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第一部 序章

読者の皆様へ

 この小説は大長編です。だが、展開が早く、かなり面白く仕上がっています。後半になればなるほど展開は激しくなります。どうか、最後まで読んでみてください

 一度目の恋は、私がまだ十二の時だった。

 私はまだ小さくて、恋も知らぬ時代。夢を見てた。父の夢。優しかった。父は誰にでも優しかった。母にも、村の人々にも、特に私には優しく、いつも一緒にいた。

 ある日、父と二人で湖に釣りに行った。父は突然寝ている私をたたき起こし、こう言ったんだ。

「秘密があるんだ」

「秘密?」

 私は目を擦り、父を見た。父は笑顔で私を見ていた。とても楽しそうだ。私は一瞬時計に目をやると、まだ四時前だ。辺りは暗く朝が訪れる気配さえ感じられなかった。<何故、なんでこんなに朝早く……>そう思い、私はまた父を見た。


「釣りだ。釣りに行こう」

「釣り?」

 <なんで?>なぜ行かなければならないのか、私には到底分かるはずがなかった。なぜなら、父はいつも突然思い立ったら、すぐ行動する人間だからだ。前にもあった。家の裏に山がある。その山の麓に薔薇畑がある。それも父が突然思い立って、山の麓に薔薇の種を蒔いたんだ。他にもある。朝早く、ノコギリや金槌(かなづち)の音で目が覚めた。私は窓から外を眺めると、父が何やら作っていた。私は父に何を作っているのか尋ねると、父は興奮しながら「小屋だよ、小屋」と答えて、また作業を始めた。物置小屋だ。だが、その小屋も父の趣味の物しか入ってない小屋だ。私に言わせれば、ただのガラクタ小屋にすぎない。今回もそうだ。きっと父の思いつきだろう。私は到底行く気などなかった。誰がこんな朝早く釣りに行く気になるだろうか。たとえ私が十二の子供だとしても、その気持ちに変わりがなかった。だが、父は言った。

「湖、見つけたんだ」

「湖?」

「ああ、薔薇山(いばらやま)でみつけた。あんなに美しいところは、見たことないよ。まだ誰も行ったことがない、二人だけの秘密だ。魚だっていっぱいいる。パパが一度も見たことがない魚がいるんだ。(しゅう)にも見せたいんだ」

 湖などこの村にはないことぐらい、私でも知っていた。<なんで、そんなウソを言うんだ。きっと僕を驚かす、何かがあるんだ>私は、父の言葉に逆らって布団を頭まで被せたが、すぐに巻き返えされ、私の顔を覗き込んで父は笑顔で言った。

「行こう!」

 私は渋々とベッドから降り立ち、着替えた。



 父と釣りに行くのは初めてだった。父の足取りは軽く、まるで子供の頃に戻っているようだ。キャップ帽子をかぶって、肩には釣り竿を背負い、父は薔薇山へ入って行った。私も少し父の後れを取って、薔薇山へ入って行った。神秘的な山の朝の風景だった。辺りには霧が渦巻き、小鳥のさえずり声が遠くから聞こえてくる。父はもう遠く、霧に埋もれて消えかけていた。

 私は少しゆっくり歩いてみた。静かだが、いろんな声が聞こえる。私の目に風がよぎった。風を追ってみた。いろんな木に触れてみた。さまざまな草や花を感じた。空から滴が落ちて、顔にあたった。不思議だった。この山すべて、まるで私の(てのひら)に乗っているようだった。ちょっと、嬉しくなった。

 遠くから父の声が聞こえる。私を呼んでいた。父の姿は見えなかったが、私は声が聞こえる方へ、近づいていった。父の声はよく聞こえたが、姿は一向に見えなかった。

 霧がもっと深くなったころ、人影がうっすらと見えてきた。父だ。私は父に近づいた。父は私の肩に優しく手を置き、そっと言った。

「着いたぞ」

「えっ?」

「秘密の場所だ」

 湖など、どこにも見えない。

「この道から外れる。まわりはお前の背丈ほどある草ばかりだ。おまけに木の根っこも、地面から飛び出している。お前なんか、瞬く間に飲み込むほどの根っこだ。誰も近づいたことがないんだ。ここから先は危ないから、パパの後をついてこい」

 父は私の頭を軽く撫で、草むらへ入って行った。私も父の背中を追うように、草をかき分けて入った。

 長かった。草をかき分けてもかき分けても、何も見えない。草ばかりだ。おまけに突然木や木の根っこが現れて、私の邪魔をした。それでも私は草をかき分けて、父の跡を追った。

 暫くすると父は突然止まり、私は父にぶつかった。父は振り返り私に言った。

「湖だ。ほら、見てごらん」

 私は一歩前に出て、父の横に並んだ。すると草むらの向こうからほんの少し、青い光が漏れているように感じた。私は一呼吸して、最後の草の束をかき分けて、顔だけ覗き込んだ。

