第五話「スカウト」
男は目を覚ました。痛む左腕を押さえながら起き上る。
あたりを見回す。覚えのない部屋だった。
「あら…起きたのかい…もう少し寝てなさいな。」
ひとりの女が部屋の奥から出てきた。
「…お前は……」
男はぽかんと口を開く。
「あら、覚えててくれたのかい?嬉しいことだね…」
女は口を押さえてクスリと笑った。
「覚えているも何も…しかし、先ほどは気付かなかった…」
「さっきって、森で会ったときかい?そりゃあ、あなた意識が朦朧としてたからだよ。」
「……そうか…お前が左腕の手当てを?」
男は左腕を押さえながら聞く。女は笑いながらうなずいた。
「そうだよ。…それにしても何年振りだい?あたし等が会うのは…」
「………十三年振りだ…あの事件以来だな…」
男はため息をつきながら答えた。
夏秋は雲を眺めていた。
理由は特にない。無理やりつけるのならば、授業が暇だからだ。
夏秋は十八歳。当然のことながら高校生である。
今回の授業は数学。暇で仕方ないのだ。
「さて…この問題を…夏秋君!」
数学教師、梨子は夏秋を指差す。
夏秋は慌てて立ち上がった。
「はいっ!…えっと…どの問題でしたっけ…」
夏秋の言葉に梨子は大きく肩を落とした。
「全く…お話を聞いてなかったのね?お話はちゃんと聞かなきゃいけないって言われたでしょう?」
梨子は子供に言い聞かせるように言う。そして、手を振った。
「まずいいわ。座って。…じゃあ誰に答えてもらおうかしら…」
その時だった。放送を知らせるチャイムが鳴る。そのあとに凛とした声が聞こえてきた。
『三年三組、夏秋君、お客様がおいでです。至急、職員室まで来てください。』
そのあと同じことを繰り返し言い、放送は切れる。梨子は夏秋に目を向けた。
「夏秋君…行ってきなさい。」
「はい、分かりました。」
夏秋は席を立った。
夏秋が職員室につくと、校長が慌てた様子で夏秋に手招きした。
「…校長先生…どうしたんですか?」
「早く早く!お客様をお持たせするな!」
そんなに偉い客なのだろうか…そう思い校長に続き校長室へ入る。
そこには二人の客らしき人物が座っていた。
一人は、夏秋とは全く面識がない女だ。しかし、もう一人は夏秋の知っている人物だった。
「…仙希!」
思わず口に出す。その瞬間校長から殴られた。
「お客様を呼び捨てなどどういう了見か!謝れ!」
そんな校長に仙希が言葉をかける。
「校長、お気になさらずに。あ、夏秋と話がしたいのでお部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」
仙希の言葉に校長は口を閉ざす。そして一礼し部屋を出て行った。
夏秋は椅子に座る。
「あの…話って?」
夏秋の言葉に、女はくすっと笑い答える。
「まあまあ、とりあえずお坐りなさいよ夏秋さん。」
「え…俺座ってるんですけど…」
「あら?…まあ!本当だわぁ、嫌ねぇ私ったらぁ。この歳でボケちゃったのかしら、ねえ副隊長さん。」
「あんたは年がら年中ボケてるだろ。」
「嫌だわぁ、口が悪いわねえ。ねえそう思わない?」
夏秋はいきなり話を振られ戸惑う。仙希はため息をついた。
「毎回こんな奴だ、気にすんな。」
「分かったけど…とにかく俺に話でしょ?何?」
夏秋の問いに仙希は口を閉ざし女を見る。どうやら話があるのは女の方らしい。
案の定、女が話し始めた。
「あのねえ、お話というのは…てやだぁ、私名乗ってないわぁ」
女はコロコロ笑った。見た目は三十歳くらいで長い髪は後ろでひとまとめにしている。
顔は何とも優しそうな感じだった。
「私の名前はね、加代って言うのぉ。よろしくね~。ほら、副隊長さんも自己紹介!」
「俺はこいつと会うの二回目だって言っただろ。」
「もう、そんなこと言っちゃって~、夏秋君が知ってるのは副隊長さんの名前だけじゃない。ちゃんと年齢から好きなものとか将来の夢とか言わないと~」
「あんたも名前しか言ってないじゃねえか。」
「も~う、女って言うのは年齢は言わなくても良い生き物なのぉ。それに三十路過ぎた女に将来の夢なんてないわぁ。あ、夏秋さん私の好きなものはイチゴ屋のかき氷です。」
