色恋
雷というものを久しぶりに見た気がする。
もちろん俺の魔法じゃない、本物の自然の雷だ。
屋敷の窓を打つ雨鉄砲は意外に規則正しいリズムを刻んでいる。
テレビもインターネットも無い世界なので、屋内での娯楽も考えないと暇である。
……テレビとネットで事足りる生活といのも不健康極まりないけどさ。
「……」
「あの、お嬢様、あまり熱心に見つめられては寝苦しいのですが……」
ベッドに横たわるイリアが呟いた。
俺はというと、そんなイリアをじっと眺めていた。
それはもう恨みがましく、じぃっと。
さすがのイリアも圧迫感を感じているのか息苦しそうである。
そして目が泳いでいる。
「だって……貧血ですし」
椅子から立ち上がったら倒れるレベルで。
しかし待て、別にその日ではない。
違う。
今の俺はイリアにかぷっとされてちゅーっと血を吸われたのだ。
吸血鬼のごとく。
「……申し訳ございません、あまりに美味で……吸い尽くすところでした」
「……」
死ぬからね?
頬を赤らめている場合ですか、イリア。
どうやらあまり理性が働かず、本能で吸い続けていたらしい事実が今判明。
イリアのする事だからと高をくくっていた俺、危機一髪。
「まあいいです……これで無事契約は完了したんですか?」
「いえ、これも準備に過ぎません。お嬢様の魔力を馴染ませる段階です。ですが身体はかなり楽になりました」
ふ~ん、と頷きながらイリアの犬歯の痕をヒールで癒す。
噛まれた時は、不思議と痛くなかった。
それどころか、ちょっと快感がした……ような……いや気のせいか?
やっぱり吸われる方に何かしらの催淫効果でも発生するんだろうか?
普通に噛まれたら痛いだけだしな。
しかし、気のせいか関係ない首筋をなめなめされてた気もする……
「体液には純度の高い魔力が込められているのです。血なら尚更です」
「そういうゲームっぽい要素はあるわけですね」
「ゲーム?」
「いえ、魔力交換って、そういうものじゃないですか? その、そういう……」
ああ、とイリアが笑った。
「もちろん、そういう方法もございますね。わたくしは一向に構いませんでしたが」
「むぅ」
からかわれているな、と唇を尖らせているとさらに笑われた。
「……で、後は何が必要?」
「依代が必要です。本格的にお嬢様とわたくしに魔力の通り道、パスを通す為の媒介です」
「依代? それはどこで手に入るの?」
「依代自体は何でも良いのです。お嬢様が普段身に着けている物、屋敷に大切に保管している物、何でも使えます」
「ふ~ん? でもイリアとはこの先ずぅ~っと一緒だし、脆い物だと困るのかな?」
壊れて契約解除は困るな。
「そんな事はありませんわ。依代自体は最初の契約に必要なだけで、それが済めば後はどちらかが居なくなるまでパスは繋がったままです……その、お嬢様がわたくしを不必要と考えて自らパスを閉じるなら別ですが」
「それはないですね」
悠久の時の連れ添いをわざわざ放り捨てる理由もないし……何よりイリア好きだし。
「じゃあこのリングなんか、ちょうどいいんじゃないかな? いつも付けてるし」
ティルに貰った左手のリングを見せると、イリアが控えめに首を横に振った。
「それは止めておきましょう、とても貴重なものに思えます」
「だから良いかと思ったんだけど」
「ふふ、光栄ですが……一つ提案があるのです」
いつになくイリアが真剣な目を向けてくる。
ん? 首を傾げてみる。
「……お嬢様、3次転職を先にお済ませください。今のお嬢様のレベルはおいくつでしょう?」
「結構上がったよ? いつも激戦だから……今はLV10かな、ウィザードの」
「ではLV15まで上げて、転職を」
「今でも結構強いよ、私?」
ヤマタノオロチを倒せるくらいには。
「いえ……恐らく、わたくしは今のお嬢様の魔力を吸い尽くしてしまうと思うのです。命すらも……」
はは~ん、イリアがず~っと契約を渋っていたのは、やっぱりそれで。
でもあと5も一気にあげるとなると、これはまたティルの地獄の特訓か……
俺の知力は補正を合わせると7だから、これで厳しいとは相当だな。
この才能の数値の天井ってどこなんだろ?
10なのかな?
「竜と契約する者の知力は、最低でも5だと言われています」
え、行けるじゃん。
そんな顔をしていた俺を見て、イリアが申し訳なさそうに微笑んだ。
「竜にもいろいろいます。氷竜や炎竜などはそれで大丈夫でしょう……ですが」
「そういえば聞いたこと無かったけど、イリアは……古龍、なんだっけ?」
たまにティルとかが言ってたような?
