王都スメラギ
今日も今日とて晴天に恵まれた、絶好の旅日和である。
難しい事はとりあえず置いておいて、今を楽しむことにする。
今のこの瞬間は二度と戻ってこない。
「でし、これなに~?」
「それはヒメジオンというお花です」
たぶん。
こっそりサイラを伺ってみる。
首を捻るだけで特に反応は返ってこない。
正解とも不正解とも分からぬ。
ヒメジオン。
元の世界であれば、どこでも見られるポピュラーな白い野花である。
道端に咲いていたその野花を、リンちゃんが興味深そうに覗き、キュウがくんくん嗅いでいる。
「これはこれは~?」
その近くの黄色い野花を指さすリンちゃんに頷く。
「それは野花の王、ダンディなライオンです。手を近づけると噛まれます」
「ふえ!?」
「キュ!?」
慌てて離れる1人と1匹。
かわゆいのぅ。
「平和だねえ」
マキナが腕を伸ばしてあくびをしている。
滝の洞窟から王都に向かう道程は、まさに平和そのものである。
これこそが本来あるべき東へのお出かけだよねぇ。
俺の足元に隠れたリンちゃんとキュウの頭を撫でてから、失敬してタンポポを摘み取る。
既に咲き終えて、綿毛に包まれている花だ。
軽く息を吹きかけてやると、綿毛がそのまま風に乗って空まで登って行った。
「わ~! すごい!」
「こうやって、お花さんは種を遠くに飛ばすんですよ」
「それでそれで!? どうなるの?」
「また季節が巡って、その種が新しいお花さんを咲かせるんです」
「噛みつくの!?」
「ふふ、がおー! ですよ!」
「きゃはっ」
「キュイ!」
楽しそうに逃げる2人を追い掛け回す。
「和みますにゃぁ」
「そーだねぇ」
そんな感じで道中は旅を満喫した。
真の強者とは、抜く時は抜く、そういうものです。
……ティルはだらしなさ過ぎだと思うけど。
休憩を挟んだり疲れたリンちゃんをマキナがおんぶしたりしながら、お昼には目的地でもある王都に滞りなく到着した。
俺たちの歩いて来た、馬車なども通る整備された公道には関所が設けられていた。
その関所の小屋の傍には物見台が建てられており、しかも間隔を開けてその物見台が点在しているのが目についた。
おそらく街を取り囲むように見張りを置いているのだろう。
城郭のあるアルセイド王国や、水路を利用した天然の要塞でもあるウィルミントン公国とはまた違った苦労がありそうだ。
――そして。
「……遠くからでも目につきましたけど、近くから見るとまた何とも」
王都の裏手に連なるように、お山が聳え立っている。
山登りするには骨が折れそうだねぇ。
雪化粧されたお山の雄大さに、畏敬の念を禁じえない。
自然、凄い。
「今日は宿でゆっくり休んで、明日早速登ろうよ」
何か急いでるよね、マキナ。
う~ん、お山か。
急げばそれだけ危険に遭う確率は減るのかな?
「お?」
通行料を払って関所を抜けると、その先に見知った顔が待ち構えていた。
黒ずくめのお兄さん、ジンさんだ。
「少し、付き合え」
いやです。
◇■◇■◇
アシタカ王国の王都スメラギ。
目に付く建造物はまさに和風。
木造建築に瓦を使った屋根、家屋の戸口は引き戸が使われている。
お団子ののれんが掛ったお店も見つけた。
屋根の付いた箱馬車の座席から、物欲しそうにリンちゃんが眺めるばかりである。
ジンさんに馬車に乗せられて、俺たちは寄り道せずにお城に連れられているからだ。
「もう襲ってこないんですか?」
「ベッドの上なら襲ってやる」
対面に座るジンさんを警戒しながら問いかけると、口の端を吊り上げて笑って応えた。
「……子供の前で」
あのむっつりな黒ずくめの兄とは思えないフランクさじゃないか。
どっちが良いとか言えないけど。
「何かするつもりなら、もう一度ボクがふん縛るまでだよ」
ゆったりした馬車の隣に座るマキナが息巻いた。
しかしマキナ、何かされたら俺は縛るだけでは許さないよ。
でも何ていうか、自分がこうなってしまってから、男の人の鍛えられた筋肉なんか見てると凄いなぁとか羨ましいなぁとか興味を惹かれるのも確かだが。
俺はおかしくなったのか?
