イリア
街に戻った後、昼から俺とシオンさんは別れた。
シオンさんの冒険者仲間がどうしても前衛が欲しいということで、引っ張られて行ったのだ。
シオンさんは後ろ髪引かれるような思いだったらしいが、最後は俺にギルド登録料だと1000ルークを渡して、仕事に出て行った。
「そう、お姉ちゃんは私のものではないのです。それが問題だ……」
いずれこの街から出て、世界を巡ってみたい。
しかし、シオンさんはこの街に家族もいれば、冒険者仲間もいる。
自惚れている訳ではないが、俺が頼み込めば一緒に来てくれる気もする。
でもそれは最後の手段としたい。
「う~~ん、とりあえず今はギルドに登録して、お金を貯めることから始めようかな」
今のところ借りが多すぎる。
受けた恩は返さねばなりません。
俺は大体の場所を教えて貰っていた、この街のギルドに足を運んでいた。
それほど大きい街ではないので、すぐに見つかった。
ギルド、リンナル支部と書いた看板が出ている。
相変わらず、字も読めるし、会話も通じる。
日本語変換、万能過ぎる。
と、考え事をしていたら、人にぶつかってしまった。
ちょうどギルドから出てきた人だ。
「あ! ごめんなさい――あっ」
ぶつかった人物を確認して、焦った。
目つき悪!
「……気にするな」
この人には関わらない。
俺はそう思って、もう一度頭を下げて通り過ぎようとした。
「おい」
声かけてくんな!
しぶしぶ足を止めて、振り返る。
「……何でしょう?」
「お前、エルフか?」
「違います」
「……そうか」
ハーフエルフだからという事ではなくて、俺は種族を口外するな、と家族に言われている。
人の忠告は聞くべきだ。
失敗から学ばないのは愚か者である。
男はそれだけ言って去ろうとしていたが、今度は俺があることに思い至った。
「あ、ちょっと待って!」
「何だ?」
面倒くさそうに、男が振り返る。
もうちょっと愛想を見せようよ?
「あなた、昨日の馬車の人でしょう?」
「そうだ」
まぁ、それだけ無愛想で頭から足元まで真っ黒な人、早々見間違えないけども。
「あの馬車に乗せられてた人は……その」
「奴隷だ」
言い淀んでいる俺に、あっさり告げてきた。
そうか、やっぱりそうか。
「しばらく、この街に居るんですか?」
「1週間は滞在すると聞いている、それがどうかしたか?」
1週間……
1週間で、50万ルークくらいの大金。
現実的じゃない……
「あの子は……もう誰かに買われたんですか?」
「いや、まだだ。王都まで行かなければ、買い手は付かん。あれは景品だからな」
景品?
こんな田舎で50万ルークを払える人がいないってことか?
「何だ、お前はあれが欲しいのか?」
奴隷。
全てにおいて、ご主人様を優先させる存在。
無理をさせるつもりはないが、例えば俺が今後どこに行って、何をしようが、ずっと付き従ってくれるのだ。
正直言って、ありがたい。
「……少し、考えてます」
「金はあるのか?」
「買えるほどには、ありません」
まるで持ってないなんて、馬鹿正直に言う必要はない。
無愛想な男は思案顔をして、しばらく口を閉ざしていた。
「まぁいい。それなら買う気になるように、一度実物と会ってみるがいい」
「え!?」
「この先の奴隷商会にあれの部屋を借りている。何かしら買う気があるなら、他の奴隷も見てみるがいい」
奴隷商会って単語がもうすでにキナ臭すぎる。
これ、俺一人で行って大丈夫か?
ミイラ取りがミイラになるんじゃないだろうな?
