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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
間章

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135/170

番外編 if~いつかどこかの未来の中で

 午睡の誘惑に抗えず、屋敷の庭に立てた木陰のハンモックにて昼寝をしていた。

 一時の連続する騒動も過去のもので、今はその分穏やかな毎日を送っている。

 だからこそティルのように己に正直に惰眠を貪っても罰は当たるまい。


 「むにゃ~」

 「……あら」


 その惰眠を貪り始めて、小一時間という所だろうか?

 ふと目を覚ましてみると、一人で寝ていたはずのハンモックの中に愛くるしい赤髪のお姫様が俺に抱き着きついて収まっていた。

 こんなに幸せな事はないと言わんばかりのふやけた顔で、涎まで垂らしながら少女は眠りこけている。


 「ん~ダメだ、親馬鹿と罵るが良いです。ルミナちゃん、天使過ぎる……」


 思わず、ぎゅむぅっと抱きしめてみる。


 「んにゃぁ~」


 目を覚ます気配はないものの、頬を赤らめて小動物のように唸っている。

 かわいい……


 「あ~可愛いよルミナちゃん、世界一可愛いよ~」

 「かーさま~……」


 ほんとにまったく……この笑顔を見るだけで、今ここにある未来を勝ち取った自分を褒めてやりたくなる。

 アリスさん、大勝利じゃん。


 「――お~い、ルミナー! こらルミナー! どこに逃げたのー?」


 リンちゃんかな?

 稽古場として使っている広場の方から声がして、ルミナちゃんがビクゥ! と身体を震わせた。

 ぷるぷるとそれはもう盛大に、いくら寒くたってこんなにならないよ、というくらい。

 どうやらお目覚めらしい。


 「ん~?」


 額をくっつけて顔を覗き込んでみると、潤んだ瞳で嫌々していた。

 ふぅむ……稽古の時間だったのか……

 ルミナちゃんは見る見る蒼い顔をして、終いには祈るように手を合わせて固く目を閉じてしまった。

 相当嫌らしい。

 まあリンちゃんの稽古は妥協が無いからね~。

 我が家のストイックランキングではお姉ちゃんを超えてリンちゃんが一位を取っているよね、今現在。

 あ~、悩ましいなぁ。

 我が子を守る為甘やかしてしまおうか、それとも愛ゆえに突き放してしまおうか……


 「お~い、ルミナ~! 出てこないと後が酷いよ~? 魔法無しで敷地100周だよ~?」


 魔法無し100周……俺も嫌だ。

 腕の中では人間はこんなに震えるのかと思えるほど、赤髪のお姫様は振動していた。

 あ~、これは胸に響くわ……物理的にも。

 我が子のこんな様子を見て、それでも谷に落とす強靭な心は持ち合わせてないんだよね。


 「仕方なし、甘えん坊め~」


 うりりっと鼻先を突いてやってから、ルミナちゃんを抱きしめてハンモックから軽快に飛び降りた。

 磁石みたいにへばりついている我が子を抱いて、リンちゃんの声のする方へ歩いていく。


 「リンちゃ~ん」


 庭先をうろうろしていたリンちゃんがこちらに気付いた。

 成長したリンちゃんはすらりと長い手足の割に、背は小さめで凹凸も少なめの体形だ。

 それは黒髪黒目のアシタカ王国の特徴をよく表しており、逆にそれが王国特産でもある愛用している丈の短いスカート形状の着物に合っている。

 簡単に言うと、特徴的なとっても美少女さんになっている。

 

 「あ、でし――とルミナ!」


 ルミナちゃんが一際大きく震えた。


 「ふふ、大丈夫。かーさまに任せておきなさい、ルミナちゃん」


 走って来るリンちゃんには聞こえないように、小声で我が子を安心させてやる。

 ルミナちゃんはほっとして、はにかんだ笑顔を向けてくれる。


 「……にへへ」


 かわっ!


