応答せよ、こちらアース号
朝。強い太陽の光と蝉の大合唱で起きる。
小学校が夏休みに入ってから僕はやる事がなくて毎日退屈してた。仲良しのダイスケ君やトシオ君は家族で旅行に行ってしまったし、お隣のサツキちゃんは田舎のおばあちゃんの家に行ってしまった。
僕だけ一人ここに残ってて、全然楽しくない。せっかくの夏休みなのに。
何か面白い物を探しに行こうと思って、家の周りを歩いてみた。
たくさんの蟻の行列が道路を横切っていた。僕はふみ潰さないように気を付けながら上をまたいだ。
近所のおばさんの家のポチが、暑そうにベロを出して寝ていた。僕は噛まれないように気を付けながら頭をなでであげた。
外は家の中より楽しかった。
でも、いつもみんなで遊んでいる公園には誰もいなかった。
僕は学校まで行ってみようと思い立ち、いつも朝通る道を歩いていく。途中で駄菓子屋さんの裏に小さなゴミ捨て場を見つけた。何か掘り出し物はないかなと思ってあさってみる事にした。
そうしたら、壊れたいすや机、冷蔵庫や電子レンジに混ざって見た事ない機械があった。僕はワクワクしながらそれを家に持って帰った。
拾ってきた機械が何かを聞いてみると、お父さんはコンピューターだと言っていた。
でも、お父さんもお母さんも僕もコンピューターを使った事がなかった。だから、せっかく拾ってきたその機械を誰も使えない。
誰かこれを使える人はいないかと思っていたら、近所に住んでるコウイチお兄ちゃんが遊びに来た。
お兄ちゃんは僕の部屋に入ってきて機械を見つけると、「お、無線機だね」と言った。
どうしたのか聞かれたので、ゴミ捨て場から拾ってきたと言った。お兄ちゃんもこの機械を持ってるらしい。
お兄ちゃんは「ちょっと貸してみ」と言って機械をいじり出した。すると機械が「ガガピーーザザザ」といって動き出した。
僕がお兄ちゃんにお礼を言うと、お兄ちゃんは使い方を教えてくれて帰っていった。
その夜、お兄ちゃんに教えてもらった通りに機械を使ってみた。
でも、機械は「ザザザザーー」と言うだけで他には何も言わなかった。いくらやっても、いくら待っても同じだったから、僕はすぐに飽きてしまった。
そしたら、機械から違う音が聞こえてきた。
「ザ……せよ……ザザー……ちら……ス号。応答……ザーザー」
僕は嬉しくなって、お兄ちゃんが言ってたように周波数というのを合わせてみた。
「……ザザ……せよ応答せよ、こちらペースス号。誰か応答せよ」
僕は漫画で見たみたいに話しかけてみた。
「応答せよ応答せよ、こちら……えっと……こちらアース号。応答せよ」
学校の先生が、アースと言うのは英語で地球という意味だと言ってたのを思い出したのでそれを使ってみた。
僕の質問に、相手は少しの間答えてくれなかった。ちょっと心配になったけど、でもすぐまた答えは返ってきた。
「ザザ……アース号、こちらペースス号。応答感謝する」
「ペースス号、こちらアース号。えっと……どうしたの?」
それからペースス号は、何も言わなくなってしまった。
だから、その日はそのまま寝る事にした。ちょっと残念だった。
次の日の夜、コウイチお兄ちゃんがまた家に来た。
お兄ちゃんのお母さんが野菜をいっぱい送ってくれたからといって家に持ってきてくれた。でも今日はお兄ちゃんはすぐに帰ってしまった。
帰る時に「ショウゴ君、昨日は無線どうだった?」と笑いながら聞いてくれた。だから昨日のペースス号の事を話した。
お兄ちゃんは言わなかったけど、僕にはあれがお兄ちゃんだったんだと気付いた。でもきっと、お兄ちゃんは僕を喜ばせてくれようとしてくれてるんだと思ったから、僕は気付かないフリをする事にした。
