ただ一枚の楯として
名前:アリス・エインシャウラ
種族:ハーフエルフ
年齢:15歳
性別:女
職業:アルカナ
LV:1
スキル
・詠唱短縮(特)
・ダブルキャスト
・潜在能力
・ルナリアの加護
自らのステータスを確認して、海のように深いため息が出た。
「つまるところ、最強だから受け継がれる訳ではなくて、受け継いだ者がその威を示し続けてきたということですね」
でないと、今の俺には過ぎた名だ。
久しぶりに屋敷の庭に出ると、しょげていた天気も笑顔を見せ始めていた。
光の眩しさを再確認させられて、目を細めた。
心は痛い。
ズタズタだ。
そう簡単に忘れられるものじゃない、当たり前だ。
どうしようもなく大好きだった人が居なくなって、そう簡単に立ち直れるほど割り切れる性格じゃない。
ただ俺の周りには大勢の大切な人が居て、同じように悲しんでいて、それでも励ましてくれているから。
弱いなりにも、例え空元気でも、前を向かないと男が廃るというものである。
「アリス」
「あ、お姉ちゃん」
明後日の方に視線を向けながら、我が最愛の姉はどうにも言葉が出てこないと頭を撫でながら近づいて来た。
たくましくも不器用で、ひだまりのように安らげる姉の姿は無条件に心の琴線に触れて来る。
安心し過ぎて、少しだけ目尻が濡れてしまった。
「……アリス・エインシャウラ、元気を取り戻しました!」
にわか敬礼で空元気を出してみる。
シオンさんは恰好を付けるなと言わんばかりに、指でおでこを突っついてきた。
それから目尻を軽く指で撫でてくれた。
自分でもふにゃりと頬が緩んだのが分かる。
「エインシャウラか……継いだんだね」
「はい、私さいきょーです。誰にも負けません、お姉ちゃんにもですよ?」
頬を撫でていたシオンさんの手をえいやと捕まえて、どや顔をしてみせた。
「ふふ、あんたなら出来るよ。だって、あのエルフのおチビちゃんがそう思って託したんだ。自信を持つといい」
捕まえたシオンさんの手は俺と違った剣士の手。
最前線で道を切り開いて来た前衛の証だ。
そしてティルも守りの氷魔法を使って、いつも矢面に立ってきた人だ。
大好きな人たちのそういう勇気と献身が愛しい……でも。
「……お姉ちゃんは、無理をし過ぎちゃイヤですよ」
やはり少し心が弱くなっているようで、そんな本音が出てしまう。
皆の事が好きすぎて、逆に怖くなる。
「ばーか。あたしの心配なんて100年早いよ」
ぎゅうっっと、シオンさんは捕まえた手に力を込めてきた。
「いや、お姉ちゃんは100年も生きないんじゃ――あいたたっ!」
潰れる潰れる!
俺、華奢なんですからっ!
「まーね? あたし達は、普通それだけ生きられれば十分と思うのさ。あんたも含めて、他種族は永く生きるから実感が湧かないんだろうけど……」
シオンさんは言葉を区切って、雲間から刺す光を眩しそうに眺めた。
手の力も緩められたので、お返しにちょっと抓ったりしてみた。
しかし他愛の無い反撃は、もう一度力を込められそうになった為あっさりと諦めた。
ごめんなさいした。
「あのおチビちゃんは、満足していたと思うよ。勝手に気持ちを代弁するようで後ろ髪引かれるけどさ」
「そうだと……良いんですが、本当に……」
「なあ、アリス? ……最期看取った時、どうだった?」
ズキンと、まるで現実の痛みを伴うかのように心が悲鳴を上げた。
シオンさんの手を強く握りながら、思い出してみる……
「……」
……笑って、いた気がする。
昨日見た夢の中でも……ティルは……
考え込む俺の頭を、シオンさんはわしゃわしゃと雑に撫でてくる。
「……わわっ、も~! 枝毛出ちゃったらどうするんですか!」
「アリスは几帳面すぎるから、そのくらいの方がファン増えるんじゃないの?」
「い~り~ま~せ~ん~」
ファンって何だ、男のか……?