 「でし?」

 「あ、ああ、はい」


 いつの間にかリンちゃんが目の前に来て不思議そうに俺を見上げていた。

 ごめん、トリップしてた。

 我が子の可愛さに。


 「こほん……ごめんね、ルミナちゃんちょっと体調悪いみたい。今日は稽古無し。もちろん罰の外周も無しでお願いしますよ、せんせ?」


 「体調、悪いの?」


 俺の胸に全力でくっついて顔を隠すルミナちゃんの横顔を、リンちゃんはじ~っと眺めている。

 別に呆れた顔も失望した顔も浮かべずに、リンちゃんはふぅむと頷いた。


 「うん、ま、そういう事なら。ルミナは成長期だし。トレーニングも大事だけど、ゆっくり休養するのも大事だから」


 さっすがリンちゃん、ウィンクを送ってみると、可愛らしいウィンクが返ってきた。

 実際俺は相手が辛そうと思う時に、もうひと押しという負荷のかけ方が苦手だ。

 自分なりに頑張っている相手を見ると、それだけで胸が詰まって頭なでなでしてあげたくなる。

 自分が扱かれるのは大丈夫なんだけどね~。

 そういう意味では、ティルはよく俺をボロぞうきんのように絞ってくれたものだ。

 そのおかげの今であるとも言える。


 「じゃあ今日は、でしがボクに稽古つけてよ!」

 「リンちゃんはもう十分強いでしょ」

 「だってまだ全然でしに敵わないもん」

 「まだ最強の看板下ろす気もありませんしね」

 「うんうんっ、でしが負けた所、見たことないよ」


 リンちゃんはアイドルでも見るかのようにキラキラした目で俺を見る。

 こそばゆいなぁ。


 「ふふ、実は負けない事が強さの秘密の一端でもあるんですよ?」

 「それ変! 強いから負けないんでしょ?」

 「まぁ、そこは色々とあるんですよ」


 そういう誓約ですから。

 言葉遊びかと思われているのか、リンちゃんは頬を膨らませた。


 「ふふ、リンちゃんは別に最強の魔法使いになりたい訳じゃないんでしょう? 気にしない気にしない」

 「ま~そうだけどね。ルミナにはでしの後を継いでほしいと思う親心だよ」


 親を目の前にして親心とは。

 姉にしなさい。


 「でもルミナちゃんは今でも十分に天才ですから、えへん」


 これは本気で。


 「だからこそ勿体ないと思う事が多々あるんだけどなぁ」


 笑ってしまう。

 言いたいことは分かるよ。

 俺からすれば、ルミナちゃんはただ健やかに笑顔でいてくれれば十分と思ってしまうんだ。

 ごめんね、リンちゃん。


 「ふふ、ありがと。今日の所は、羽を伸ばしに私たちは行くね?」

 「うん、じゃあシオンの遺跡探索に付いていくよ」

 「今日は冒険の日でしたか、リンちゃん、お姉ちゃんをお願いね」

 「まっかせて!」


 相変わらず元気よく、リンちゃんは駆けて行った。

 や~、立派になっちゃってもう。

 親代わりとしては感無量だよ。

 今のリンちゃんは相当強いからね、心身共に。

 今タックル受けたら……気を失う自信はある!




 ◇■◇■◇


 そんな訳で、俺はルミナちゃんと手を繋ぎながら王都を歩いていた。

 変な話だが、一人ではなくルミナちゃんと一緒にいると住民の皆さんも温かい目でそっとしておいてくれるんだよ。

 微笑ましそうに眺められることはあるものの、わざわざ声をかけて止められたりはしない。

 「かーさま、この服かわいい!」とか、「かーさま、甘いの欲しい!」とか、「かーさま、だっこ!」とか、そのすべての要望に俺は応え続けている訳だが。

 いや、しかしこれは……


 「ダメに決まってるでしょ!」

 「すみませんでした……」


 一通り街を巡った後、エクレアの経営する喫茶店に入った所でお叱りを受けた。

 若かりし頃と違って(今でも十分若いけど)、メイドさんとは違った落ち着いた感じの喫茶店だ。

 オーナールームのソファに腰かけて水入らず、という所だったのだけど……

 一日の報告を終えると説教入りました!


 「あんたはルミナを甘やかしすぎる!」

 「いやだって……」

 「にへへ~、かーさま好き」


 だってこの笑顔に弱いんですよ……どうしようもないんですよ……


 「あ~もうっ! こっち来なさいルミナ!」

 「ふにゃ」


 首根っこを掴まれて、ルミナちゃんが猫のようにエクレアに釣り上げられた。

 エクレアはじと~っとした目をルミナちゃんに向けるも、当の本人は大好きなママの顔をぺたぺた触っていた。

 無邪気無邪気。


 「別に今日の事をとやかく言うつもりもないけどね……」


 ぺたぺた顔を触ってくるルミナちゃんを床に下ろして、跳ねていた髪をさりげなく直してやる。

 お母さんだな~、エクレア。


 「……でもね、ルミナ? シルヴィは今日も一日、分刻みのスケジュールで頑張ってたわよ? 才能なんて、努力の前には儚いもんなんだから、自覚しなさい」


 というちょっとした忠告に、ルミナちゃんは目を輝かせた。


 「ねーさまは凄い! でもルミナも世界一凄い~」


 何を隠そうこの子、ねーさまも大好きなのである。

 そして自分も大好きだ。

 いや凄い事だよ、このポジティブさ。

 誰にでも備わっているものじゃないよ?


