の火鉱石をデタラメではなくて、ちゃんと配置を考えてセットしなければいけない。

 救いは、見回りらしき松明の光がこちらに向かってくる様子も無い事。

 大丈夫、今からこちらの崖に上ってくるにしても、余裕で作業は――――




 「うふふっ、あははははっ! みぃ~~つけた、おいたをする子は、誰かしら?」




 ――ぬかった!!

 声は真上――――空から!


 「……性悪エルフ!」


 三日月に怪しく照らされた金色の髪、人をイラつかせる喋り方、狂気の色に染まった瞳。

 間違うはずもない。


 「なぁ~んだ、アリスじゃありませんの? ん~~? あの魔族でも無い。知らない方ね。泥臭いドワーフに、小汚い獣人族の一団ですか?」


 こっちを、正確に把握してる……

 ますたーと同じだ……エルフの目!

 かなり……まずい。

 上を無警戒にしていた訳じゃない、けど……こいつ、突然現れた。


 「ふぅん? 随分と少ないのですねぇ? 人体実験にしても、数が足りないですが……うふ! まぁいいでしょう。味方を使うと面倒ですからね? 色々と」

 「直接話すのは初めてだけど……くず」


 頭がイカれてる。

 そんなことより、どうする?

 冷静にならないと……今は、生死の境目。


 「時代の先を往くものは、理解されないのですわ……はぁ、アリスが欲しいわねぇ」

 「……そんな事言って、ますたーが居ないから出て来たんでしょ? おまえ、ビビってる」

 「――は?」


 千里眼で捉えたエルフの顔が、歪んだ。


 「恐怖したでしょ? ……ますたーの、師匠に」

 「……」

 「力を手に入れた万能感に暴走するのは、勝手。でも、最強を見くびるのは、いただけない。安い称号じゃない。身をもって知ったと思うけど?」

 「ぼんくらドワーフが……知ったように!」


 夜空に、次々と魔法陣が展開されていく。

 召喚……

 その数、優にこちらの3倍。

 マスターと、ウィルミントンでやり合った、羽の生えたキメラ。


 「ねえドワーフ? そちらこそ洞窟の奥で鍛冶でもしていればいいものを、扇動されて、魔族狩りをライフワークにした馬鹿種族じゃないの。あら、そういえば? よくあの赤い魔族と一緒にいられるものね? 顔だけは好みだし、娼婦にでも使ってるの?」


 ドワーフが魔族狩りに明け暮れたのは事実だ。

 事情はある。

 だから、あいつと一緒にいるのは違和感があった――最初は。


 「……確かに、あいつは短気で考えの足りないバカだけど……」


 副隊長に、目を向けた。

 こくり、と力強く頷いたのを確認する。

 今更、迷いも無い。

 部隊全員の強い視線が、背中を支えた。


 「おまえなんかとは、比べられないくらい――いいやつ」


 手早く、矢を放つ。

 予備動作は最小限に抑えたが、カルメルの前にキメラが飛び込んできて庇った。

 ぶすりと腹に矢が刺さったキメラが墜落する。


 「可哀そうにぃ、野蛮だわ? 意表を突こうだなんて」

 「簡単に命を盾にして、よく言う」

 「隊長!!」


 おっけー、準備、かんりょ!