「で、一体どうして私たちはお城に招待されてるんでしょうか?」
「王の命令だ、行けば分かる」
王?
「王に会うんですか?」
「ああ」
王か。
確か、反乱がどうとうか言ってたよな。
というか気軽に偉い人に呼ばれても困るんだよな。
「……そういえば、反乱が終わってまだ間もないと聞いていますけど」
「ああ。しかし間は無くとも、終わったのは確かだ」
「まだ色々とお忙しいのでは?」
「そうだろうな」
他人事みたいだな、あんた。
「あなたの事情は良いんですか?」
「上の命令が優先されるだけだ」
「組織に属してるんですか?」
「気楽にはいかん、という訳だ」
「もしかして、近衛?」
「そんなに良いものじゃない」
質問すると意外と答えてくれるんだな。
全部はぐらかされてるけど。
「ソルトさんは元気ですよ」
「おにーちゃん、げんき! でしのことすき!」
「ほぅ?」
ほぅじゃねーよ、納得すんな。
「ん? リンちゃん、この人の事は知らないの?」
そういえば。
「しらないー」
兄妹じゃないの?
デリケートな問題か?
この場で突っ込むのはやめとこう。
それに黒ずくめと比べてもちょっと歳が離れてるように見える。
リンちゃんが物心つく前に離れたのならそういうことも、あるか?
――そのリンちゃんが、突如猫のように首を掴まれて持ち上げられた。
「え?」
あまりにも呆気に取られて、咄嗟に何も行動できなかった俺は致命的だった。
その犯人はジンさん――ではない。
「――何をしている?」
ジンさんすら、驚いた様子でそれを訝かんでいた。
「……マキナ?」
リンちゃんを俺の膝の上から持ち上げたのは、隣に座るマキナだった。
「――コマルナ」
マキナの喉から彼女のものではないような、どす黒い声がした。
「ケッカイ、ニ、トジコモラレテハ、メンドウ、ダ」
「何を言って……?」
突如雰囲気の変わったマキナの黒曜石の瞳が、爬虫類のように縦長に裂けている。
この眼、まるで……蛇!!
「ちい!!」
ジンさんが動いた。
腰から引き抜いた刀――短すぎる、小太刀か?
それでマキナに切り掛かる。
場数の違いか、状況判断が早い。
俺は――瞬間的な判断で、雷撃の斥力でその小太刀を払いのけた。
「っ馬鹿が!!」
マキナを討つチャンスを失った、その憤りをぶつけてくる。
「クク! エルフヨ、ヨクヤッタ、ホウビニ、ウヌハ、イカシテヤロウ」
なんだこの気配……これは……
「マキナ? マキナ!! 目を覚ましなさい!!」
正気とはとても思えない。
「マキナ……?」
リンちゃんも不安そうに、マキナを見上げている。
……こんなことをするような子じゃない!
「――リンさんを、離してくださいにゃ!!」
注意の向いている俺たちとは逆側――一番端に座っていたサイラが、マキナに跳び付いた。
「――ジャマダ、シネ!」
言葉と同時に、氷の結晶が出現した――!
詠唱無し!
ブリザー!
「あっ!? ううぅ!」
飛び込んだサイラの肩に、ブリザーが突き刺さった。
――状況に付いて行けなかった、俺のせいか!!
「マキナあああああっ!!」
「フン、モラッテイクゾ」
叩きのめしてから、事情を聴く。
そう思った矢先、マキナが消えていく――リンちゃんと共に。
「でしっ!」
「リンちゃん!!」
手を伸ばすが、間に合わない――霞のように、2人は消えてしまった。
◇■◇■◇
「痛みますか?」
「大丈夫ですにゃ、ありがとうございます」
案内されたお城の一室を借りて、サイラの為に布団を敷いてもらった。
ヒールで癒した肩には幸い傷跡は残っていない。
ただ、痛みはまだ残っているはずだ。
「リンさん、助けられませんでしたにゃ……」
「あれは……私のせいです」
タイミングは、たぶん最初にジンさんが動いた時しかなかった。
「……いいえ、アリスさんは全然間違ってないですにゃ。いきなり仲間に切り掛かったりしない、それがアリスさんです」
未だに甘いって事なんだけど……確かに、俺にはあのタイミングでマキナを切り殺すのは無理だ。
この結果が出た後で考えてみても、やっぱり無理だ。
でもそれでリンちゃんを危険に晒して良いって事にはならない……!
どういうことだ!
