〔秋人〕 選択
目覚めて時刻を確認すると、既に夜更けの時分だった。仮眠のつもりだったのだが、相当疲弊していたらしく、本格的に眠り込んでしまったようだ。今が十時だから、六時間も眠っていたことになる。
僕は今日学校から帰宅した後、姉に、疲れたので少し眠るという事を伝え、そのまま布団に入ってしまった。殆ど日課になっていた、高台でのスケッチには行っていない。というよりは、足を運ぶだけの気力が残ってはいなかったのだ。すべての事に対して億劫になり、ただひたすらに眠りたかった。言わば現実逃避だった。……あのワンピースの女の子は、来るはずのない僕を、律儀に待ち続けていたのだろうか。そう思うと、申し訳ない気持ちになった。今度会ったとき、謝意を伝えなければならないだろう。しかし、誰だって強請なんて事を仕向けられたら、現実から逃げ出したくなる。精神が削られてしまうのだ。心に相当な負担が圧し掛かる。たとえ一時的でも、眠ることで全ての精神的苦悩から逃れたいと思うのは当然だ。
……そこで思い出す。奴らが要求してきた、三万円という大金。明日までに用意しろと言っていた。勿論、僕はそんな大金は持ち合わせていない。用意できたとしても、精々貯金箱に貯金してある一万円がやっとだ。足りない分はどうすれば……。姉に相談はできない。唯でさえ失声症の事があるのに、それに加えて、姉の心配事を増やすような事はしたくはなかった。できれば内内で問題を処理したい。しかし、明日までに三万円なんて用意できるのだろうか。自分の貯蓄している額を差し引いても、残り二万円もある。自力では無理だ。となると、この家のどこかを捜すしかない。家中でまとまった金がありそうな所…………一つだけ……ある。あるにはあるが…………。
候補に浮かんだもの。それは台所の棚の中にある、配達荷物の支払いや、なにか緊急にまとまった金銭を必要とする時の為に用意されている財布の事だった。だが、それに手を出すのはさすがに気がひけた。まず第一に、こんな汚い事の為に用意してある金ではない。それに、姉の承諾無しにそれを持ち出したとなれば、それはもう窃盗と変わらないのではないか。これでは、やっていることが奴らと大差ないのでは……。
しかし、他に状況を打開できるような方法は残されてはいなかった。結局のところ、僕に選択の余地はないのだ。僕は、お金は一時的に借りるだけで、事が済めば必ず返すという逃げ口上を作り上げ、良心の呵責を無理やりに説き伏せた。そして決心が鈍らぬうちにと、財布の有る一階の台所へと向った。
部屋から歩廊へ出ると、家の中はおそろしく静まり返っていた。ちりちりとした沈黙が耳を支配している。同じ階に存在する姉の部屋を見ると、明かりが点いていなく、扉の輪郭までしか確認できなかった。。どうやら姉は、既に就寝しているらしい。私は足音を忍ばせ、闇の広がる階下へと下った。
降りてすぐ右手にある引き戸を、音を立てぬよう慎重に開け、台所へと進入する。姉を起こしてしまう恐れがある為、照明の類は一切点けなかった。それでも、台所のシンク上部にある窓から差し込む月光で、室内は真夜中だというのに、やけに明るかった。それは、照らされたハウスダストが視認できるほどだった。私は財布が入っている棚の所まで移動すると、一度その場で一呼吸置いた。相変わらず周囲は物音一つなく、僕の唾を飲み込む音さえもが、闇に吸い込まれていった。十分に気持ちが落ち着いたことを自覚し、中にある財布に手を伸ばそうとした時、傍らに何者かがいる気配を感じ、驚愕した。
……見られている。一体いつから? 私は恐怖で、体中から発汗しているのが分かった。気配のする方をを振り向くのを、硬直した体が拒絶する。それでも私は意を決し、頭部の可動しない人形のそれを無理やりに捻るように、硬化した首を、強引にそちらに振り向かせた。
