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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
六章 竜契約編

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戦場の掟

 ――Side:???――


 「呆気ないのねぇ、この国はもっと強いのだと思っていたのだけど? ちょっと評価が過ぎたみたいだねぇ。あははっ」


 傍らの魔女が楽しそうに腹を抱えている。

 双子月に照らされて昼のように明るい夜が、更に太陽が落ちてきたかのような炎の渦に照らされている。


 「頃合いかねえ? 例え期待外れだとしても手を抜くのは主義じゃない。合図を送り、手筈通り侵攻するように伝えておあげ」


 伝令役にそう伝え、魔女は空高くから戦場を見下ろした。

 ここからでは戦術単位の状況など良く分からない、しかし大よその優位不利くらいは見て取れる。

 恐らく、ウィルミントンはもう数日で終わりだ。


 「あははっ、あの銀の閃光……頑張っているねぇ妹弟子ぃ」


 魔女は色っぽい声を出して、舌なめずりした。

 まるで想い人を想像して昂っているかのように。


 「強くなっている、想像以上にねぇ……あははっ! そろそろ独り立ちの時期かい? そういう時はさ、思い切って離れる必要があるね。お守りをしてくれている人からさ……!」


 魔女の目は血走っている。

 デザートは最後に食べる、そう決めてからずぅっと待ち焦がれた獲物を、ようやく刈り取る。

 よく我慢した、もう待てないと。

 その狂喜の表情が物語っている。


 「く、あははははっ! 誰にも渡さないよ、貴方の命は我のものだっ! あはははははははははっ」


 明るすぎる戦場の夜に、狂った笑い声が木霊する。

 それをかき消すような、冷たい風が吹いた。

 ふと見下ろすと、炎の渦に巻かれていた街が瞬く間に鎮火している。

 消火に伴い、地上の熱波が巻き上げられて髪を揺らされた。


 「……来た、きたキタ来た来たキタきたぁっ!!! あははははっ!」


 それでも魔女はわらう。


 「ははっ、さあ聖女様ぁ。異教徒に神の鉄槌を」


 この戦に快感を覚えているかのようなその声に、ただ私は頷くしかなかった――




 ◇■◇■◇


 ――ダメだキリがない!

 いくらなんでも俺の手に余る……!

 もう何匹目かのキメラを屠り、とうとう後ろに通してしまった。

 まだ避難も完了していないだろうに!


 『――お嬢様!』

 「イリアっ?」


 魔石から声に身を隠しながら答える。

 体力的にもキツくなってきた。


 『ご無事でしたか?』

 「まだまだ大丈夫だよ」

 『流石でございます、ですが悪い知らせです』

 「……どうしたの?」

 『サクラメントが宣戦布告、1両日中には東の国境に攻め込んでくる、との事です……』


 眩暈がした。

 いつだって何とかなる、と思って戦ってきた。

 しかし、これは……この戦いは?


 「マリアさんは!?」

 『マリア様は西の国境防衛線に出陣しております。東には近衛師団が出陣致しました。指揮官はバレンスタイン大佐。近衛師団を束ねるお方です』


 手は打ってある、と思いたいが……


 「皆の状況は? こっちはエイムも無事だよ」

 『お姉さまの隊は獅子奮迅の活躍です、遊撃にて地上部隊を釘付け、死傷者無し。わたくしの隊も今のところ避難誘導は順調です、民に目立った混乱はありません。皆さま、マリア様を信じているのでしょう。エクレア様は未だお目覚めになりません』


 フルーレティとの竜契約の反動がここまでだなんて……

 帰ってきてからエクレアは数日に渡って眠っている。

 ティルが言うには問題ない、とのことだけど。

 やはり今この時にイリアと契約は出来ない。


 「イリア、私は出来るだけ空の敵をエイムと減らします。制空権を取り戻して、反撃に出ないと――」

 『いいや、早う戻ってこい馬鹿弟子。今すぐ転職せぬか』


 ティル!?


