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第二部 第二十七章

 紅髯町にひらひらと雪は降っていた。十二月───────

 ひらひらと舞う雪は町に住み着く色、赤いレンガの建物、道、車、全ての物に吸い付いて町全体を白くした。町は慌ただしく、皆コートやジャンパーを羽織り、傘を差す者差さない者、それぞれがそれぞれの目的を持って歩いていた。

 ここはオフィス街───────

「松永、橘はどうしてる?」

 ざわめくオフィス。デスクにあるパソコンに書類を書き込んでいる松永健太郎に、高山春彦は近づいて肩を叩いて言うと、健太郎は振り向いて高山の顔を見て首を振った。

「そうか、まあ仕方ない。母親が死んでまだ一週間だ。今日、原稿の第一稿の締め切りなんだが・・・」

 健太郎は高山を見た。

「理由が理由だ。締め切りも一週間延ばすように伝えてくれ」

 健太郎は高山を見て笑った。

「有り難うございます。先生も喜ぶと思います」

 言った。

「あと、今日、三人でコーヒーでもしないか?」

「はい!」

 健太郎は元気よく答えた。



 橘愁はひらひらと雪が舞う中、レインコートを羽織り、傘も差さずに路地を歩いていた。人は疎らに歩き、降る雪はひらひらと愁の体に舞い降りた。静かだ。雪を踏みつける足音だけが聞こえた。「愁君」脇からそう呼ぶ声が聞こえた。愁は立ち止まり、振り向くとそこに杖を支えに立っている倉岡直也がいた。小さな茶色い紙袋を持って近づいてきた。

「これを・・・美月に渡して欲しいんだ」

 紙袋を差し出した。

「何?」

 愁は言った。

「リンゴだよ」

「リンゴ?」

 愁は袋を開けると真っ赤なリンゴが一つ入っていた。

「美月はリンゴが大好きなんだ。あま〜いリンゴだ。渡して欲しい」

「分かった」

 そう言うと、愁は歩き出した。直也はその姿を微笑んで見ていた。



 ここには竹中直紀、古希ガン太、古希静江、芳井秀夫、浅倉唯、そして竹中国利がテーブルを囲って座っていた。ここは神霧村の村役場      

「静江ちゃん、愁は連絡取れたか?」

 竹中が言った。

「ううん、全然。この雪で電波も悪いの。繋がらないわ」

「家の電話は?」

「全然出ないの」

「かなりショックだったんだろうなぁ」

 芳井が俯いていった。

「当たり前でしょ」

 唯が言った。

「俺達だってショックだったんだ。愁はもっとだよ」

 ガン太が言った。

「一週間か・・・」

 竹中はタバコに火を付け、吹かしながら言い、国利はその姿を見て、考えた。

「ああ、まだ一週間だ」

 ガン太が言った。

「お茶でも入れようか」

 唯は立ち上がり、台所に向かった。

「恵子ちゃん、何を見たのかしら」

 竹中はタバコを吹かして静江を見た。

「なんで?」

 芳井が答えた。

「ショック死だったのよ。何かに脅えたんだわ」

「アル中だったんだよ。飲み過ぎたんだよ。お酒だっていっぱい転がってたじゃない」

 芳井が言った。

「いや、恵子さんは何か見たんだ」

 国利が言うと立ち上がり、窓に近づいて開けた。雪はひらひらと降っていた。唯は台所で皆のお茶を注いでいた。

「何を?」

 芳井が言った。暫く国利は黙り、考え、そして口を開いた。

「分からないが、調べる必要はあるな」

 独り言のように、皆に聞こえない声で言った。

「え?」

 ガン太が聞き返した。唯が台所から戻り、皆にお茶を差し出した。

「ポーカー、やろうか」

 竹中はカードを取り出した。

「国利、座れ」

 ひらひらと雪は降っていた。竹中が言うと国利は窓を閉め、戻った。そしてポーカーを始めた。



 ひらひらと雪は降っていた。橘愁は立ち止まった。丸太の看板がある。そこに、喫茶‶紅涙″と書いてあった。ドアを開け、三段の階段をおり、店内を見渡すと、二人の客がいる。高山春彦と松永健太郎だった。「おう!来たか」高山が立ち上がった。愁はレインコートを脱ぎ、二人に近づいた。「すみません、遅くなりまして」コートをたたみながら言った。「いいんだ」高山はそう言うと座った。愁は高山の前の席、健太郎の隣の席に座った。

 高山は低い店内から窓の外を見た。雪の上を歩く人々の足元が見えた。

「紅髯町に、別名があることを知ってるか?」

 窓の外を見ながら言い、また振り向いて愁と健太郎を見た。

「別名?」

 愁は言った。だが、何を話しているのか理解できていなかった。

白蝶街(はくちょうがい)と言う名だ」

 高山が言った。

「白蝶街?」

 愁と健太郎は同時に言った。二人はまだ話を理解していなかった。

「ああ、白い蝶の街だ」

「蝶?」

 愁が言った。

「昔、この町に訪れた赤髭の西洋人がレンガで建物、道を作りあげ、そして、モミジやイチョウの木を植えて赤と黄に色づけた。四季を通して、町を赤く、赤く染め上げたんだ。人々はその赤髭の西洋人から因んで、紅髯町と呼んだ。だが、一つの季節だけは赤く染まらなかった。それが、冬だ」