 すると、湖があった。思わず言葉を失ってしまった。

「どうだ、綺麗だろう。湖から青い光を放ってる。木や花や草が生きている。虫や鳥も集まる。村のみんなは、ここを知らないんだ」

 父は少し腰を下ろし、私の目を見て話し始めた。

「いいか、このことは二人だけの秘密だ」

「ママにも?」

「ああ、ママにもだ。パパとお前だけ、二人だけが知っている。いいか、男の約束だ」

 湖の岸に大きな岩がある。私と父はその岩に腰掛けて釣りをした。

 長い間、腰をかけていた。父と長い話をし、静かな時間が流れ、ずっと湖を見ていた。

 私はふと横を見た。するとそこには父の姿はなく、辺りを見渡した。<パパ?>まるで、この世界全てが私を覆うようだった。

 その時何か、湖に落ちる音がした。波打ちした。また音がして、波打ち、私の座る岩へとぶつかった。<誰か、誰か湖に立っている>その気配を感じ取り、私は岩の上に立ち上がってその方向へ目を向けると、激しい光が私の目を襲った。<眩しい>私は思わず目を背けた。太陽の光が水に反射して私の目に直撃したのだ。私は手でその光を背けながら、音がする方向へ目を向けた。人影が湖の上に見えた。<誰なんだ……>私の小さな手から光が漏れ、その人物がよく見えなかった。<顔が、顔が見えない……>カコーンと大きな音がした。その瞬間、バサバサバサと周りの樹木に隠れていた鳥たちが、一斉に空に飛び立った。その時だ。ほんの少し驚き、私の体が揺れ動いた。私の光を背けていた小さな手がその的から外れた時<見えた……>少女、少女が立っていた。<なんて、綺麗なんだろう……>少女の周りには、いくつかの光の玉ができていた。目が吊り上がっていて、髪は長くて艶があり、足も手も体の全てがほっそりとしてた。そして、瞳は澄んでいた。すると、少女は私の方へ歩き出した。私は少女を見た。少女の瞳を見ると、私の体が動かなくなる。ジッと少女を見続けた。だが少女は近づくことはなかった。私の方へ、私を見ながら歩いていたが、その距離は縮まることはなかった。

 湖の青い光がやがて、赤い夕景に変わり、花も木も草も全てが、赤く染まっていった。鳥の鳴き声も聞こえた。それでも私は少女の瞳から、目を離すことは出来なかった。

 すると突然私の立っていた岩に、私の足が減り込んでいった。<パパ、どこ?>私の足はドンドン岩へ減り込んでいった。<パパ、助けて……>不安に思い、辺りを見渡したが誰もいなく、少女はいつまでも私に近づき歩いて、私は不安になった。それでも鳥の鳴き声は、可愛らしく聞こえた。その声がやがて電話のベルへと変わる。ジリリリン、ジリリリリンと、この湖全てにベルの音が響き渡った。

ジリリリリン、ジリリリリンと         

やがて、赤い光が白く私を包んでいった。



 ジリリリリン、ジリリリリン電話のベルが鳴り響いていた。昔懐かしい黒電話から鳴る、寂れた音のようだ。ジリリリリン、ジリリリリン電話のベルは鳴っている。私はパッと目を見開いた。気が付くと、ベッドで眠っていた。ジリリリリン、ジリリリリンまだ電話は鳴り止まず、響いていた。枕元に置いてある目覚まし時計を手に取って見ると、九時をまわってた。私は体を起こし、電話に出た。まだ、寝ぼけた声だ。

「はい、橘です。はい?あ、あー高山さんですか、どうもご無沙汰しています。どうしましたか、こんなに朝早く……え、見つかった?見つかったと言いますと……えっ?はい、ハハハ、見つかった。そうですか、見つかりましたか。そうですか、有り難うございます。はい、大丈夫です。ええ、今日、夕方の四時。はい、分かりました。伺わせていただきます」

 電話を切った。私は静かにベッドから降り、部屋を出て洗面台に向かった。そして鏡に顔を覗かせる。

 そこには、六十になる私の姿があった。白髪頭で、顔中に皺を寄せ、白い不精髭が這えていた。ほんの少し、両手で顔をたたいてみた。悲しく嬉しい思い出が、私の頭を過ぎった。私は階段をのぼり、一つの部屋へ向かった。その部屋にはさまざまな高級ワインやウイスキーが置かれている。それに賞状や楯がいくつもあった。それにはさまざまな『文学賞受賞』と書かれている。

 また奥にいくつもの段ボールの箱が、山積みされていた。その箱の一つを開けた。そこには一つのアルバムがある。そのアルバムを取り出し、ページをめくった。昔の思い出が語られた写真がいくつも貼られている。全てのページをめくり、そのアルバムを閉じた。そして置き、また私はその箱を見ると、アルバムに貼られていない一枚の写真があった。埃被った写真。私はその写真を取り出した。埃で写っている人物さえ分からなかったが、私にだけ、私にだけはその思い出があり、涙があふれ出た。その涙が写真に落ち、涙で写真からほんの少し人物が滲み出た。涙が止まらず、力強く感情を抑えた。私は指でその写真の埃を拭き取ると、写真から人物が浮かび上がり、ジッとその写真を握り締めた。

 そこにはまだ小さい頃の私と、もう一人、青い目の少女が写っていた。



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