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第二部 二十一章

 「女の色気は脚とケツにある」愁はタバコに火を付けた。まだ興奮して健太郎に話していた。健太郎は半ば呆れ気味に聞いて、タバコに火を付けて言った。「ヤッパ、(うなじ)でしょ」

すると、愁はその言葉にすぐ反応した。「項か。それもあり得る。だけど僕はやっぱり美脚と持ち上げたようなケツだね」そう言うと、愁は健太郎を見た。すると健太郎は、タバコを吹かしながら愁を見上げて訪ねた。

「何で俺とそんなに親しくする訳?」

「・・・何で?」

 愁は急に落ち着きを取り戻し、静かに健太郎の隣に座った。

「いや、何でって、そりゃー気になるよ。だって、会って突然だもん。しかも新人の俺に何でって思うでしょ」

「直感だよ」

「直感?」

「おまえとは友達になりたかった」

 健太郎は愁を見ていた。

「僕には見えるんだ。いろんな物が、昔から・・・妖精や、物の影が見える」

 愁は真剣な顔でそう言った。

「妖精?」

 健太郎はその言葉に馬鹿にする訳でもなく、真剣に素直に聞き入れた。

「昔、友達がいた。初めてそいつに自分のことを話した。いろんな物が見えると・・・そいつは信じた。僕を疑わなかったんだ。それは、僕の中にあるイメージだとそいつは言った。僕は、こんな友達は初めてだと嬉しくなって、何でもそいつに話したよ。自分を知って欲しくて、いろいろ話した。だけど、ある日僕が道を歩いていたら、僕の目の前に過ぎるように見えたんだ。そいつが、もの凄い形相で僕のことを睨みつけていた。僕はそいつにその話をしたよ。二人で気味悪がった。でも・・・半年後に喧嘩して、連絡を取らなくなったんだ」

 健太郎は返す言葉も見つからず、そのまま愁の話を聞いた。

「嫌なんだ。いろんな物が見える。いろんな物が見えては消えるんだ。僕は何をしたらいい?何を思えばいい?どうしたら、見えなくなるのかなぁ。だから、胸が苦しくなって、その胸の奥で留まるんだ。物語を書いて、少しでも楽になろうとした」

「そうなんだ・・・」

 健太郎は素直に聞き入った。愁は仄かに笑って、健太郎にまた言った。

「でも、『友達になろう』って言ったのは、お前だけだ」

 健太郎は笑った。



 キッチンの冷蔵庫の扉は開いた。中から光が漏れ、美月の顔にあたった。部屋に明かりはついていなく、美月の顔が浮いて見えた。コーラを取り出す。

「帰ってたのか・・・」

 男の声がして、美月は振り向いた。

「ええ・・・」

 男は、部屋の入り口に寄りかかり立っていた。腰にタオルを巻いて、裸姿だった。腹筋は割れ、胸筋もある。身長もそこそこはあった。そして二重で整っている顔立ちだ。美月は冷蔵庫の扉を閉めた。すると、明かりは消え、また部屋は暗やみに包まれた。その時、廊下に明かりがつき、また部屋にその光は漏れてほんのりと明るくなった。