 「――撤退する!」

 「了解です!! 皆、撤退! 陣形を保ったまま、お互いをカバーして!」


 部隊の皆は本当に手早く、素早く、無駄無く撤退を開始した。

 帰ったら、この子、親衛隊に推薦しよ。


 「あはぁ? 逃がす訳ないでしょお? この、糞どもが!」


 あ、切れた。

 怒りなんて、『狩り』には無駄でしかないのに。

 策を練るタイプの癖に、直情型。


 「んしょっと」


 牽制の矢を、立て続けに放つ。

 部隊を囲もうとするキメラを蹴散らしていく。

 それでも数で圧倒されている分、どうしても無理がある。

 じりじりと包囲されていく。


 「――お嬢様が3番隊、舐めないでください!」


 副隊長の得物は、棍だ。

 6尺前後の得物をしなやかに、身体の一部のように扱っている。

 刃は無いが、当たれば岩すら砕くし、刃こぼれしないというのも使い勝手の良い武器。

 彼女は次々とキメラに一撃を加えていく。

 速度、強さ、棍術の練度、どれも目を見張るレベル。

 彼女だけでなく、部隊の子は魔法、弓、剣、斧など、それぞれの得手でサポートし合う。

 頼りになる!

 これなら――


 「調子に乗らないでくださる? 錬金魔法、見せて差し上げますわぁ! ――異界の空よりつながりし秩序の門を、真理を持って砕かん。今ここに道理の雨を降らせん――――アローレイン!」

 「!?」


 ――この魔法!


 「散って!!」


 灰色に淀んだ輝きの槍が、空から降り注いだ。

 雨を、避けられるだろうか?

 そんな神業、シオンじゃないと、無理。


 「くぅっ」


 顔と頭をガードして、後は運に頼るしかなかった。

 肩に一発、食らった。

 痛みというより、叫びたくなるような灼熱を感じた。

 部隊の皆からも、うめき声が聞こえてくる。


 「……損害、は?」


 自分の肩は、見たくない。

 気が滅入るだけだし、後でいい。

 それより、近くにいるはずの副隊長から返事がないのは、どういう事?


 「ねえ――」


 振り向いて、喉が凍り付いた。

 運、という要素は、どうしたってある。

 副隊長の実力は、この部隊で1番と言っても良い。

 でも『たまたま』、『避けようの無い』攻撃が来て、近くの子を庇った結果――――胸を貫かれていた。


 「あはっ、あはははははははっ! その顔、イイわぁ! ようやく、楽しくなってきたじゃない? 芋虫みたいに這いずってるのがお似合いよ。さあ? キメラたち、達磨だるまにしてあげなさい。生きてるのは殺しちゃダメよ? 実験体にするんだから。あぁ、たのしみぃ……」


 悦に入った声を上げる変態は、どうでも良い。

 こちらを舐めて、ゆっくり歩いてくるキメラも。

 今は――


 「――私、私を庇って……あぁっ!」


 部隊の最年少の子が、副隊長を抱きかかえて真っ青になっていた。

 ……なる、ほど。

 本当に、ますたーの所の子達は……主従揃ってお人よし……

 集中する。

 昔から、集中力は誰よりも凄かった。

 戦闘に、状況判断に、今後の算段に集中して――

 キメラもカルメルも、性格が捻くれているので、一気に襲い掛かってこない。

 ………………


 「――班長、いる? 無事?」

 「は、はいっ! 無事であります!」


 隊の、次席の子。


 「損害は?」

 「……け、軽傷6名! じゅ、重傷1名、他4名、損害無し!」

 「ヒールを使える子は?」

 「わ、わたし、です!」


 副隊長を抱えた子が、震えながら声を絞り出していた。


 「息は……?」

 「あ、え――あっ! あります!!」


 動転して確かめてなかったのか、声が明るくなる。

 もっとも――そんな状況でもない。


 「全力でヒールをかけながら、森の中に下がって」

 「は、はい! 陣形、負傷者を守るように!」


 班長が再度号令、輪を狭めながら後退する。

 あの傷にヒール、大変だけど……救ってほしい。


 「相談は終わりぃ? そろそろ、餌の時間にしても良いかしらぁ?」


 口が頬を裂くほど、歪な笑み。

 弱者をいたぶるのが楽しくて楽しくて仕方ない、という顔。

 エルフはますたーをはじめ、美しい種族には違いない。

 でも、あれはダメ。

 壊れてる。

 どうすれば、人はあそこまで歪めるの。

 境遇?