加代は、ほら!というように仙希に目をやる。仙希は大きくため息をついた。
「俺の名前は仙希で将来の夢は……世界征服ってことにしといてくれ。」
「…ずいぶん大きな夢をお持ちだな。で?」
「ああ?」
「好きなもの。あと年齢。」
夏秋の問いに加代はふふっと笑った。
「夏秋さんノリがいいわぁ。ささ、副隊長さん答えちゃって!」
「………歳は二十歳だ。好きなものは…人をからかうのが面白い。」
「もう、副隊長さん、好きなものを聞いてるのにどうでもいい趣味を話さないの~!」
「どうでも良くねえだろ…てか、さっさと用件話せ!付き合わされてる身にもなれよ!俺は早く帰りたいんだ!」
「いつも仕事サボってどこかに消えちゃう人が良く言うわ~」
加代はくすくす笑う。そしてやっとのこと本題に入った。
「えっとね~夏秋さん。私たち何しに来たかって言うとぉ、あなたをスカウトしに来たのよ~」
「スカウト?…何にですか…」
「7.22特殊部隊によ~」
夏秋は吹きだす。
「はあ?何でですか!なんで俺がっ!」
「良いじゃな~い、スカウトしたってぇ。ねぇ、副隊長さん」
「…あの……さっきから言ってる副隊長ってなんですか?」
夏秋の問いに仙希がにやりと笑った。
「俺のこと。俺が部隊の副隊長だ。偉いんだよ。」
夏秋はぽかんと口を開ける。加代は話をすすめた。
「まあ、いきなりスカウトされたって困るわよね~7.22特殊部隊について説明したげるわ~」
「…!本当ですか!」
夏秋は身を乗り出す。それほど気になっていたのだ。
仙希と会ってからずっとそのことが気になっていた。
しかし、そこで加代から帰ってきた言葉に、夏秋は落胆した。
「入隊したらね~」
「え…」
「だぁかぁらぁ!入隊したら説明してあげる~」
夏秋はストンと椅子に座る。
――そんな強制的なスカウトがあるかよ…
実際そんな意味の分からないスカウトなど断ってしまえばいい。
しかし、夏秋にとってこの件はそんなに簡単なものじゃなかった。
仙希が夏秋の火傷について知っていた。
夏秋の火傷は幼少期についたものだった。
十三年前、母親が何者かに殺されその犯人は家に火をつけて逃亡した。
当然のごとく家は火事になる。そこから夏秋は脱出したのだ。
その際についた火傷だった。
その事件の犯人はいまだ捕まっていない。それなのに、警察はこの事件を投げ出してしまったのだ。
そのため事件は世間から忘れられていった。
だからと言って夏秋が忘れられるわけもない。いつか犯人を捕まえてやろうと思っていた。
そのチャンスを仙希が持っているかもしれない。
夏秋にとって、とても魅力的なスカウトだった。
「どうするぅ?」
加代がせかす。夏秋は決心して顔を上げた。
「…入ります。」
「本当?本当に本当なのぅ?」
「はい。だから説明してください。」
夏秋は真っ直ぐに加代の目を見る。加代の隣にいた仙希が笑い声をあげた。
「ふはっ!面白ぇ!マジで入隊すんのかよ!」
「マジだ。俺だって目的があるから…」
仙希は笑いをこらえるようにうつむく。それからしばらくして顔を上げた。
「まあ、いいや。今度、俺またここに来るからさ。説明はその時な。近いうちに絶対来てやるよ。」
「今じゃないのか。」
「あいにく忙しい。」
仙希の言葉に加代が小さく「嘘つき」と呟いた。
「…まず、いい感じね~それじゃあ、私達そろそろ帰るわ~」
加代が「よっこいせ」と立ち上がる。仙希もそれに続いた。
校長室から出ようとしたとき、ふと仙希が振り返り夏秋に笑いかけた。
「校長がなんであんなに緊張してたか教えてやろうか?」
「…是非。気になる。」
「7.22特殊部隊がそれだけ偉い部隊だからだ。あんたも正式に入隊したら周りの対応が変わるぜ。」
そのまま、仙希と佳代は校長室を出て行った。
ちょっとだけ新展開(?)です。
次話あたりにでも7.22特殊部隊の説明が入ると思います。
あと皆さん…何か前から出てきてる謎の男…どう思います?
誰なんですか?あの男…
とまあ、作者の私がこんなこと言ってたらお終いなんですけどね。
それでは次回もぜひいらしてください!