「はい……」
エンシェント・ドラゴンってやつかな。
俺の知る知識の中でも最上位なんじゃないだろうか。
本気のイリアの逆鱗に触れたら世界滅びるんじゃ……
そう考えると人の身に余る気もする。
不安になってきた……
「かつて契約した人って、いるよね?」
「そう聞いております。そもそもわたくしたち古龍のような上位種は、本来であれば人との契約は必要ないのですが……」
自嘲気味に語るイリアに暗い影が落ちる。
何かを思い出す時、イリアは苦しそうな顔をする。
も~仕方ない子だなぁ。
よしよしと頬を撫でてみる。
くすぐったそうに笑ってくれた。
ついでに手を掴まれた。
「……ふふ、ずるうございます、お嬢様」
「そお?」
エクレアにも時々スキンシップで誤魔化すとか怒られるからな……
でも人肌って妙に落ち着くんだよね。
「とにかく、今はお嬢様の血のおかげでしばらくは大丈夫です。その間に転職を……もっと力をお付け下さい」
「また心配かけないように無理してない?」
「誓って、大丈夫ですわ」
さすがに嘘じゃなさそうだ。
「……うん、分かった! 3次職、極めてみせるよ!」
よぅし。
俺の最強への道、最終章だ。
意気揚々と椅子から立ち上がり――目の前が真っ暗になってそのままベッドに倒れた。
「お嬢様、本当にすみません……」
「……うん、忘れてた」
貧血を……
◇■◇■◇
第何回かちょっと良く分からない、緊急アリス家会議。
一同は食堂に集合した。
欠席者はイリア、寝ているので。
議題は俺をいかにして3次転職させるかということ。
まずLV、これはティルに特訓してもらうしかない、終わり。
次に転職場所。
3次転職を済ませるには、その種族のゆかりの場所に行かねばならない……らしい。
「エルフの里に……行かないとダメなのかな?」
食堂で呟いてみると、とても重苦しそうな雰囲気が漂った。
俺は別に村八分になどされていないが、真実を告げるきっかけを失ったな。
隠し事って時間が立つと変な方向に走って行っちゃうんだよ。
厄介なんだよ。
「……んんっ、フードでも深く被ってれば、バレないんじゃない?」
咳払いしたエクレアが沈黙を破ってくれる。
「正体など関係ない。エルフが里の外のものをホイホイと招き入れるはずがなかろう、馬鹿なのか。くぁ」
一同が、問題のエルフに視線を集めた。
「キュイっ!」
「やるのか、子ぎつねめが」
「きゅ……」
戦ってはならぬ、と野生が告げたらしい。
キュウは俺の服の中に潜り込んで身を隠した。
もこもこする……
「……じゃあティルの里帰りのお供というのはどうです?」
「それは妾の里であろう? 少し遠いな。妾の里に行くのは竜の小娘の体調を考えると現実的ではない。されど他集落となると……エルフの集落はそれぞれ別れておるし、風習も独立しておるからのう」
なるほど、ティルはこうしてちゃんと考えてるんだけど、態度で損する人なんだよ。
こういう人居るよね。
俺はいまさらティルがどんな態度をとっても変に思わないけど。
「ここから一番近いエルフの集落はどこになるんですか?」
「ふむ……南の大森林、灰の森の里かのう」
「灰の森だって!?」
シオンさんが大きな声を出した。
「うひゃっ!? ……失礼」
……俺も大きな声出した。
いや、真面目な話をしてるのに、キュウがおへそ舐めるもんだから……
後なんでサイラは分かります! みたいな顔を向けてくるのか。
おへそ舐めたいの……?
とりあえず、いたずらしたキュウを摘まみだして、退屈そうにしていたリンちゃんに渡す。
隣の席で積木をしていたリンちゃんは、どう見ても室内の遊びに飽きており、キュウを得るや窓の外を指差した。
「お外で遊んできていい!?」
「雷が鳴ってるほどの大雨なんですが……」
「泥遊びしたい、でし!」
「何でしてほしくない事をしたがるんでしょう、お年頃なんですかね……」
リンちゃんに甘い俺はしぶしぶ頷いた。
お目付け役にメイドさんに付いてもらい、お風呂の準備を指示してからリンちゃんを送り出す。
キュウは雨が嫌いなのか、腹につくほど尻尾が垂れていた。
ドナドナしながら連行されていった。
「こほん、話を戻します。灰の森って危ないんですか?」
「魔力を持たぬものは衰弱する。森の魔力が強すぎての。そのせいで魔物も変わったものが多く、危険ではあるのだろうよ」
「へー」
「あの森のエルフは特に排他的で有名でのう、辺鄙なところで暮らすと性格まで歪む良い例じゃ」
嫌いな人でもいるのかな?
