憑いてる人が好きなんです!!
この世に幽霊なんてものは存在するんだろうか。
『ソレ』が視えるようになったのは、確か幼稚園に入った頃だった気がする。
俺の視界のあちこちで、影の様なものが視えるようになった。
『ソレ』は、様々な色をしており、紅く燃えるような色だったり、黄金色の輝くような色だったり、暗く淀んだ色だったり。色とりどりの『ソレ』は俺の周りに溢れていた。
また、『ソレ』がいる場所も様々だった。ある時は部屋の片隅に、ある時はトイレの便器の中に、ある時は公園のブランコに、そしてまたある時は人と重なって視えた。
まだ小さかった俺はいったい『ソレ』が何なのか分からず、特に不思議に思う事もなく生活を続けていた。
だが成長するにしたがって、『ソレ』はこの世の物ではない事に気づき、自分にしか視えていないという事実が怖くなった。同時に、視えてしまっている自分を呪ったりもした。
ある日、『ソレ』はきっと幽霊であると確信した。いや、きっとそうだと自分を無理矢理納得させた。
するとどうだろう。正体不明だった『ソレ』を自分の中で無理矢理に説明をこじ付けると、それまで恐怖の対象だった『ソレ』がむしろ可愛らしく思えてきた。
そして、そんなやつらに囲まれる世界に俺は簡単に慣れていった。
「なぁ親父。またいっぱい集られてるぞ」
「はぁん!? オメーは、まぁだそんな事言ってるのか! 俺だってな、この厳しい現実から逃げたくなる時もある。だが息子よ! 気をしっかり持て!! お前はそんな歳からイカレちまってどーする!! オヤジは悲しい!!」
「はいはい。朝から大声ださないの。さっさとご飯食べなさい」
「カーちゃん!? 俺達の息子がオカシイんだぞ! そんな、のん気に飯なんて食ってる場合じゃねーだろ!?!」
「そんな事言っても、この子がオカシイのはいつもの事でしょうよ。それにね、あたしだって、あんたと結婚しちまった現実から逃げ出したいわよ」
「えええー……」
という、我が家の恒例行事を終えて学校へと向かう。
俺は、この春から高校へと入学した。桜並木の中、様々な色に囲まれ高校の校門の前に立ち、これから始まる青春学園ラブコメディーをワンダフルに演じようと決意した。
のだが、もう夏も目前にせまったきたこの時期。異性と性欲に飢えている熱き男達は、これから始まる夏休みという大冒険に向けて必死になってパーティー編成を行う。
『ダイ・スキーダヨ』や『ツキア・オウカ』という黒魔法を使い、『召喚獣カノジョ』をゲットして『大魔王ドーテー』を倒す。
そうしてレベルアップを果たした者達は、『孤独』というステータス異常によって一歩も宿屋から出れず、教会にも行けず、大金を払って充実させた装備も一度も使う事なく、ただひたすらに一人で薬草を食べ続けて自分を癒すだけで終わった者達を笑うのだ。
こ の世は、なんて世知辛いのだろう。
そして、俺はそんな『孤独』に侵される予感が的中して焦っていた。
「ヤバイぞヤバイぞヤバイぞヤバイぞおお!! どうしよう……誰か、誰か助けてくださぁい!!」
この俺は、なんてったって友達を作るのが下手だ!
自慢じゃないが、心の壁の厚さだけで言ったなら核ミサイルさえも防ぎきれる自信がある。
だがしかし、そんな事はまったくもって無意味、いや、むしろマイナス要素なのだ。
それもこれも、全部やつらが視えるからいけないんだ。
俺は物心ついた頃からやつらの相手をし過ぎてきたため、家族以外の生ける者との付き合い方が分からなくなってしまった。どう接していいのか、どう会話していいのか、どう目を合わせていいのか、何もかもが、生ける者とやつらでは違うのだ!!
そんな焦りをどうしようもできずに、今日も学校を終える。
俺の気持ちをまったく気にせず、青っぽいやつらが付き纏ってきた。あああ、もう鬱陶しい。どこかに行ってくれ。
イラつきながらハエのように手で払い、校門まで歩く。
今日も一日かかって二人としか会話ができなかった。いや、あれはもはや会話とは言えない。ただのあいさつだ。
なんっという戦歴。
こんな事では、大魔王や召喚獣どころか、永遠に最初の村でさ迷う事になってしまう。ただ、自分ではどうする事もできないのも分かっている。
「いいさ、いいさ。どーせ俺は、外の世界の恐ろしさを伝えるだけの村人Bだよ……」
そんな、諦めとも愚痴ともつかない事を思っていた時だった。
「あ、あのぅ……」
俺の制服の袖を、後ろからチョンチョンと指で引っ張る誰か。敵襲、もとい、仲間加入イベントか発生の予感。
「う、え、へぁい」
人に話しかけられるという行為が久々だった俺は、なんっとも情けない声を出して振り返った。
これではせっかくのイベントがキャンセルされてしまう。次の瞬間、そんな俺の中に強烈な閃光と稲妻が走った。
振り向いたそこには、女の子がいた。
ただの女の子ではない、美少女がそこにはいたのだああ。
頭一つ分ほど低い身長、肩まである黒く艶っぽい髪、制服の上からも分かる華奢な体つき、ほのかに香るいい匂い、大きくて円らな瞳、前髪が目にかかるのか、それを指で押し上げてしゃべる仕草、そして、誰もが愛して止まないこの上目遣い。