 愁と健太郎は高山の話を静かに聞いていた。

「ここは、雪が降り始めると止まないんだ。雪はひらひらと蝶のように舞い、蝶のように建物に吸い付いて、町を白く包み込んだ。それを見た人々は冬の間だけ、白蝶街と呼んだ」

 髭を生やした初老の男、この店のマスターがやってきて愁の前に水とおしぼりを置いた。

「おまえ、コーヒーでいいな」

 愁は頷いた。

「コーヒー、粗挽きで」

 高山が言うと、マスターはまたカウンターの奥へと姿を消した。そしてまた高山が言った。

「この雪が全てをうち消す。人が歩く音、車が通る音、人々の会話や心臓の鼓動、人の心の奥に沈む悲しい記憶・・・」

 愁は高山を見た。

「・・・僕は両親を亡くしました。子供の頃飼っていた犬、リュウも・・・父親と、リュウは倉岡直也に殺されました。でも、かあさんは何故死んだのか分かりません。死因はショック死だと話されました」

 高山は健太郎を見て、愁を見てから一呼吸して話した。

「倉岡直也のことは、松永から聞いた。橘の隣に住んでいた人間だろ。おまえは戦い、彼を捕まえた」

 愁は高山の目を見て、静かに口を開いた。

「ええ、でも最近出所して、僕の目の前に現れました」

 高山は健太郎を見ると、健太郎は目を瞑り、静かに二人の会話を聞いていた。高山は愁に目を向けて話し始めた。

「倉岡直也は、何て言ってきたんだ?」

 愁は高山の目を見て、静かに口開いた。

「償いたいと・・・」

「償う?」

 マスターがコーヒーを持ってきて愁の目の前に置き、直ぐさまカウンターの奥に消えた。高山はマスターが消えるのを見届けると、また話し始めた。

「・・・で、お前はどうするんだ」

 高山は愁の目をジッと見て話した。

「・・・分かりません」

「分からない?」

 目を閉じていた健太郎の目が開いた。

「僕には、何が起こったのか理解できないのです」

「何が・・・何が理解できないんだ?」

「何故かあさんは死んだんですか?何故僕の家族はみんな死ぬんですか?」

 高山は静かに愁を見ていた。

「僕には分かりません・・・僕には・・・僕には分からない!分からない!分からないんです!」

 愁は自分の髪を掻き(むし)った。高山はその手を押さえ、静かにテーブルの上に置いた。

「橘、落ち着け。俺もそれは分からない。だが、倉岡直也は信じるな」

 その時、チャランと音がした。高山と健太郎は入り口を見た。愁は俯いたままにいた。入り口に立っていたのは、サングラスをかけた永瀬美月の姿だった。



 もう辺りは暗かった。雪はひらひらと舞った。街灯はない。辺り一面の雪道。反射して、懐中電灯の光が光った。ザクザクと雪を踏みつける足があった。国利は、その道を歩いていた。