「だれ〜」

 女の声がした。廊下を歩いてくる音がする。すると、男の腰に腕が巻かれ、女が後ろから抱きつき、男に顔を寄せて口付けをした。

「俺の女だ」

 男は美月を見て言った。女は美月を見ると、歩き出して近づいた。

「あなたねぇ〜セックスできないの〜」

 男は笑って見ていた。

「何であんな気持ちいいの、嫌なの?」

 女は美月の顔を撫で回して言った。その姿を見ると男は嘲笑うかのように微笑み、静かに部屋を去った。女は男が去る姿を見ると、また美月に顔を近づけて言った。

「何で黙ってるの?私が怖い?何で敬生(たかお)は、あんたみたいな女と結婚したのかしら。私の方が体、いいのに」

 そして、女は美月の耳元で囁いた。

「あんたから、敬生を奪ってやる・・・」

 そう言うと、薄笑いを浮かべて美月の頬にキスをして部屋を出た。美月はその場に動けないまま、全身に震えが籠もったが、コーラを持った手はその震えを免れなかった。



 愁は抱き枕を抱え、健太郎の隣で肩を並べて寝ていた。すると、突然愁は起きあがった。

「眠れな〜い」

 愁は斑と横で寝ている健太郎を見た。その瞬間、瞼と眉はピクッとした。その驚きは隠せない。

「こりゃ〜起きてんのか寝てんのか、わかんねぇな〜」

 健太郎は半分目を開けて寝ていた。愁は健太郎の体を揺すった。「健太郎・・・健太郎・・・」健太郎は起きなかった。愁はもっと強く体を揺すった。「健太郎・・・健太郎・・・」それでも起きなかった。愁は考えて、今度は顔を何度も叩いた。「おきろ〜!!」すると健太郎は目を擦り、寝惚け眼に愁を見て言った。

「なに〜」

「眠れない・・・」

 愁は笑顔で言った。

「眠れないって・・・」

「もうちょっと話につき合ってよ。何か興奮して眠れないんだ」

「興奮って、いい年して・・・」

「お前、彼女いる?」

 愁は健太郎に構わず話し出した。

「え?いるよ」

「そ〜なんだ」

「ああ、でも別れようと思っている」

「なんで?」

「他に好きな子が出来た。この前、その子に会いに行ったんだ」

「・・・で?」

「告白した。もちろん彼女がいることは、言わなかったけど・・・彼女、言ったんだ。『まだ会って間もないから、もっといろんなこと知って、尊敬できるようになったら』って」

「じゃあ、まず彼女と別れることだ」

「分かってる」

 愁は健太郎を見て微笑んだ。

「お前は大丈夫だ」

「そうかなぁ」

「ああ、大丈夫だ」



 梟の鳴き声が聞こえた。星が透き通るように綺麗に見えた。月はハッキリと輝いている。神霧村の夜は静まりかえっていた。そこに一つの明かりが光っている建物がある。村役場だ。

 その一つの部屋からまた、賑やかな声が聞こえた。

「よし!フルハウス」

「あ、きったね〜」

「何が?」

「何が?って、今俺が便所行ってるとき、勝手に駒進ませただろ」

「何でそんなのわかんだよ」

「だってさっきまで全然だったじゃん」

「おまえ、僕のを見たんか?僕のカードを見たんか?」

「きたね〜よ、ヨッシーは」

「あんたはだまっとき!」

「お前もだまっとけ!何か言ってよタケちゃん」

「しらん」

「も〜」

「ほらまた喧嘩ばかり。今日は、基本に戻ってカレーライスを作ってみました」

 唯がエプロン姿で台所から、お盆に乗せてカレーライスを運んできた。すると、目の前にテーブルを囲んでガン太と芳井、竹中に静江の姿があった。四人はポーカーゲームを楽しんでいた。テーブルまで辿り着くと、唯はそれぞれにカレーライスを配った。

