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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
一章 異世界転生編

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探り合い

 とりあえず、値段を聞いてみたい。

 縋るように見つめてくる彼女―――イリアと言うらしい女の子の視線を無視しながら、無表情に務める。

 吹っかけられるのは御免だ。

 例え買えるお金が無いとしても。

 定価通りの売買が当たり前なんていうのは、日本に慣れ過ぎている。

 ここは異世界。

 さて……


 「なるほど、確かに彼女は綺麗です。ですが、些か覇気がないように見えますね?」

 「彼女は仕入れて一週間と経っていませんからな。現実を受け止めるのがまだ難しいのでしょう」


 本当につい最近のことじゃないか。


 「ですが、礼儀作法は教える前から身についております。町娘という訳ではありませんからな」


 さりげなく、価値を上げてきたか。


 「一週間、ということは、商会の方で何かを教える暇は無かった……つまり、彼女には付加価値が無い状態という認識で構いませんね?」


 俺も一直線に彼女を見せてくれと言ったのは失言だったが、絶対に彼女を買わなければならない訳ではない、というスタンスでいたい。

 少なくとも表面上は。


 「ふむ、そうなりますな」


 まるで動揺など無い。

 そりゃ当たり前か、こんな小娘が何を言っても経験が勝るわな。


 「私は冒険者として、連れ添いには女の方が良いと思っています。ですが、戦えないのでは困るのです。彼女に戦いの経験はあるのでしょうか?」


 無ければ無いで、俺以外のお客さんの需要は高そうだけどな。

 男のね?


 「なるほど、では彼女の素質を見て頂いた方が良いでしょうな」


 お?

 やけに自信満々な切り返しをしてくるじゃないか。

 いいだろう。

 見てやろうじゃないか。


 「よろしいのですか?」

 「構いません。お客様に納得してもらい、喜んで頂くことが、当商会の経営方針でございます、お嬢様。詐欺など働くのは3流以下のすることですれば」


 釘打ってくるな。

 眼帯の男に目で合図され、黒ずくめが彼女を俺の傍まで誘導した。

 そこで、素質のみのステータスを提示した。

 全部見せないのか。

 小出しですか。


 力1 体力3 守り5 敏捷1 知力0


 「こ、これは……」


 見た目と印象が違いすぎる!


 「如何でしょう? 能力の偏りは褒められたことではございませんが、お嬢様がお求めになるニーズは十全に満たしているかと存じます」


 馬鹿な。

 俺は思わず、彼女を注視した。


 「……よろしく、お願い致します。お嬢様」


 はにかんだ様に礼をする彼女は、ラズベリーの花が風に揺られながらも咲き誇るように逞しい。

 茎には棘が一杯なのに、白いお花はあまりにも清楚で可憐に咲いている。

 異世界、恐るべし。

 見た目と性能にギャップあり過ぎ。

 その華奢な身体のどこに、そんな溢れんばかりの逞しさが?


 「……そのようですね」


 彼女の礼に、軽く手を挙げて答えながら考える。

 彼女が居れば、シオンさんが居なくとも俺の盾となってくれるのでは?

 むしろ、盾、という意味で言えば彼女以上に適任が思いつかない程の能力だ。

 欲しい。

 いや、本当に欲しくなってきた。

 やっぱり、実物を見ると購買意欲がそそられるものだな。


 「戦いの経験は、無いのですね?」


 真横に居る彼女ではなく、あくまで眼帯の男に問いかける。

 軽く見られては困る。


 「ありませんな」


 ということは、見習いLV1か。


 「職業は?」

 「もちろん変更は可能ですが、今は槍士ですな」


 もちろん変更は可能なのか、そうなのか。


 「確認致しますか?」

 「結構です。あなたを信頼しています、ミスター」


 余裕をもって微笑んで見せる。

 俺の面の皮も厚くなったもんだ。

 シオンさんの前ではとても見せられないが、もしかして俺は外弁慶なのだろうか?


 (しかし、今のところ大した減点は無いな。むしろ加点気味か?)


 ……

 では、ちょっとこの辺りでカマをかけてみようかと思う。


 「なるほど、この方の価値が良く分かりました」


 真っ新だが、これ以上ない原石である。

 そういうことが。

 そして――


 「――この方は、エルフではありませんね?」


 眼帯の男の柔和な笑みが、更に深くなった。

 その質問が気に入ったと言わんばかりに。


 「さすがはお嬢様。やはり見かけだけでは惑わされませんな」

 「当然です」


 何が当然か。


 「エルフの奴隷は、希少でございます。多少の無理を押し通しても手に入れたく思いますが、今は持ち合わせがございませんな」


 俺はエルフじゃありませんよ?

