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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
五章 来訪者編

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悪夢への序章

 ジャンプ、ジャンプでショートカットしながらお山を登り始めてしばらく。


 「またですか」


 何度目かの跳躍をしつつ、眼下に転々と落ちている荷物を確認した。

 先に登ったシゲン率いる敵方の兵のものか、追跡で入ったエニシさんの味方の兵のものか。

 何かしら、普通ではないことが起こっている……ということだろうか?


 「おっと、そろそろですね」


 上を向くと、ちょうどジンさんが降ってきた。

 キャッチ!

 あーんど、リリース!

 再び雲の彼方に投げ捨てる。

 正確にはバレーボールのように、弾いている感じ。

 え?

 だって抱き付いてジャンプなんて気持ち悪い事出来る訳ないじゃないですか?

 エクレアでもあるまいし……

 そんな感じで登頂を目指して、ひとまず休憩するために着地した。

 最初の目的地である、山小屋である。


 「ふぅ、急がば回れ。リンちゃんを助ける為にも体力は整えておかないといけませんしね」


 後ろでジンさんが吐いていた。


 「大丈夫ですか?」


 酔ったのだろうか?

 情けないなー。

 ジェットコースターよりかは、ちょっと厳しかったかもしれないけどさ。

 仕方ないので背中を擦ってあげた。


 「……おい」

 「はい?」

 「弟に操を立てているのか?」

 「いえ、まったく」

 「……男が嫌いなのか?」

 「いえ、そう言う訳でも」


 男が嫌いって訳でもないよねぇ。

 ちょっと説明し難いけどさ。


 「なるほど……完全なる種族、と呼ばれるだけの事はあるか」


 完全なる種族?


 「え? もしかして、私の種を知ってるんですか?」

 「何を今更。お前はもう有名過ぎる。銀の雷精、エルフの乙女」


 おっさんに黙っとけって言われてたのにな、どこでばれたんだろ?

 でも自分に力が無い時にばれたら危険だろうけど、今の俺は我が身を守る後ろ盾が結構大きいからな。

 それほど問題とも思わないな。


 「ふ~ん、私たち、完全なる種族とか言われてるんですね」


 俺はハーフエルフなんだけどな。

 じゃあティルは、まぎれもなく完全なる種族だな。


 「エルフは世俗に疎いんだな」

 「あまり関わらないようにしてるので」


 ティル以外のエルフを見た事ないし、ティルも引きこもりですし。

 ……リブラがいるけどさ。


 「お前たちは、そもそも女しかいないだろう?」

 「……ん?」


 そういえば、そんな事を聞いたことがあるような?

 前々からちょっと疑問だったけど、じゃあ種はどうやって維持されてるのか?

 他種族と常に交わる、ということなら純粋なエルフなんて滅多にお目にかかれない。

 それどころか、純粋種なんてあっという間にいなくなる。

 でもそれはおかしい。

 だって俺がハーフエルフって事に、ティルはびっくりしてたからね。

 ハーフであること、つまり他種族と交わる事の方が稀なのだ。


 「……それが?」


 知ってますけど、何か?

 という態度を取ってみる。


 「だから、基本的には同性しか好きにならないのだろう?」

 「……ふ、む」


 間違ってない。

 俺に関しては間違ってない。

 ティルは知らない。


 「そして、お前たちは子を為すのに基本的に異性を必要としていないだろう? だから、俺たちヒューマンや他の種も、お前たちの事を完全なる種族、と呼んでいる」

 「……」


 子を為すのに、異性を必要としない?


 「大、事件!!!!!」


 俺が恐れ慄いていると、ジンさんがびっくりしていた。


 「な、なにがだ?」

 「あ、いえ、こっちの話です。気にしないでください」


 ……ちょっと、待て。

 子を為すのに異性を必要としない?

 じゃあどうやって子供できるの?

 コウノトリ説が有力ですか?

 それとも、なんかこう、もっとファンタジー的な神秘が?


 「……魔力?」


 む~~。

 謎だ。

 謎だが、俺は腕を組んで仰々しく頷いた。


 ――お姉ちゃんと、家庭を築けるのでは?


 同性?

 いいや、それがどうした。

 エルフにとっては普通ですー。

 うははっ!

 やった!

 やったぞ!

 ま~ね~?

 子供ができるかどうかが全てではないけどね~?

 でも何か幸せな家庭が想像できるようじゃありませんか!

 お姉ちゃんと子供に囲まれて幸せな俺!

 ご飯を用意してあげる俺!

 お仕事に行くお姉ちゃんと学校に行く子供をいってらっしゃいと見送る俺!


 「……役割おかしくない?」


 首を捻った。


 「さっきから考え込んで、どうした?」


 いいから、お前は胃の中を空っぽにしてろ。

 げろげろしてろ。

 俺は今、今後の人生設計を検討中だ。


 ――アリス、あなた……エルフですよね?


 ――な、何言ってるのよバカ! これだからエルフは!!


 寸分の違い無く、2人の声は再生できます。

 ちょっと映像まで再生されて、頭がのぼせた。

 ううむ……いや、まさか……?