はじめ、それが何なのか得体が分からず、私はぞっとした。黒い体は周囲を包む暗闇に同化し、ただ一対の目だけが光を放っていた。まるで、何者かの影だけが、本体から脱け出してきたようだった。目が暗闇に慣れていくにつれ、おぼろげだった姿形が、徐々に確認できるようにる。そして、月明りに照らされたそれが、全容を現す。そこには、飼い猫のすずが、こちらをじっと見据えたまま、佇んでいた。
僕達は対峙したまま、しばらく動かなかった。いや、僕の場合は、動けなかったと言ったほうが正しい。すずの視線には、視線をそらさせない、不思議な呪縛のようなものがあったのだ。
物言わぬすずの瞳は、悲しみ、あるいは哀れみの情を僕に投げかけているように見えた。まるで、僕の内情が全て見透かされているかのようだった。もしや、僕がこれから行おうとしていることも、分かっているのかもしれない。そう思うと、途端にいたたまれない気持ちになった。自分行おうとしている行為がものすごい愚行に思えてきて、行動に移すことができなかった。
僕は、すずに対する様々な念を振り払おうとした。猫がそんな風に、人間の感情や機微を察知できるはずがない。ましてや、人間の愚行を見咎るなどありえない。全ては僕の考えすぎで、それも精神が憔悴しているせいなのだ。しかし、いくら考えまいと努めても、何がしかを含んだすずのその瞳が覗く度に、再び自責の渦へと舞い戻らせられるのだった。やがてすずは居間の方へ歩いて去っていった。残された僕は、しばらくの間、途方もなく、ただ立ち尽くしていた。
翌朝、僕はいつもより若干早く起床し、昨夜入浴していなかったので、浴室でシャワーを浴びた。勢い良く噴出するお湯を頭に被りながら、昨夜のことを考える。
昨夜、結局僕は、棚のお金には手を出さなかった。つまり、奴らの要求に断固拒否する道を選んだのだ。勿論、報復を受けるのは、覚悟の上だった。例え奴らに暴力を振るわれたとしても、良心に逆らい、精神的苦痛を抱え続けるよりは、遥かに良いと考えた。今回限りで、奴らとはきっぱりと縁を切るつもりだ。
昨夜のすずとの対面で、心境が変化したことは確かだった。あの時すずが現れていなかったら、僕は間違いなく、もう一方の道を選択していただろう。それ程昨夜の僕は、追い詰められていた。その点では、僕はすずに感謝しなければならない。もしかすると、すずは本当に、僕の気持ちを読み取っていたのかもしれないという気がした。帰宅したら、謝罪の意味も含めて、目一杯可愛がってやろう。
それと思う一つ、高台のあの子にも謝らなければならない。彼女には少なからず心配を掛けてしまった。彼女の前に元気な姿を示すと共に、昨日高台へ行けなかったことを謝ろう。彼女が僕の謝罪を受け入れてくれたなら、例によって、また彼女の傍らでスケッチに興じることができるだろう。その時は、一度、全ての気持ちをリセットし、心機一転新しい一歩を踏み出そうと思う。
脱衣所から着替えて出てくると、この時間帯なら凡そ寝ているはずの姉が、めずらしいことに起き出していた。かんかんとフライパンをさばく音が響いている。どうやら朝食を作っているようだ。
「おはよう。あき、体調はどう? ……だいぶ良くなったみたいね。顔色もいいし。お姉ちゃん、心配で早起きしちゃったの。今朝になっても体調悪そうだったら、学校休ませようと思って。でもその分なら大丈夫みたいね。今日は私がご飯作るから、もう少し待っててね」
どうやらもう一人、知らず知らずに心配をかけてしまっていた人物がいたらしい。とても申し訳ない気分になった。僕は目一杯の笑顔で答え、朝食の準備を手伝った。
朝食がテーブルに並ぶと、、二人向き合うようにして席に着き、挨拶をしてから箸をつけた。そこで、すずが姿を見せていないことに気づき、姉に尋ねてみた。
