罰当番の日常
当たり前と言えば、当たり前だが。
あの後、シオンさんの案内で遺跡からは一直線に脱出した。
遺跡に何があるのか、ということを探るのはまた別の機会だ。
出口までの道のりは、そう遠くはなかった。
道中2回くらいクマとエンカウントしたんだが、シオンさんが居てくれれば何の問題も無かった。
……無かったんですよ。
俺はもう、驚かない。
しかし今回は逆にシオンさんが俺に驚いた。
「え!? 一撃!?」
俺が後ろから放った、サンダーの威力に目を剥いていたのだ。
どうやら俺のサンダーは、クマを一撃で葬れる威力らしい。
まぁ、だからってもう変な気を起すつもりはないが。
そうして帰ってきた、リンナルの街。
その我が家(仮)。
「この人ったら、アリスちゃんが心配でもう、おろおろおろおろしちゃってさぁ? だったら通すなって話よねぇ?」
ねえ?
と、おばさんに笑って言われるが、俺はとても「はい」と言える気分ではない。
ただただ謝った。
おっさんにも深く謝った。
妙な後ろめたさを押し付けてしまったから。
因みにおっさんの挙動不審を発見したシオンさんが問詰めて、俺の外出は周知となったらしい。
俺を発見できたのは、どうやらシオンさんとパーティを組んだままだったからのようで、ステータスで調べればメンバーの位置をある程度把握できるらしい。
いや、ほんと、ごめんなさい。
俺は拳骨くらい覚悟して、頭をおっさんに差し出したくらいだ。
怖かったが。
だって、LV38おっさんの攻撃で、LV6(上がった)俺の装甲が耐えられるとか思わないからな?
しかし、おっさんは。
「若ぇうちは、向こう見ずなくらいがちょうどいいんだ」
と、渋い顔を決めて家の中に入って行った。
後ろでおばさんとシオンさんがこそこそ会話してる。
「あれ、絶対アリスの事好きだわ」
「やだねぇ、男って。年甲斐もなく」
おっさ~ん?
俺、男に興味がありません……
明けて翌日、今日は冒険禁止である。
罰として家事全般に、お使いなど細々としたことを頼まれた。
罰って言っても、居候からすれば当たり前な気もするので、本当に優しい家族だと思う。
「箒で掃いて、最後は雑巾がけでいいのね」
さっそく、朝早くから掃除に取り掛かる。
さすがに邪魔な髪は、おばさんから借りたリボンでポニーテールに纏めました。
いや、俺が付けたいって言ったんじゃないよ!?
おばさんがしてくれたんだからね!
「まぁ! 可愛いわ、アリスちゃん!」
「え、そうですか? ……そうですか」
喜んでくれたのは良いんだけど、まだ素直に喜べない俺の男心は如何に?
無くしたくない、この気持ち。
リビングのソファで、ずっしり座っていたおっさんと目が合った。
ダンディな顔で、うむ、と頷かれた。
……どうでも良いけど、この人仕事してんのかな?
今日って、何曜日だ?
俺はとりあえず、無反応を貫いて自分の仕事に取り掛かった。
家が木造なので、要領は学校の掃除と同じようなものだ。
ちなみに、水の確保は井戸である。
地下水が豊富らしく、手押しポンプで水を確保する。
ポンプは庭に設置しているので、それほど重労働ではない。
……普通に体力と力があれば。
「ふぅ、ふぅ!」
桶に水を汲んで庭から家に出入りするのはかなり大変だ。
地下水は豊富かもしれませんが、一度汲んだ水は大事にしましょう。
水、大事。
そうして掃除の準備を整えた俺は、まず高い所から綺麗にしていくことにした。
掃除の基本。
棚の上や、窓の縁などを雑巾で拭いていく。
「窓か……ガラスってどうやって作ってるんだろ?」
「そりゃ、錬金術師が作るに決まってるよ」
決まってるのか、そうなのか。
部屋から出てきたシオンさんが俺の呟きに返事を返して、また部屋に戻って行った。
振り返ると、リビングのテーブルでおばさんが裁縫をしていた。
手元が光っている。
俺が提供したプチパンサーの毛皮を皮のローブに変えているのだ。
手作りは手作りだが、ちくちく縫ったりするのとはまた違う。
ファンタジー、凄い。
そしてソファーでは、おっさんが俺を見てサムズアップしていた。
いいから、仕事しろ。
お風呂掃除から、台所の掃除、それに皆の部屋以外の掃除は全て終わった。
朝が早かったから、まだ太陽は上がりきる前だ。
この世界はまだ時計という、時の牢獄に囚われていない。
太陽が上がりきったかな? という時に教会の鐘が鳴り、沈んだかな? という時にもう一度鐘が鳴る。
そして朝は日の出と共に、鐘が鳴る。
まぁ、時間なんてこれくらいゆっくり流れてた方が良い。
日本人、忙し過ぎ。
お昼はおばさんの用意してくれたパンを食べた。
食べ物はそう変わるものじゃないんだな、と改めて確認した。
フランスパンにそっくりのパンに何かの肉と、レタスのようなものを挟んでいる。
マスタード欲しい。
食欲はというと、身体のサイズが縮んでしまったので、本当に食べられなくなった。
手の平大にカットされたパンを一切れ食べるので限界だ。
おっさんとシオンさんは健啖家で、カットされていないパンを丸々一つ食べていた。
エンゲル係数、高そうだな。
昼からは、お使いだ。
物価の事も、ある程度はこれで分かるだろう。
おばさんに100ルークを渡された俺は、初めてのお使いに出発した。
1ルーク=銅貨1枚
100ルーク=銀貨1枚
10000ルーク=金貨1枚
これがこの世界の貨幣だ。
俺は銀貨1枚を渡されて、ベルトに取り付けた小物袋の中にしまった。
それにしても長閑な街である。
まぁ、俺の実家だって田舎だったんだから、大差ないのだが。
「あ~~~、変な銀髪がいるぅ! 銀髪、銀髪!」
途中、妙なクソガキに絡まれたりもした。
イラっとしたが、シオンさんたちに迷惑がかかったら不味いので、滅多なことは出来ない。
「あ~、君」
「カルだぞ」
……それが?
