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第二部 第二十二章

 イチョウ並木が立ち並ぶ。風が吹き、落ち葉となった。地面にはイチョウの葉はたくさん落ちていたが、まだ枝にも葉はしがみついていた。ここは、紅髯町。この街一番のオフィス街だ。雑踏の中、巨大なビルは建ち並び、その一つに、恋酔(こうよう)出版社がある。二十三階建てのビルだ。その九階に雑誌社の編集部はあり、ファッション誌、TV誌、様々な編集部の中に恋愛大衆編集部はあった。六人が座れるデスクが二列に並び、その前方に六人が見渡せるように、真ん中に位置して編集長高山のデスクはあった。編集員はそれぞれ電話の対応に追われる者、パソコンで資料を作成する者、何か書き物をしている者、皆仕事に追われていた。六人が座るデスクのうち、一つのデスクが開いていた。「松永はどうした!」高山は怒鳴り声を上げた。



 携帯の着信音が鳴った。携帯の着信メロディが鳴った。二人は同時にそれぞれの携帯電話を取った。「はい、もしもし」健太郎は寝惚けた声だった。「おまえ、何やってるんだ!」その怒鳴り声は高山だった。受話器を耳に付けなくてもその声は響く。「い・・・ま・・・ですか?寝てました」健太郎はその状況を把握してなかった。「今何時だと思ってるんだ!」高山の怒鳴り声に、健太郎は思わず受話器を離して聞いた。「今・・・ですか?」洗濯物に埋まった目覚まし時計を探して取り出した。