 橘愁は刃渡り十センチほどのナイフを引き出しから出し、ミニキッチンのガス台に置いてある紙袋を広げて、中から真っ赤なリンゴを取りだして剥き始めた。

「美月があの店に来るなんて驚きだよ」

 美月は小さなテーブルに座っていた。そのテーブルの上にはパソコンが置いてあり、スタンバイ画面となっていて、画面上にロボットが動いていた。

「ちょっと寄ってみたかったの」

「そうなんだ・・・」

 美月の様子を見ていた。

「愁の部屋って初めて」

 見渡した。

「汚いでしょ」

 美月は笑って

「狭いわ」

 と言った。愁は苦い顔をした。

「ジョークよ」

 六畳一間のワンルーム。ミニキッチンといえども同じ部屋の空間にある。洗濯物は散らばり、相変わらずゴミも溜まっていた。

 愁はリンゴを剥き、四等分に切り終わるとナイフに付いた滴を拭き取り、お皿に載せて美月の前にあるテーブルの上に載せ、美月の横に座った。

「リンゴ、貰ったんだ」

 愁は一つ囓った。

「誰から貰ったの?」

 愁は一瞬沈黙に陥った。<しまった!>焦りそう思った。倉岡直也から貰ったとは言えない─────

「ちょっとした知り合いから貰ったんだ」

 誤魔化した。

「そうなの・・・」

 美月も一つリンゴを手に持ち、囓った。そしてまた話し始めた。

「ママの味だ・・・」

「えっ?」

 美月を見た。

「甘くて、サクサクしていて、いつもママはこれと同じリンゴを剥いてくれた。懐かしい・・・おばさん、亡くなったんだって?」

 美月を見ていた。

「静江おばさんから聞いた」

「うん・・・」

 愁は静かに頷いた。

「何で・・・亡くなったの?」

 美月は震え、声をどもらせた。

「・・・かあさんは・・・かあさんは・・・ショック死だったんだ」

 美月は震え、サングラスの影から涙を静かに流した。

「何故・・・泣くの?」

 優しく美月を抱き寄せてさすった。

「おばさんは・・・元気だったのに・・・何で?・・・おばさん・・・可哀想・・・シュウが可哀想・・・」

 愁は美月の頭をさすり、引き寄せて静かに優しい口調で言った。

「僕が・・・何で・・・」

 俯いて、涙を流しながら愁に寄りかかって答えた。

「苦しんでる・・・」

 力一杯抱き寄せた。

「ありがとう・・・」



 ドアは開いた。少しヒンヤリとした風と雪が入り込んだ。家の中は暗い。ドアの近くにあるスイッチに手は差し伸べたが、スイッチを入れることなくその手は引いた。懐中電灯がその中を照らした。ドアはまだ開いている。外の雪が家の中を明るくし、そこに、国利が懐中電灯を片手に立っていた。ゆっくりと懐中電灯で部屋の中に入り、玄関のドアを閉めた。光を当てて、ゆっくりと歩き始めた。部屋は綺麗だった。テーブルがある。椅子も綺麗に整い、部屋の隅から隅へと懐中電灯の光を当てて歩き、台所に辿り着いた。床も綺麗になっており、食器棚には食器はなく、冷蔵庫の中も何も入っていない。流し台も綺麗に磨かれていた。ぼやけた光は台所を当てた後、また床をあてて出ていき階段を上り始めた。廊下を歩く、一つのドアを開けた。国利はその部屋に入り、また懐中電灯を照らした。暗い部屋。ベッドがある。国利は明かりをベッドにあてた。ベッドの上の布団は綺麗に敷かれていて、また更に枕元に明かりをあてるとそこに写真立てがあった。国利は近づきその写真立てを手に持った。そこに、恵子、亨、愁が楽しそうに笑顔で写っていた。国利はその写真立てを置き、ベッドの横にある窓を見ると外はひらひらと静かに雪が降っていた。窓の外を懐中電灯で照らした。その、光の先を見ると国利は動きを止め、ジッと見つめた。その光の先には、雪に囲まれた倉岡直也の家が浮き彫りになって見えた。



 高山春彦と松永健太郎は傘を差しながら雪の上をサクサクと歩いていた。

「橘は大丈夫か?」

 高山は健太郎の方へ向きながら言った。

「先生は大丈夫ですよ、きっと。ああ見えても強いですから」

 健太郎は高山を見ず、歩きながら言った。

「彼女・・・店に来た彼女は?」

「美月さんですか?」

「美月さんって言うのか?」

「ええ」

「どんな知り合いだ?」

「先生の好きな人ですよ」

「彼女か?」

「いいえ、好きな人です」

「訳分からないな」

 それから健太郎は黙って歩き、高山はその健太郎の後を付いていく形となった。そして、健太郎は立ち止まった。

「それでは僕はここで・・・」

 その横に、大きな公園はあった。

「ああ」

 高山がそう言うと、健太郎は公園の中へと消えていった。高山はその健太郎を見送り、また歩き出した。

 ぼやけた街灯は所々に健太郎をあてた。誰もいない公園。樹木は建ち並び、雪はひらひらと舞った。健太郎は傘を差し、サクサクと雪を踏みつけて歩き、そして噴水の前に出た。カコーン

 どこからか水に何かが落ちる音がする。小さな一つの光の粒が近くにある樹木の影に現れた。携帯の着信メロディがなった。立ち止まり、ポケットの中から携帯を取り出そうとしたが、引っかかってなかなか取り出せない。カコーンと音がした。そしてやっとポケットから取り出せたときに、着信メロディは止まった。小さな光の粒は公園を彷徨った。また着信メロディが鳴り、その画面表示には『しおり』と書かれている。健太郎は着信ボタンを押して出た。「もしもし」声は聞こえなかった。「もしもし」もう一度言った。だが、声は聞こえない。「もしもし」そう健太郎が答えたとき、噴水の回りに風が吹き、そして波打つように辺りは湖へと変わっていった。健太郎は驚き、ゆっくりと携帯電話を耳元から離し、傘を落としてしまった。あの、湖だ。ひらひらと雪は降っていた。周りは白く、雪で覆われている。‶カコーン″音がする。一つの光の粒は静かに健太郎に近づいた。力無く携帯を握りしめて歩いた。湖に近づく。カコーンと音が鳴った。光の粒は健太郎の後ろから前に飛び出して湖に向かった。健太郎も光の粒を追った。その粒は湖の前で止まる。健太郎もその粒が止まるのが見えると立ち止まり、そしてゆっくりとその光の粒に近づいていった。その光の粒が止まっているところに人影があった。俯せに倒れている。ゆっくりと近づいた。そして倒れている人の前に辿り着き、そっと顔を覗き込むと目を見開き、震え、その場を動けない。それは自分自身、松永健太郎の姿だった。そして、光の粒は天へと上っていった。


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