「すずちゃんならご飯も食べて、とっくに出掛けたわよ。空気を入れ替えるために、居間の掃き出し窓開けて置いたら、あきがシャワー浴びてる時、そこから飛び出していっちゃった」
なるほど。どおりで朝から顔を見ないわけだ。昨日夜更けに起き出していたにも関わらず、相変わらず元気だ。僕も負けていられないなと思った。
朝食を食べ終えた僕は、自室で制服に着替えた後、居間に降りて葵が訪れるのを待っていた。間も無くして葵は現れ、僕達は一緒に玄関を出た。
道すがら、葵が呟いた。
「昨日、部活の友達から聞いたんだけど、最近学校で、上級生が下級生を脅してお金を巻き上げる事件があったらしいよ。その友達の弟も被害に遇ったみたい。あきちゃん知ってた?」
僕は首を振り、知らないことを示した。
「そっか。でももしそういうことに巻き込まれそうになったら、私でも、他の人でもいいから、相談してね。あきちゃん、問題ごとを一人で抱えちゃうところがあるから」
僕は笑って頷いたが、既に被害に遇った事は伝えなかった。大丈夫、今日ですべて終わらせるのだから、余計な心配を与える必要はないだろう。
学校へ到着し、生徒玄関で葵と別れた。そのまま自分の教室へ向かう。
教室の扉を開け、自分の席にたどり着くと同時に、八木が声をかけてきた。
「よう秋人。お、調子よさそうだな。お前昨日の昼、倉庫裏では何もなかったっていってたけど、正直俺、強請られたと思って疑ってんだぜ。お前、帰ってきた後ずっと、精神的にまいってる様に見えたし。もし、今日も呼び出しくらうようなら、俺はお前に着いて行くつもりだ。お前は金なんか払う必要ねえ。相手が掛かってくるようなら、俺が変わりにぶっ飛ばされてやる。こっちが殴ったって、どうなるわけでもないしな。とにかく、今日で終わらせるんだ。……だからなあ、本当のところを教えてくれ、本当に昨日、何もなかったのか?」
友人の温かい厚情には、頭が下がる思いだった。僕は帳面を鞄から取り出し、「心配してくれて、ありがとう。八木の心遣いはすごく嬉しい。けれども、昨日は本当に何もなかったんだ。もし、今後そういうことに巻き込まれそうになったら、真先に君に相談するよ。僕は良い友人を持って、本当に幸せだ」と書いて伝えた。
「そうか……。なら、もう心配はいらねえな。俺はお前を信じる。だから、もうこのことは忘れよう。それと、今日は、みんなと一緒に昼飯食えるんだろ?」
昼休みは、奴らとの決着をつけるために、体育倉庫へ赴く予定だった。なので僕は、「今日は葵と二人で昼食を食べる約束があるので、申し訳ないけど、みんなの輪には加われない」と嘘をついた。仕方のない事だが、やはり心が痛む。
「なるほど葵ちゃんか。それならしょうがねえな。それにしても、お前らほんとに仲いいよな。その仲の良さは、単に幼馴染ってだけなのか? もしやお前ら……なんてな。冗談冗談。まあこっちのことは気にしないで、そっちで楽しくやってくれよ」
八木は僕のはにかんだ表情を見てぷっと吹き出すと、満足げに去っていった。僕は友人達気持ちを裏切らないためにも、昼で一切を終わらせようと胸のうちで思った。
憂いを抱えているせいか、午前の授業内容の殆どは頭に入らず、気がつけば、昼食の時間を迎えていた。
僕は仲間に偽りの理由を告げ、奴らが待つ体育倉庫へと向った。場所に着いた時、まだ例の三人は不在だったので、何をするでもなく、奴らが訪れるのを待った
心持は不思議と落ち着いていた。この場所に訪れるまでは、不安や恐れが始終頭を捉えて離さなかったのだが、今に至っては、腹を決めてしまった為なのだろう。諦観に似た余裕さえ窺るほど、落ち着いていた。
十分ほどして、奴らは現れた。先頭に、一団のリーダ格と思われる、浅黒い肌をした神尾という男。その脇に、眼光鋭い、爬虫類のような目を持った、須田という男が並ぶ。最後に、中でも群を抜いて体格の良い、三田村という男が二人の後ろに続いた。それは、見紛うことなく、昨日面々だった。