唇を突き出していると、シオンさんが苦笑した。
それから真剣な顔になって、俺の顔を覗き込んできた。
「何を為したかで、人生の満足度は変わってくる。あの人は己の信じる氷の魔法で、目に映る多くの人を救ってきただろ? ――あんたを、無事にこうやって生かしてくれただろう? 決して空虚だった訳でも、不甲斐なかった訳でもない。上等な人生だったと、あたしは思う」
何を為したか……
俺は、ティルともっとずっと一緒に居たかった。
でもそれはそれで甘えなのかもしれない。
ティルが最期に、無念な思いではなくて、少しでも晴れやかな思いで逝けたのなら……
俺に何かを託せると思ってくれたのなら。
「悲しくないって言ったら嘘ですけど……名を継いだ私は、そのティルの想いを無下にしちゃダメですよね」
「ああ、そうだね」
こつん、と甘えるように頭をシオンさんの肩に預けた。
シオンさんの方でも頭を傾けて、優しく合わせてきた。
「まだまだその実態は甘えん坊のお姫様だけどね」
「世界一の末っ子と呼んでください」
「はいはい」
あぁ、人の体温って本当に安心できるんだな。
悲しいは悲しい。
でも今ここにいる人たちの為にも、前は向かなくちゃいけないんだね。
ほんと……生きるって、戦いだよ……
◇■◇■◇
身支度を整えるために、部屋に戻った。
鏡台の前に座り、それなりの決心をする。
受け取った青色のリボンを手に取ってみると、改めてそれが相当高価なものだと分かる。
特殊な魔法繊維で編み込まれたリボンだ。
髪を少しいじる。
ハーフアップにして、そのリボンで後ろを止めた。
「……」
身に着けてみると、この魔法繊維の魔力が誰のものか良く分かった。
立ち上がり、部屋のカーテンを全て開けた。
眩しい程の光がバルコニーから差し込んだ。
「ん……」
その光に面食らったのか、俺のベッドから吐息が漏れた。
微笑ましくて頬が緩んだ。
実は丸一日、イリアが俺のベッドを占領している。
イリアこそ限界だったのだろう。
俺が目を覚ますや否や、倒れ込むようにベッドに突っ伏したのだ。
流石にそろそろ目を覚ましてほしいので、必殺朝ですよのカーテン空け攻撃だ。
目論見通り、のそのそとイリアがベッドから身を起こした。
「おじょう……さま……?」
寝ぼけているのか、それともちょっとしたイメチェンに面食らっているのか、イリアは俺のベッドの上で何度か目をしばたいた。
おぉ、珍しい光景だな……なんかイリア可愛い。
などと思いながら見つめ合っていると、見る見る顔を青ざめさせた彼女が慌ててベッドサイドに降りて直立不動で固まった。
「……この処罰は、如何様にでも」
笑うなぁ、この子の生真面目さ。
「良いですよ、本当は添寝したかったんですけど。ふふ、さすがに断りもなくは気の毒だったので、昨日はティルの部屋で寝てました」
「恐縮でございます……」
「気にしないで」
でも、と人差し指を立ててみる。
「罰として、イリアは今すぐ私と契約してもらいます」
「そ、それは……」
まだ頭も回っていないのか、戸惑っているように見える。
でも俺はもう一分一秒待てない。
「イリアは私の事、キライ?」
「お嬢様、それは卑怯でございます。わたくしがお嬢様を嫌いだなどと、何度生まれ変わっても、世界が崩壊したとしても、あり得ない事でございます」
こそばゆくて、照れる。
「ふふ、良かった。じゃあ私のパートナーになって?」
「お嬢様……」
「――言っておくけど、魔力不足とは言わせないよ?」
自分の魔力の『一部』を解放した。
軽いつむじ風が銀色の魔力によって引き起こされて、窓を鳴らした。