「おいしそ〜」

 まず初めに口を開いたのは静江だった。

「ちょっと待ってね、今ビール持ってくるから」

 唯は台所に戻った。

「たまには、こんなのもいいわね」

「何が?」

 ガン太が言った。

「あんたがいつも遅くまで帰らないから、ちょっと様子を見に来たんでしょ」

「おう!」

「なのに何なのその態度。私は来て、今日、楽しかったと言ってるの。ちょっとは感謝して欲しいわ。一人で家にいると寂しいのよ」

「じゃあ認めてくれるんだな」

「あんたの遊びを認めるんじゃないわ。許してあげるだけ。ただし、条件があるわ」

「なんだ」

「私も仲間に入れること」

「なんだ?」

「静江さんがギャンブル?」

 芳井が言った。

「ギャンブルじゃないわ。ゲームを楽しみに来るのよ」

「静江さんが入ったらまた賑やかになるね」

 台所から唯がお盆にビールジョッキを乗せて戻ってきた。

「ほらガンちゃん、早くチップ」

 芳井が言った。唯はそれぞれの席にビールジョッキを置いた。

「これはゲームだ。チップは関係ない」

 ガン太が言った。

「このゲームはギャンブルだ。早く、チップ」

 にこやかに笑って芳井が言った。

「あんた男らしくないね、早く出しな!」

 静江が言った。するとガン太は目の前にあるチップの山を、渋々と差し出した。

「チクショー、飲んでやる」

 そうガン太が膨れて言うと、目の前のジョッキを持ち上げてビールをガバガバ飲み始めた。



 恵子は寝ていた。静かだ。何一つ音がしない。光さえない。だが、恵子の心の音は静かに響き渡ってきた。

 ザクッザクッザクッ草を勢いよく踏みつける音がする。その瞬間、土の中から出ている木の根を避けるために、飛び立って恵子は現れた。額には、汗が滲み出ている。何かに脅えるように辺りを見渡した。そしてまた走り出し、草を掻き分け掻き分けて、青い光が放つ、大きな湖の前に出た。恵子は必死に湖に向かって走った。

 違う音がする。ゆっくりと草を踏みつける音、草を掻き分けている手がある。それは、確実に近づいていた。ゆっくりとゆっくりと歩み、またその足元も大きな湖へと出た。

 恵子は湖まで辿り着いて、後ろを振り向いた。すると恵子の顔は引きつり、その額に汗を浮かべた。もう動けない。逃げられない。その足は、一歩一歩近づく。恵子はその場で尻餅をつき、逃げることは出来ない。目をそらすことも出来なく、体中に震えは起こった。その足は恵子の前で止まった。恵子は目をそらすことなくその者を見、額の汗は滲み出てきた。その者は、ゆっくりと腰を降ろそうとした。

 ガバッと布団を捲くし上げて、恵子は起きあがった。<また夢・・・>その額には、汗が滲み出ていた。恵子はベッドから降り立ち、フラフラと足を絡ませながら部屋を出ていった。そしてまた台所にいき、電気をつけると冷蔵庫まで歩いてその扉を開け、缶ビールを取り出してその場で開けて飲み始め、一缶開けるとまたすぐ違う缶ビールを取り出して、その手に持った空き缶を床に投げ捨てた。そしてまた、床にへばりつくようにお尻を付けて、冷蔵庫の横の壁により掛かって座った。

 静かに飲んでいた。台所の蛍光灯の光がとても眩しい。恵子は一缶のビールを飲み干し、その空き缶を握りつぶして床に投げ捨て、また一缶冷蔵庫から取り出して飲み干した。

 そして突然動きは止まった。息苦しく胸は騒ぐ。心臓の鼓動がドシドシと迫り狂うようだ。恵子は苦しく、手から缶ビールが放れた。ビールは缶の中から床へこぼれ落ち、胸が苦しい。苦しくて仕方ない。握るように手を胸にあてた。額に汗は滲み出る。発作は止まらず、目から出る表情でも、それがハッキリするほど白黒していた。そして、眼に籠もった力は消えた。体中の動きは止まり、恵子はそのまま床になだれ込むように倒れていった。



 「今度は愁の番だ」健太郎は言った。「何が?」愁はビールを片手に健太郎を見ながら言った。「何がじゃないよ。人を叩き起こして恋の話をさせたのに、自分のことは話さないのか?」健太郎は少し呆れたようにも笑いかけたようにも見えた表情で、愁から少し視線を逸らしながら言った。

