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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
五章 来訪者編

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最強のでし

 大蛇が空けた穴から地上に飛び出した。


 「かーさま!」


 周りは……大蛇の身体が少し大きくなっている。

 いよいよ本気ということか。

 火口から胴体部が抜け出している。

 尻尾の先は……異次元にでも繋がっているのかぼやけて見えない。

 おそらくある程度の範囲内ならば、好き勝手に尻尾の蛇を出現させられるのだろう。


 ――リンちゃんを飲み込んだように、突然に。


 「かーさま……?」

 「下がっていなさい」


 近くに寄ってきたルミナちゃんを手で制す。


 「で、でも、あたしも戦える――」

 「――下がりなさい」


 顔を向けると、ルミナちゃんが怯えたように頷いた。

 とぼとぼと後ろに下がる少女ルミナを見送って、伸びをするように天に首を向けた大蛇に目を移す。

 さて……ヤマタノオロチか。

 神話級の伝説の魔物。

 8つの頭と8つの尾を持つ怪物で、娘を食べてしまうという伝承。


 「……ボクが変えるって、あなた言ってたじゃないですか」


 本当に、これがあなたの望んだ未来なの?

 自分の世界ではもはや未来を変えられず、他の世界の俺を助ける事を黄泉路への慰めとする。

 そんなものが、ハッピーエンドであるものか。

 中途半端に託されて、こっちはもう胸が張り裂けそうだよ。

 最後の最後まで、ヤマタノオロチをぶっ飛ばすまであなたが面倒見なさいよ……!


 「――行きますよ、神話。偉そうに語り継がれたいのなら、せめて私の幻想ゆめを越えていきなさい!!」


 小手調べとばかりに、サンダーを浴びせる。

 効果のほどは薄いが、再び敵意が俺に向いた。

 仕切り直し、戦闘――開始だ!


 毒なんて反則じゃ、もう俺は倒れない。

 複数の蛇の頭が、俺を食らおうと突進してきた。

 単純馬鹿め、まずは先頭の頭を潰す!


 手加減なし、雷を乗せた全力パンチで横っ面を殴って吹っ飛ばす。

 勢い余って千切れ飛んだ。

 当然、この程度では怯まないのが魔獣。


 2の矢、3の矢とばかりに次々と頭と尻尾が飛んでくる。

 避ける、潰す、避ける、潰して……なるほど、確かにこれでは俺が先に参るわけだ。

 ヤマタノオロチの攻撃は単純だ、しかし終わりが無い。

 疲れも知れなければ、ダメージすらすぐに回復する。


 ――やはり。


 倒し切るには、一瞬に全力を賭けるしかない。

 恐らく左手の上級魔法では不可能だ。

 傷も癒えて魔力も戻ってきているが、単純に威力不足と考える。


 「――あぶなっ!」


 咄嗟に身を翻す。

 少しは頭を使ったのか、それともそろそろはっきり目が覚めたのか。

 異次元にでも繋がっているらしい尻尾の蛇が、俺の目先に出現した。


 虚を突いた攻撃。

 突進は脊髄反射に雷魔法のサポートで躱した。

 ――されど、そこからの巻付きまでは躱せない。


 「かーさま!!?」

 「おいっ!」


 後衛の2人から、緊迫した声があがる。

 そりゃそうだ。

 こんな巨大な蛇に巻き付かれたら、そこでいっかんの終わり!


