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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
六章 竜契約編

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キメラ進軍

 夜風を切る音に交じり、非常警報の鐘の音が街中に響いていた。

 眼下にはまだ人の営みの白い光が溢れており、それは避難が完了していない事を明確に示している。

 そして西の空には既に双子月の穏やかな紫色を押し返す業火の赤が立ち上がっている。

 まるで月を飲み込もうとするほどの禍々しさだ。

 心臓がドキドキする。

 ここはもう――戦場なんだ。


 「ん、マスターの心臓の音、うるさい。緊張してる?」


 腰にしがみ付いたエイムが俺の胸に耳を押し付けながら軽口を叩いてくる。

 呑気そうな声には緊張感の欠片もない。

 まったくこの子は大したものだ。

 伊達に日の当たらない世界を生き抜いてきた訳じゃない。

 背の高い建物、ちょうど鐘の鳴る教会の塔に着地して――もう一度ジャンプする。


 「相変わらずの臆病者ですからね。怖いんです。やっぱり誤魔化せませんね」


 命のやり取りは怖い。

 でもそれが正常だと思う。

 これが息をするようにできるようになってはいけない。

 その時は、俺はもう俺じゃなくなってる。


 「……そう。でも……優しい音」


 戦場を前にビビってる俺を嗜めるでもなく、エイムは少し強く俺に抱き着いて来た。

 相変わらずエイムの小柄な身体に見合わぬ力……!


 「むぅぅ~~~っ!」


 息切れをしたっ。

 尖塔のあるレストランの屋根に着地して息を整える。


 「こらっ、窒息しますよ!」


 力強いんだからエイム!


 「さすがマスター、このまな板のような身体は伊達じゃないね」


 まな板……?

