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ひっそり書いた赤巻たると短編集

王族ナイフの再錬成

作者: 赤巻たると

 


 普段は鉄の音しか響かない、質素な鍛冶場。

 しかし、今日ばかりは勝手が違うようだった。

 壮年の男の、凄まじい罵声が聞こえてくる。


「どうやって責任取るんだ馬鹿野郎!

 これは王族の宝物なんだから大切にしろって言っただろうが!」


 怒っているのは、この工房をとりしきる熟練鍛冶職人、シグナート。

 彼は青筋を立てて弟子を叱責していた。


「いやー、王族のナイフも盗賊のナイフも大して変わりませんって。

 両方とも大金槌で叩けば修理できます」


 屁理屈をこねて、師匠の怒声を躱している少年。

 シグナートの元で修行中の見習い鍛冶師である。

 名をパレニンと言う。

 だが、そんな彼の言い訳をスルーし、シグナートは詰め寄っていく。


「大金槌で、ナイフを修理?

 パレニン君。世間一般ではね、ナイフを金槌で叩く行為、それを破壊と言うんだよ」


「知ってます」


「知っててやったの!?」


「いやもう、そこのナイフ差し出して誤魔化せばいいじゃないんですか」


 そう言ってパレニンが棚から引き出したのは、何とも薄汚いナイフ。

 ほんのり血が染み込んでいる。どうみても使用済みな製品である。

 それを見た瞬間、再びシグナートの血圧が上がった。


「こんなもんで誤魔化せるわけないだろ?

 あのナイフはな、王家の英雄が天迅竜を討伐した時に使われた、由緒正しい宝物なんだよ」


「そんな事言ったらこっちだって負けてませんよ。

 街の酔っ払いの尻に刺さって、つい先日摘出された由緒正しい宝剣ですよ」


「それのどこに由緒があるの!?」


「いや、尻から出た血が染み込んでいる辺り、評価が高いかと」


 宝剣をくるくる回しながら、ニヤリと笑うパレニン。

 彼の態度には敬意や謝意の欠片もない。

 溜め息を吐いて、シグナートは指摘する。


「……高くないよ。それ汚いだけ。

 っていうか、一体どうすればいいんだ。

 王族の武器の修理に失敗なんて、バレたら首が飛ぶよ」


「首が飛ぶんですかっ。

 バーバリアンも裸足で逃げ出しますね!」


「物理的じゃねえよ!?

 首スポーンて飛ばしながら金槌打つ鍛冶屋がどこにいるよ!」


「親父がそうでした」


「そんなバケモノなの!? 君の親」


「ええ、先日ついに切れ痔を悩ましていたというナイフを体外に出して大喜びしてました」


「……酔っぱらいってお前の親だったの? 血筋怖いよ」


 シグナーとは本気で怯えていた。

 こんな爆発物を抱えていたら、どんな不幸が襲ってくることやら。

 心配する師匠をよそに、パレニンはピッと指を立てて自慢げに話す。


「舐めてはいけませんよ。師匠、『オマ・エ・ダマーレ戦争』を知っていますか?」


「あの隣国と全面戦争した戦いだろ。それくらい知ってるさ」


「では、グラディン将軍を知っていますね?」


「知ってるも何も、あの人はこの国の英雄じゃないか。

 あの人に俺の武器を使ってもらえたらどんだけ嬉しいか」


 そう言ったところで、パレニンは不敵に微笑んだ。

 まるでシグナートの心境を読みきっているかのように。


「出世を夢見る鍛冶屋なら普通、そう思いますよね? 親父もそうでした」


「……え! まさか、お前の親父が作った武器って!」


「聖剣オレノデ・バン、ご存知ですよね」


 聖剣・オレノデ・バン。

 この国の英雄が使って、先の敵をなぎ払ったという伝説の武器だ。

 そのことを聞いて、シグナートは興奮して大声を上げる。


「うぉおおおおおおお! 本気で!?

 オレノデ・バンって、あのオレノデ・バン!?」


「ええ、親父が作った武器はですね。

 オレノデ・バン――に一刀のもとに叩き割られたレイピアです」


「ぜんぜん違うよ!? 