 いや、自分だって――温かい布団で寝て、お腹いっぱいごはんを食べて、親の愛情を貰って育った訳じゃない。

 境遇に屈したのは、自分自身。

 歪に壊れるのも――人を殺すのも。


 「――昔、初めて矢を引いた時に、こう言った」


 皆に屈めと、合図する。

 負傷して痺れる肩で、矢をつがえる。


 「こっちが餌じゃない、おまえが餌だ――」


 矢を、設置した火鉱石に向かって放つ。

 あらかじめ用意しておいた、炎の矢で。


 「っ――!?」


 目も眩むような閃光を伴って、大爆発。

 爆破するには、こちらも近すぎる。

 爆風に飛ばされないように、岩が飛んでこないように祈りながら、身を低くした。

 自分は、こんな賭けみたいな事しか出来ない。

 無能だ。

 それでも、守りたい……どうにかして、守りたい!

 ラナ、皆を、守って――!


 「――――」


 続けて轟音。

 崖が崩れ始めた。

 大小の岩が、次々と落石し始める。


 「やった……!」

 「……いや」


 ――足りない。

 やはり火力が少なすぎた、この程度の落石では難なく復旧する。


 「……あ~あ、耳が痛いですわぁ。何をこそこそしているのかと思えば……あは? いかがです? 苦労が水の泡になった瞬間は?」


 言われるまでもなく、最悪。

 命を懸けて――ここにいる誰もが、覚悟はできているにしても――目的すら果たせない絶望は計り知れない。


 「ん――全力で、逃げるよ」


 その選択に敵味方関係なく、呆気にとられていた。


 「命あっての、物種なんで?」


 自分から、一目散に逃げだした。

 来た道を全力で駆け抜ける。

 隊長が率先して逃げる。

 面食らっていたが、部隊の皆も負傷者を抱えて撤退し始めた。


 「……アリスの仲間が全員優等生という訳でもありませんよねぇ? あは、屑はどちらでしょう? 軍の被害より、我が身可愛さですかぁ? 臆病者ですわ!」


 嘲笑が森に木霊した。

 必死に逃げる背中に、不信の視線が突き刺さる。

 仲間の為なら命など惜しくないのに、悔しい、そんな不満が伝わってくる。

 マスターの元、正道を歩む彼女たちには、その不義理が許せないのだ。


 「それは邪魔な感情……生きていける訳ない」


 プライドで人は助けられなかった。

 誇り高く生きても、お腹は膨れなかった。

 泣いている子供たちを笑顔にしてきたのは、汚れた仕事で得たお金だ。

 ……目的を達するのに、名声などいらない。


 「――ん、各自散開。ばらばらに陣地まで逃げて」

 「そ、それでは体力の無いものが……負傷者もおります!」

 「弱いものは、死ぬ。当たり前」

 「――た、隊長!」

 「問答してる暇、ない。足手纏いに巻き込まれて死ぬのは御免」

 「あ、あなたと言う人は……!」

 「じゃ、運が良かったら、また?」


 ざわりざわりと追ってくる気配を感じる。

 戸惑う部隊の皆を振り切って、深い森の中へと反転する。


 「し、信じられない!」