 エイムは何故か親指を立ててきた。

 眠そうな目で。


 「大丈夫、ちっぱいはステータスだから」

 「いえ、あの……」


 同意するにはさすがに体裁が悪過ぎた。

 いや自分で選んだ身体なんだけど……

 誤魔化すように難しい顔をしてから、何も言わずにもう一度ジャンプする。

 戦場はどんどん近づいてくるが、落ち着きは取り戻してきた。

 エイムは本当に試合巧者とでも言うべき戦士である。

 馬鹿げたやり取りで俺から必要以上の緊張を解いてくれた。


 「マスターは臆病じゃないよ。英雄になれる器」」

 「私の認識では英雄さんはロクな生き方ができないんですけど」

 「どんまい」

 「嫌だなぁ……」


 エイムの勘は当たるしねぇ。


 「それに……臆病者は自分の方」


 どうやらエイムの自己嫌悪も相当なものだ。

 事情が事情だし……それでも。


 「言ったでしょう? エイムは頼りになる私の弓兵です。世界一の、自慢の仲間です」

 「……告白? 結婚する?」

 「え……?」

 「ん、この戦いが終わったら――」

 「ちょっと待って、それは何かのフラグが立ってしまう!」


 これから戦いという時にもっとも言ってはならない何かだ。


 「ん……どうせ評価なんて、1人か2人にしてもらえば後はおまけ」


 そう言い切ったエイムの言葉に虚勢の色は伺えない。

 胸元に抱き着くエイムの顔を覗き込んでみると、眠たそうな、しかし鋭い眼光に射抜かれてこちらの心臓が跳ねた。

 何も言えずに口パクしていると、エイムは小さく笑った。

 なるほど、心配せずとも俺より遥かに――タフだ。


 「――ストップ」


 ――来たか。

 覚悟を決めて、適当な屋上のある建物に着地した。

 なるべく高い場所を取りたいが、尖塔のように足場の悪い場所はいただけない。

 さすがに足場くらい水平じゃないと狙い難いだろう。


 「目視確認……距離クリア、天候は穏やか、風は弱め……視界――クリア」


 俺から離れると、すぐにエイムは射撃体勢に入った。

 肩にかけていた弓、トリックシューターを泰然と構える。

 弓の道を志した者特有の『間』という空気に当てられて息を飲み込んだ。

 止まった空間の中でエイムだけが動き出したかのように、見る者を釘づけにする『動』。

 キリキリと、弦を引く音がする。

 俺には到底扱えないような大きな強弓を、俺よりも小柄な身体のエイムが苦も無く引き絞っている。


 「上に少し……左に微調整……」


 傍で見守っているこちらも息継ぎ出来ないくらいの集中力だ。

 そういえば、エイムの本気の狙撃を間近で見たことはなかった。

 目を凝らして前方を見る。

 夜目の効く俺は視界自体は悪くないが、如何せん遠すぎて標的がまるで分からない。

 少なくともこの距離で裸眼ではっきり捉えられる敵影は無い。

 西の炎に照らされた空に何かが飛んでいる……というのが辛うじて分かるくらいだ。


 「そんなに煌々と照らして……的だよ」


 しかしエイムにそれは当てはまらない。

 人の、街の、大気の嘆きが聞こえてきそうな炎を前に、静かな怒気を孕んだ声を落として――


 「――落ちろ」


 1射目――音よりも早く、大気を震わせたエイムの矢が放たれた。

 すぐに追いかける甲高い不気味な音――死の音が夜空を切り裂いていく。

 着弾までは少し間があった。


 「命中」


 努めて何気なく、エイムは結果を口にした。

 俺には見えないが、エイムが嘘を言う理由もない。

 感情を押し殺したかのような声でその事実を端的に報告してきた。


 「もう一度、確認します。その弦を引いているのは私です」

 「……大丈夫だよマスター。理由を付けて正当化するつもりはないから」


 エイムは躊躇なく2射目の準備に入った。

 事実はどうであれ、心を納得させる屁理屈というのも大事だと思う。

 ……俺レベルの精神力だとね。


 「……辛い事をさせていると分かっていて、それでもあなたには今、無理を貫いてもらいます」

 「ん……ますたー、強引。嫌いじゃないよ」


 すぐにエイムは強弓を引き、2射目を放つ。

 何も言わないが、たぶん命中しているのだろう。

 ここからどのくらい数を減らせるか……


 「もう気づかれた……反応早い」

 「この距離で!?」


 向こうは明るく、こちらは暗い。

 ならば見つかるはずもない距離だが……

 しかしエイムの言う通り、闇雲に遠距離からの炎の魔法や矢が飛んでくる。

 狙いはデタラメ、エイムと違って当たるべくもないが敵の練度は甘くないという事か。

 それにしてもこの炎の魔法……!


 「……火事になる! 対象のみを燃やすなんて芸当は、やっぱりエクレアレベルじゃないと無理なんだ!」


 魔法の制御が甘いんだ!

 エクレアは例え森でファイアを放っても火事になんてさせないからな。

 それに比べて、この建物に着弾した炎の魔法は業火となって街を燃え上がらせた。

 ……いや、狙って延焼させているのか!?

 これが戦争か……


 「サンダー!」


 雷を鞭のように具現化させて、建物の火災部分を削ぎ落した。

 俺の雷に質量は無いが、以前よりも遥かに研ぎ澄まされた雷のエネルギーが空気を膨張させ、圧力をかけることで物理的な打撃となる。


 「でも防戦なんて、この人数でやってられないです! エイム!」

 「らじゃ」


 言い終わる前にエイムは何射も、次から次へと射撃した。

 恐らく全て命中なのだろう。

 明るい空から何かが落ちている様子くらいは、俺にでも見える。


 「――っ! はじいた……硬い」


 呟いて、エイムは一度溜めた。

 大きく息を吸って引いた弦で、もう一度対象を射抜かんとする。

 が――


 「……何、あいつ」


 エイムの弓で落とせない『何か』がいるって事か。


 「向かってくるの?」

 「真っすぐ来てる」

 「分かりました、それは無視して。他の敵兵を」

 「了解」


 来るなら来い……俺が相手だ。

 目を凝らして、前方を注視する。

 豆粒のような点が、見る間に大きくなってくる。

 ――速い!

 あれは……キメラか!

 以前シオンさんと共に赴いたギルドの任務で見かけた。

 魔物にしても違和感のある、本来生物として『あり得ない』身体を持つ化け物。

 でも、あれは……聞きかじった知識に引っかかる風貌だ。

 ――サルの顔、タヌキの体、トラの手足、尾はヘビで、その上コウモリの羽が生えている。


 「……ぬえ


 あっちの世界の伝承に当てはまる――これは偶然か?

 重なる事が多すぎる。

 ……いや、今はそれより!


 「こい!」


 西から照らされる炎の明かりを遮る巨体が、俺たちの前に現れた。

 こちらをサルの顔で一睨みして、不気味な鳥――トラツグミ――の声で恫喝してくる。

 巨躯に似合わぬ線の細い寂し気な鳴き声に……正直鳥肌が立った。


 「……くっ、サンダー!」


 咄嗟に身体が動いてくれた。

 先制、直撃――しかし俺の雷を、ヌエは身体にまとった。


 「吸収されてる!?」


 そういえば、ヌエは雷獣なんて説もあるんだっけ!?


 「クェェーーー」

 「――!」


 背筋に怖気が走る鳴き声と共に、口から閃光が走った。

 もはや直感。

 身体は動かなかった。

 されど条件反射の如く、アイシクルガーデンを解放――ヌエの反撃をギリギリ防いだ。


 「んっ、この距離なら」


 エイムが至近からヌエの腹目がけて矢を放った。

 それを、残像さえ残さんとする速度でヘビの尾が横合いから噛み砕く。


 「化け物……!」


 普通とは違った生物を目の当たりにすると、本当に言葉通りの意味で不快感を受ける。

 自然から隔絶した存在。

 まさに禁忌の所業。

 これをやるのは科学――錬金術……リブラ。


 「……負けられません! エイム、あなたは他の敵を! こいつの相手は私がします!」

 「マスター、どうやって?」


 至近からのエイムの一射を受けなかったという事は、それなりの物理攻撃でこいつの身体は傷つけられると判断できる。


 「やりようは、あります!」


 いつだってな!