 次元とかそういう問題じゃないくらいに乖離してるんだけど!」


「親父の武器の切れ味を舐めないで下さい。

 振りかぶった時には、既に刀身がどこかに行っています」


 話が全然つながらない。

 同じ言語で話しているはずなのに。

 どうしてここまで話が噛みわないのか。

 頭痛を催したシグナートは、何かに気づいたようだ。

 それとなくパレニンに問う。


「……それはレイピアじゃないよ、ゴミだよ。

 しかも、さっきの流れだと、お前の親父は武器を敵国に流していたように聞こえるが」


「ええ、隣国の武器の6割は親父が作っています」


「いやぁああああああああああああああああああ!

 国家反逆罪人の息子が、俺の工房で働いてるの!?」


「師匠、鍛冶屋が悪いんじゃありません。

 剣を戦争に使う人が悪いのです」


「……そ、そうだな。済まない取り乱して」


「ちなみに親父は、お手製の武器でこの国の英雄を何人も殺してます」


「それ全面的のお前の親父が悪いよね!?

 自分で作って自分で悪用して自分で殺してるじゃん!」


「先代国王の息子を討ち取ったのも親父です」


 最後の補足情報を聞きとる前に、シグナートは頭を抱えていた。

 大犯罪人の肉親を弟子にしてしまっているのだ。

 自分の行く末について、真剣に考えている。


「こんな情報が漏れたら、うちの工房潰れるよ……。

 ところでお前、午前いなかったけど、どこ行ってたの?」


「この店の広告をしてました」


「む、それはありがとう。

 ウチのチャームポイント、しっかり書いてくれた?」



「ええ、『隣国の雄・パレグーンの息子、パレニンが働く店。毎日隣国へ物資を届けます』

 ってしっかり書きました。今ごろ国王の眼にも触れる頃かと」


「やめてえええええええぇ! 俺が密通者扱いされるぅぅぅ!

 俺が隣国に行ってるのは、ただの個人的な貿易なのにぃ!」


 もうサボテン栽培ができなくなってしまう。

 南方の方からしか植物が入荷できないというのに。


「ところで、この王族のナイフはどうしますか?」


「ああ、そうだ!

 話が逸れたけど、まずはこっちをどうにかしないと」


「とりあえず燃やしますか」


「灰にしてどうするつもりなの!?」


 即座に否定するシグナート。

 ここで更に燃やしてしまえば、確実に首が弾け飛ぶ。

 拷問沙汰もありえるかもしれない。

 必至の即答に、パレニンは眉をひそめる。


「……わがままですねー。

 分かりましたよ、再錬成すればいいんでしょ。はいはい」


「で、出来るのか?」


「親父の血筋は伊達じゃないです」


 そう言って、パレニンは折れたナイフに手をかざした。

 すると、瞬く間に王剣が修復されていく。

 不思議な力をパレニンが持っていることは、前々から知っていた。

 だが、やはり何度見ても凄いものは凄い。

 その光景に、シグナートは驚く。


「……おお、すごい、みるみる内に修復されていく。これなら――」


「あ、だめだわ」


「なんで止めるの!? もう約束の時間まで後10分だよ。急いで急いで!」


「いえ、可愛い子を見てないと再錬成ができないんですよ。

 師匠、エロ本買ってきて下さい」


「師匠パシリにするつもり!?」


「なら、既存品でいいです。どうせ持ってるでしょ? 早く下さい、間に合わないですよ」


「ちょ、ちょっと待ってろ」


 そう言って、シグナートは仮眠室のベッドの下から、一冊の本を取り出した。

 その本の題名は、『えるふのじかん・特別号』。

 作者はゾルバディアポゲロス。

 全身から汗を吹き出しつつ、それを突き出してくるシグナート。

 そんな彼を見て、パレニンは青ざめていた。


「うわぁ……本当に持ってるよ、引くわ……」


「お前が持って来いって行ったんじゃん。俺のせいにするな」


「……ふむ、この艶やかな肢体に、この豊満な胸。……ああ、師匠」


「な、なに?」


「俺TSモノしか読まないんでやっぱ買ってきて下さい」


「お前の趣味なんて知るかぁあああああああああああああああああああ!」


「――御免仕る」


 と、そこでドアの向こうから剛健な声が聞こえてきた。

 シグナートの背筋が凍りつく。

 だが、パレニンは気にかけることもなく、応対しようとする。


「はいはいーい」


「待てぃ!」


 出ようとするパレニンの後ろ首をガシっと掴んで、その動きを止める。


「何ですか、気持ち悪いんですよ巨乳好き」


「師匠に対する言葉遣いがそれか!?