 怒りの声を無視して、部隊を置き去りにした。




 ◇■◇■◇


 暗闇に紛れて、気配を消す。

 カルメルもキメラも、部隊の皆も見渡せる場所で、射角を確保する。

 しょせん、私はスナイパー。

 ただの、人殺くずだ。


 「――」


 糸を張り詰めるように、息を吐く。

 誰にも見つからず、死角から急所へと、必中の矢にて死へと誘う。

 出来ることは、これだけ。


 「――」


 負傷者を抱え、足の遅い部隊の子に襲い掛かろうとしたキメラを死角から一射で葬った。

 生き物であれば、急所に一撃を受ければ終わりだ。

 まして、意識の外から食らう攻撃に対抗する手段など無い。


 「――」


 敵にも、味方にも気づかれないうちに、キメラをどんどん射抜いていく。

 そのうちに部隊の皆が見えなくなり、追っているキメラも居なくなった。

 キメラは――全て、こちらに向かってくる。

 暗殺者の存在に気づき、追うより先に始末しに来た。

 ターゲットを変えたのだ。

 それでいい。

 立ち上がり――立ち眩みを踏ん張って、移動を開始する。


 ――鈍色の魔法の矢が、足を貫いた。


 「っ! ……」


 すぐ近くの木に、身を隠す。

 止血帯を素早く巻いて、矢を引き抜く。


 「ぅぁっ……!」


 手持ちの血止め薬と薬草を塗り込んで、周囲を警戒する。


 「命中ですかしら? うふふ! まだ鈍っていないようですわ」

 「……スナイパーだったか」


 カルメルの声が、森のあちこちから反響して耳に届く。

 位置が特定できない。

 これは魔法の一種。

 今までの事から、こいつは魔法使いだと思ってた。

 油断……


 「知らなかったんですの? エルフは伝統的に弓と魔法で戦うのですよ? 夜目も、あなたより遥かに効きますものね」


 ……知らなかった。

 ますたーは魔法と体術で戦ってたし。

 お師匠も魔法と……武器使ってるの見たことないし。


 「力も体力も秀でているドワーフが弓で戦うなんて……悲しくなるほど臆病者ですわね」


 どこ?

 反響して特定できないが、矢は飛んでこない。

 だけど、回り込まれたら終わり。

 崖の下も騒がしい。

 囲まれるのも時間の問題。


 「無能と臆病者は嫌われますものね? あはは、あなた一人置いてけぼり。愉快ですわねぇ?」


 位置の特定と、先制。

 スナイパー同士の戦いは、この2点が重要。

 どちらも後手に回ったが、相手は遊んでるのか、腕が悪いのか、まだ生きている。

 ……今の所、だけど。

 あいつの性格に、かけるか。


 「……おまえこそ、本当にエルフらしい。人を妬んで、他者を嫌って、自分以外認めようとしない」


 マスターもお師匠も、その点で全く違っていた。


 「――やかましい」

 「ぐっ――」


 痛めていた左腕に、矢が突き刺さった。

 もう、使い物にならない――


 「移動する足を失って、矢を射る腕を失って、詰みですわね? 生意気なドワーフ風情が……楽には殺しませんわ」


 ――とらえた!