でも魔封じの森と逆で、魔力が満ちているんだったら魔術師は絶好調じゃん。
……ティルとエクレアと俺は。
「むー生意気、アリス!」
「ご、ごめんなさい」
シオンさんが子供みたいに頬を膨らませちゃった……
この人、根っからの冒険家だから、知らない場所には行きたくて仕方ないんだな。
結局アシタカ王国も一緒に行けなかったし……
魔力無しのシオンさんは厳しそうな場所だけど、どうしよう。
「そもそもアリスよ、いい加減おぬしの故郷を白状せい。そこに行けばいいのではないか?」
「……え゛?」
そういえば、と言わんばかりに皆の視線が刺さった。
「……」
ど、どうする?
今更感満載で俺も困惑。
異世界から、とかいうと、こいつ頭おかしいんじゃないかと思われそうだし。
元男です、とかいうと、ちょっと可哀そうな子なのかと思われそうだし。
いや待てよ?
なんとなくエクレアを見つめてみた。
「な、なんでこっち見るのよ」
怪訝な顔をするエクレアさん。
「もし、もしもですよ?」
「な、何よ……」
「私が…………男だったって言ったら、エクレアどうします?」
食堂が静まった。
あ、うん。
という感じでまずはお姉ちゃんが動き出した。
「やっぱり灰の森だろうね」
「ちょっとちょっと! いきなり流さないで下さいよ!」
今から重大な告白をしようと思ったのに!
お姉ちゃんに限っては、あ、いつものやつか、みたいな!?
しかも、えー、この話続けるの? みたいな!
表情でわかるんですよ、表情で!
伊達に妹してませんよ!?
「あのねアリス? エクレアもあんたは発育が悪いと思うんだけど……その、男には見えないし、実際……えっと……」
ごにょごにょ言わない、エクレア!
いくらリンちゃんが居なくなったからって場が気まずくなるじゃん!
なんとなく、男だったとしてもエクレアは俺の事好きになってくれたのかなぁとか気になってさ。
それはクランも同じだけど。
「エクレアって男性恐怖症でしたっけ? レオニールに何かされたの?」
「される訳ないでしょ!? あれは兄なんだからっ」
「でもエクレアみたいな可愛い妹を持った兄って、一体何を考えて生きてるんでしょうね?」
超真剣に考えてみるべき議題だな……
「……少なくとも、あんたみたいに愉快な事は考えてないんじゃないかしら」
ん?
今関係ないけど、レオニールって確か第二公子とか言ってたかな?
もしかしてエクレアってもう一人お兄さんいるのか?
「やっぱりリアル妹だとそんなに興味わかないんですかね、お姉ちゃん?」
「まるであたしは変な趣味があるかのようにこっちに振るな」
まぁ、義妹はリアル妹のカテゴリーに入んないのか。
「まあいいです、話を再び戻しましょう」
「ここで戻ってくるんだ……」
シオンさんが半眼になってる。
「こほん、どっちにしろ私の故郷はちょっと気軽に行ける場所にはありません」
「そうか」
ティルは頬杖をつきながらつまらなさそうに生返事。
些事では動じないのがティルである。
箸を転がしたら笑い転げる時期はもう2世紀以上前に終わっちゃってるもんね。
「ならば行先は決まったか。時も惜しい、アリスの体調が回復してから灰の森に向かいながら修行をする、それで良いな?」
「了解です!」
ティルに直々に稽古つけてもらうの久しぶりだな。
成長した自分を観てもらうのって、わくわくするんだよね!
◇■◇■◇
体調の回復を図りつつ、旅支度に取り掛かったあくる日。
前日の荒天の名残が残る街はそこかしこに水たまりが出来ていた。
まだ雨の匂いも強い。
日差しは強いけど。
「水たまりー!」
「ひぁっ!?」
飛び込む!?
そこ飛び込んじゃう!?