「お、待っててくれたんだ。藤沢君だっけ? 悪いねえ。まあここじゃあなんだから、とりあえず、裏へ回ろうか」
神尾に促されるままに、僕は一団について歩いた。
倉庫裏は相変わらず煙草の吸殻が地面に散乱し、ひどい有様だった。神尾と須田が、早速懐から煙草を抜き出し、紫煙を燻らさせ始めた。三田村はと言うと、誰か来たらすぐに知らせるようにと、表の監視を命じられた。僕は身構えながら、ひたすらに煙を吐き出す二人を眺めていた。それか五分ほどして、神尾が吸い終わった煙草を地面に放り、足で踏み潰すと、ようやく口を開いた。
「それで、金は用意できたの?」
この前とは打って変わり、ぼかした表現から直接的な物言いへと変わっていた。ついに本性を晒したのだと思った。僕は首を横に振り、否定を告げる。
「はあ? 明日までに三万持って来いって、俺言ったはずだよなあ。まさか今更、やっぱり無理でしたーとか、言うんじゃねえだろうな?」
僕は何も答えず、毅然として相手の眼を睨み付けていた。辺りに張り詰めた空気が漂い始めるのが分かる。
「……なんだその眼は。お前、俺に喧嘩売ってんの? …………まあ、俺だって仏心ってのがある。一日で三万ってのがきついなら、期限を延ばしてやる。……明日。明日までに、三万用意しろ。それ以上は伸ばせねえ。どうだ、わかったか?」
大仰な動作で被りを振り、強く否定を宣言する。その瞬間に双方の意見は決裂し、場の緊張は飽和を迎えた。
「おい、三田村! こっち来い! ……こいつ殺されたいみたいだから、ちょっと痛めつけてやれ。手加減はいらねえ、あ、顔はやめとけよ。親や先公にばれたら不味いからな」
「はい」という返事とともに、大男の三田村が、ずんずんとこちらへ歩み寄ってくる。両脇は倉庫とフェンスに行く手を遮られ、背後には須田が立ちはだかる。逃げ場はなかった。僕は抵抗することを諦め、三田村向き合った。
間合いが、追いやれれる様にして、相手の方から一方的に狭めらる。気づけば、手を伸ばせば相手に届く程の距離まで接近していた。少しの間の後、三田村の右手がグッとこちらへ伸びてきて、僕の制服の胸倉を掴みあげる。そのまま僕の体は数センチほど吊り上げられ、爪立ちの状態を強制された。捻りあげられた制服シャツが、僕の体重の幾分を背負い、きりきりと音を上げる。僕が呼吸をうまくできずに喘いでいると、三田村が、忍び声で囁いた。
「わるいな。俺も先輩にはさからえない。許してくれ」
一言の直後、彼の右足は地面を蹴り、次の瞬間には、僕の腹部に彼の膝が深く叩き込まれていた。視界が白光し、耳鳴り。脳を貫くような激痛が体を走る。その直ぐ後、過度の呼吸困難に陥ると、崩れるようにしてその場に蹲った。
口を大きく開け、強く酸素を求める。独りでに涙と鼻水が溢れ、顔を伝って落ちた。それでも僕は、何とか思考するだけの余力は残されていた。理性が頭に呼びかける。ここで屈してはいけない。喧嘩の勝ち負けが問題ではないのだ。毅然と立ち向かえ。
しばらくして、僕は多少の落ち着きを取り戻すと、ふらつく体をフェンスで支え、立ち上がった。顔を起こし、毅然たる表情を以って、三田村の眼を見据える。三田村は一瞬たじろぐそぶりを見せたが、直ぐに表情を引き締め、再び僕へ歩み寄った。彼の右手が大きく振りかぶられる。それでも僕は、決して、相手の眼から視線を離さなかった。振り上げられた彼の拳が、円弧の軌道を描き、再び僕の腹部を捉えたとき、鈍い痛みの後、すうっと、意識が遠退いていくのが分かった。
いつ倒れたのかも分からず、知らずに伏臥していた。目の前の景色がぼやけ、五感の機能が漸減していく。このまま意識を失ってしまうのだろうか。眼を閉じる。茫漠とした暗闇の中で、僕を呼ぶ声が聞こえた。……誰の……声……?