 『そしてさっさと荷物をまとめて撤退せよ』

 「――っいやです! ウィルミントンが落ちるって言うんですか!?」

 『そう言っておる。幸い、あの聖騎士めは民の安全についてはよく考えておる。驚くほど速く撤退が完了するであろう。先に策を講じておったのであろうな、彼我の戦力差を見誤らず、それを受け入れて動ける……凡人では出来ぬ事よ』


 負ける前提でマリアさんは戦っているっていうのか?

 じゃあ、何のためにマリアさんは最前線に出陣したんだ?

 ただの――――時間稼ぎ!?


 「嫌です!! マリアさんを助けないと!!」

 『喚くな馬鹿弟子。お主が逃げて、やっとあの聖騎士も逃げられる。民が逃げれば撤退出来る。だがそれを為すまでは引かぬであろう。あやつはお主の手助けなど必要とは思っておらん。猫の手などいらぬであろうよ』


 聖騎士マリアンナ・ヒューストン。

 世界が注目する才色兼備の指揮官。

 物腰の柔らかい、クランの従姉。

 イリアとお姉ちゃんに戦いの助言もしていた実力者。

 この場にいる敵兵は、あくまで空から来た少数に過ぎない。

 俺たちは、それにこれだけ悪戦苦闘している。

 ならば、本隊を食い止めているマリアさん達は……?


 『……竜の小娘と契約すれば、相手にも一矢報いれるやもしれぬ。今宵はそのチャンス。それを逃すな。わざわざ狙ってこの月の満ちる日に来たのは、それを阻止する為とも考えられる。相手の思惑に乗るな、逆を取れ、嘲笑われるな、笑い返せ』


 ――っ!

 確かに、簡単にイリアとの契約のチャンスを後回しにしていいのか?

 本当に、次はあるのか?

 ……イリアの体調的にも、ここは悠長な事を言ってる場合じゃない。

 決断……しないと!


 「……イリア!」

 『――はい、お嬢様』


 一瞬の間の後、相手がイリアに切り替わった。


 「あなたと、契約する為に帰ります……!」

 『そ、それでは……っいえ、失礼しましたお嬢様、お待ちしております』


 それでは――この国は?

 イリアは、そう言いたかったのだろうか。


 「エイム! 一旦引きます」

 「ん、聞いてた。行ってきて。空の敵を叩ける者は少ない、自分は、引けない」


 ――くそっ!

 これは俺の判断ミスだ!

 初めの判断を間違えれば、修正するのに倍以上の時間がかかる……!

 でも今更ここで喚いても仕方ない!


 「頼みましたエイム! 出来ればお姉ちゃんと合流して、一人で戦わないように!」

 「らじゃ」


 ここは任された、そんな誇りをもって幾分ふんぞり返ったエイムが親指を立てた。

 後は急ぐだけ、最速で間違おくれいを取り戻す。

 雷を身体に込めて、全力で屋敷に飛んだ。


 「邪魔――しないで!!」


 纏わりついてくるキメラをライトニング・ブレイドでたたっ切る。

 なおも追いすがる敵を、地上からの援護射撃が串刺しにした。

 有り難い……!




 ◇■◇■◇


 俺が屋敷へと帰る頃、赤に染まっていた公都の空は燻った煙に囲まれながらも落ち着きを取り戻していた。

 これは間違いなく、ティルの氷魔法だ。

 あの広範囲の炎をすべて消し止めたんだ……!

 流石ティル!!