「だって恋は一度しかしたことないって言ったでしょ」

「恋の話じゃないよ」

「じゃあ何だ?」

「怒ンないで」

「怒らないよ」

「何で親父さんの話をしたとき、急に顔色を変えて怒ったんだ?」

 健太郎がそう言った途端、愁の顔色が変わった。

「ほら怒った。いったい何があったんだ?」

「おまえに関係ないだろ!」

「関係ない?友達になろうって言って、関係ないこと無いだろ」

 健太郎は真剣な顔をして、愁の目を見た。

「・・・ごめん」

 愁は俯いた。健太郎のその発言に誤魔化すことは出来なかった。健太郎には隠し事はない、自分のことを話したかった。また自分の気持ちを打ち明ける友達が出来たんだ。

「十二歳の時だよ。親父が死んだの」

「何で、死んだの?」

 健太郎は静かに言った。

「事故死だよ」

「事故・・・」

「土砂が崩れ落ちて、生き埋めになった」

 健太郎は何も言えなかった。愁はタバコに火を付けた。

「事故死ならば、まだ自分の中で整理できたのにな」

「違うの?」

 愁を見て言った。

「ああ、事故死に見せた殺人だった。親父は、僕達を裏切って殺されたんだ」

「裏切った?」

「不倫だよ。その親父を殺した男の妻と不倫した。女に会いに行って殺されたんだ。僕は、憎かった。殺された現実よりも、裏切ったことが許せなかったよ」

 健太郎は何も言えず、ただ黙って愁を見た。

「鉄道も、僕が進んでやった訳ではない。みんなに言われてやっただけだ。親父は、裏切った。裏切って殺されたよ。美月の父親に・・・」

「美月?」

「この前会った彼女だよ。彼女は愛を知らずに育ったんだ。母親は僕の親父に恋をした。父親からは虐待を受けていたんだ。まだ、十二なのに・・・実の父親に暴力を受けた」

「・・・信じられない」

「僕は彼女を守りたかった。彼女を救いたかったんだ。・・・でも、僕には出来なかった。怖かった。何処かで逃げていたんだ」

「そんな、仕方ないよ。愁が悪い訳じゃない。誰だって、きっと俺だってそうだ」

「まだ、あの時のことが忘れられない。まだ、あの時のことが目に浮かぶ・・・美月は幸せなのかなぁ。あのことを、忘れられたのかなぁ」

「彼女は幸せなんだよ。結婚もしたじゃないか。幸せを掴んだんだよ」

 健太郎は精一杯の笑顔で愁を励ました。

「そっか・・・」

「そうさ〜、彼女は幸せなんだよ。愁は、それで満足すればいいじゃないか。愁も幸せになればいいんだよ」

 健太郎は優しく愁の肩を寄せた。

「ありがとう・・・」

 愁は笑顔で答えた。



大きな音と共に、美月は跳ね返るように床に転げ落ちた。その先に永瀬(ながせ)敬生(たかお)の姿と女、花崎(はなさき)()()の姿があった。志帆はホッソリとした腕を敬生の腰に巻いて嘲笑いながら美月を見ていた。「女の子に暴力を振るったらいけないわ。顔は・・・女にとって命なの」志帆は敬生の顔を頬ずりながら言った。「(ほこり)があった。廊下をキチンと拭いてねぇんだ。俺は汚いのが嫌いだ」敬生は言うと、リビングを出ていった。その姿を志帆は見送り、また美月を見て近づいた。「男は酷いわ〜すぐ女を殴る。・・・何であんたと結婚したのかしら」そう言うと志帆は美月の顎を持ち、力強く自分に近づけた。「あんた邪魔なのよ」そう言って、美月の顔が揺れるほど力強く顎を持ち、美月を睨み続けた。美月は抵抗も出来ず、ただ顔を振るわせながら瞳だけは泳がせて志帆を避けていた。



 辺りは暗かった。風は冷たく吹く。コオロギや鈴虫の鳴き声は引っ切り無しに聞こえた。静江とガン太は村役場から帰る途中だった。静江はガン太の肩を抱え、フラフラになりながら歩いていた。「ほら、あんたシッカリ歩きな!」静江は怒鳴り上げた。「ん?」ガン太はフラフラになり、自分が何処にいるかも分からないほど酔っている。「飲み過ぎなのよ、いったい今何時だと思ってるの。もう朝よ。もうじきこの辺も明るくなるわ」静江は呆れながら、ガン太を抱えて歩いている。二人がフラフラになりながら歩いていると、恵子の家が見えた。うっすらと明かりがついている。「あら、恵子ちゃんもう起きてるのかしら」静江が言うと、ガン太を引きずりながら恵子の家に近づいていった。