 「こな、くそっ!!」


 雷の斥力で抗う。

 磁場ができるほどの凄まじい魔力放出と、蛇の巻き付く力が拮抗する。

 その余波で、比喩抜きで地面が抉れた。

 動けない、動けないが――相手には頭が何本も生えている。

 1つの頭と格闘している間に、身動きできない俺を丸飲みにせんと別の頭が天から迫る。


 ――マキナを飲み込んだ様に。


 「――っふざっけないで!! ライトニング!!」


 サンダーを纏わせた身体とは別に、ダブルキャストで迎撃する。

 出し惜しみして勝てるほど、相手も甘くない。

 もとより、持久戦など愚の骨頂。


 「う、ああああっ!!」


 渾身の魔力で吹き飛ばす。

 力比べは俺の勝ち。

 血しぶきをあげながら、巻き付いた蛇の胴体がはじけ飛ぶ。

 しかし息つく暇もなく、すぐに次の攻撃が来た――


 「アイシクル・がーでん!!」


 構えた俺の前に、ルミナちゃんが飛び込んできた。

 後ろからは、肩に手が置かれた。


 「少し、休め」


 前のめりに突っ込みそうな俺に待ったを掛けたのはジンさんだ。

 ……こいつも意外にしぶといな。

 敵わないまでもよく凌いでる。

 さすがに大人の戦い方だ。


 「……気安いです」


 肩に置かれた手を払う。

 ジンさんはやれやれと首を振って小太刀を構えた。


 「少しくらいは時間を稼いでやる。止めを刺す方法をその間に考えろ」


 ルミナちゃんの氷の結界から出て、ジンさんは蛇の注意を引きながら駆けて行った。


 「かーさま……」

 「……」


 興奮して可愛らしい顔が紅潮している。

 おっかなびっくり上目使い。

 先ほどの振る舞いが尾を引いている……

 それでも涙が零れないように引き絞った口元は、彼女なりの精一杯のレジスタンス。

 少し……頭が冷えた。


 「ルミナちゃん」

 「……っ!」


 何か言われたら感情が決壊する。

 そんな震えを身体に纏わせて、少女は俺と目を合わせないように魔法を張り続ける。

 真紅の髪に琥珀の瞳……そして恐らくマキナと同じ時間軸から来た子。

 マキナは、ルミナちゃんを鍛えたと言った。

 つまりマキナ――リンちゃんにとって近しい人間。

 赤の他人と言うには…………俺はちょっとだけこの子の出自を想像してしまっている。


 「あ――」


 ぽふっと頭に手を置いて、できるだけ優しく撫でた。

 ルミナちゃんの瞳から、ぽろぽろと滝のような涙がこぼれてしまった。


 「すみませんでした」


 八つ当たりだった。


 「皆の為にも、大蛇は倒さないといけません。力を貸して下さい、ルミナちゃん」


 ぐしぐしと腕で目を擦って、ルミナちゃんが頷いた。

 誰に似たのか、強い子です。


 「ど……どうするの?」


 結界は維持したまま、作戦会議。

 ルミナちゃんの助力は大きな力だ。

 ただ、マキナのそれとは違う。

 能力の問題ではない。

 相手の呼吸、次の手に入る間隙かんげきをつく術の巧さは、ルミナちゃんとは地金が違う。

 たった1人で戦い抜いて来たマキナは戦闘のなんたるかを熟知していた。

 マキナと手合せした際の手応えは、ティルのそれと変わらない。

 ……まったく、俺にあれをやれって?

 マキナの中では、随分と俺は過大評価されているんだな。


 「氷と炎の魔法、私のグローブに込めて貰えますか?」

 「うん! お安い御用!」


 結界を維持したまま、ルミナちゃんは魔法を唱える。

 へえ?

 マルチキャストかな?

 なんだろ?

 この子の能力は、ちょっと他に無い感じだな。


 「ありがとう」

 「にへへ」


 さらっさらの髪だねぇ。

 撫で心地が良いや。

 魔法の装填されたグローブを再度装着する。

 後は俺次第。


 「ねえルミナちゃん、大切な人を守りたいって気持ちと自分は犠牲になっても良いって考えは違うと思うんだ」

 「?」


 ぼんやり顔で首を傾げるルミナちゃん。

 はは。


 「それは相手をきっと、傷つける」

 「……難しい事は分からない、でも、それって凄くカッコいい事だと思う!」

 「あーまーいーなぁ、ルミナちゃん。今時のヒーローは欲張りなんですよ。相手も助けるし、自分も助かる。皆助かってなんぼです」


 白黒する大きな瞳の前にビシッと指を立てて見せる。


 「……そういう意味では、あっちの私はまだまだだったみたいです」


 ぽんぽんと頭をもう一度撫でてから、大蛇に向かうべく背を向ける。


 「かーさま!」

 「大丈夫です、負けませんよ。援護よろしくね」


 ひらひら気楽に手を振って応える。

 黒ずくめのお兄さんだけじゃ、間もなく死にそうですしね?