 絶対にステータスは見せないが。

 だが、どうする……?

 危険だが、ここは押すか?

 ……

 よし。


 「……私は、エルフに少し伝手があります―――と、言えば興味を持って頂ける?」


 眼帯のみならず、黒ずくめの男の空気まで変わった。

 やばい、乱暴するなよ?

 俺はそれでも微笑を絶やさなかった。


 「……ただのお嬢様ではないと思っておりましたが、これは驚きました」


 眼帯の男は机に肘をついて両手を組んだ。


 「その話、本当ですかな?」

 「確約出来る、という程のものでもありませんが」

 「それは当然でしょう、エルフの事ですからな。しかし興味深い」


 う~ん。

 エルフとヒューマンに余計な火種を持ちこんだような。


 「そう言って下さると思っておりました。が、今日の所は一先ず彼女のお話を致しませんか?」


 何しろ俺に切れる札が、いきなり最後の一枚。

 切り札しかないからな、現状。

 そう、俺です。

 ステータス開示という自殺行為。


 「ふふ、これは参りましたな、お嬢様。少々見くびっておりました。このように楽しい商談は久しぶりです。お嬢様の見目麗しさも含めましてね」

 「ありがとうございます」


 目を伏せて、静かに微笑む。

 何故か隣に立つ彼女から、小さな感嘆の声が聞こえてきた。


 「では、ステータスの方を開示致しましょうか? 種族も含めて」

 「いえ、結構です。それは本契約の際に確認致しましょう」


 眼帯の男の提案をやんわり拒否する。

 真綿で首を絞めに来るのはやめてくれ。

 まだ具体的にどう手に入れたら良いのか、全然イメージ湧かないし。


 「そうですか、ではこれ以上勿体ぶっても仕方ありますまい。当商会が彼女に対して提示する金額は50万ルーク……と、言いたい所ですが」


 そこで言葉を区切って、眼帯の男は俺に笑みを見せてくる。


 「お嬢様が相手なのです。特別に40万ルークという所で如何ですかな?」

 「妥当な金額かと思います」


 高!


 「今日は元より見学のつもりでしたが、彼女はいつまでこちらに? 景品とも伺ったのですが?」


 ちらりと黒ずくめの男を見る。

 無表情かと思ったが、やたら目つきの悪い目でこっちを見ていた。

 いや、元々目つきが悪いから普段通りか?


 「王都のコロシアムで開催される闘技大会の景品に、彼女を使うつもりでしたが。何、代わりはあります。ここでお買い上げ頂いても、さして問題はありますまい」

 「なるほど、コロシアムに」


 それはまた血が舞いそうな。

 しかし、それならば―――


 「では、私がそれに出場して優勝しても彼女は手に入る、ということでしょうか?」

 「ふ、ははははは!」


 眼帯の男は堪えきれなくなったと、膝を叩きながら声を出して笑った。


 「ふ、失礼。全くその通りでございます、お嬢様。あなたは本当に面白い」

 「私に40万で売るよりも、コロシアムに景品として高く買い取って頂いた方が、ミスターにとっても利のある話でしょうしね」


 闘技大会で優勝か、それとも40万ルーク、どっちがまだ現実的なのかねぇ。

 余裕の笑みは崩さないままに、俺は席を立った。


 「ふふ、どちらにしても、私共は損だと思いませんな。お嬢様のような方と取引出来るなら」


 眼帯の男も席を立って、黒ずくめの男に俺をエスコートするように指示を出した。

 黒ずくめが入ってきた方のドアを開く。


 「一見の客とは名乗り合わぬのが商会の慣例ですが、敢えてお嬢様には名乗らせて頂きたい」


 そう言って、眼帯の男はまるで執事を思わせるように優雅に一礼した。


 「ベルトラン、と申します。以後お見知りおきを、お嬢様」

 「アリスです。有意義なお話が出来ました。また伺います、ベルトラン様」


 簡潔に応え、静かに礼をして出口に向かう。

 通り過ぎる間際に、一度だけ彼女と視線を合わせた。

 何故か彼女の頬が染まった。


 「……綺麗」


 ……聞こえなかったことにしよう。


 「あなたは私のものにします。もう決めました」


 それだけ小声で伝えた。

 通り過ぎると、背中に視線を感じた。


 「は、はい! よろしくお願い致します、アリスお嬢様!」


 あ~~。

 大見得切ったわぁ。

 途方に暮れるのは、これからなんだろうなぁ。

 という、俺の内心は、この場の誰も知る由は無いだろう。


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