 「うんうんシルヴィも凄い、ルミナちゃんも凄い」

 「頭痛くなるから、あんたはちょっと黙ってて……」


 今日もエクレアは大変そうだな~。


 「よ~っし、じゃあ見ててママ! 今からルミナが修行の成果を見せるから!」


 それは褒めて欲しいとソワソワしている子供そのもので、さすがの俺とエクレアも目を合わせて破顔した。


 「いいけど? 何を見せてくれるのかしら」


 ひらひらフリルのゴシックロリータのスカートをはためかせて、ルミナちゃんは気合を入れていた。


 「いっくよ~、魔眼、解放!」


 ………………え?


 俺もエクレアも、呆気にとられた。

 この子に魔眼がある事は知っている。

 それを十分制御できていることも知っている。

 本当に大したものだと二人で感心していた。

 でも、『使っている』所は見たことが無い。

 というか、使えるのか!?

 二人で愛娘の目を凝視した。

 俺とそっくりの琥珀の瞳から、右目だけが銀色に変わる。


 「ちょっ!? あんた大丈夫なの!!」


 散々魔眼に苦労させられた保持者でもあるエクレアが血相を変えた。

 まさか修行の成果とやらで魔眼を見せられるとは思いもしなかったのだろう。

 子供のやることは、いつだって斜め上だなぁ……


 「大丈夫大丈夫、よゆ~だよ、ママ!」

 「よ、余裕……?」


 エクレアさん、戦慄する。

 あ~、うん、エクレア。

 多分、この子努力とか積み重ねとか……そういう次元の才能じゃないんだよ。

 本物だ……

 ゼロから何かを生み出すような、そういうやつ。


 「んにゅ~、えっと~……かーさま、『頭を撫でて!』なの!」


 ……っ!?

 感心していると、ルミナちゃんにそんな声をかけられた。

 しかも言われた通り、俺の意思とは関係なしに、身体が勝手にソファから立ち上がった。

 ふらふらと酔っ払いにようにルミナちゃんに近づいて――


 「なでなで」

 「にへへ~」


 可愛い……


 「ど~お、ママ!?」

 「何がよ!?」


 エクレアさん、激昂する。


 「え~ルミナ、魔眼使ったんだよぉ?」


 ぶぅっとルミナちゃんが頬を膨らませる。

 そのルミナちゃんを後ろから抱きしめて、俺も「そーだそーだ」と声援を送ったが、眼光だけで刺されそうな気配だったので口を閉じた。


 「あまりにもいつもの光景過ぎて、まったく何が起こったのか分かんないわよっ」


 ……確かに!

 いやしかし……俺はルミナちゃんに頭を撫でて欲しいと言われれば、世界の裏側に行ってでもなでなでする気概はあるが、それでも今のは何か変だったな……


 「じゃあじゃあ、もう一回やる?」

 「もう一回って、だから一体何をしようとしてんのよ、あんたは……」

 「え~、だから、ルミナの魔眼はね? お願いすると、なんでもいう事聞いてくれるんだよ?」


 もう一度、エクレアと顔を見合わせる。

 言う事を聞かせる……?


 「エクレア、知ってますか?」

 「……聞いた事あるかも……言霊ことだまの魔眼……だったかしら?」


 今一つ信憑性が無いと首を傾げながら、エクレアは思案顔をした。


 「も~分かった! じゃあママにも試してあげるね!」

 「え、ええ。いいわよ?」


 流石に魔眼には俺以上に忌避感があるのか、エクレアは引きつった顔で頷いた。

 何かあればいつでも止められるよう、気配が臨戦態勢に移っている。


 「んっとね~――『かーさまとママがちゅうをする!』なのっ!」


 ――――っ!?

 衝撃。

 そして身体が勝手に――って!!


 「ちょ――! これ、本物……! 身体がっ」


 エクレアがソファから立ち上がって、俺の方に近づいてくる。

 俺も俺で身体が言う事を聞かず、両腕を広げてウェルカムな感じになっている。

 ――いやいやいやいやっ!