「……私はこれでも魔法使いです。おかしな事をしたら、覚悟してもらいますよ?」
「客にそんな無礼は働かない。商売は信用が大事だ。そこを軽んじれば、商会は成り立たない」
言ってることは最もだけど、やってることがキナ臭いからな。
「一度家に戻って、私がどこに行くか報告してからでいいですか?」
「もちろん、構わない。俺はしばらくギルドで時間をつぶしておく、その気があるなら戻ってこい」
シオンさん曰く、俺は50万ルークだからな。
本当はあんまり良くはないんだろうけど……気になるしな、あの子。
という訳で、一度おばさんに報告しに戻った。
心配されたのは言うに及ばないが、俺が思うよりも奴隷商会というのはまともに商売をしているらしい。
おばさんはそう言った。
いきなりおかしな事をするでも無さそうだ。
念のため、自分のステータスを確認しておく。
見習いが取れたのだ。
しっかり把握しておかないと。
早速、魔法欄とスキル欄に注目した。
スキル:選択可
攻撃魔法:サンダー(熟練度10) アシスト魔法:ヒール
やはり増えている。
項目にアシスト魔法が出ているから、今まで魔法とだけ書かれていた項目が攻撃魔法、と区別されている。
とりあえずは、スキル項目から調べてみる。
潜在能力、ダブルキャスト、詠唱短縮
なるほど、ここでようやく最初に設定した特殊能力が使える訳だ。
この中からまず一つ選ぶ。
とすれば、最初に選ぶのは考える余地もない気がした。
詠唱短縮
これしかないだろう。
潜在能力は大層な名前だが、どういうスキルか想像が付かない所が難点だ。
後で良い。
ダブルキャストは想像は付くが、今の俺に扱えるかというと、難しそうな気がする。
もう少し成長してからの方が、上手く使える気がする。
俺はスキルに、詠唱短縮を選んだ。
スキル:詠唱短縮(特)
特って何だ?
ただの詠唱短縮と、特は違うのか?
検証しようがないが。
とりあえず、魔法欄をチェックしてみる。
サンダー:詠唱なし クールタイム10秒 (熟練度10)
こ、これは……
詠唱、なし!?
ここまでのものなのか!?
今までの詠唱10秒だって、別にそれほど不便でも無かったぞ?
少なくとも、パーティを組んだ時は。
何か、一気に最強への道が開けてきた気がする……
アシスト魔法:ヒール 詠唱なし クールタイム20秒
アシスト魔法は選択出来ない。
多分、回復職なら色々あったんだと思う。
でも、ヒールか。
自己回復出来るようになるなら、これは素晴らしいことでは?
詠唱もないし。
まぁ、クールタイム20秒ってのが、重そうな制約だけど。
攻撃魔法と一緒に使ってたら、あっという間に倒れて戦いにならなそうだ。
とりあえずは、こんな所だろうか?
「でも、これなら何かあっても十分抵抗出来る」
魔法を発動したら、詠唱中は体が光るから誤魔化し様がないからな。
まさか、ノンタイムで魔法を撃ってくるとは思わないだろう。
思わない、よね?
これって、普通じゃない、よね?
準備を終えた俺は、男と合流して奴隷商会までやってきた。
規模も大きく、ギルドよりもむしろ立派な建物のような気もする。
儲かっているのかもしれない。
「ところであなたの名前、なんて言うんです?」
「……ソルトだ」
すみません、無言に耐え切れなくって、話を振りました。
このくらいしか聞くこと無かった。
「……」
「……」
名乗り返した方が良いんだろうか?
いや、礼儀だよね?
礼儀、大事。
「あの、私はアリスです」
「そうか」
「……」
「……」
会話ああああ!
会話繋げようとしようよ!!
お前それで商売やってるつもりなの!?
そんな横柄な態度で物が売れたら、商店街のおっちゃんやおばちゃんが暴動起こすぞ!
「……ソルトさんは、真っ黒なんですね。服まで」
「闇にまぎれて仕事が出来るからな」
「……そう、ですか」
何この聞かなきゃ良かったって答え?
あんた、何してる人!?
「……」
「……昨日みたいに、奴隷の方を見せびらかしながら移動するのって危なくないんですか?」
くじけない俺。
「盗賊に襲われることは、よくあるが?」
それがどうかしたのか?
という返事。
この黒ずくめ……どれだけ強いの?