その夜から僕は、ペースス号と話すようになった。
ペースス号は、宇宙を旅しているらしい。すごく大きい宇宙船でいっぱい人が乗ってるとも言ってた。
今まで色んな星を旅してきて、色んな人に会ってきて、時には悪いやつをやっつけたりもしたらしい。大きい大砲のレーザーで悪いやつらの星を一発でやっつけてしまったという話はカッコよかった。
ペースス号はアース号の事も聞いてきた。だから僕は、アース号にもいっぱい人が乗っていて、僕の友達や家族がいる事を話してあげた。
強い武器はあるかと聞かれたから、大きい大砲はないけど戦車や飛行機があると教えてあげた。
それから、僕の事や学校の事、お父さんとお母さんの事、友達の事、色んな話をした。
ペースス号は、いつか会いに来てくれると言ってくれた。
僕は、相手がコウイチお兄ちゃんだという事を忘れて、本当に交信してるように楽しんでいた。
その日、僕はまたいつものように無線機に向かって話しかけていた。
「応答せよ応答せよ、こちらアース号。ペースス号応答せよ」
「ザ……ザー……ちらペースス号。アース号聞こえるか?」
「ちゃんと聞こえるよ。元気?」
「ザ……こちらは、元気だ。そちらはどうか?」
「僕らもいつも通り元気だよ」
そんないつもと同じ事をやりとりしてたら、ペースス号がすごい事を言ってきた。
今、アース号の近くまで来ていてもうすぐ僕に会いに来れるらしい。僕は大喜びして、アース号がもう見えるかどうか聞いてみた。
「ザッ……こちらはしっかりと捕捉、視認できた」
「えっと、見えたって事?」
「アース号はとても美しい船だな。ここまで大きいとは想像しなかった」
「ペースス号よりも大きい?」
「いや、残念ながら大きさは我々の船の方が上だ」
「そっかぁ。それでいつ会いに来れるの!」
そうやって言った後に、僕はふと思い出した。これが全部コウイチお兄ちゃんがやってくれているんだって事を。そうしたら何だか、すごく悲しくて寂しい気分になってきた。
お兄ちゃんはきっと、僕が喜ぶのを見たくてやってくれていたのは分かってる。でも今は何だか、こんな事なら何もしてくれなかったら良かったのにと思った。
だから僕は、お兄ちゃんの事に気付いてるのを言う事にした。
「アース号、応答せよ。どうかしたか?」
「……もういいよお兄ちゃん。僕、すごい楽しかったよ。だから、もういいよ」
「ザザ……アース号? す……ない、電波…………悪くてき……ない」
「もういいって……僕、知ってるんだよ。コウイチお兄ちゃんなんでしょ?」
「ザーザー……ース号。応答せよ、アー……ザザザー」
「もうやめてってば!!! もう話したくない!! もう終わり!!!」
僕は、ひどい事を言ってしまったという後悔と、これで通信が終わってしまうという寂しさで泣きそうになってた。
「ザ、ザー……そうか……わかっ……ザーー」
「……」
「ザッ……君をだま……すまない。実は我々……はアー……つも……。本当にすまない」
「……ぐすっ」
「ザザ……うな情報……感謝……これで……りだ……ザ」
「……」
「ザーザー…………ショウゴ。君との通信は本当に楽しかった……」
「……うん。僕も」
「ザザ、ザー……ありがとう。そして、さようなら……ザザー」
「……うん」
そう言うとペースス号は何も言わなくなってしまった。
だから僕は、無線機のスイッチを切った。そして、声を出さないようにして泣いた。
こうしてアース号とペースス号の通信は終わった。
その日、僕らの上に巨大な空が落ちてきた。沢山のライトが点滅し、色々な機械が飛び出し、月も太陽も星も雲も隠してしまう空が。
そして僕はまだ、その空に乗っているのが誰かを気づいていなかった。