イリアも完全に目が覚めたのか、流される髪もそのままに大きく目を見開いている。
まぁ……俺の魔力は数値で言うと10を超えているからね。
これがティルの領域……
「こ、こんな……魔力が……あるのですか」
「あるところにはあるのです」
得意げに胸を反らすと、面食らっていたイリアがようやく可笑しそうに相好を崩した。
「とても『ある』ようには見えませんが? ふふ」
「……どこ見て言ってるんです?」
「どこでございましょう?」
も~、まったくこの子ってば。
「イリア、こちらに来なさい」
バルコニーに出るように促して、先に外に出た。
すぐに続いてイリアが出てきた。
金色の髪がキラキラと輝いている。
「ティルと同じ髪の色ですね。眩しいです」
「はい、気にしたこともなかったのですが、今はそれを誇らしく思います」
イリアも思い出すように目を細めて、自らの髪を抑えた。
「――さあ。イリア、私と契約してもらえますか?」
手を伸ばした俺の申し出に、イリアは首を横に振って跪いた。
「お嬢様、こちらの方からお願い致しますわ」
形式に拘るところもまた、イリアらしい。
「わたくしを、お嬢様を守る楯として、お傍に置かせて頂きたくお願い申し上げます。唯一無二の楯として、全ての痛みをこの身に引き受けたいのです。それがわたくしの願いです」
「許します」
間髪入れずに頷いた。
色々言いたいこともある。
でも彼女の決意は本物で、それを汲み取るのも主の務めだと思った。
「アリス・エインシャウラの名のもとに、神聖なる竜の血脈と契りを交わし、永久の刻を歩む事を誓わん。汝もそれを誓うか?」
恭しくイリアが頭を垂れた。
「誓います」
格式ばったやりとりの後、しっかりと魔力のパスを通した。
元々イリアと俺には少しパスが通っていた……らしい。
多分、村にいた時に俺がヒールの使い過ぎで瀕死になったあの時だ。
……あの時は逆に俺が魔力を譲られた感じだったけど。
しかし、本契約となると魔力消費の桁が違う。
あり得ないほどの魔力がイリアに奪われる。
「――――ああ! こんなっ! これが、お嬢様の魔力……凄ぃ……!!」
いつも冷静なイリアの顔が紅潮し、悶えるように自身の身体を両手で抱きしめている。
「こんなの……お嬢様から尚更離れられなくなります……っ」
イリアが荒い息を吐きながら、それでも自分に言い聞かせるように健気に首を横に振っている。
「まぁ、離れる必要はありませんから」
ようやくイリアも呼吸が収まってきた。
俺の魔力に満たされて、いくらかは陶酔している様子だが。
「あ、あの……お嬢様は大丈夫でしょうか?」
「ん? 半分くらいは今ので魔力持っていかれたみたいですけど、まだまだ余裕かな」
「この魔力消費で……半分……?」
さすがのイリアも呆気に取られている。
俺だってびっくりしてるんだから、仕方ない。
実力不足なら死ぬことすらあり得ると言われる竜契約を、軽々と果たして見せた。
それくらいはしないとね……
「イリア、あなたのご主人様が誰なのか、言ってみるといいです」
「……アリス・エインシャウラ様。当代最強の魔法使いでございます」
そう、だから俺は誰にも負けないよ。
重荷だなんて思わない。
見ててほしい、ティル。
あなたの育てた私こそが、歴代でも最強の魔法使いだと言われるように羽ばたいて見せるから。
「行きますよイリア、私たちの反撃はこれからなんですから」
「イエス、マイ、レディ」
いつものように、俺の歩く3歩後ろからイリアが付いてくる。
さあ行こう。
まずはウィルミントンを取り戻す――
六章 完
次章 継承者編




