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その8

「えっ?! 『シンシリョク』って『ジェントル力』のことじゃないの?」

「んんwwwwそれは違いますぞwwww」

 やけにノリよく返したフタマなのであった。

 あ、フタマってこの目の前にいる彼のことね。

 日本語ではあまりメジャーじゃないけれど、もっと二人称や三人称って流行ったほうがいいと思うんだよね、うん。

 だから「フタマ」なんて変な名前覚えなくていいや。

「君の名前も相当変だけどね」

「気にしてるのに!」

 そんなどうでもいいことはさておけばいいのだ。

 名前なんて変えられるのだ。

「……」

 さっきまでよかった彼の海苔が悪くなってしまった。

「俺は養殖業者か」

 さっきまでよかった彼のノリが悪くなってしまった。

「俺はファンデーションか」

「そのツッコミは予想外だったよ……」

 おほん、と私は話を戻すためのアクションをする。

 相変わらず、古臭くて黴臭くて、けれど「これぞ学校の建物」という感じの臭い。

 夏。風が全然入ってこない全開の窓から、蝉の鳴き声が中庭の木々からも聞こえる。座って昼のお弁当を食べていただけで汗がぽたぽた噴き出してくる。

 今日も夏休みの補習を終えて、我々〝野球研究会〟の部室。長テーブルを挟んで、私と彼は向かい合っている。

「話を戻すけどさ」

 私は話を戻す。

「で、君はどこで『シンシリョク』なんて言葉を知ったんだい?」

 私が戻している最中に話を横取りされた!

 答えるけどさ。

「お父さんがさ、突然トラックの運転手になるって言い出して、昨日一発試験で受けに行って見事合格してきたんだよ。その話を聴いてさ」

 お父さんは自慢げに青色免許証の「種類」のところを見せつけてきた。

「その話、オチがあるな?」

「この話のオチは……」

 彼は察した。

「お父さんが取った『種類』は、中型の8トン限定解除だった」

「……そりゃあ、なんというか」

 彼は少し間を開けて、けれど続けては何も言わなかった。

「けれどさ、君はお父さんがトラックの運転手になって大丈夫なの? 家を開けることになるんだろ?」

「そうだよ大丈夫じゃないよ! 私のご飯はどうなるの?!」

「それ『旦那から嫁への禁句』ナンバー1だよ」

 と、可憐な女の子である私に向かって、彼は言った。

 ……彼は口を引き結び目をぐっと瞑って、何も言おうとはしなかった。

 ここは彼に奪われてしまった私の話を元に戻すしかないだろう。

 おほん、と私はまた一つ咳払い。

「話を戻すけど」

 目の前で彼は頬杖スタイルになり、また私の話を聴く大勢になった。

「じゃあ『シンシリョク』って何を計る検査なの? 『新しい視力』? 

透視能力とか?」

「学園都市か」

「んで『シンシリョク』レヴェル5になるともはや目を瞑って車を運転しても良い、みたいな」

「話広げるんだね……」

 もう彼のノリは取り返しがつかなさそうである。少なくとも今日は。

 やっぱり名前についてとやかく言うのは、いくら私が自分の名前を嫌だと思っていてもやってはいけないことなのであった。反省した。

「ごめん、フタマ。私間違ってた」

「……わかってくれればいいよ」

「やはり私の青春ラブコメはまちがっていた」

「……」

 彼は無表情で席を立ち、私も続いて席を立って、戸締りをして彼と部室を出た。



 本当の野球部や(別に私たちが偽物の野球部という意味ではなく)サッカー部が練習しているグラウンドを横目に校門を出ると、

「父さん……」

 私の、ではなく、彼のお父さんだった。今の発言は彼のものである。

「なんで今日は大型トレーラーなんだよ」

 さして広くない校門前の道路。そこに大型トレーラーが停車していた。彼のお父さんがいる窓の開いた運転席がこちら側だ。

 フタマのお父さんは中型どころか大型と牽引の免許も持っているらしい。

 見た目めちゃくちゃ若いのに。私と十も違わないように見える。超童顔。

 ショタでも通じそうなくらい。

「仕事だよ。いつもと違う仕事だけどね。北海道まで行くけど一緒に行く? 三人乗れるからさ」

 女子席には女の人が乗っていた。

「助手席な」

 ショートヘアの巨乳。こちらも若い。

 ただ、オネショタでいうとオネだ。

「『オネショタ』で言うな」

 ……彼はツッコミとしての役割を果たした後、

「俺は補習があるから二人で行ってください」

 と、彼は丁寧語でお父さんに返した。

 そうか、とお父さんは残念そうに呟き、

「二日ぐらい家を開けることになると思うから、お昼は適当にコンビニで買って食べてくれ。別にレストランでも寿司屋でもいいけれど」

「わかったよ」

 今度はフタマはお父さんの言葉にそう軽く答え、お父さんは軽く手を振って、トレーラーを発進させた。エアブレーキから空気が抜ける小気味良い音と、大型ディーゼル車特有の低音のエンジン音が心地よく胸に響く。

 大型トレーラーの後ろ姿を見送り、私たちも(家の方向が違うため)校門で別れた。



 夕飯のとき、私のお父さんに今日あったことを話した。

 話そうか話すまいか非常に迷ったけど、結局口が滑って話してしまった。

 しかも全部ありのまま。

 夕飯のときはよかった。丁寧にお父さんは相槌を打って私の話を聴いてくれた(だからついつい全部ありのまま喋ってしまったのである。私のせいではない)。

 お父さん特製の片栗粉から作った麻婆豆腐はおいしかった。

 おいしかった、おいしかったと褒めたので赦してください。

 食器を洗いながら、泣かないでください。

 そしてどなたか、「シンシリョク」がどういう意味なのか教えてください。

最近の体験を元に描きました.

因みに中型の8t限定解除には深視力の検査はありません.

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