 やってみせるよ。

 俺の返事にエイムは小さく頷くと、ヌエから距離を取り始めた。

 それでいい。


 「――ライトニングフィールド!」


 こちらも結界を張って、相手の出方を把握する。

 今見た尻尾の速度は脅威だ、噛まれたら終わりだろう。

 油断せず、抜かりなく対峙せよ。

 ――思った矢先に尻尾が飛んできた。

 すんでの所で身体を逸らす。


 「――っ」


 これは……右側に――避けさせられた!

 気づいた時にはヌエのトラの手足の射程内。

 一歩だけ早くその意図に気づいた俺は、ジャンプして逃げようと試みた。

 しかし――


 「クエエエエェェ」

 「~~~!?」


 身体が金縛りみたいに動かない!

 この鳴き声……!

 なんて厄介!

 動けぬ俺に向かってトラの手が飛んでくる。

 鋭利な爪を見るに、俺の身体など刺し貫いてお釣りがくる。

 避けれない――ならば!

 ――軸を見極めろ。

 動作の軸を見極めて、雷を通した手で相手の動きと合わせる。

 雷を使って『動け』という信号を無理やり手足に通す。

 そしてここは俺のフィールド内。

 すべての動きを把握して、息を止め、添えるように相手の高速で振り下ろしてくる手に触れて――ズラす。


 「――!」


 今度ばかりはヌエの驚愕が伝わってくるようだ。

 打撃を『いなし』て、俺は危機を乗り越えた。

 そしてそれは即ち、反撃に直結する。

 俺の今いる場所は相手の懐!


 「――ライトニング・インパクト!」


 渾身の魔法衝撃を、ヌエのどてっ腹に叩き込む。

 ――手応え、あり!

 ヌエの巨体が吹っ飛んだ。

 屋上で戦っていたため、建物から放り出されて地面に真っ逆さまだ。

 次いで――轟音。

 仕留めたとは思っていないが、手傷は負わせた。

 ここは逃さない!

 動きが止まった所で見逃すほど、今の俺はもう甘くないつもりだ。

 間髪入れず飛び降りて、未だ立ち上がらぬヌエの口元に――くそ!

 止めを刺そうとしたところで、尻尾のヘビがこちらを邪魔して来た。

 思考が独立しているのか?

 厄介だな。

 壁を蹴って方向転換、ヘビの攻撃をやり過ごす。

 結局仕切り直し……離れた地面に着地して、待ちたくもない起き上がりを待って対峙する。

 直接的な魔法は効き目は薄く、インパクト系は潜り込んでゼロ距離到達が難しい。

 ヘビの尻尾にも対処しながら、金縛りの声をガードして……

 いや声のガードは割とどうしようもない。

 最後は来るものと思って歯を食いしばれば1秒は耐えられる――!

 肉を切らせて骨を断つ――男の子の理論ですよ、完璧!


 「行きますよ、ヌエ」


 こっちはヤマタノオロチまでぶっ叩いて来たんだ。

 最速で踏み込んだ。

 やはり、ヘビの尻尾が俺のスピードにも追い付いてくる。

 こうくねくねしていると受けるにも逸らすにも不向き。

 だから――


 「たたっ切る!」


 右手一閃。

 ヘビの尻尾が綺麗に千切れ飛んだ。


 必殺――ライトニング・ブレイド。


 魔法の雷を手から剣状に固定して物理の刃と化す。

 魔法を放出し続ける分、これは相当消費が激しい上に、制御も難しい。

 なので早々に決着とさせてもらう。


 「クエエエエェェ!」

 「~~~こん、の、ど根性!!」


 鳴き声に身体が凍り付いた所で、こちらも思いっきり声を奮い上げた。

 声を吐き出すって、身体を弛緩させるのに向いてるんだよ、なめんな~!

 かくして、今度こそ懐に飛び込んだ俺はそのまま物理のライトニング・ブレイドを突き立てて――勝利を掴んだ。

 ボロボロと、いつか見たキメラのように身体が崩れ落ちて、再び核というべき黒ずんだ宝石が残った。


 「……強い、ですね。こんなのが混じってたら、ウィルミントンの皆も大変でしょう」


 一息ついた所で、エイムからの呼び声が聞こえた。


 「エイム、こっちは無事です! 戦況はどうですか!?」


 声を上げながら、再び屋上にジャンプする。

 エイムは既に矢じりを使い切っているようだが、それより驚いた顔はそんな事を報告したい訳でもないだろう。


 「どうしましたか、エイム? 空の敵は減らせましたか?」


 エイムは覚悟を決めたような顔で、ゆっくりと手を西の空に向けた。


 「空の通常兵は、かなり減らせたと思う」

 「そうですか」


 その深刻な空気から、俺も続きがある事は心していた。


 「でも――100以上、今のと同じようなキメラが……来た」


 その言葉の大きさは、たった今激闘を制した俺の心にどす黒く絡まってきた。


 「あれが……100?」


 エイムはそれを更に否定するように、大きく、ゆっくりと首を振った。


 「――最低、100以上」


 竜の月28日。

 ウィルミントン公国史上、最悪の防衛線が始まろうとしていた。

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