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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
五章 来訪者編
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ヤマタノオロチ

 しばらく登ってみると、大蛇の死骸が大量に積み上げられた場所に出た。

 傷口は鋭利な刃で寸断されたようで、そこには凍傷が見られる。


 「犯人は魔法使い! そして氷魔法の達人ですね! 間違いない」

 「見れば誰でも分かる」


 まぁ待て、はやるな。

 俺は腕を組んで、ある死骸を見下ろした。


 「しかし、ここにある死骸は焼かれた痕があります、つまり、犯人は複数人!」

 「だから、分かってる。それになんだ、犯人とは」

 「いえ、別に。雰囲気を出してみただけです……行きましょう」


 うん、ほんとはね、気持ち悪いよ、血生臭いし……

 先ほど不意打ちを食らったばかりなので、倒れている蛇にも注意を払いながら通り抜ける。

 ふぅむ、しかし俺たち以外にも蛇を倒しながら登頂を目指してる人がいるんだな。


 「仲間ですかね?」

 「どうだろうな、シゲンの兵だとしても復活してしまった大蛇を倒す事には変わりはないだろう。それに生贄は山頂で捧げないと意味が無い。それまでは守っている、と捉える事もできる」


 でも、おそらくここで戦った人は、蛇との戦いで何一つ損害を出していない。

 相当の手練れが紛れ込んでる。

 これなら、生贄なんかに頼らなくとも協力すれば倒せるのでは?


 「どちらにせよ、不確定要素ですね……今は急いで山頂を目指しましょう」

 「そうしよう」


 ……くっ。


 「おい、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」


 再びふらついた俺に、さすがにジンさんが寄ってくる。


 「気にしないで下さい。私、もともとか弱いので、これが普通です」

 「難儀な事だな……」

 「ほんとに」


 ……違う、分かってる。

 これ、体力がどうこういう話じゃない。

 腕がひりひりと痛む。

 さっきの一撃か?

 考えられる可能性は…………毒か?

 道具袋からハンカチを取り出して、怪我より心臓に近い位置の腕を縛ってみる。


 「ん、しょっと」


 片手と口を使って、割と上手く縛れた。

 今更かもしれないが、やらないよりマシだろう。


 「……おい」


 まあ、逆の立場でも俺も問いかけるよね。


 「……」

 「しらばっくれるな、何があった?」

 「はぁ……毒です。多分、出血毒。血が止まりません」


 リジェネレイトローブは働いていると思うが、それを上回る強力な毒だ。

 多分、ローブが無ければとっくに出血多量で倒れてる……


 「……引き返せ、巫女は助けると約束してやる」

 「いえ、引き返しても無駄でしょう……」


 言葉に出してみると、自分でも青ざめたのが分かる。


 「ヤマタノオロチの血清……ありますか?」

 「……」


 はぁ~~~~。

 迂闊だったなぁ……

 自分のこれからを考えると、目の前が暗くなりかける。


 「……大蛇を倒しても、私が助かる可能性は……難しいかな」


 思わず笑ってしまう。

 随分と呆気なかったな……


 「馬鹿な……」


 ジンさんが茫然とした顔でよろめいた。


 「まぁまぁ、まだ死ぬと決まった訳じゃありません。速やかに大蛇を倒して、毒を採取して、血清を作る。それしかありません」


 なんて絶望的だよねぇ、今から血清を作るとか。

 もしかしたら、血清以外の手段があるかもしれないし。

 ティルが近くに居てくれたら、どうにかしてくれるかもしれないんだけど。


 「リンちゃんを助ける為にも、私が生き残る為にも、大蛇を倒すしかない。進退窮まりましたね」

 「なぜ、そんなに明るくいられる? おまえは、兵士として訓練を受けているのか?」

 「そんな訳ないです。そりゃ……怖いですよ。わざわざ、言わせないで下さい」

 「……すまん」


 辛気臭いやつだなぁ。

 黒ずくめと兄弟というのはその通りだね。


 「とにかく今は登りま――な、なんですか!?」


 上、もうすぐ着きそうな山頂から凄まじい爆発音が響いた。

 見上げると、白い炎が舞っている。


 「あの炎! 見覚えがあります!!」

 「戦闘か? 誰か大蛇と戦っているな!」

 「行きましょう!!」

 「ああ!」


 残り一息、一気に駆け上がる。

 あの炎……白炎びゃくえんとでも言えばいいのか。

 あれ、マキナの使っていた炎だ!