 結界を一足飛びに抜け出して、ジンさんの隣に立つ。

 大蛇はもはや準備運動を終えて、俺たち如き小さな目標には飽きが来ているらしい。

 首を大きく伸ばして麓の王都を眺めている。


 「調子はどうですか?」

 「可もなく不可もない」

 「それは結構」

 「ここから生きて帰ったら抱かせろ」

 「全力でゴメンです。吊り橋効果も私には効き目無しです」

 「ふ、どうやら頭は冷えたらしい」


 ま、主にルミナちゃんのおかげだけどね?


 「作戦があります」

 「聞かせろ」

 「胴体を仕留めます。尻尾はともかく、8つの頭の注意を全部引いて下さい」

 「無茶苦茶を言う」

 「逃げるの、得意じゃないんですか?」

 「勝手に決めつけるな……まぁ、違いない。いつだって俺だけが生き残ってきたからな」


 ……悪い事じゃないさ。


 「おい、その……あいつは無事か?」

 「リンちゃんなら大丈夫です。今は水晶の中に居た方が安全なくらいです」


 頑丈そうだったしね。


 「そうか……そうか」


 忍びと呼ばれる忍耐の男の口元が、わなないた。

 忘れ形見か……

 心配事は判断を鈍らせる。

 頼むぜジンさん?


 「もうこの悪夢はここで終わらせましょう……せめて、それが長い呪いをたゆたった少女の鎮魂になるように」


 返事は聞かずに走り出した。

 2人とも、後はそっちで合わせてくれ。

 もう1秒だって、俺は我慢がならない。

 本当に我慢がならない。

 俺はね、リンちゃん……本当に怒っているよ。


 1つめの頭が迫る。

 横合いからジンさんの投げた小太刀が突き刺さる。

 痛みに暴れる頭の横を通過する。


 2つ,3つめの頭が連続で迫る。

 まばゆいばかりの白の炎がマグマよりも確かな熱を持って蛇を焼き尽くす。


 さらに、次元の彼方より湧き出た多数の尻尾を雷で迎撃し、それでも加速は緩めない。

 地面よ抜けろとばかりに力を込めて、前進を続ける。


 残り5つの頭のうち、4つが一斉に襲い掛かってくる。

 氷の魔法がその突進の速度を緩め、無数の小太刀が眉間に突き刺さる。

 敵対対象を俺から切り替えて、後方に頭が逸れていく。


 最後の1頭が迫りくる。

 正面衝突よろしく。

 勢いそのまま踏み込んで、刹那の交差を見切って頭を飛び越す。


 ――さあ、懐に飛び込んで見せた。


 後は、アレを叩き込むだけ。

 されど、今の俺には経験が足りない。

 精神論で技術が手に入るなら、誰も苦労はしない。

 ならばどうする?

 そのつまらん現実を幻想で覆すしかあるまい。


 「――我が右手からは、古き女神の息吹」


 チャンスは1度、失敗するなど考えない。

 速度は緩めず、成功が当たり前であると走り抜け。


 「――我が左手からは、全てを見据える天の慧眼」


 2つの魔法を胸の前で合わせる。

 その魔力の昇華はティルの幻想に未だ届かず。

 しかし、あの時ほどは未熟でもない。

 ただこの一瞬、今のじぶんを越える幻想ゆめを寄越せ!!