興奮してテンションが上がりまくってる心とは裏腹に、その子と直接対峙している体はかなり緊張して強張っている。
「あ、あの……突然、ごめんなさい。その……えっとぉ……うぅ」
目を潤ませ、今にも泣きそうになりながら何かを伝えようとする彼女に、俺はいたって平静を装い、かつ、がんばって作ったキメ顔で華麗に言い放つ。
「どど、どうしたんだい? お嬢さん」
うーん、お嬢さんはちょっと違ったかな。マドモアゼル。カノジョ。キミだったか。
まあ、とにかく、そう言った俺に彼女はいったい何て言ってきたと思う。
「あの、一緒に……帰っても、い、いいいいです……か」
うははははははははははは。来た。ついに来たのだよ明智君。マイ・ジェネレーションがああ。
「え……っと、あの……俺?」
「うぅ……はぃ。その、あ、あなたじゃなきゃ……だめ……なんです」
「そうなんだ。えっと、ははは! あ、ありがとう。嬉しいよ」
「はぃぃ……」
「んと……じ、じゃあ、行こっか」
なんとぎこちない会話か。
そんな、まるで中学生のカップルのような会話を交わした後、俺たちは連れ立って校門を出た。
せっかくのイベントをこのまま家に普通に帰るだけでは勿体無く思い、少し遠回りをして土手を通って帰る事にした。
夕日が目にしみるぜ。
さすがにいきなり何かするなんて、紳士としてはあるまじき行為だ。俺が前を歩き、そのすぐ後ろを彼女が着いてくる。ちょっと手の位置を変えてみると、地面に写る俺たちの影はまるで手を繋いでいるようだ。むふふふ、甘酸っぱい。
あぁ、なんていい気分なんだ。
これが俺の中では禁断領域に指定されていた、青春ってやつなのか。
これはもはや麻薬だ。飲んだものを誰でも中毒にしてしまう、そして、決して身体に害を与えないそんな麻薬だ。
そんなバカな思いに浸っていると、彼女が例のごとく、袖をチョンチョンと引っ張ってくる。
「あのぉ……」
何やら彼女はモジモジと何かを言いにくそうにしている。
こ、これは、もしや、フラグというやつか。こんな、こんな短時間でまさか。そんな事があっていいのだろうか。
そういえば、なんとなく彼女の距離が近い。口の中いっぱいに唾が溢れ出してくる。大丈夫か。飲み込む音は聞こえやしないか。口は臭くないか。今朝ちゃんと歯は磨いただったろうか。は、鼻毛は。
う、なんだなんだ。顔が、微妙に、近づいてくる。まだ、まだ心の準備があああああ。
「あのぉ……」
「ううううううん? なんだ、い?」
「何か憑いてますよ」
「へ?」
「せいっ」
「ほげぇ」
彼女の愛らしい顔が近づいてくるのを待ち構えていた俺は、その瞬間、女の子の唇にしてはやたらとゴツゴツと骨ばったものをメキョッと感じ、ギャグ漫画さながらの声を出してその場に倒れた。
そして、あまりのショックに気を失ってしまったらしい。なんだこれ。
目を開けると、そこには彼女のカワイイ泣き顔があった。
「う……いっ、てー……」
「あのあのあの……ごごごごごめんなさい!」
「えっと……あれ? なにこれ? どうなったの?」
「あの、あの、好きです! 憑き、じゃなくて、付き合って下さい!」
なんだろう。この子はどこか脳に支障をきたしているのだろうか。言ってる事もやってる事も、まったく理解できない。
母さん、僕は今日、初めてあった女の子に顔面鉄拳と愛の告白をもらったよ。
本当にこの状況はいったい何なんだろう。
その日から俺は、幽霊の他に、鉄拳少女にまで憑き纏われる事になったのだった。
「なぁ、やつらを祓う時って、鉄拳じゃなくてもいいのか?」
「はい。あの、よく使うのは御神刀とか」
「はぁあ!?! ちょ、おまっ、刀!?」
「はい。やっぱりそっちの方が効き目はありますよぉ。でも、持ち運びが不便で最近はもっぱら清めた木刀ですぅ」
「お前、もしかして俺の時も使おうとしてのか……?」
「……」
「や、黙んないで。てか、え、マジで?」
霊感体質の彼氏と霊媒師の彼女。
人が聞けばベストマッチと思われるかもしれないが、なかなかそう上手くいく事ばかりでもない。なんせ、気を抜くと自分の彼女が攻撃をしかけてこうと構えているのだ。
彼女に襲われる彼氏なんて恥ずかしすぎる。
「ま、まぁ、もういいじゃないですかぁ。終わった事だし。ね? ね?」
「お前、だんだん誤魔化すのうまくなってきたな。大体、俺なんかのどこがそんなに良かったんだよ?」
「えぇ……それは……だって、あんなにいっぱい……つくから……ポッ」
「よし、とりあえず落ち着こうか。まずは『憑く』を正確に変換しようか。俺があらぬ誤解を受けてしまう!! それに、ポッってあれ、なに? みんな自分で言うもんなの!? 音じゃなくて!?!」
「わたし……いっぱい憑いてる人が、好きぃ……なんです」
「ふーん。でも、まず、殴る前にそれを説明して欲しかったなぁ」
「あっ……ほら、いましたよ」
「うわー、ホントだ。ウジャウジャ溜まってら。一人で大丈夫か?」
「はいっ! ちゃんとわたしの事視てて下さいね?」
「おうっ、まかせとけ! 蹴散らしてこい!!」
かくして俺は、いや、俺達は、今日も『青春学園戦闘型ラブコミカルホラー』を演じるのであった。