 「恵子ちゃん、いるかしら」静江は家を回りながらそれぞれの窓から中を覗き、恵子を探した。「いないわ。電気を消し忘れて寝てるのかしら」そう言いながら台所の窓に近づ付いて覗いた。「いたいた、あんなところで寝てたら風邪引くわ」顔は見えなかった。台所の窓から見えたのは足だけだ。冷蔵庫の影から足が見えた。静江は玄関に近づいて、ドアノブを回した。カチャッドアは開いた。「開いてるわ・・・」静江はガン太をその場に休ませ、一人家の中に入った。「恵子ちゃん、入るわよ〜」小声で言った。部屋の中は散らかっていた。静江は辺りを見渡し、少し不信感を抱いていた。なぜならば、それは恵子の性格からして、こんなに部屋が汚くなるはずがなかった。「恵子ちゃ〜ん」台所の明かりが、ゆっくりと静江に降りかかっていた。すると台所の入り口が見え、恵子の足が見えてきた。「恵子ちゃん?」静江は台所の入り口に立ち、恵子を確認すると近づいた。「恵子ちゃん、こんなところで寝ていると風邪引くわよ。部屋で寝よ」そう言って、倒れている恵子の体を揺すった。「恵子ちゃん、恵子ちゃん」何度も体を揺すって、名前も呼んだが反応がなかった。恵子の回りは空になった缶ビールが、たくさん捨てられていた。その一つの缶ビールだけが中身が入っていて、床に零れており、恵子の顔をぬらしていた。静江は倒れている恵子の体を起こした。「あらあら、こんなに塗れちゃって」恵子の顔色は白く、全く血色が無かった。「恵子ちゃん?恵子ちゃん」静江は恵子の名を呼び、体を揺すったが反応が無く、そっと額に手を当てた。「凄い熱・・・」静江は慌てて恵子の体を揺すった。「恵子ちゃん!恵子ちゃんシッカリ!」静江は何度も恵子の名を呼び続けた。



 美月は二階の部屋に入ってきた。緑のカーテンが赤く染まっている。そのカーテンに近づき開くと日の光が射し込んできた。その窓は出窓となっており、美月は両手を広げて窓を開けた。すると更に眩い光が美月を襲い、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。目の前は教会。その教会の白い壁が日の光に反射して、眩い光を放って美月に襲ってきた。美月が上を見上げると、十字架が太陽と被って光り輝いている。その美しい歌声は教会の中から聞こえた。聖歌だ。美月はいつも聖歌を聴いていた。その歌声が心を癒してくれる。

 階段を上る足があった。その足は二階の部屋に近づき、ドアノブを回してそっとドアを開け、その部屋にいる美月に近づいて後ろからなだらかに抱きしめた。美月は微動だにしなかった。その姿は敬生だ。敬生は静かに美月の体を離れて、開いている窓を閉め、また美月を優しく抱き、顔を頬摺り、胸を揉み、そして優しく口付けをした。それでも美月は微動だにしなかった。「俺は、教会が嫌いだ。あの歌を聴くと頭が痛くなる。奴らは不合理なことまで、合理的にしようとする」敬生は額と額を合わせて美月の目を見、またにこやかに笑って口付けをした。「今朝はごめんな。突然殴ったりして。男は女の前では格好良く見せたいんだ」敬生は優しい口調で言った。「ううん、私がいけないの。私がキチンと廊下を掃除しなかったから。私が夜、あなたの相手を出来ないから」美月はその言葉を放ったが、敬生の目を見ることはなかった。「そうか、美月は優しいんだな。自分で自分のことをよく理解している。俺はそこが好きだ。愛してるよ」そういうと、また静かに口付けをした。



 暗い部屋。窓の外はすっかり明るくなっていたが、この部屋に光は入ってこなかった。橘愁と松永健太郎はそれぞれが抱き枕を抱え、部屋に散りばめられた洗濯物や雑誌の山に埋もれながら寝ていた。時計の針はもう十時を回っている。その時、橘愁の携帯から着信音、松永健太郎の携帯から着信メロディが同時に部屋に響き渡ったが、二人はそれに気づかないで幸せそうに寝ていた。

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