 まあいい、とりあえず出るんじゃない」


「なぜ」


「あのナイフをどう説明するつもりだ?」


「類まれなる不運に見舞われて劣化してしまい、汚い血がついたナイフに変わってしまいましたって」


「俺の首が飛ぶぅぅうううううううううううう!」


「バーバリアンですかっ!」


「しつけぇ!

 ……はぁ。もう良い、正直に話すか。俺が出る」


 諦めたようにして、シグナートがドアを開ける。

 するとそこにいたのは、余りにも怖い騎士だっった。


「……は、はい。シグナード工房にようこそ」


「シグナート殿だな?」


「……はい、そうですが」


「貴殿には国家反逆罪、そして国家転覆幇助、他12件の嫌疑がかけられている。

 ここで処刑してもいいが、なにぶん人が多い。ついてこい」


 身体の大きい騎士が、シグナートの腕をつかむ。

 すると、シグナートは半泣きになって叫んだ。


「ち、違うんです! 私はなんにも悪いことをしてないんです!」


「言い訳は王城で聞こう。

 王の前で弁明するが良い。無駄だろうがな」


「そ、そんな……」


 絶望的な表情になった時、いきなり騎士の身体が横合いに吹っ飛んだ。


「ぐぁっ!」


「なっ、パレニン!?」


 見れば、パレニンが騎士にドロップキックを食らわしていた。

 あまりの衝撃に、騎士が地に倒れる。


「師匠が嫌がってるんだろうが!

 ナイフの件だってそうだ。

 あんな最初から修復が不可能なもん、こっちに寄越してんじゃねえぞ」


「な、貴様! 騎士である私に逆らうなど――」


「じゃかあしい!」


 そう言って、先程の汚いナイフを騎士の腕に突き刺した。


「ぐあああああああああああ!」


 剣を抜けないようにするためなのだろう。

 ただし、腱は外れているため、そこまでの怪我ではない。


「は、親父の尻に刺さってただけのことはある。なかなかの破壊力だ」


「お前何してくれてんの!?」


「不届き者を成敗しました」


「俺のことなんて放っとけばよかったのに。

 これじゃあ責任問題だけじゃなくて、お前にも罪が行くぞ?」


「師匠の危機に、弟子が動かないわけ無いじゃないですか」


「パレニン……」


「ぬ、グレンバード殿がやられた!?

 己貴様ら、ここで切り捨ててくれる! おい、増援を呼んでこい!」


 すると、後続からやって来た騎士たちが、驚きの声を上げた。

 そして、工房の前に佇む二人を見て、激昂する。

 騎士たちの態度に、パレニンも挑発的な態度になる。


「はっ上等だ。さあ師匠、王城に弁明しに行きましょう」


「な、この状態だぞ!?」


「俺と師匠だったら、絶対王城にたどり着けます」


「……おお」


「多分」


「推測はやめて!」


「貴様らぁ……生きてここを通れると思うなよ」


 後続の兵に加え、詰所から大量の騎士が出てきた。

 その数は、30以上にふくれあがっている。


「正規兵のご到着だ。さあ師匠。行きますよ」


「……う、うむ」


 二人は、自分で練成した武器を構え、突撃の構えを取る。

 そして、大声を上げて、騎士の軍中に突っ込んだ。


「俺たちの戦いはこれからだあああああああああああああああ!」



(あれ、俺がこんな状態になったのって、全部パレニンのせいじゃね?)


 当然そう思ったが、シグナートはその思考を心の底に押しとどめていた。



――――fin



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しかったですw [一言] えるふのじかんwwwww 僕も欲しいですwwwwwwww
[良い点] 苦手なファンタジーなのに一向に苦になりませんでした~ [一言] テンポが良くてするするっと読んでしまいました。台詞の重なりも混乱することがないほど、キャラの個性があってよかった。 個人的に…
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