何でこうなる!
やっぱり引き返せば良かったのか!?
「しっかりして下さいにゃ、アリスさん!!」
サイラの枕元で正座をして握りしめていた拳を、そっと握られる。
「まだ、リンさんは大丈夫です! ここでくよくよしてる暇は、ないですにゃ!」
「その……通りです」
後悔とか自責とか、今はそんなものに囚われている場合じゃない。
リンちゃんは生きている、それを最後まで信じなくてどうする!
それを前提に、どこにどうやって辿り着くか?
今は一刻も早く情報を集める時だ。
――失礼します。
部屋の襖の外、廊下から声がかかったのはその時だった。
返事をすると、侍女と思わしき人が襖を引いて、綺麗な着物を着た男性とジンさんがその後ろから部屋に入ってきた。
「養生している所に申し訳ないがね」
「い、いえ、大丈夫ですにゃ」
「ああ、構わんよ。横になったままにしてくれるかね? その方がこっちも心労が無い」
流れるように侍女に差し出された座布団に、その男性はあぐらをかいて座りこんだ。
ジンさんは畳の上にそのまま正座で、その人の背後に控えるように座った。
険しい顔をする俺に神妙な顔をして、その男性は軽く頭を下げた。
「この度はやっかいな事に巻き込んで申し訳ないと思っている。まずは我が国で起きた事故に、謝罪する」
――事故?
「事故、ですか」
「うむ。事情はこのジンから聞いておる」
背後に控えるジンさんに目配せすると、ジンさんが軽く頭を下げた。
どうやら、この人はジンさんにとっても上司――上の人らしい。
というか、こんな所までわざわざ足を運んでくれてるけど、もしかしてこの人――
俺の表情から意図に気付いたのか、男性は照れたように頭をかいた。
「すまなかった、自己紹介がまだであった。儂はアシタカ王国の王、エニシと言う。まだ肩書には慣れんがな」
自分で言う通り、指導者にしてはざっくばらんな雰囲気がする。
確か反乱のせいでお兄様が無くなって、まだ代替わりして日が浅いはずだ。
「わざわざありがとうございます。私はアリスです。こちらは、サイラ。臥せたままで申し訳ありません」
「事情は知っておると言った、構わんよ」
何とか起き上がろうとしたサイラを、エニシさんがやんわり手で制した。
確かに相手は王族だが、俺たちは呼び立てられてここにいる。
礼を失さない限りは気を使いすぎる必要はない。
俺もサイラに起き上がらないように頷いた。
「さて、早速だが君たちも焦っている事だろう、本題に入ろう」
ありがたい、頷いた。
「ここに来るまでの噂で聞いておるかもしれんが、今年――正確には今この時、この国は危機に瀕しておる」
「……お山の怒りの事ですか?」
「うむ。それは火山の噴火、などという自然のものではない」
火山の噴火も相当危険だろうけど、そういう自然的な危機じゃない……となると。
「あの山――ミソギ山には、魔を封じておるのだ」
「魔を?」
「それは古の魔獣、到底人の手に負えるものではない。それを何代にも渡って、それこそ1000年単位で封印してきたのが、この国の代々の王の務めであった」
それは、まさか……
「ふ、アリス殿よ。お主もその顔を見るに聞き及んでおるのであろう? その封印の方法を」
「本当に、噂通りなのですか?」
「――然り」
――何てことだ。
魔獣の封印を維持する為に、1000年に渡って――生贄を捧げてきたのか。
ぞっとする話だが……それが今必要な話なのか?
「アリス殿、その生贄というのも誰でもいいという話ではない」
「例えば魔力が高いもの、ですか? 私を生贄にしようとでも?」
「いや、違う」
待てよ?
王国が必要とした、特別な人間――マキナがあの夜に話してくれた!
「巫女!」
「うむ……封印の巫女。それが王国が必要としてきた特別な一族だ」
でも待ってくれ待ってくれ!
確か、その一族は……
「――そう、滅んだのだよ」
リブラ……!
何てことだ、生贄を続ければ良いと言うつもりはない。
それでも、恐らく『これ』を目論んで一族を手にかけたリブラ……!
「我が国も切羽詰っておった。封印の解けた魔獣と決死の覚悟で刃を交えるか、何とか再封印の道が無いか。国の存亡が掛ったその問題に意見が割れての、民を無用な苦しみに巻き込む事にもなった」
――ピンと、来てしまった。
国の近衛、忍びと言った方が正しいのか? 忍びであるジンさんが俺たちを襲ったこと。
誰を保護しようとしたか?