それがどうした?
なんでお前は今、ドヤ顔で自己紹介した?
ちょっと赤みが掛ったくせっ毛のクソガキ君。
「……え~~、カル君?」
「お前、なんてんだ?」
こいつ、殺そうか?
人間に魔法を放った時、熟練度は増えるのか?
悪魔の実験に心が動かされるわ。
「アリス、です……」
但し!
今俺、反省中。
問題、起しません。
「アリス~~? 銀髪アリス~~! 変なの~!」
何がおかしいのか、俺の周りをちょろちょろ走り回る。
さぁ、どうしてくれようと俺が割と本気で黒い考えを始めた頃、そのガキの頭に拳骨が落ちた。
「ぎゃっ、いってぇ!」
「恥ずかしいから止めてよ! 本当に、すみません!」
クソガキと同じ赤みが掛ったくせっ毛。
健康そうな小麦色の肌に、そばかすが妙に似合っている女の子。
恐らく姉であろう、彼女に平謝りされて、クソガキはそのまま連行された。
「はぁ……」
そんなことも、ありました。
そうして、昼なのに人通りもまばらな街道を歩いて店を見て回る。
果物屋、野菜屋、肉屋、魚屋もある。
魚があるってことは、近くに海でもあるんだろうか?
まさか冷凍で遠くから運ばれてきてるとも思えないし。
とりあえず、俺は買わずに店を見て回った。
リンナル1個で3ルーク。
大根にしか見えない野菜で1ルーク。
何か良くわからないお肉の切り身で5ルーク。
さんまの様な魚で4ルーク。
まぁ、家族分の食材を買って帰ってもお釣りが出るだろう。
何を買うかは任されているし、晩御飯は俺が作ることになっているから、カレーでも作ってみようか、作れるなら。
「……ん?」
さあ、そろそろ買い物をしようかと思い始めた頃に、街道に大きな馬車が乗り入れてきた。
街の人たちにとっても珍しい事らしく、何事かと視線を集める。
俺ももちろん、その人だかりに参加した。
馬車には立派な意匠が施されており、異世界初心者な俺の目を楽しませてくれる。
と、思っていたんだが何かちょっと雲行きが怪しい。
近づいて来た馬車はよく見ると、荷の部分が牢屋のようになっている。
やたら意匠が様になっているのは、その通りなのだが。
意匠に拘った牢屋。
そんな感想。
そして、馬を操る御者と、その横に座る男は相当にうさんくさそうだ。
御者の男はかなり無愛想に見える冷たい無表情だが、黒髪黒目の、まぁイケメンである。
目つきが悪いが。
年の頃はシオンさんと同じくらいではないだろうか?
目つきが悪いが。
「……」
あんまり熱心に見たから、目が合っちゃった。
まぁ、気にしない。
隣の壮年の男は、言うなればマフィアのような迫力を醸し出している。
白髪をオールバックにして、フック船長よろしく眼帯で片目を隠している。
堅気であるはずがない、という風情だ。
あ~、これは関わったらダメだわ。
これに関わったら、またシオンさんに怒られる。
俺は興味ありませんよ~、という風情で買い物に戻り―――かけたが。
かけた、が。
馬車が真横を通り過ぎる時、ようやく荷台の中身が分かったので振り向いてしまった。
注目し続けていたオーディエンスの中で、1人だけ変に動いた俺に、荷台の人物が目を向けてきた。
今の俺と、同い年くらいだろうか?
セミロングの金髪。
世の中に絶望したような、疲れた碧眼。
シオンさん程の胸のボリュームはないが、出る所は出て締まる所は締まった、俺とは違ったモデル体型。
見世物のように、そんな彼女が荷馬車の牢屋で運ばれていく。
いや、見世物なのだ。
「……奴隷?」
呟いた俺の言葉を拾ったのか、察したのか、彼女は悲しそうに目を伏せた。
馬車はそのまま街道を進んで行った。
ようやく観客と化していた人々も、ざわめきながらも日常に戻っていく。
そんな中、俺は最後まで馬車の方を見ていた。
見えなくなる前に、もう一度振り向いた『彼女』と目が合った気がした。




