第一話「伝言」
前回のプロローグから、十三年の月日が過ぎています。
少年は街を歩いていた。
少年と言っても、もう十八歳。青年でもいい。
「お~い!夏秋!聞こえてっかぁ!」
少年の名前を呼び、ある人物が走ってくる。
少年の名前は夏秋である。
夏秋のもとに一人の少女が走ってきた。
「なんだよ、夏秋!聞こえてんなら返事くらいしろ!」
おおよそ女らしくもない言葉使い。少女は息を切らせている。
「あらあら、女の子がはしたない…言葉使いに気をつけなさい?」
夏秋はわざとらしく手を口に当てて言う。
少女はあらかさまにいやそうな顔をした。
「うっえ~、お前の女声とか聞きたくねー。」
「…君の声よりは上出来だと思ったけどな。」
「はんっ!こっちは自前の女声さ!男に負けるかっつーの!」
「でも俺の方が色っぽいって言われた。」
「それいった奴、きっと耳いかれてやがるぜ?」
少女は耳を引っ張って見せた。
少女の名前は空という。
名前と顔は愛らしい。しかし言葉使いと行動が乱暴だった。
夏秋は最近伸びてきた栗色の髪をかき上げる。
空はそれをじっと見ていた。
「…あれ?俺に見惚れてた?」
「まさか。」
空は肩をすくめた。
「お前に見惚れるくらいだったら犬の糞を見てた方がよっぽどいい。」
「それはそれは、ひどい言いぐさで。」
夏秋はため息。まったく可愛くない奴だ。
はっきり言って夏秋の容姿は優れた方だった。
耳を隠すほどの長さの栗色の髪、形のいい眉に真っ黒な目。
その上長身で手足が長い。
しかし空に言わせれば「馬鹿で気持ち悪いサル以下の動物」だそうだ。
「あたしは別に用があったんだよ。じゃなきゃお前みたいな奴に話しかけない。」
「じゃあ、その用事ってのは?」
夏秋が首をかしげた。栗色の髪が揺れる。
空は真っ黒で長い髪の毛をグイッと後ろに追いやった。
「お前のことある奴が呼んでた。」
「ある奴?」
夏秋は聞き返す。空はうなずいた。
「うん。名前は分かんない。でもお前のこと呼んでた。」
「男?女?」
夏秋の問いに空が短く「男。」と答えた。
「ふ~ん…なんだ、麗しいご婦人とかだったらよかったのに。」
「あたし、お前のそういうとこ嫌い。」
「ご自由にどうぞ。…それにしても珍しいな。」
「何が?」
「君が俺に伝言伝えるの。」
そう、空が夏秋に伝言を伝えるのはとても珍しかった。
だいたい、空から話しかけてくること自体珍しい。
夏秋の言葉に、空はふいっと顔をそらす。
「そっ、そんなの気にしなくていいじゃん!」
「…何それ。顔赤いけど、俺と話せたのそんなに嬉しい?」
「それは嬉しくない。」
「それは?…はってことはほかに嬉しいことがあったんだ。」
空は赤くなった顔を夏秋に向けて怒鳴った。
「うるせえ!黙れっ!」
夏秋は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「あらあら、そんなに怒鳴っちゃってー。で?何が嬉しいことだった?」
空はうなだれた。夏秋はここまで来ると絶対にあきらめない。
そのことは夏秋と幼馴染の空の身には痛いほど分かっていた。
空はため息をついた。
「格好良かったんだよ…伝言頼んだ奴…だから、つい…」
「ふ~ん、君らしい理由だ。それにしても…君、俺には振り向かないのにね~」
「何じゃそりゃ。お前が格好悪いからだろ。てか、お前の一億倍くらいは格好良かった。」
手を大きく広げて空は言う。大げさだなぁ、と夏秋は思った。
でも、そんなに格好いい奴とは興味がある。
なんたって、空の好みのレベルはとんでもないほど高い。
「で、君の心をさらってった男前君はどこにいるんだ?」
「べっ別にさらわれてねえし!…えっと、第一ビルの屋上だって言ってた。」
空は五つ並んだビルのうちの一つを指差した。
「これはこれは、告白みたいな場所だな。」
「いや、きっとお前の場合屋上から突き落とされる。」
空はそこでうつむいた。感情を隠しているときに彼女の癖だ。
夏秋は軽く笑う。
「そんなに格好良かったんだ。もう一目見たいんだろ。」
「…………うん。」
珍しく素直な返事が返ってくる。
「じゃあ、行くか…」
夏秋と空は第一ビルに向かった。
第一話でした。
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