(……あきと、だ…………? ど……い……)
既に意識は、声の主を認識できない程に混濁していた。声は次第に届かなくなり、やがて僕は一人になった。周囲を壁によって隔絶された孤独。孤独を孤独たらしめている、壁。……壁を築き、他人を遠ざけているのは誰? その時抱いていたのは、何故だか、謝罪の念だった。僕は急激な睡魔に襲われるようにして、意識を失った。
(あ…………起……、あき………!)
呼びかける声がする。僕を呼んでいるのだろうか。僕は声の主を確認するために、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。
眼前に、二人の人物の顔が、僕をの覗き込むようにしてあった。一人は、目覚めた僕を見て安堵の表情を浮かべると、走ってどこかへ行ってしまった。もう一人は、目を赤く泣き腫らしていて、僕の半身を起こすと、そのまま抱き寄せた。
僕は二人を知っている。友人の八木と、幼馴染の葵だ。意識は次第に鮮明さを取り戻していくが、現状については依然として把握できないでいた。少しすると、八木が手に何かを持って戻ってきた。八木がそれを僕の額に押し当てる。それは、水で濡らしたハンカチだった。
その後僕は、記憶の欠損などがないか確認する為の、いくらか質問を受けた。質問を受けている間中、僕は腹部のずきずきとした疼痛に苛まれた。質問を終えると、八木が詳細を説明してくれた。
「昼休みに入って、お前が葵ちゃんと飯食うって教室を出て行った後、おれはいつもの仲間と教室で飯を食った。それで、弁当だけじゃちょっと足りなくてな、購買にパンでも買いに行こうと思ったんだ。購買に行く途中、友達と話しながら歩いてる葵ちゃんを見つけた。俺は、秋人が一緒じゃないことを不思議に思って、葵ちゃんに『秋人はどうしたの?』って聞いてみたんだ。そしたら葵ちゃんは、『あきちゃんがどうしたの?』って答えた。話が噛み合わないことに、俺は不信感を抱いた。まさか、と思ったけど、俺には心当たりがあったんだ。昨日のお前の行動があったからな。それで葵ちゃんに事情を説明したら、一緒に昼食を食べる約束なんてしていないことがわかった。不安になった俺が秋人を捜しに行くと言ったら、自分も同行すると言うんで、二人で体育倉庫へ向った。そしたら、倉庫の裏で、三人組に囲まれて倒れているお前を発見したという訳だ」
八木の説明で、全てを思い出す。そうだ。僕は三田村に殴られ、気を失ったのだ。それで、僕が伸されれているところに、二人が駆けつけてくれた。……すると、僕が気を失う間際に聞いたあの声は、二人が私を捜す声だったのだろうか。考えていると、葵が切り出した。
「私、心配したんだよ。最初、倒れてるあきちゃんを見たとき、思わず泣き出しちゃったもん。八木くんだって、三人組を止めようとして、殴られちゃったんだよ。その後直ぐ三人組が引き上げて行ったから良かったけど。後でちゃんと、八木くんに謝るんだよ。でも、無事でよかった。記憶もしっかりしてるみたいだし。……ねえ、私今朝、こういうトラブルに巻き込まれたら、誰でもいいから相談してねって言ったよね? そうしたら、あきちゃん、頷いた。なのにどうして、相談してくれなかったの? 私達、そんなに頼りないかな……。でもね、お願いだから、一人で解決しようとしないで。私達だって、きっと力になれることがあると思う。……だから……お願い……」
葵は全てを言い終える前に、堪えきれず泣き出してしまった。僕は二人にきちんと謝りたかったが、言葉を喋れない以上、俯くしかなかった。この時ほど、言葉が話せないことで歯痒い思いをしたことはない。結局のところ、自分が最善だと思い込んで選択した道が、二人をこの上なく傷つけてしまう結果に繋がってしまったのだ。八木は哀憐を含んだ眼差しでこちらを見つめている。僕はしばらくの間、さめざめと泣き続ける葵をみつめていた