 「ちょ、待ってエクレア! こんな、ルミナちゃんの前でなんて――!」

 「そんなの分かってるわよ! 分かってるけど――身体がいう事効かないのよっ!」


 ギャーギャー言いながら、二人の距離が近づいていく。

 愛娘の期待が籠った熱いまなざしの前――などという訳の分からないシチュエーションに顔が熱くなる。

 こ、これは――天才か!

 ルミナちゃん、やっぱり天才か!

 ええい、俺も男だ!!


 「ルミナちゃん!」

 「なになにっ?」


 輝いた顔をするルミナちゃんに、俺はダンディな俳優のように(たぶん)ニヒルな笑顔を浮かべて囁いた。


 「――かーさまは、エクレアもルミナちゃんも大大だ~い好きですよ!!」


 意を決した俺は目の前で真っ赤になっていたエクレアの頬を両手で思いっきり掴んだ。


 「ちょぉ――! んむぅ~~~~~~っ!??」


 目を白黒させているエクレアに、割と熱っつい感じの一撃をお見舞いした。


 「わぁ~~~~! にへへ!」


 と、歓声をあげつつご満悦な我が子の前でですよ。

 まったく……子の心親知らずよのう。

 侮っておったわ、我が子よ。

 しみじみ思っていると――


 「~~~~長いのよっ!?」


 と、愛する片翼から照れ隠しのキツイお灸を据えられました。

 ぐすん……




 ◇■◇■◇


 「……で、何をしておるのじゃ、アリスよ?」


 二つの月が輝くような満月の夜。

 屋敷の屋根の上で毛布にくるまっていたら、一升瓶を片手に上ってきたティルが隣に座った。

 なお、ゴミを見るような目である。


 「えっと……追い出されました」

 「変わらん奴よのう」


 呆れてますね? そうですね?


 「くふ、ならば一杯付き合え? ちょうど良いであろう。月見酒と洒落こもうではないか」

 「お酒ですか~、何故かイリアに飲むなと止められているんですよね」

 「子供か、お主は……」


 まったく成長が見られない、という目で師匠は半眼になった。

 しまった、これルミナちゃんより評価低い!


 「むむ……じゃあちょっとだけ……グラスはあるんですか?」

 「ほれ」


 無造作に投げてよこしたグラスを、慌てて受け止めた。

 無遠慮、容赦なし、鬼。


 「――あいたっ! なぜチョップ?」

 「心に従ったまでよ」


 ……エスパーか。

 涙目で頭をさすっていると、片手に持ったグラスにティルがお酒を注いできた。


 「わわっと」


 慌てているうちに、ティルは自分の分は手酌で注いでしまう。


 「も~、それくらい注がせて下さいよ」

 「くふ、100年早いわ」


 言いながら、ティルはグラスをちびちびと傾けた。

 何をするでもなく、月を眺めながら。


 「知らなったです。ティルってばこんな風に晩酌してたんですか?」

 「いつもではないがの、今宵のように雅な夜空だとグラスを傾けたくなる」


 俺も両手でグラスを持って、おっかなびっくり口を付けた。


 「~~! つ~んとくるっ!」

 「くふふ、辛口だからのう?」


 楽しげに笑って、ティルはグラスを傾けていく。

 あっという間に空になったグラスに、今度はお酌をさせて貰えた。

 100年経ったらしい。

 ん~~?

 な~んとなく、ご機嫌だなぁティルってば。


 「どうかしたんですか?」


 お酒の力?


 「いいや、何も無いよ」

 「そうですか……」


 とは言うものの、ティルはいつになく穏やかな顔で静かにグラスを傾けていく。

 別に何を話す訳でもなく、俺たちは月を見ながらお酒を空けていった。

 頭がくらくらして、時間の感覚が分からなくなった頃、気づけば毛布にくるまって俺はティルの膝に頭を預けて横になっていた。


 「あ……ティル……ごめんなさい……むにゃ」

 「良いよ。眠れば良い」

 「でも……」

 「妾は今宵は眠らぬから、気にするな。明日の日中に思う存分寝るからのう」

 「相変わらず……な……生活……注意、してください……んにゃ……」

 「くふ、相変わらず、口うるさい奴」


 笑いながら、頭を撫でられる。

 ああ……気持ち良い。

 ルミナちゃんが頭撫でられたい気持ち分かるなぁ……

 大好きな人にこうされるのは、格別だよぉ……


 「礼を言うぞ、アリスよ……」


 夢現にティルに感謝をされながら、穏やかな毎日の中の1日は、こうして幕を閉じた。

 ティルの体温はぽかぽかと心まで温めてくれて、月の光は幻想的に俺たちを包んでくれていた――

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