跳ね飛んできた水しぶきでちょっと濡れた……
こんのお転婆娘がー。
「でし、ながぐつすごい!」
嬉しそうにぱちゃぱちゃしないの。
「周りの被害は甚大ですよ……」
きらきらした笑顔を見ると怒れないんだよな。
マキナの事思い出すと切ないんだよな……
「きゃはっ、なに、でし?」
後ろからリンちゃんのことを抱き上げた。
もう俺の力だと抱え上げるのも大変だな。
「リンちゃんは今回はお留守番ですよ?」
「む~、わかってるもん! だからあまいもの!」
「はいはい」
5歳児のご機嫌取りは難しいよ。
これでリンちゃんはもう、立派な女の子ですからね。
「でしとおにいちゃんと、ずっといっしょにいたい」
時々変な事言うけど。
「…………」
しかし可哀そうだろ?
何が可哀そうかとは言わないが。
さすがに黒ずくめも色恋の一つや二つないとなぁ。
あいつ、よく見ると格好良くなくもないし?
目つき悪いけど。
「ねえリンちゃん、お兄ちゃんと屋敷の中の誰かが恋愛しちゃうと思う?」
朴念仁っぽいけど、女が嫌いというわけでもなさそうだし。
あいつ時々俺の事見てるしなー。
というか黒ずくめに限らず、今この街を歩いていても結構注目浴びるし、変に視線に慣れちゃってるな。
最初の町ではすごく気になってたけど。
「んん? だれか?」
素っ頓狂な声だこと。
「そう、誰か。例えばエクレアとか……いや、それは私、怒りますけど」
想像するとふつふつと怒りが。
「えくれあ? しないとおもう~、えくれあきれーでやさしいけど!」
あの2人接点無いしな。
「じゃあまさか、イリア? 絶対に許さないですけど」
「いりあは、びじんでおもしろいけど、ないとおもう!」
おお、リンちゃんの方が俺より色恋沙汰に通じているのでは?
妙に説得力あるな。
「お姉ちゃんは……想像するだけで殺意が」
「しおんはかっこいいしかわいいけど、しないよっ」
ほうほう、お姉ちゃんは格好良くて、実は可愛いところもあると?
リンちゃんの的確なご意見は凄いな……
「サイラは?」
「さいら、いっしょにいるとすごくおちつく! だいすきっ! でもしない~」
う~ん、メイドさんの誰かと恋に落ちる分にはさすがの俺も寛容だぞ?
それなら別に良いんだけどさ。
「ししょうはね~、いっつもねむたそうにしてるけど、おくがふかそう! でもれんあいはない~」
……何者?
もはや俺の目が点になっているよ?
この洞察力が将来の強さの秘訣か?
幼女侮りがたし……
「そうなんだ、クランはあり得ないだろうし、エイムも無いかな?」
ちょっと安心した。
「ん?」
腕の中に抱きしめたままのリンちゃんが、こちらを見上げて満面の笑顔を作っている。
まあ?
いい笑顔。
「でしはね~」
あ、俺もあるの?
ちょっとわくわくする。
「つよくて~やさしくて~いいにおいがして~やわらかくって~ふわふわで~せかいでいちばんきれ~で、リン、むねがきゅぅってなるくらい、だいだいだ~いすきっ!」
そっちが可愛い過ぎか!
「も~~っ!」
「きゃはっ」
思わず頬に頬を擦り付けて強く抱きしめる。
きゃははっと嬉しそうな笑顔で俺も癒される……
「私もリンちゃん、だ~~い好きですよぅ」
「おにいちゃんも、でしのことすきっ!」
「そうですかそうですか、私もソルトさんのこ……いやちょっと待って」
「?」
不思議がる幼女。
確かに俺も嫌いじゃない。
しかし好きと答えられない心理的圧迫感。
よし今日も俺は正常だ。
「あ」
そしたらさ、いるでやんの。
噂をすれば影。
たまたまばったり街角で出くわして、今の会話丸聞こえだったでやんの。
相変わらず目つきの悪い顔で、どこか拗ねたように視線を外している。
「……こんにちは」
気まずぅ。
「あ、おにいちゃんっ!」
「……」
そして妙な沈黙である。
「勘違いするな……」
「あ、はい」
何を?
と聞くまでもなくとりあえず頷いてしまう。
そしたら余計に視線が鋭くなったのね。
なんか頭をイライラしながら掻いている――と思ったら!
「わわっ!? ――あっぶないじゃないですか!」
急に路地裏に引っ張り込まれて、壁際に押し付けられた。
いって!
お前ぶっ飛ばされたいのか!?
びっくりしてちょっと息詰まったよ。
「また、どこかに行くのか……?」
「え? あぁ、はい……」
それ人を壁に押し付けて、そんな至近で聞くこと?
近い近いちょっと近いわ。
パーソナルスペース超えてるわ!
