第三話「質問、答え」
空は第一ビルの階段を下りていた。
表情は笑顔だ。
――お礼かぁ…なんだろなぁ…
空の頭の中はもう、先ほどの男のことでいっぱいだった。
空は男勝りな性格のため、あまり恋という物に縁がなかった。
それに、周りの男がすべて空より弱いし、顔もいまいちだったため一目惚れなんて余計になかった。
しかし、その記録を空は仙希に壊されてしまった。
綺麗な顔立ち、すらっとした体形。何より優しい。
一目惚れする条件はすべてそろっていた。
空はふふっと笑う。この顔を夏秋が見たら、きっとからかうだろう。
空と夏秋は小学校の時からの友達だった。
しかし、友達は友達でも悪友だ。
どちらも好きで一緒にいるわけではない。
空としては、夏秋が大嫌いだった。
顔立ちはなかなかだが、性格がいただけない。
人の弱みを見つければすぐそこにつけ込む。
そして、調子に乗るとウザったい。
そんな夏秋が空は嫌いだった。
理由は別にしろ夏秋も空が嫌いなはずだ。
空はおりてきた階段を見上げる。
――仙希さん…あいつに何の用だろなぁ…
空は長い髪を耳にかけた。
第一ビルの屋上には午後特有の日差しが降り注いでいた。
「7.22特殊部隊…?」
夏秋は口を開く。仙希はこくりとうなずいた。
「そう。名前だけは聞いたことねえの?」
仙希の問いに夏秋は首を振る。するとわざとらしい長いため息が返ってきた。
「いや~、本当にやだね若者は…もっと勉強したほうが良いじゃねえ?」
「余計なお世話、さっさとなんたら部隊について説明をお願いしますよ。」
皮肉っぽく言い返す。それに仙希はにやりと笑った。
「なかなかの言い返しだ。」
「それはいいから説明を。」
ふう、とため息が聞こえてきた。夏秋は息をのむ。
夏秋自身、7.22特殊部隊なんて知らない。
知らないことに首を突っ込まないのが夏秋のモットーだった。
しかし、今回はそういうわけにもいかなそうだと夏秋は思っていた。
――なんたって相手は俺の火傷のことを知ってたもんな…
体に刻まれた火傷…これは、夏秋が小学校入学前についたものだった。
そう…あの事件の時だ…
夏秋がぐっと唇をかむと仙希が優しげに微笑んできた。綺麗な顔だ。
「そんなに力まなくても良いよ。別に取って食いやしない。けどな…」
そこで言葉を切り、仙希は後ろに手を回す。夏秋は半歩後ろに下がる。
「けど…何?」
仙希は夏秋に近付き首に手を回した。その瞬間夏秋の首に冷たい感触が走る。
「俺が聞くことにすべて答えろ。嘘をつけばこの手を引くぜ?容赦はしねえからな。」
夏秋は息をのんだ。首筋に当てられたものが刃物だと認識したからだ。
夏秋は目を伏せる。
「分かった…今までの告白された回数も、フラれた回数だってなんでもこたえてやる。」
仙希が、くっと笑う。
「そりゃあ、俺への嫌がらせか?」
「そう聞こえた?てか君モテないの?」
「まさか。」と仙希は肩をすくめた。そして夏秋から離れる。同時に刃物も離れた。
「じゃあ、さっそく質問。お前…その火傷どうした?」
仙希は夏秋の腹を指差す。
「…君の方がいろいろ知ってそうだけどな。」
「先ず答えろ。そういう約束だろ?」
「………ガキの頃…家が火事になったんだ。その時の火傷。」
夏秋は口を開いた。表情は嫌そうだ。
「それはそれは、大きなやけどだったこと。ご愁傷様だな。」
「どうも。」
「じゃあ、もう一つ。その火事は何年前にあった?何月何日だ?」
仙希の表情が変わった。先程までの、人を見下すような表情ではない。
だからと言って、演技で空を惚れさせるような顔でもない。
――真っ直ぐだ…
夏秋は圧倒された。こんなに真っ直ぐな瞳を見たことがなかったからだ。
「おい。何ぼーっとしてんだ?男に見惚れられても俺、嬉しくないんだけど。」
「…いや、それは断じてない。」
夏秋はそう答えると、質問に答え始めた。
「火事は…えっと…十三年前。」
「日付けは?」
「………覚えてない。でも、夏だった気がする…」
「七月か?」
「そうだったかも。」
「思い出せよ!七月の二十二日じゃなかったか?」
「まてっ!」
夏秋は大声をだし仙希の言葉をさえぎった。仙希に驚いた様子はない。
「そんなに一気に質問されたって困る!…てか、何で七月二十二日?そういえば、君の部隊の名前も7.22特殊部隊だ…なんか特別な日?」
夏秋の質問に仙希は大きくため息をついた。そして、屋上の出入り口へと歩き出す。
「お、おい!帰るつもりか!?質問するだけしといて!君の部隊について聞いてない!」
夏秋は仙希の腕をつかんだ。
「説明しろ。俺だけ喋って…平等じゃない。」
「………自分で考えてみろ。」
「予想がつかない。」
「じゃあ、駄目だな。予想つかないものは考えられねえ。」
「だから、教えろって言ってるだろ!」
夏秋は怒鳴る。いつもはこんなに感情を表に出す方ではない。しかし、イラついて仕方なかったのだ。
そんな夏秋を見て仙希はふっと吹きだした。
「面白い!あんたって本当に不思議だ!」
「なっなんだよ!喧嘩売ってんなら買うぞ!」
「違う違う、別に売ってないって。ただ面白かったんだ。」
仙希はふう、と一息ついた。
「な…何が面白かったんだよ。俺の…」
「目。」
夏秋の問いに仙希が短く答える。
「目?」
「ああ。だって、今、イラついて怒りに満ちてるよ?あんたの目。」
「そりゃあ、怒ってんだ。当たり前だろ。”目は口ほどにものを言う”って言うじゃん。」
「そうだな。でも…」
そこで仙希がにやりと笑う。
「夏秋、あんた首筋に刃物当てられたとき…まったくその目に表情なかったぜ?」
夏秋は小さく「え…」と呟いた。
ありえない。そう考えたからだ。
確かにあのとき、恐怖があった。殺されるかもしれない…確かに恐怖が心にあった。
それなのに…目に表情がなかっただと?
夏秋が呆然としていると、その横を仙希が通り過ぎた。
「予定変更。あと会わないことにしとこうと思ったけど、あんた面白いや。また会おう。」
「なっ…!君の部隊について俺は話を聞いてない!」
「だから、また会おうって言ったろ?その時までお預け。じゃあな~」
仙希は夏秋を置いて屋上から立ち去った。
第三話でした。
結局7.22特殊部隊についての説明できなかった…
でも、そのうちします。絶対します。約束します。
それではまた来てくださいね~