 マキナの使っていた魔法だ!

 あそこに、マキナがいるの?

 敵として?

 それとも……




 ◇■◇■◇


 息も絶え絶えに山頂にたどり着くと、初めてその相手の全容が把握できた。

 火口からせり出した怪獣みたいな体躯は、ある意味予想通り。

 今まで相手をしていた首だけの蛇とは違い、竜のように立派な胴体を持っている。

 そして九尾の尻尾どころの騒ぎじゃない尾が、その巨躯から数多に伸びている。

 おそらく、あれが今まで遭遇していた蛇の頭。

 単なる尻尾だった訳だ。


 「……これは、まあ、ある意味予想通りの」

 「化け物め――!」


 俺の言葉を引き継いで、ジンさんが答える。

 胴体から頭に伸びるは、予想通りの8つの頭を持つ大蛇。

 その一つ一つの頭が、尻尾のそれとは比べようも無いほど凶悪だ。

 そして蛇のくせに胴体から腕まで生えている。

 ひぃえぇ……生物として気持ち悪い……


 「――いっけえ! スターフレア!!!」

 「!?」


 威勢の良い声に、白い炎に囲まれて空中に浮いている少女に目が留まった。

 堂々と小さな身体で大蛇と向かい合っている。

 唱えた魔法は火の上級魔法!

 まばゆいばかりの炎が、ヤマタノオロチに炸裂した。

 白の炎が大蛇を焼き尽くさんと燃え上がる。

 ……申し分なしの威力!

 エクレアにも引けは取らないか?


 「――あ!?」

 「へ? ……って、エクレア!??」


 大蛇と戦っている少女と目が合った。

 ……エクレア?

 いや、エクレアじゃ……ないよね?


 「ああああああっ!!」

 「なになになにっ!?」


 あまりの形相にちょっと引いた。

 ――あ!?


 「ちょっと、前! まえ!!」

 「まえ~?」


 本当に可愛らしく、エクレアに似た少女が首を傾げた。

 すっげええ可愛い!

 じゃなくって!


 「――ライトニング!!」


 今まさに少女に襲い掛からんとしていた大蛇の頭を弾き飛ばした。


 「まだ終わってませんよ! 何を気を抜いているんです! 死にたいんですか!!」

 「ぶぅっ!」


 ……なんか頬が膨れた。

 すっごく、危うい子だな……

 スターフレアを使えるあたり、ただものじゃなさそうだけど。

 一旦仕切り直すつもりなのか、俺たちの所に向かって降りて来た。

 地面に降りて炎を消すと、眉間に皺を寄せた可愛らしい顔が露わになった。

 真紅の髪に、琥珀の瞳がかなり特徴的で目を惹く。

 ついでに服装も目を惹く……

 年の頃は10歳前後だろうか?

 まだまだ色々と発展途上だ。

 すっさまじいほど可愛らしいのは、確かだけど。


 「……」

 「あの、えっと……怒ってます?」

 「ぷいっ」


 かわっ!

 ……とか言ってる場合じゃないからね、今全力で敵前だからね!

 既に張っていたライトニング・フィールドで敵の動きを把握。

 噛みつくと言うよりも押し潰さんとする大蛇の一撃が天から降ってきたが、それをふくれっ面の少女を抱きしめながら躱した。


 「大丈夫ですか?」

 「……」

 「えっと、あなた、名前は?」

 「……にへへ」


 おや?

 何か知らんが、幸せそうに顔がふやけているぞ?