 「――戻りました!」


 空から屋敷の庭に着地する。

 もちろん屋敷の結界はフリーパスだ。

 どぼん、と水に浸かるように空間を通過する違和感。


 「お嬢様! よくぞご無事で……!」


 イリアがすぐに駆け付けて来ると同時に、周りにいたメイドさん達が敬礼してきた。

 見回してみると、負傷者の姿も少なくない。

 たちまち指揮所兼野戦病院に姿を変えている。

 ここは拠点だから、イリアの指揮で戦力のやりくりをしているんだろう。


 「街の避難の状況は?」

 「9割がた、完了しております」

 「そんなに?」


 早い、ティルの言う通りマリアさんが事前に手を尽くしたのだろう。

 残り1割……決して少なくない人数だけど。


 「出来るだけ避難誘導に手を尽くして下さい。私は今から転職します。その後イリア――」


 イリアの目を、正面から真っすぐに見つめた。

 エメラルドを散りばめたような綺麗な瞳が迷いに揺れていた。


 「あなたと契約します」

 「は、い……ですが、その……わたくしは、お嬢様の魔力を全て……」

 「エクレアみたいに、しばらく身動きできなくなるんでしょ?」

 「……恐らく」


 世界に絶望していた――出会った頃のイリアは、どこかそんな雰囲気を持っていた。

 他の事などどうでもいい、そんな風にも思っていたのかもしれない。

 でも今、迷いを見せているイリアを見ると、この子の本音の部分が良く分かる。

 助けられるだけ助けたい。

 それが正直な気持ちなんでしょう?


 「エクレアもすぐに倒れた訳じゃありません、私も1日くらいは気合で保たして見せます。その間にかっきり民を守って、大手を振るって王国に行きましょう」

 「……はいっ」


 メイドさん含めて、皆の士気は高い。

 かと言って戦局を見誤っている人間はいない。

 彼女たちは、今この国がどれほど危険な状況にあるのか痛いほど理解している。

 その証拠に活発に飛び交う声とは裏腹に、それぞれの表情は強張り凍り付いている。

 判断とか選択とか、そういうものは本当に難しい。

 いつだって最善を選びたいけど、そういう訳にはいかないのが人生で……

 ポケットから金剛石を取り出して、再び地面に設置する。


 「私の欲しい力は――」


 誰にともなく、宣言する。

 再び金剛石が輝きだして、魔法陣――ルーンを刻んていく。

 円を描き、五芒星をかたどり、青白い燐光が一面を照らす。


 「――ワガママを通せるだけの力」


 その力をもって、誰にも嗤わせない、誰も泣かせない。

 俺はそんな力が、そこまで我儘な力が欲しい。

 光が身体を包み、全身を焼いた。

 意識が消失するほどの痛み、それでも怯みはしない。

 この世界で生きていくと決めた時から、痛みも苦悩も何度も味わった。

 だからこれは、今後それをさせないという戒め。

 根源に至る為の炎。


 「――――」


 視界から世界が消えて、光を見た。

 何の為にこの世界に来たのか、大層な理由などなかった。

 だけど、今こんなにも叫びたいほどの想いに溢れている。


 「告げる――」


 遊び半分とか、仮初の自分とか、そんな事はもうどうでもいい。

 いま、こうして身体を限界まで動かす理由はただ一つ――


 ――だって、どうしようもなく、俺はこの世界に守りたい人たちができたから!!


