その5
「えっ?! 『褒められてしかるべき』って『褒められたら叱り返せ!』っていう慣用句じゃないの?!」
「褒め損!」
……相変わらず冷房で快適だけれど、なぜ私たちは夏休みに学校に来ているのだろうと自問自答せざるを得ない毎日を送る私とフタマの〝野球研究会〟は、また今日もその部室で弁当を二人で食べて二人でぼーっとしていた。
していたが。
「俺右腕の調子を確認するために通院しなきゃいかんから今日はもう帰るわ」
と長机を挟んで向こうの彼が言い、
「私も左足の調子の確認のための通院があるから今日は帰る」
と私も似たような予定が入っているので、今日は早速颯爽と解散になった。
「ところでさ」
帰路にて――全然颯爽ではない生温い風が私たちを包み込む中。
「ん、何、ヤナ?」
と彼は私の呼びかけに私のニックネームを呼んで訊ねる。それに私は答える。
「『××せざるをえない』っていう言葉がアルジャンヌ?」
「誰だよアルジャンヌ?」
「この惑星を覆うドレス・スカイに決まってんジャンヌ」
「何その語尾!」
因みに決して私たちの惑星はドレス・スカイには覆われていないので安心してください。
「……で、『××せざるを得ない』がどうかしたの?」
呆れ返って彼が逆に問い返す。
「あの言葉ってさ、『××する』の部分が『得る』だったら『得ざるを得ない』ってなってわけわかんなくない?」
「そうなるとわけわかんないからたぶん誰も使わないと思うよ」
「そうかな? プロポーズで『僕は君を得ざるを得ない!』とか」
「……言わないだろうね」
そう言っていた彼が、十年後にこの言葉を使うことになるとは、このときは誰も知らざるを得なかった。
「その言い方だと『知ってる』だからな! そして俺はそんなふうには絶対に言わん!」
灼熱の帰路で、そう叫んだ彼がだらだらと汗をかいて顔を真っ赤にしていたのは、夏のせいだけではないと――思いたい。