 少女を抱きしめたまま着地。

 見ると、どうやらジンさんも上手く躱してくれたようだ。

 とりあえず抱きしめていた少女を降ろす。


 「……」

 「……」


 ――降りなかった。

 首に抱き着いて離れない。

 こらこらこらこら!?

 今、本当に、遊んでる場合じゃないんだって!?


 「ジンさん!」

 「足手まといなら、一旦ガキを連れて離れてろ!」


 尻尾の蛇と、頭の蛇と、胴体からの腕の攻撃もある今のヤマタノオロチ相手に1人置いていくのは心苦しいどころの話じゃない。


 「……いえ、このまま戦います!」


 わしゃわしゃっと乱暴に少女を撫でる。

 危ないから離れないと知らないぞ、と脅しも含めて。


 「にへへ」

 「……」


 満面の、満ち足りた笑みだった。

 ダメだ、こりゃ……

 なんでこんな子がこんなところに?

 ええい!

 やるしかないか……!

 身体に雷を巡らせて大蛇の前を走る。

 突然尻尾の蛇が地中から飛び出して来たりするので、フィールドは常時展開。

 その上で、効果的な一撃を与えないと……!


 「ライトニング!」


 ジャンプして、大蛇の頭の方にある蛇の口に直接魔法を叩き込む。

 少しは暴れるが、やはりこの程度では弱い!


 ――そしてジャンプしたのは拙かった。


 方向転換できない空中で、他の頭が俺を食い殺さんと群がって来た。

 斥力で払い除けながら、いなすしかない!


 「――動かざること山の如し!! アイシクル・ガーデン!!」

 「!?」


 抱き着いていた少女が叫ぶと同時に、白い氷の結界が俺たちを囲んで展開された。

 それに大蛇の頭が次々と群がってくるが、割れない、砕けない!


 「にへへ、凄い?」

 「……凄いです!」


 というか、本当に凄い物を見た気がする……

 この子、道具とかに頼った訳じゃなくって――2種類の魔法を使ったのか!?


 「か~さまぁ……」

 「……?」


 蚊の鳴くような声で女の子が唸った。

 全力で甘えてくる猫のように、首に顔をうずめて頬を擦り付けてくる。

 や、なんていうか、可愛らしい事この上ない……


 「えっと、あなた……名前は?」

 「うん~~」


 ダメだ、この子……

 凄いんだけど、凄くないというか……

 いや、凄いんだけど……むしろ年相応というか……


 「私は、アリスです。あなた、お名前、言える?」


 擦りついてくる少女の頭を優しく撫でながら、顔を近付けて聞いてみる。


 「……ちゅう」

 「へ?」

 「ちゅうしてくれたら、言える」

 「……」


 うぉい!

 どんな状況やねん!

 ヤマタノオロチさんは今でも氷の結界を砕かんと巻きついて来てますが!?

 それを無視して、ちゅう!?


 「ま、いっか」


 子供の可愛いわがままじゃないの。

 深く考えるのは止めた。


 「悪い子にしてたら、ちゅうしてあげませんよ? この1回だけ、特別です――ん」


 目も瞑らず、瞳を輝かせる少女の額にちゅうをした。


 「う~~~~~っ!」


 ぶるぶる震えて少女が唸り出した。

 ど、毒は持ってないぞ?

 俺は毒に侵されてるけど……


 「ルミナ!!」

 「おお」


 ちゃんと言えましたか!

 偉い!

 思わず頭を撫で撫でしてあげる。

 良い笑顔だな~。

 この子、リンちゃんと変わらないくらい甘えんぼうだな、年上なのにねぇ。


 「史上最高の天才! ルミナだよ!」

 「ふふ、なるほど」


 天才か。

 あながちウソとも言い切れないよね、2つの魔法を操る特異さ。

 この歳で上級魔法を放つ才能。

 素晴らしいのは確かです。

 ……ちょっと詰めが甘いというか、不安になる感じの子ではあるけど。


 「ルミナはどうして、ヤマタノオロチと戦ってるの? 1人で戦うなんて、危ないですよ?」

 「それは、えっと~~、ちょっと待って!」


 ルミナちゃんはポケットからメモを取り出した!