 「――我が幻想をもって、至高の姿を成さん」


 ただ己の我儘をイメージして、幻想世界に挑戦状を叩き付ける。

 白い旋風が沸き起こる。

 幾重にも巻き起こる力の波動に、身体が軋む。

 雪のように舞い散る桜の花が、原初の風景として脳裏に浮かぶ。

 一際大きな青白い炎に焼かれて――


 「――」


 いつの間にか閉じていた瞼を開けた。

 至高への昇華は厳かに完了する。


 名前:アリス

 種族:ハーフエルフ

 年齢:15歳

 性別:女

 職業:アルカナ

 LV:1


 新スキル:潜在能力


 「おじょう……さま?」


 妙に落ち着いた気分でステータスを確認していると、見たこともないような驚いた顔をしたイリアと目が合った。


 「イリア、転職には成功したみたいです」

 「は、い……おめでとうございます。このような神秘、拝見できた事に感謝いたします」


 見ると、イリアを含めメイドさん達全員が片膝をついて畏まっていた。


 「いいの、無駄な事をしないで。今は手を休めている時ではありません」


 それでも俺に対する畏敬の念を隠そうともせず、彼女たちはしばらく動かなかった。

 ひと時の間、させるがままにしておく。


 「――う」


 眩暈がした。

 ダメだ、とてつもなく転職の負担は大きい。

 すぐに戦闘など以ての外だと身体が悲鳴を上げている。

 まして、更に負担のかかる竜契約も不可能だ。

 ただ、後回しにせずに転職できた事で、いつでもイリアと契約が可能になった。

 決して悪手ではない。


 「お嬢様!」


 イリアに支えられて、何とか倒れずに済んだ。


 「喉、乾いて……あれ?」


 見ると、俺が転職を始める前とかなり景色が変わっていた。

 メイドさん達の入れ替わりもあったようだし、何より双子月の位置がかなり違う。


 「まさか、時間……どれくらい経ったの!?」

 「はい、お嬢様が静かに瞑想され始めてから、頂いた懐中時計で見ると1時間程が立ちました」

 「な――」


 俺の体感時間では、一瞬の出来事だったぞ!?

 1時間?

 いや、受け入れるしかないか。


 「状況は……?」

 「はい、避難はほぼ完了。もはやこの都を動かぬ、という方以外の誘導は終えました」

 「そう……」


 思い入れが深く、死ぬならここで、そう考える人を強制的に動かすのは難しい。


 「――っ!」


 野戦病院と化している屋敷の庭の一角に、見知った顔を見つけた。

 イリアに支えてもらいながら、その場に足を運ぶ。

 彼はひどい怪我を負っていた。

 いや、怪我というのもおこがましい。

 この屋敷にはヒールを使えるメイドさん達も多い。

 その彼女たちをもってしても、『それ』を癒すのは不可能だと。


 「ジョン、さん?」


 俺が適当に名付けたあだ名。

 お城の門を守っていた、クランの事を尊敬していると言っていた兵士だ。


 「雷精さま……ご無事、で……」


 血が流れ過ぎている……

 もはやその視界に俺の姿を映しているのかすら怪しい。


 「自分は……守って……」

 「はい、分かっています」


 悔しかった。

 もう何も取りこぼさないと思った矢先に、俺は……


 「自分は……クランセスカ様も、マリアンナ様も……助けて……」

 「よくやってくれました、後はゆっくり休みなさい、バアルさん」

 「……」


 幾度か口を動かしながら、ジョン――バアルという名の兵士は息を引き取った。

 戦場では、どうしようもなくありふれた光景だ。

 だがそれに責任を感じない訳はない。

 力不足に唇を噛んで、血が滴り落ちた。


 「……撤退します、エクレアとフルーレティを馬車に。各自用意をして、この場を放棄して王国に向かいます。負傷者を優先的に、護衛も抜かりなく」

 「はっ!」


 小隊長をしているメイドさんに声をかけ、後を頼む。


 「お嬢様も、その身体では……エクレア様と同じ馬車に乗ってお早くお逃げください」

 「いえ、撤退戦が一番危ないです。私が――」

 「妾が殿しんがりを務めよう」


 何処からともなく、ティルがやってきた。

 恐らく先ほどまで戦場を駆けていたんだろう、髪が乱れている。

 それでも返り血一つ浴びていないティルには舌を巻くしかない。


 「不足か?」


 俺を試すような、子供の様で老獪な笑み。


 「いいえ、ティルで不足なら、誰がやっても不可能でしょう」

 「くふ、ならばふらふらしておらずに、馬車の中で寝ておれば良い」

 「……りょーかいです」


 すぐに、ティルは背を向けた。


 ――――!?


 「どうかしたか?」

 「い、いえ……」

 「ふん、可笑しな奴。では行くぞ。時間もない」


 氷を足場に空を駆けていくティルを見送りながら、言葉に出せなかった不思議なビジョンを振り払う。


 ――なに、今見えた光景は……?


 一抹の不安を抱えつつ、俺は馬車に向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば確かに契約の機会は次が無いですから、止めたのは大きなミスかも。。。
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