若干顔を背けた。
「おまえは……危なっかしい」
「……ん、困ったことに、ちょっと自覚してます」
なんで俺こんな追い詰められて説教されてんの?
「……」
「……」
「……」
「……」
え、俺なんか会話繋いだ方が良い?
「……俺も行く」
と思ったら黒ずくめがやっと口を開いた。
「旅に? リンちゃんは?」
「リン、おやしきでめいどさんたちとおるすばんしてる!」
おおう、腕の中から物凄く聞き分けの良い返事が。
……急になんで?
「いいから大人しく、俺に、お前を守らせろ」
黒ずくめは背が高いので、俺を覆うように壁に腕をついてる。
だから必然、俺は黒ずくめを見上げる形になるんだ。
そしてその黒ずくめの現在の顔と言ったら、男とは思えないほど鼻の頭まで真っ赤に……
「あの……」
もしかしてこいつが普段ツッケンドンなのは対人恐怖症の裏返しか?
そうすると、今ここまで人と接近して会話をしようとしているのは涙ぐましい努力なのかもしれない。
「……がんばれがんばれっ!」
「……」
応援してみたら、苦虫を噛み潰したような奇妙な顔を、黒ずくめはしたのだった。
う~~ん……!?
「――っ」
貧血だ、と自分で自覚した。
が、だからと言ってどうにもならない。
急に目の前が暗くなって、前のめりに倒れていく。
とん、と頭が意外とたくましい胸板に当たった。
腕に力も入らず、危うくリンちゃんを落とすところだったが、俺の腕を体ごと抱え込んでくる鍛えられた腕がそれを阻止した。
症状は把握しているので、落ち着いて深呼吸しながら回復に努める。
「ずっと俺の腕の中にいろ……」
「…………ん、ふぅ……もう……大丈夫です」
リンちゃんをゆっくり降ろしてから、黒ずくめの胸に手を当てて離れる。
あれ?
ちょっと力強いだろ、おい、離せ馬鹿!
服の上から胸のあたりを軽く抓ってやった。
なんとか解放される。
見上げると黒ずくめは相変わらず……あれ!?
睨んでない!
いつも仏の顔も三度までみたいな形相をしてるのに、今は本当に悟りを開いたかのような!
「どうか、しました……? 雪でも振るんですか……」
いやその前になんか言ったか、こいつ?
頭くらくらしてたし、ぼそぼそ何か言ってたような気もする。
まあ、大丈夫か? って言ったんだろうけどさ。
まだ定まらない頭でぼ~~~っと黒ずくめの顔を眺めていたら、音が出るほど全力で黒ずくめが顔を背けた。
なんだよ急に。
あ、耳まで赤い。
「……体調が悪いなら送ってやる、安静にしてろ」
「ん? ん~~」
リンちゃんを見ると、しょうがないな~かえろっか、と何故か聞き分けたようにしっかりと頷いてくれた。
甘味処を潔くあきらめたリンちゃんは屋敷に向かって颯爽と踵を返した。
……そしてぷりぷり怒っていた、黒ずくめに。
「おにーちゃんは、そこがへたれなのっ!」
「……」
帰り道、何故かリンちゃんの説教が始まっていた。
「おすのとひくのがだいじだけど、ひくのはひつようないひともいるの!」
「……勉強になる」
「おしきっちゃうの!」
「いや、それは……どうか」
…………犯罪の話かな?
ストーカーにはなるなよ、お前本当に怖いから。
「まさか、もしかして、恋バナですか?」
「うるさい」
「ほんとに? 誰ですか?」
「おまえは、なぜそんなに鈍いんだ……わざとなのか?」
「何を言います、男女の色恋の相談に乗るのは得意ですよ、私は!」
こっちの世界に来てからもタケシとケンジの恋の相談に乗った実績があるんだぞ、うろ覚えだけど……
でも恋とかどうでも良いよって考えてそうな人だから、まるっきり意識になかったとは言えるな。
「いいから黙ってろ」
「む、偉そうですねー」
「いつか、分からせる」
「そうですかそうですか、伝わるといいですね」
隣を歩く黒ずくめを覗き込むように見上げると、思った以上に優しい視線が返ってきた。
「ふ、そうだな」
「……」
ふ~ん、こいつ……こんな顔もできるんだ。
ちょっと新発見っていうか、びっくりしちゃったな。
恋すると、やっぱり人って変わるのかもしれない……
まあいいや。
こいつ、悪い男じゃないし応援するよ。
「でもイリアとエクレアとお姉ちゃんとサイラはダメです、いいですね?」
「黙ってろ!」
適当に雑談しながら帰宅した。