「……ですよ、ね」
気まずさもピークに達した頃、俺は応接間に通されてソファを勧められた。
大人しく言う通りにする。
黒ずくめさんは、ソファに座るでもなく、奥の部屋に引っ込んで行った。
手持無沙汰なので、部屋を観察する。
絵画や壺などの調度品も置かれているし、分厚い絨毯も引かれていて、気後れしそうな部屋だ。
さすがは大金を扱う取引の場、といことだろうか。
「お待たせしました。これは可愛らしいお嬢様だ」
奥の部屋から、眼帯の男が出てきた。
醸し出す雰囲気がどこか違う。
俺はなるべく、何でもないような顔を装って礼だけ返した。
眼帯の男が向かいのソファに腰を下ろす。
「飲み物でも用意しましょう、紅茶でいいですかな?」
しまった、解毒魔法は覚えてない。
「いえ、結構です。本題に入りましょう」
睡眠薬入りでお兄さんたちに手籠めにされるのはゴメンです。
マジで……
「いいでしょう。ソルトから伺いましたが、奴隷を求めているとか?」
「ええ、私は冒険者です。付き従ってくれる奴隷が居れば、助かると思いまして」
「なるほど、戦闘奴隷ですか。冒険者なら、確かに必要でしょう」
必要なんだ?
言い方が悪いけど、使い捨て出来るから危ない事をさせるのにいいってことか?
「私が魔法使いなので、出来れば前衛を頼める方なら有難いのですが」
「ほう……? その若さで、魔法使い?」
眼帯の男はどこか感心したように、目を細めた。
え?
シオンさんたちがあまり驚かなかったから、普通かと思ってたけど……?
「失礼ですが……お嬢様は、エルフですかな?」
「違います」
何度目だ?
エルフが何だって言うんだ?
「ふむ……」
眼帯の男はどこか納得して無さそうな目を向けてくるが、すぐに表情を柔和なものに戻した。
「脱線しましたな。それでは、当商会でお嬢様にお勧め出来る奴隷を連れて来させましょう」
「その件ですが、今日私が見たいのは1人だけです」
「ほう?」
驚いた顔をするが、最初から黒ずくめに聞いているはずだ。
全く、大人は食えない。
何の意味があるのか良くわからない間の取り方をする。
まぁ、こっちが急ぎ過ぎなのかもしれないが。
「昨日馬車で連れて来られた方、あの方を見せて下さい」
「ふふ、さすがにお目が高い。良いでしょう、お待ちください」
眼帯の男は机の上に置いてあった手持ちのベルを鳴らして、合図を送った。
待つというほど待つ時間もなく、奥の扉が開かれる。
きっと用意していたんだろう。
「……失礼致します」
黒ずくめに促されて、部屋の中に彼女が入ってきた。
身長は俺と同じくらいだろうか?
近くで見ると、やはり綺麗だった。
顔は整いすぎているほどに整っている。
輝くようなセミロングの金髪はふわふわしている。
その碧眼はエメラルドのように深く澄んだ色だが、如何せん輝きがない。
全体的な覇気が足りない。
容姿だけ見れば、キャラクターメイキングという神の力を使った俺と変わらないくらいに思える。
まさか、転生失敗者だろうか?
俺と同じく、完璧なキャラクターメイキングをしたは良いが、おっさんと出会えなかった末路、という?
「お嬢様が、お前を見たいそうだ。ご挨拶しなさい」
「……!?」
部屋に入った瞬間から視線すら上げなかった彼女が物憂げに視線を上げて、俺を見た途端驚きを顔に出した。
「何をしている」
「し、失礼致しました! イリア、と申します。お嬢様」
スカートを摘まんで、優雅に挨拶をした。
昨日今日仕込まれた、という訳でもない育ちの良さが伺える。
「私を……買って頂けるのですか?」
どこか期待したような目で見られる。
気持ちは分かる。
そりゃ、俺だって逆の立場なら脂ぎったおっさんに買われるより、どれだけ嬉しく思うことか。
「考えています」
さて、どうしようか。