 2射目を脅しに使うなんて、笑える。


 「……命を奪い続けたおまえに、質問。自分の命は、どう使う?」


 サイラから貰った、トリックシューターを捨てる。

 代わりに、背負っていたもう一本の弓を手に取る。


 「別に? やりたいように生きるだけですわ? あなたもさっき言っていたではありませんか、弱いものは死ぬ、当たり前の話ですわ。私には関係ありません」

 「安心した」

 「研究も一区切り付きましたし、私としては今度こそアリスが欲しいのですけど」

 「渡さない」


 木の陰から、片足で跳び出した。


 「悪あがきですわねぇ」


 口で弦を引っ張る。

 とらえた相手は、崖の横。


 「うふふふっ! 野蛮野蛮! そんなのが、当たる訳がありませんわっ」


 引いた弦の間に、光の矢が生まれる。

 体中のエネルギーが吸い取られるーー魂でさえも。

 これが、切り札。

 サイラに無理を言って作ってもらった、ストライク・シューター。

 つがえる矢は――命そのもの。

 狙いを定める。

 案の定、キメラを盾にするカルメルに光の矢を放つ。

 キメラにも、カルメルにも当たらずに、矢は通り過ぎた。


 「どこを狙って――」


 喜々としたカルメルの真後ろで、大爆発が起こった。

 今度こそ崖が崩れ、大規模な土砂崩れが発生。

 次々に転がり落ちる大岩と土砂が、軍が通れる街道を塞いでいく。


 「……生意気な、ドワーフがぁ!」


 力尽きて崩れ落ちるこちらを、カルメルが転移を使ってまでひっつかみに来た。

 頭を掴み上げられる。


 「生かしておくのも忌々しいですわね……お前も土砂の中に放り込んでやります――いえ、お前らも、ですわ! 僥倖、道連れが出来たようですわっ」


 キメラが、誰かを咥えて戻ってきた。

 ヒールを使える最年少の子と、副隊長。

 生きてはいるが、2人とも気を失っている。

 そう、か……

 限界までヒールを……


 「もう、飽きました。さっさと一緒に逝きなさいな」


 足元に転移陣が生まれ――まさに土砂が崩れ落ちる真下の街道に転移していた。

 見上げると、頭上に巨大な大岩が降ってきていた。

 足元には、倒れる2人。

 ――こ、のっ!


 「――んあっ!!」


 感覚の無い傷付いた足と腕も使って、大岩を受け止めた。

 矢傷から、血が噴き出した。

 骨が軋む。

 血管が破裂した。


 「――んっ、ぐっ」


 受け止められたのが、奇跡。

 身動きすら取れない。


 「……ぁ、た、隊長……?」


 重症の副隊長が、目を開けた。


 「こ、これは……? 作戦は……成功、したんですね?」


 自分の置かれた状況も、作戦の状況も、副隊長はすぐに理解した。

 すぐに、気絶したままの最年少の子を、大岩の外に放り投げた。

 どこにそんな力があったのかと思う腕力。


 「――もう、保たない。あなたも、早く」


 えへへ、と副隊長が笑った。


 「実はもう、動けません、さっきの、火事場の馬鹿力です……」


 何を、呑気な――!


 「這いつくばってでも!」

 「本当に……動けないんです」


 ふんわり、笑った。

 この笑顔、知ってる――!

 神父様の笑顔が、思い浮かんだ。


 「……隊長。サポート役の私が不甲斐なくて、隊長をここまで追い込んで……申し訳ないです。えへへ、お嬢様に、怒られちゃいますね」


 やめて!


 「いいから、早く――!」


 地面に足がめり込んで行く。

 体中の骨が砕けるように、悲鳴を上げた。

 どうにか――どうする――!?

 何ができる!?


 「――!」


 右手には、ストライク・シューターを掴んだまま。


 ――どうせなくなる命、引き換えなら、行ける?


 サイラ……力を貸して。

 震える口で、弦を引く。

 ……岩を砕くだけじゃ、足りない。

 あいつはここで――私が、連れていく。

 力を振り絞る。

 命を振り絞る。

 大岩の、その先の景色も見通して、集中力は、人の領域を超す。

 マスターを、これ以上煩わせるな、屑エルフ。



 ――渾身の、一射。



 人生で、最高に研ぎ澄まされた一撃。

 家よりも大きな巨石を砕き抜き、土砂を突き破り、嘲笑を浮かべていたカルメルの眉間を――貫いた。


 「――――――――――――――?」


 その顔は、最後の最後まで他者を見下したまま、何が起こったのかも分からぬまま、歪な笑みを浮かべたままで、崩れ落ちた。


 「ざまぁ」


 砕いた岩の上から、次々と新たな土砂が降りかかる。

 ああ、これなら成功。

 竜なんて通れない。

 軍なんて通れない。

 その間に、戦線を押し上げられる。

 勝てる。

 ラナ、私は……

 最後の気力を振り絞り、副隊長を掴んで、土砂の範囲外に放り投げた。


 「た、隊長!!」


 後は、任せた。

 親指を力強く立てて、ウィンク。


 「ん、お腹、空いたなぁ……………………」


 瞬間、真っ暗な世界に飲み込まれた。

 轟音を裂いて、誰かの声が聞こえた気がした――――

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