 これは大事件、になるぞ……本気で。


 「本当にどうした? 大丈夫か?」


 いつまで経っても自分の世界から帰ってこない俺を、ジンさんが心配していた。


 「……好きな人が、6,7人居てもいいですよね? 全然変じゃない」

 「おかしいだろ……」


 俺は外野の声に惑わされなどしない。

 強く頷いて、ひとまず休憩するために山小屋に入った。




 ◇■◇■◇


 ――入った山小屋は、とても休憩できるような場所ではなかった。

 少しは場馴れしてきた俺だが、その惨状を見て口を押えた。

 四肢が『まともに』つながった遺体が無い。

 濁った血が絨毯のように床を色づけている。

 遺体は少し溶けているモノもある……

 目がない、鼻が削げている、脳髄が……


 「うっ――」

 「無理をするな、外に出ていろ」


 今度は立場が逆転して、ジンさんは淡々とその惨状を検分していた。

 臭いも相当厳しいので、大人しく外に出た。

 持ってきた水筒で口をゆすぐ。

 気持ち、悪い……

 浮かれていた自分がバカみたいだ。

 こんな所にリンちゃんが連れてこられているかと思うと……!


 「おい……」


 気分を落ち着けようと深呼吸していると、青い顔をしたジンさんが山小屋から出てきた。


 「まずい事になっている」

 「それは……見れば分かります、惨い事です……」

 「そうじゃない」


 遺体を見て顔を青くしている訳ではなかった。

 ジンさんは力なく首を振って、お山の頂上を見上げた。


 「……復活している」


 まさか……


 「それって……?」

 「ヤマタノオロチが、復活している」

 「それが封印された化け物、ですか?」

 「ああ……」


 ヤマタノオロチ。

 八つの頭を持つと言われてる、あの大蛇か?

 やっぱりこの世界、どこかしら繋がってる何かがあるな。


 「…………封印が解けてるって、どうして?」

 「山小屋の遺体、あれは人の仕業ではない。まして、魔物の仕業でもない。この山は霊峰ミソギ山。神聖な霊力が立ち込める山だ。ならば犯人は魔物でもないシロモノ……」


 封印された大蛇としか考えられない訳か。


 「兵たちは、山小屋で休憩していたところを襲われた?」

 「いいや、恐らく別の場所で戦ってやられたのだろう――飲み込まれていた形跡がある」


 ……エグい。

 蛇は獲物を飲み込んで、別の場所で吐き出すことがあるらしいからな……


 「……でも封印が解かれたら、封印の巫女はもう必要ない?」


 つまり、リンちゃんは無事でいられる?


 「再封印を目指すに決まっている。それどころか、ヤマタノオロチに食われる事も考えられる」


 そもそもマキナはどういう立場なんだ。

 あの目……蛇に似た目が気になる。


 「急ぎましょう」

 「まて! おまえ、魔力は大丈夫なのか?」

 「気にしてる場合じゃありません」


 ここは体調の万全を期す場面じゃない。

 もう状況が変わった。

 一刻を争う。

 そもそも、常に万全の体勢でしか戦えない奴が火急の際に人を助けられるか。


 「間に合った所で、返り討ちでは意味がないぞ! 応援を待つ手もある!」

 「馬鹿ですか!?」


 応援を待つ!?

 いつまで?


 「あなたの言ってる事はたぶん正しいです! 正論です! 私1人でどうしようもないかもしれません!」


 そして準備万端、さあやるぞ?

 リンちゃんは?

 例え敵の兵や大蛇の手にかかっていなくとも、あんな小さな子が飲まず食わずで山の上で放置されたらと思うと、気が気じゃない。


 「いいですか? ここは議論の余地はありません。無理でも何でも押し通す、それだけです」


 俺の不覚は、呆気にとられてリンちゃんをみすみす危険に晒したこと。

 サイラの言う通り、今は最後まで信じて動くしかない。


 「……無鉄砲な奴だ。だがお前の言う事も間違ってはいない。どちらを取るかという話でしかない。所詮、俺たちにできるのはどちらかを選んで、どちらかを取りこぼすしかない訳だからな」


 取りこぼしたりはしない、と口に出して宣言できるだけ強かったら良いんだけどな。


 「私はもう行きますけど、ジンさんはどうします? 吐く覚悟があるなら、運んであげますけど」

 「そのくらいは安いものだ。好いた女の忘れ形見まで失う訳にはいかんからな」


 ……ん?

 好いた女、ねえ。

 恋バナは大団円の後でよろしいでしょうか?

 緩みそうな空気を首を振って振り払おうとして、ふと、違和感を感じた。

 何か、足元が揺れた気がしたのだ。


 「なんだ?」

 「いえ……」


 足元を見つめる俺に、ジンさんが疑問符を浮かべる。

 今の所なにがどうした訳でもなく、曖昧に返事をするしかなかった。

 しかし違和感、これを見過ごす事は取り返しのつかない事態に発展する場合がある。


 「少し、確認します」


 一応、というくらいのつもりでライトニング・フィールドを展開する。

 地震などこの国に来てから頻繁に遭遇している。

 だから微細な揺れなど違和感にはならない。

 小さく感じた足元の揺れ。

 何か奇妙だ。

 たったそれだけの事が、この時はどうしても気になった。

 結界で空間を探る。

 もちろん、地中の方も円を描くイメージで魔力を通した。


 ――何かが、地表に向かって突進していた!