「十二時・・・四十七分・・・」

「十二時四十七分?」

「ええ・・・」

「今日は早朝十時から、何があったか覚えてるかな?」

 高山は冷静な口調で、言葉一つを噛み締めながらゆっくりと受話器に話しかけた。

「・・・会議です」

 健太郎は平然と答えた。

「そう、分かってればいいんだ。・・・で、今何時だ?」

 健太郎はまた目覚まし時計を見た。

「十二時四十九分です。・・・十二時四十九分?」

「そう!十二時四十九分だ」

「・・・あ!すんません。十二時四十九分だ!い、今からすぐ行きます」

「すぐ来い!」

 高山はまた怒鳴った。

「はい!あの・・・会議、間に合いますか?」

 高山の声を探りながら、恐る恐る聞いた。

「会議なんかとっくに終わってる。今何時だと思ってるんだ!」

 その健太郎の言葉に、高山は血管が切れるほど顔を赤くして怒鳴った。

「すんません!」

 健太郎は泣きそうだった。

「おまえ、今何処にいる!」

「・・・しゅ、愁の所です」

 声が震えていた。

「シュウ?」

「あ、いえ、橘先生の自宅に来ています」

「橘の自宅?何の用だ」

「ちょっと、先生に呼ばれまして・・・」

「用事は済んだか?」

「はい」

「じゃあすぐに出社してこい!遅刻だ!」

「はい!」

 高山は、電話を一方的に切った。その奥で、愁も電話を切った。愁は窓に寄りかかって健太郎に聞こえない会話で電話していた。

 電話を切った途端、健太郎は立ち上がり、焦りながら着替え始めた。愁は電話を切るとにやけた顔で振り向いて、健太郎に近づいた。

「今の電話、誰だと思う?」

 愁は胸をときめかしながら言った。

「ごめん・・・急いでんだ」

「まあ・・・ちょっと、一分」

 健太郎はズボンをはきながら、愁に耳を傾けた。

「彼女からだったんだよ。美月だ」

「美月?」

「ああ、今日、もうランチしちゃったかって。もしまだランチしてなかったら、これから遅いランチに行かないかって・・・どうしよう」

「行けばぁ」

 冷たい口調で言った。その話につき合ってる余裕はなかった。

「冷たいねぇ、この僕が初めてのデートだっていうのにさ、もっと友人らしく励ましの言葉とかないのかね」

「ないね、だって彼女結婚してるんだろ。愁に勝ち目はないよ。それに俺は急いでるんだ。愁につき合ってる暇はない」

「勝ち負けの問題じゃないよ。僕は一生片思いでいいんだ。ここに宣言します。わたくし、橘愁は、倉岡美月の事が好きです」

 愁は健太郎に構わず話した。

「アホ!」

 健太郎は鞄を持って出ようとしたとき、また愁は振り向いて話した。

「ほら、お前もちゃんと女に連絡取れよ。かのじょ・・・名前、なんだっけ?」

「しおりちゃんだよ」

「しおりに宜しくな」

「呼びつけすんな!」

 健太郎はそう言うと、玄関を出ていった。



 ひとときの休みは終わった。昼下がりの街は一瞬の静けさを漂わせた。人は疎らに歩く。ここは、二キロ先にある繁華街とは裏腹に、オフィス街の真ん中にある静かな公園だった。その公園の中央に大きな噴水がある。そこに噴水を眺めながら立っている女性がいる。永瀬美月だ。「お嬢さん、お嬢さん」後ろから声が聞こえた。「お嬢さ〜ん、みつきさ〜ん、倉岡美月さん?」その言葉に美月は振り向いた。「倉岡美月じゃないわ」笑顔で答えた。「今は、永瀬美月なの」そこに、橘愁は立っていた。「それでは永瀬美月お嬢様、わたくしとお茶しませんか?」愁は手を差し伸べた。「いいわ、特別よ」すると美月はその手を取って、腕を組んで歩いていった。



 恋酔(こうよう)出版社の二十三階建てのビルの九階に恋愛大衆編集部はあった。慌ただしくも電話が鳴り、慌ただしくも人々は駆けずり回っていた。その中に松永健太郎のデスクはあった。健太郎はデスクに山盛りされた書類に埋もれて小声で電話していた。「しおりちゃん?ううん、ごめん、ちょっと声が聞きたくて・・・」微笑んだ。



 橘愁と永瀬美月は公園内にあるオープンカフェにいた。「どうしたの?急に、ランチなんて」愁は言った。二人の前にあるテーブルにはコーヒーが二つ、軽食のサンドウィッチがあった。「別に何でもないの、ただ・・・会って話したかっただけ」美月は言った。「そう、じゃあ・・・話そうか」愁は微笑んだ。

 二人の前に広がる大きな池、二人の前にある大きなイチョウの木、その木から葉は散っていた。

「きれいだね」

愁は言った。

「ほんと」

美月は言った。

「美月は、今何処に住んでるの?」

「私はね二キロ先にある繁華街の近く。人混みから抜けた住宅街に住んでるの。目の前に教会があるわ。愁は?」

「僕はね、ここからすぐ、静かなオフィス街に挟まれた住宅街だ。高級マンションと高層ビルに挟まれた、二階建てのオンボロアパートだよ」

「そうなんだ」

「旦那さん・・・どんな人?」

 愁は一瞬言葉を詰まらせて聞いた。美月は愁を見て、笑顔で言った。

「とても素敵な人よ」

「よかった、幸せなんだ」

「うん」

 美月は頷いた。その時、愁の携帯が鳴った。

「はい、もしもし」

 電話に出ると、もの凄い大きな声が受話器から漏れてきた。愁は思わず受話器から耳を話した。

「ちょっと愁ちゃん!」

 女の声だった。

「おばさん?静江おばさん?」

「いったい何してたんだい!恵子ちゃんが大変だったのよ」

「かあさんが?」

「倒れて凄い熱。愁ちゃんは連絡取れないし・・・でも大丈夫よ、病院にも連れて行ったし」

「・・・で、今は何処にいるの?」

「家で安静に寝てるわよ。だから安心して。愁ちゃんも神霧村に来なさい。恵子ちゃんも喜ぶわ」

「うん」

 そう言うと、電話を切った。

「どうしたの?」

 美月は心配そうな顔をして愁に聞いた。

「神霧村に行こう・・・」

「え?」

「美月、行こう!」


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