探り合い
とりあえず、値段を聞いてみたい。
縋るように見つめてくる彼女―――イリアと言うらしい女の子の視線を無視しながら、無表情に務める。
吹っかけられるのは御免だ。
例え買えるお金が無いとしても。
定価通りの売買が当たり前なんていうのは、日本に慣れ過ぎている。
ここは異世界。
さて……
「なるほど、確かに彼女は綺麗です。ですが、些か覇気がないように見えますね?」
「彼女は仕入れて一週間と経っていませんからな。現実を受け止めるのがまだ難しいのでしょう」
本当につい最近のことじゃないか。
「ですが、礼儀作法は教える前から身についております。町娘という訳ではありませんからな」
さりげなく、価値を上げてきたか。
「一週間、ということは、商会の方で何かを教える暇は無かった……つまり、彼女には付加価値が無い状態という認識で構いませんね?」
俺も一直線に彼女を見せてくれと言ったのは失言だったが、絶対に彼女を買わなければならない訳ではない、というスタンスでいたい。
少なくとも表面上は。
「ふむ、そうなりますな」
まるで動揺など無い。
そりゃ当たり前か、こんな小娘が何を言っても経験が勝るわな。
「私は冒険者として、連れ添いには女の方が良いと思っています。ですが、戦えないのでは困るのです。彼女に戦いの経験はあるのでしょうか?」
無ければ無いで、俺以外のお客さんの需要は高そうだけどな。
男のね?
「なるほど、では彼女の素質を見て頂いた方が良いでしょうな」
お?
やけに自信満々な切り返しをしてくるじゃないか。
いいだろう。
見てやろうじゃないか。
「よろしいのですか?」
「構いません。お客様に納得してもらい、喜んで頂くことが、当商会の経営方針でございます、お嬢様。詐欺など働くのは3流以下のすることですれば」
釘打ってくるな。
眼帯の男に目で合図され、黒ずくめが彼女を俺の傍まで誘導した。
そこで、素質のみのステータスを提示した。
全部見せないのか。
小出しですか。
力1 体力3 守り5 敏捷1 知力0
「こ、これは……」
見た目と印象が違いすぎる!
「如何でしょう? 能力の偏りは褒められたことではございませんが、お嬢様がお求めになるニーズは十全に満たしているかと存じます」
馬鹿な。
俺は思わず、彼女を注視した。
「……よろしく、お願い致します。お嬢様」
はにかんだ様に礼をする彼女は、ラズベリーの花が風に揺られながらも咲き誇るように逞しい。
茎には棘が一杯なのに、白いお花はあまりにも清楚で可憐に咲いている。
異世界、恐るべし。
見た目と性能にギャップあり過ぎ。
その華奢な身体のどこに、そんな溢れんばかりの逞しさが?
「……そのようですね」
彼女の礼に、軽く手を挙げて答えながら考える。
彼女が居れば、シオンさんが居なくとも俺の盾となってくれるのでは?
むしろ、盾、という意味で言えば彼女以上に適任が思いつかない程の能力だ。
欲しい。
いや、本当に欲しくなってきた。
やっぱり、実物を見ると購買意欲がそそられるものだな。
「戦いの経験は、無いのですね?」
真横に居る彼女ではなく、あくまで眼帯の男に問いかける。
軽く見られては困る。
「ありませんな」
ということは、見習いLV1か。
「職業は?」
「もちろん変更は可能ですが、今は槍士ですな」
もちろん変更は可能なのか、そうなのか。
「確認致しますか?」
「結構です。あなたを信頼しています、ミスター」
余裕をもって微笑んで見せる。
俺の面の皮も厚くなったもんだ。
シオンさんの前ではとても見せられないが、もしかして俺は外弁慶なのだろうか?
(しかし、今のところ大した減点は無いな。むしろ加点気味か?)
……
では、ちょっとこの辺りでカマをかけてみようかと思う。
「なるほど、この方の価値が良く分かりました」
真っ新だが、これ以上ない原石である。
そういうことが。
そして――
「――この方は、エルフではありませんね?」
眼帯の男の柔和な笑みが、更に深くなった。
その質問が気に入ったと言わんばかりに。
「さすがはお嬢様。やはり見かけだけでは惑わされませんな」
「当然です」
何が当然か。
「エルフの奴隷は、希少でございます。多少の無理を押し通しても手に入れたく思いますが、今は持ち合わせがございませんな」
俺はエルフじゃありませんよ?