 「――我が魔法はことわりすらも覆す」


 静かに息をはく。


 「顕現せよ!! 幻想魔法――レゾナンス・ワールド!!」


 ――銀の魔法。

 効果範囲はみっともなく、わずかに自分の周りだけ。

 劇的に何が起こる訳でもなく、世界に変革が訪れる訳でもない。

 銀の粒子が身体を包むように展開されるのみ。

 小さな小さな夢の扉。

 数多の世界を繋げる、小さな小さな無限の回廊。

 よって、その変化は外でなく。

 変わるとすれば――――己のみ!


 「――」


 思考が冴えわたる。

 今のワタシに、やれない事はない――!


 「キャスト解放」


 炎を右手に纏わせて、大蛇の胴体に飛び込んだ。


 「フレア・インパクト!」


 まずは魔力ちから任せにその一撃を叩き込む。

 直接叩き込んだ炎の力を余すことなく大蛇に伝えて、8つの首が一斉に咆哮をあげた。

 呼吸を合わせる。

 死の吐息を知覚する。

 次の一撃を叩き込むべき間隙かんげきを見極めて――


 「キャスト解放――アイス・インパクト!!」


 更なる一手を叩き込む。

 マグマすらも凍えてしまう、火口から急激な温度差の水蒸気が上がる。

 その瞬間的な落差に咆哮すらあげられずに大蛇の動きが鈍る。


 ――ここに勝負はもはや決した。


 この術の極意はまさに2撃目に他ならない。

 後は――全力を叩き込むのみ。

 左手のリングを通して魔力を高める。


 「天下る一条の光刃よ、我が剣となりて闇を裂け! ライトニング――インパクト!!」


 果たして――その一撃は全てを討ち貫いた。

 否――砕きぬいた。

 細胞が分解するかの如く、大蛇の身体が崩れ始める。

 断末魔すら許さぬ、必殺の破壊。


 人のわざと空想の魔力ゆめが織りなした奇跡の所業。

 これを編み出した人間を、天才と呼ぶには軽すぎる。

 秀才こそが辿り着いた奇跡。

 武術と魔力の融合の極致こそが、このわざの正体。

 まさに、永い時を掛けた奥義に他ならない。


 「――ユルサンゾ、ニンゲン」

 「マキナ!!」


 火口へと崩れ落ちる胴体の中から、蛇の目をした彼女が露わになった。

 その身体は――俺の魔法のダメージでボロボロだ。

 内部まで余すことなく伝えきった奥義の前に、ただで済むはずがない。


 「……なんて、負け惜しみを言ってたよ」


 ――柔らかな笑顔を浮かべて、マキナが応えた。


 「凄いや……ボクはそんな幻想なんて届かないのに、アリスさんは、やっぱり……最強だね」


 ……そもそも、蛇の動きが問題にならないくらい鈍かったのはなぜか?