 しかし何度も言うが、戦闘中である!

 大丈夫か、ほんと……

 結界の外に目を向けると、脱出不可能なほど蛇に巻き付かれている。

 幸い砕かれるような事は無いほど丈夫みたいだけど、どうするよ……


 「1番の理由はね!」

 「はい」


 にへへ、とルミナちゃんが笑う。


 「あいつが悪い奴だから、やっつける!! それだけ!!」


 ――ああ、この子を敵とか正体不明の間者とか疑うのはもう止めよう。

 初対面だけど、不思議とそういう疑りが馬鹿みたいに思える。

 なんというか、無償の愛を向けたくなる……本当に不思議だけど。


 「……なるほど、納得しました」

 「見てて、か~さま!」


 か~さま?


 「あたし、あいつをぶっ飛ばすねっ! ――バースト!!」


 言葉通り、氷の結界が爆裂した。

 巻き付いていた蛇も当然、吹っ飛ばされる。

 すっげ……

 自由になって俺たちは、そのまま一旦地上に着地する。


 「無事だったか!」

 「ジンさんも!」


 蛇の攻撃を避けるのに精いっぱいみたいだが、何とか捌いて生き残っている。

 ルミナちゃんも、ひとまず落ち着いたみたいだし……仕切り直しだね。

 いきなり頂上に着いて戦闘に入っちゃったけど、そういえばリンちゃんはいるのか?

 初めて山頂の様子を見渡した。

 すると、ヤマタノオロチの背、火口をぐるっと回った向こう側に建物が見える。


 「というか、祠! もしかして、あそこ?」

 「可能性は高い。あそこは結界が強い、ヤマタノオロチも手を出せん。シゲンもいるかもしれんが……巫女もいる可能性は十分ある!」


 上手く攻撃を掻い潜って、確認だけでもしておきたい。

 倒すより、逃げる方が簡単だろうしね。

 逃げると……俺の命も厳しいけど。

 今でも流れ出ている腕からの出血を押さえる。

 それを、ルミナちゃんに見られた。

 表情の変化に富んだ子である。

 まっっっ青になった。


 「か、かーさま! それ!」

 「大丈夫です、まだまだ、元気です」


 ようやく降りてくれたルミナちゃんに、ガッツポーズをしてみる。


 「ヒール!」


 ルミナちゃんが、傷口にヒールをかけてくれる。

 本当にこの子、何でもできるんだなぁ。


 「ふ、塞がらない!? なんでっ!」


 再び、メモを見始めるルミナちゃん。

 う~ん、あのメモは何だろう?

 そうこうしている間に、吹っ飛ばされていたヤマタノオロチの体勢が整ったようだ。

 8つの首が取り囲むように俺たちを見据えている。

 尻尾の蛇も、いつ地中から飛び出してくるか分からない。

 ……しかも、牙には毒がある。

 大軍で攻めても、向こうも軍勢のようなもの。

 パーティ単位で攻めても、図体はデカいわ、タフだわ、毒の含まれた攻撃の1つ1つが致死性だわで、これは相当に厳しい。


 「ヤマタノオロチ……アシタカ王国が恐れた、伝説の化け物か……」


 やっぱり、祠を確認して逃げるが勝ちか。

 倒しきるイメージが湧かない。

 毒は、ティルに何とかして貰えたらいいんだけどな……

 そこまで保つか、それとも何ともならないかも、しれないけどさ……


 「……絶対、許さない!」


 ずっと俺に寄り添っていたルミナちゃんが、ヤマタノオロチに向き直って強い視線を向けた。

 どこか遊び半分な感じもしてたけど、ようやく本気?


 「――っ!?」


 ちりちりと、皮膚を刺すような魔力の波動を感じる!

 ルミナちゃん……?

 しかも、これって覚えが――


 「――魔眼、解放!!」


 爆発的に、魔力が迸った――

次回『マキナ』

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