 「小屋から離れてっ!」

 「ちっ……!」


 機敏な動きでジンさんが離れた瞬間、小屋が爆発した。

 地中から突き出した『それ』によって、小屋も遺体も四方に弾き飛ばされた。


 「--蛇!」

 「くそっ! やはりもう!」


 瞳孔が縦長に割けた目。

 ぬらりと艶のある鱗に覆われた長い胴体。

 地中から突き出したその胴体の長さは家に巻き付くことが出来るほど太く、長い。

 凶悪そうな牙のついた頬の避けた大口、そこから伸びる細い舌。

 人間など、丸呑みにできる体躯だ。


 「サンダー!!」

 「シャアアアアアア!」


 相手が動く前に、攻撃を叩き込む。

 雷の攻撃に暴れ狂うが、致命傷ではない。

 怒りでますます大きく膨らんだようにすら見える。


 「でも、こいつを倒せば終わりですか!?」

 「馬鹿を言え! ほんの一部だ!」


 ジンさんの言葉と同時に、山の地面から大蛇の頭が次々と飛び出してきた。

 その数、1頭、2頭!

 3,4,5――まだ増える!!


 「8頭どころじゃないじゃないですか!?」


 これはもはや、軍勢だ!!

 大蛇の大群が、俺たちを取り囲む。


 「誰が8頭などと言った! 喋っている暇があるなら、攻撃しろ!」


 ジンさんが1頭の蛇を切り伏せながら叫ぶ。


 「攻撃って言われましても……」


 こんな、全部を相手にどうしろと。

 いちいち狙いを絞ってたんじゃキリがない。

 よし!

 左手のリングを通して、魔力を込める。


 「古き女神よ、その力を持って我が前に天の裁きを下せ! ――イシュタル・エッジ!!」


 増幅された本気の上級魔法の範囲で薙ぎ払う。

 凄まじい雷鳴が轟き、稲妻が縦横無尽に走り抜ける。

 逃げ場などない、神の鉄槌。

 山が震えた。

 大蛇の大群が咆哮をあげて悶え倒れた。

 焼け焦げたもの。

 身体を裂かれたもの。


 「銀の雷精……言われるだけの事はある」


 しかし、結構な魔力の消費だ。

 消耗も大きく、足にキた。


 「これで、どうにかなりましたか」

 「の、ようだ」


 地中から首を出していた大蛇の大群は、一匹残らず倒れ伏していた。

 足の踏み場もないとはこの事だ。

 しかしここから先、ジャンプして移動するには厳しい。


 「歩いて、どのくらいかかりますか?」

 「登頂まで、ここからなら半日もかからないだろう」


 山登りを半日足らずか。

 魔力はゆっくり回復するとは思うが、体力的には限界だろうな。

 ジンさんの言う通り、戦える状態に無いかもしれない。


 「ジンさん」

 「なんだ?」

 「頂上で何かあった時、私は戦えないかもしれません」

 「ああ」

 「その時、私はリンちゃんさえ助けられれば死にもの狂いで逃げますけど、命を大切に思うならどうぞ今のうちにお帰りを」


 お前は見捨ててリンちゃんだけを連れて帰る、そう忠告する。

 今のうちに、ありそうな状況をシミュレーションする。


 「お前が時間稼ぎをして、俺が巫女を逃がすという選択もあるが?」

 「却下です。我が身可愛さとはまた違って、私はそれほどあなたを信用していませんし。蛇を封印したさで生贄にされても困ります」


 エクレアやシオンさんなら、そういう事も考えるけどさ。


 「なるほど、どうしてなかなか。現実的でしたたかな女だ」


 ジンさんがおかしそうに笑う。


 「で、どうします?」

 「行くさ。おまえに興味が沸いた」

 「可哀想な事です」


 色んな意味でそう言った俺に、再びジンさんが笑った。

 ――そんな俺たちの間に、倒れていた大蛇が1頭飛び掛かってきた。

 2人とも咄嗟に身を翻して蛇の咢を躱し、すかさずジンさんが頭を追って小太刀を突き刺した。


 「気を抜いている暇はないようだ」

 「そうですね、行きましょう」

 「ああ」


 ビリっと、腕に痛みが走った。

 リジェネレイトローブの下から、小さく血が滲んでいる。

 今の一撃か?

 どちらにしても、この程度の傷はヒールすら必要ない。

 ローブが癒してくれるだろう。


 「――あ、れ?」

 「疲れたか?」


 歩き始めた足元が覚束ない。

 何度か地面を踏みしめてみる。

 問題は、無い……と思う。

 やはり、少し疲れたか?


 「大丈夫です、せめてリンちゃんを見つけるまでは、疲れたなんて言ってられませんから」

 「……分かった」


次回『史上最高の天才』

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