 マキナの胸は、ワタシがつけたものではない大きな傷があり、未だ血を流している。

 不死性があろうが、ダメージはダメージ。

 彼女という核が痛んで、動きが鈍ったのは確実だ。


 「……ねえリンちゃん? アリスさんだなんて、他人行儀ですよ?」

 「はは……だって、ボクにとっては『ここの』アリスさんは、やっぱりアリスさんだから……」


 そんな寂しい一言に首を振る。


 「――いいえ、ワタシはあなたのアリスですよ」

 「……え?」

 「正確には、あなたのアリス『でも』ある、ってところですか」


 いたずらっぽく笑ってみせる。

 まだ未完成だけど、と注釈しながら――


 「幻想魔法、共鳴世界レゾナンスワールド……その力の一端です」

 「共鳴……世界……繋げる……? まさ、か……」


 幽霊でも見たかのように、マキナの目が見開かれる。


 「……ねえ、リンちゃん? 本当に久しぶりだね。大きくなっちゃって」

 「そんな、まさか……」


 あり得ないと首を振り続けるマキナに苦笑する。


 「有り得ない、なんて有り得ない。それがワタシの魔法だもの」

 「……っ! ボクはっ! 救えなかった……本当は、あなたを助けたくてっ……!」


 身動きすらとれないマキナを優しく抱きしめる。


 「ふふ、いいんですよリンちゃん。いえ、違いますね。本当にごめんなさい……ワタシの未熟が貴女を縛り付けた」


 マキナはひび割れた唇から嗚咽をもらし、乾いた肌に大粒の涙を零す。


 「――でしぃ! 寂しかったっ、寂しかったんだ……あの広い屋敷で、ボクは……」

 「うん、ゴメン」


 いや、違うな。


 「んーん、よく頑張りましたね? 偉いですよ、リンちゃん」

 「――っ」


 本当に聞きたかった言葉は、お礼でも謝罪でもなくて――たぶん、褒め言葉。

 その忘れてきた子供らしさに涙する。


 「あなたの大事な時間を奪い去った自分に、本当に腹が立ちます」


 ああ、どうしてワタシは敗れたんだろう。

 数多の世界で敗れることが確定していることこそ、何かおかしい。

 そう思うが、今更事実は変えられない。


 「でも……よかった、最後に……夢みたいだ」


 有り得ない、なんて有り得ない……偉そうに言うけど無理なものは無理。

 それこそ――人を生き返らせるなんてことは、これだけは……絶対に許されない奇跡。

 無力さに、歯噛みする。

 ――いいや、こんな顔をしちゃダメだ。

 自分でも無理やり笑顔を作る。


 「欲しい物は、見つかりましたか?」


 残酷な質問に、おそらくマキナは万感の想いを込めて首を振った。


 「……うん……はは、いや、どうだろう? 本当は、そんなものは見つかりっこないって、そう、思ってたのかも……」

 「そう」


 いくら時を繰り返せても、世界を巡っても、同じ1度目はやってこない。

 鮮やかな形も匂いも、ただ薄れていくのみ。


 「ねえ……長い長い悪夢を……ボクは見ていたのかな?」


 マキナは、もう目を閉じていた。

 その頭を、優しく撫でる。

 いつかどこかでそうしたように、午睡をする少女にいつもそうしてあげているように。


 「……ええ、目が覚めれば、ワタシが居て、ソルトさんが居て、イリアが居てサイラが居て……お寝坊さんのリンちゃんを、皆が囲んでいますよ」

 「……そっかぁ……楽しみだなぁ」


 それはとても満ち足りた笑顔だった。

 幾星霜の悔いが、この瞬間だけは星のように煌めいて昇華するように、生涯忘れる事の無い、綺麗な笑顔。

 もう言葉をはくほど口も動かなくて、自分の濡れた頬をくっつけて耳を寄せた。






 ――目が覚めたら、また、でしと一緒に――






 もう還る事のできない、帰り道すらない故郷を思って――

 そうして、奇跡を信じぬいた無垢な少女は、まるで夢幻のように淡く世界に溶けて行った。


 「――」


 涙が、せめて彼女の手向けになるならば、川を為す程流してあげたい。

 何度、厳しい修行を繰り返したんだろう?

 何度、ヤマタノオロチと戦ったんだろう?

 ただの1つも報われることは無く、ワタシを救った事さえ彼女の救いにはなり得ない。

 なってはならない。


 「馬鹿……本当に、なんて生き方……っ」


 功績1つ残る事も無く、この世界に居たという証明など何1つとしてない。

 ただ悪夢を乗り越えられる世界があっても良い。

 その為だけに、あのたった5歳の少女は奔走した。

 彼女にとって、それが全てだった。

 愚かと断じるのは簡単で、だけど、そこまでの愚直さは美しいものだ。

 一体、誰がここまでの事を成し遂げられる?

 三千世界を駆け抜けた勇者の英雄譚を、ワタシだけは決して忘れはしない。


 「……リンちゃんは、ワタシが一杯一杯、幸せにしてみせるからね――マキナ」


 また1つ、心に誓いを立てて歯を食いしばる。

 洞窟に足を向ける。

 あの子が目が覚めたら、何より先に言ってあげたい。




 ――おかえりなさい、って。

次回『あさきゆめみし』

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