絶対にステータスは見せないが。
だが、どうする……?
危険だが、ここは押すか?
……
よし。
「……私は、エルフに少し伝手があります―――と、言えば興味を持って頂ける?」
眼帯のみならず、黒ずくめの男の空気まで変わった。
やばい、乱暴するなよ?
俺はそれでも微笑を絶やさなかった。
「……ただのお嬢様ではないと思っておりましたが、これは驚きました」
眼帯の男は机に肘をついて両手を組んだ。
「その話、本当ですかな?」
「確約出来る、という程のものでもありませんが」
「それは当然でしょう、エルフの事ですからな。しかし興味深い」
う~ん。
エルフとヒューマンに余計な火種を持ちこんだような。
「そう言って下さると思っておりました。が、今日の所は一先ず彼女のお話を致しませんか?」
何しろ俺に切れる札が、いきなり最後の一枚。
切り札しかないからな、現状。
そう、俺です。
ステータス開示という自殺行為。
「ふふ、これは参りましたな、お嬢様。少々見くびっておりました。このように楽しい商談は久しぶりです。お嬢様の見目麗しさも含めましてね」
「ありがとうございます」
目を伏せて、静かに微笑む。
何故か隣に立つ彼女から、小さな感嘆の声が聞こえてきた。
「では、ステータスの方を開示致しましょうか? 種族も含めて」
「いえ、結構です。それは本契約の際に確認致しましょう」
眼帯の男の提案をやんわり拒否する。
真綿で首を絞めに来るのはやめてくれ。
まだ具体的にどう手に入れたら良いのか、全然イメージ湧かないし。
「そうですか、ではこれ以上勿体ぶっても仕方ありますまい。当商会が彼女に対して提示する金額は50万ルーク……と、言いたい所ですが」
そこで言葉を区切って、眼帯の男は俺に笑みを見せてくる。
「お嬢様が相手なのです。特別に40万ルークという所で如何ですかな?」
「妥当な金額かと思います」
高!
「今日は元より見学のつもりでしたが、彼女はいつまでこちらに? 景品とも伺ったのですが?」
ちらりと黒ずくめの男を見る。
無表情かと思ったが、やたら目つきの悪い目でこっちを見ていた。
いや、元々目つきが悪いから普段通りか?
「王都のコロシアムで開催される闘技大会の景品に、彼女を使うつもりでしたが。何、代わりはあります。ここでお買い上げ頂いても、さして問題はありますまい」
「なるほど、コロシアムに」
それはまた血が舞いそうな。
しかし、それならば―――
「では、私がそれに出場して優勝しても彼女は手に入る、ということでしょうか?」
「ふ、ははははは!」
眼帯の男は堪えきれなくなったと、膝を叩きながら声を出して笑った。
「ふ、失礼。全くその通りでございます、お嬢様。あなたは本当に面白い」
「私に40万で売るよりも、コロシアムに景品として高く買い取って頂いた方が、ミスターにとっても利のある話でしょうしね」
闘技大会で優勝か、それとも40万ルーク、どっちがまだ現実的なのかねぇ。
余裕の笑みは崩さないままに、俺は席を立った。
「ふふ、どちらにしても、私共は損だと思いませんな。お嬢様のような方と取引出来るなら」
眼帯の男も席を立って、黒ずくめの男に俺をエスコートするように指示を出した。
黒ずくめが入ってきた方のドアを開く。
「一見の客とは名乗り合わぬのが商会の慣例ですが、敢えてお嬢様には名乗らせて頂きたい」
そう言って、眼帯の男はまるで執事を思わせるように優雅に一礼した。
「ベルトラン、と申します。以後お見知りおきを、お嬢様」
「アリスです。有意義なお話が出来ました。また伺います、ベルトラン様」
簡潔に応え、静かに礼をして出口に向かう。
通り過ぎる間際に、一度だけ彼女と視線を合わせた。
何故か彼女の頬が染まった。
「……綺麗」
……聞こえなかったことにしよう。
「あなたは私のものにします。もう決めました」
それだけ小声で伝えた。
通り過ぎると、背中に視線を感じた。
「は、はい! よろしくお願い致します、アリスお嬢様!」
あ~~。
大見得切ったわぁ。
途方に暮れるのは、これからなんだろうなぁ。
という、俺の内心は、この場の誰も知る由は無いだろう。