リブラによって、ある一族が滅ぼされたこと。
そのリブラ――エルフに強い恨みを持って世界を旅していた黒ずくめ。
黒ずくめに連れられていた――幼子。
「リンちゃんは、封印の巫女!」
エニシさんが重苦しく頷いた。
「リン殿が一族の最後の生き残りであることは、知っておった。ゆえに、ソルトに連れられて国外に出る時も見逃した。儂は、あんな幼い子を生贄にして生き残るなら戦った方が良いと、今でも思っておる」
「当り前です!!」
いや、国の責任者の考える事だ、大を取って少を切り捨てる。
当たり前の損得勘定かもしれない。
でも、俺個人の想いは、リンちゃんを死なせてたまるかってことだ!
「それにリン殿を生贄に時を伸ばした所で、次の生贄はもう居ない。それは未来に――儂らの子供、孫、子孫に絶望を押し付けることに他ならん」
今を取るか、未来を取るか、その意見が分かれての内乱か。
「まさか、マキナは反乱側の……リンちゃんを生贄にしようという側の人間だったんですか!?」
「それは分からん……儂らも、その少女が誰なのか、まるで分からんのだ」
そんな、マキナが……リンちゃんを生贄にしようだなんて考えて俺たちに近づいて来たなんて思えない。
結果が出てしまった今でも、そんな風に思えない。
そうするなら、もっと他に機会はあったはずだ。
マキナの力なら正面から俺を叩き伏せて、リンちゃんを奪えたかもしれない。
「ただ、反乱を率いた叔父、シゲンは実は討ち取っておらぬ。そのシゲンの手のもの、とも考えられぬ事は無い」
「その叔父に命じられて、マキナがリンちゃんを攫って、生贄にする?」
辻褄は合ってるかもしれないが、しっくりこない。
少しでもマキナと一緒に居れば、そんな子じゃないって分かる。
それに、あの時のあの子は……
蛇の目を思い出して、背筋が凍った。
「……とにかく、お話は分かりました。するとリンちゃんは、あの山に連れられている可能性が高いんですね?」
「そうとしか考えられぬ」
「分かりました、それだけ教えて貰えれば十分です。ありがとうございます」
立ち上がりかけた俺を、ジンさんが呆れた目で見て来る。
「……まさかとは思うが、この日の暮れた今からミソギ山を登る気か? 死にたいのか?」
「悠長な事は言ってられないです、リンちゃんは、絶対に助けます」
手遅れになったら嘆いても嘆き切れない。
「――分かった、俺も行こう。お前だけでは迷子になってのたれ死ぬのがオチだ」
「……道案内、してくれるなら助かります」
「ふ、弟の想い人を死地に追いやっては、兄の面目が立たんからな」
「……」
それはもういいって。
「サイラ、ここでゆっくりしていてください、きっとリンちゃんは連れて帰りますから」
「……はい。いつも待つだけの身は辛いですけど、信じてますから!」
目の端に悔し涙を浮かべたサイラを優しく撫でて、立ち上がる。
「リン殿を取り返すのに、相手がシゲンの手のものなら戦いになる。そうでなくても、封印が解ければ地獄の始まり……こちらでも戦の用意、民の避難に動いておく。武運を祈る」
「はい」
どうやらここでサイラの看病に当たっている間に、リンちゃんを取り返す追撃部隊はお山に向かって出しているらしい。
このエニシ王も、立場の中でできる事をしてくれている。
本当はリンちゃんを生贄にした方が良いと思うかもしれない立場なのに……
未来に禍根を残すなら、今戦う、か。
なかなか言えないと思う。
「……いいですか、アリス殿? もし、もしも頂上で封印が解けるようなことがあったら、戦わずにお逃げなさい。それはあなたの相手ではない」
ここまで聞いて、放っておけるほどドライな性格でもない。
「できるだけ、善処します」
叩きのめすように、善処します。
氷雪の2番弟子が、姉弟子の不始末、この国の古くからの呪いを解き放ってやる。
「……あなたが思うよりも、恐ろしいのです。あの、大蛇は」
どっちにしても、リンちゃんを助ける。
今はそれだけだ。
「行きましょう」
「ああ」
ジンさんを伴って、部屋の廊下から一気にお山に向かってジャンプした――
次回『悪夢への序章』




